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春風とアイドル

 そのアイドルは、正に圧倒的であった。

美しく、可愛らしい口から発せられる歌声は、トッププロの歌手にも匹敵する。

スレンダーではあるのに、しっかり出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいるモデルのような体格。そこから踏み出すステップ、ターン、手足の動きの抜群のキレ。

それは間違いなく、プロのダンサーと比較しても全く遜色ないレベルのダンスである。

これだけのダンスを踊りながらも、その表情は常に笑顔を保たれており、まるで疲れを感じさせていない。

 勿論、容姿もまた抜群に可憐であり、パッチリとした大きな瞳は、常にキラキラと輝きを放っていて、まるで吸い込まれそうである。

肌もまた初雪のように白く透き通っていて、全くの汚れを感じさせない。

 ステージは、そのパフォーマンスの凄さに圧倒されているのか、驚く程静まり返っている。

彼女が歌う声と、楽曲だけがただただ響き渡っていた……。



「……なんだかなぁ」


 その『画面』を見つめながら、少女はぽつりと呟いた。

曲が終了した瞬間、一斉に歓声を上げる観客たちの声が数秒入った後、『画面』のシークバーは完全に右側に到着し、その映像が終了する。 

 

 確かに、これは圧倒的だった。

このパフォーマンスの前では、他のどんなアイドルであっても霞んでしまうに違いない。

現に、動画をスクロールして視聴者のコメント欄を覗いて見ると、そこには案の定なコメントが多数寄せられていた。


『レベルが違いすぎる』

『神、いや女神』

『他のアイドルマジ涙目なんじゃないか』


 その他諸々、とにかく大絶賛の上、非常に感心できないことに、わざわざ他のアイドルと比較したコメントが多いこと多いこと。

 つらつらとスクロールバーを下げていくと、少女はある一文を目に留め、その指をピタリと止める。


『これじゃ、もうリアルのアイドルなんで必要ないだろ』


「……っ」


 一瞬、少女は目をぎゅっと瞑り、奥歯をきつく噛み締める。



 ――プロの歌手が歌い、プロダンサーのモーションキャプチャーを使い、プロのクリエイターが作り出した完璧なボディに、プロのデザイナーが衣装をデザインし……プロの演出家が手がけるステージ。

沢山のプロの手によって、文字通り『創り出された』バーチャルアイドル。

画面の中で圧倒的なパフォーマンスを見せていた彼女――風音かざね 真歌まかは、新しいアイドルの形として、この春鮮烈なデビューを飾った。

 今まであまり大手の芸能プロダクションが関わってこなかったバーチャルアイドルの世界。

以前より漫画やアニメ、ゲームの世界に存在するアイドルと現実世界のアイドルとでは全くの別物であったし、ファン層も異なっていた。

 アイドル業界では未だに満足に取り込めていない、この異なる層のファンたちに目をつけた大手芸能プロダクションが一大プロジェクトを立ち上げた。

 多額の資金を投入して開発された新しいアイドルは、その狙い通りに見事に新しいファンを獲得し、また現実世界のアイドルファンたちさえも取り込んだ。

 キャッチコピーは、『――いつか会いに行ける、真のアイドル』。

最近になって急激な発展を見せているVR技術や人工知能の進化により、彼女はただ画面の中に存在するデータだけではなく、いつか実際に会いに行けるようになる――というのだ。

 これまでバーチャルアイドルの弱点とされていた、『実際に会うことや触れることができず、データで決められたパターンの行動しかできない』等を克服する。

 既に彼女は歌声やモーション等を人工知能によって学習し、不完全ではあるものの、全く『知らない』楽曲を『聴かせて』、ある程度の歌とダンスを披露してみせた。

 まだVR技術こそ不完全ではあるものの、3Dによる立体投影技術はかなり成熟してきており、惜しみなく投資された巨大スクリーンに彼女を映せば、最早そこには等身大のアイドルが存在できていた。

 正に、今までの常識を覆すような。新しいアイドルの形が生まれたのだ。


 ――でも、これは凄くて当たり前じゃないか。


 歌い、踊りながら、ステージの空気を読んで最適な演出をし、それを可能にする体を作り上げ、それでも可憐でスレンダーで、筋肉質な体や、疲れきった表情など絶対に見せてはいけない。激しいダンスで声がブレることだって許されない。

音を外そうものならすぐに指摘され、音痴だと罵られる。レコーディングやPV撮影とは違って、LIVEではやり直しなんてきかない。だからこそ、尚更LIVEで完璧にこなさなければ、『生では下手』というイメージを持たれる。


「……はぁ~……」


 勿論、そんなのは極一部のファン……ファンと呼べるかどうかもわからない、あるいはただのアンチと呼ばれる人種の言葉だ。

全ての人がそう思うようであれば、そもそもアイドルなんて職業は成立しない。

 圧倒的なパフォーマンスを見せる風音かざね 真歌まかがデビューしても、やっぱり現実世界のアイドルにだって需要はある。

 声が出ていなくても、音を外しても、疲れてダンスのキレが落ちてきたって、一生懸命ステージ上で頑張る姿は、多くのファンに夢を与えてきたのだ。


――だから、多くのプロたちによって創られた『彼女』と、『生身の人間』とは全くの別物である。


「……はあぁ~~……」


 もう一度、胸の奥から絞り出すようなため息をついた少女は、目を開けるとベッドに預けていた体を起こし、再び左手に持ったタブレット端末の画面を見つめる。


『これじゃ、もうリアルのアイドルなんで必要ないだろ』


そう書かれたコメントを右手の人差し指で弾き、コメントの投稿フォームを開く。

慣れた手つきで文字をぱぱぱっと入力し、投稿ボタンを押すと、内容を確認することもなく端末を放り投げる。

ぽふんっという音で背中からベッドに着地した端末の画面には、新しいコメントが寄せられていた。



『こんなの反則だよ』


投稿者名:きさらぎみあ 


 それでもやっぱり……風音かざね 真歌まかは圧倒的に、凄かった。




 今の時代、アイドルと呼ばれる存在は様々な多様性を見せている。

アイドル戦国時代なんて呼ばれ方もしており、次々と新しいアイドルが生まれては、成果を残し、あるいは何も成せずに消えていく、そんな時代。

特にその傾向が強いのは、やはり女性アイドルである。

ただ可愛いだけでは、最早アイドルとしては通用しない。

テレビ視聴者やファンの目も、時代と共に肥えてきている。アイドルに求めるもの、要求レベルも上がっている。

 可愛い、美人であることが最低条件として、プラスアルファの何かが必ず必要だ。

ダンスを売りにしたアイドル、歌唱力を売りにしたアイドル、はたまたステージ以外……バラエティ番組に特化したアイドル等等。需要の幅が広まれば広まるほど、供給する側も多種多様な戦略でアピールしていく必要がある。

 自然と、アイドルは個人よりもユニット、グループ化していき、多人数、多個性化によって一人でも多くのファンを得ようと奮起していった。

 一人のアイドルだけで、全ての需要をカバーすることは不可能だからだ。

結果として何十人ものメンバーを集めたアイドルグループが誕生し、ファンはその中から自分の好きなメンバーを選び、所謂『推す』ようになり、多くのファンに『推された』メンバーが個別にユニットを組んだりと、一つのグループからの広がりがでるようになった。


 その流れ自体は問題なかった。むしろ、そうなるのが当然だったのだろう。

しかし、困ったことに、これだけ規模が大きくなってきたアイドルグループに所属するメンバー全てを、一瞬で全員一流に育て上げることは不可能だった。

 磨けば光るダイヤの原石がいたとしても、ゆっくりと研磨する時間も、金も、余裕もなかった。

その結果、磨ききる前の原石たちは、不完全なままにステージに立ち、極一部はステージ上で研磨され、残りの殆どはステージに恐怖し、早々に舞台から姿を消していった。

 自然と、ステージには即戦力が求められるようになってきた。

何年も時間と金を掛けてレッスンしなくても、すぐにステージでそれなりのパフォーマンスができる。

それは確かに一流のパフォーマンスと呼べるレベルではなかったが、ファンたちはそれでも受け入れた。

 彼女たちは『アイドル』だから。

可愛く可憐な少女たちが、一生懸命歌って踊っていれば。それだけで十分だ。

勿論下手なわけでもないが、その歌声は決してトップの歌手には敵わない。そのダンスもダンサーには匹敵しない。

それでも十分だ。


 『彼女たちはアイドルだから』

 

 いつからか、アイドルはその単体だけで完成された存在ではなくなった。

まるで、駆け出しの女優や歌手、タレントをアイドルとでも言うかのように。

 

 それでも。

きっと本当はファンだって。アンチアイドルの人たちだって、求めていたのだろう。


 ――そんな世間の度肝を抜いてくれるような、『本物の一流アイドル』を。



 ぱふん……。と少女、きさらぎみあ――如月 美彩――は再び、起こしていた体をベッドに沈める。

染められていない、艶のある黒髪をショートボブにした、小柄な少女である。

ぼーっと、気怠げに天井を見つめるダークブラウン色の綺麗な瞳は、ぱっちりとした二重瞼の中に包まれている。目鼻立ちも整っており、柔らかく可愛らしい小柄な鼻と、花のように愛らしい唇は、リップを塗らずとも血色のいいピンク色をしている。

ベッドに預けた手脚は細くすらりと伸び、きゅっと締まった腰は、大分控え目な胸、150cmにギリギリ届かない小柄な身長を差し引いても、幼児体型とは言えない。

 

 ――まるで、正統派のアイドルを絵に描いたような少女である。

 

 暫くそのままぼーっとしていた少女――美彩は、気合を入れるように勢いよくガバッと起き上がると、ベッドから飛び降りてぱぱっと部屋着を脱ぎ捨てる。

タンスの一番上から真新しい学校指定のシンプルなスポーツウェアとジャージを取り出し、ささっと着替えると適当に脱ぎ捨てた部屋着を畳んでから部屋を出る。

 二階の自室からトタトタとリズム良く階段を降りると、目の前に来る玄関でランニングシューズを履き、母が居るであろう居間に向かって「ちょっと走ってくる~!」と声を掛ける。

その返事を聞くことなく、外に飛び出して地面をぐっと踏みしめると、いつものランニングよりも少しピッチを早めて走り始めた。

 余計なことを考えてしまいそうな時は、とにかく何も考えずに走ることが一番だ。


 冬の寒さもおさまり、ぽかほかと暖かい春の日差しを受けながら、美彩はどんどんとピッチを早めていく。そのスピードはしっかりと鍛えられたアスリートのものであり、軽い体重と、小柄な身長にしては長い脚を十分に活かしている。

 綺麗なフォームからリズム良く足を踏み出すと、その度にふわふわと髪の毛が跳ねる。

シンプルなジャージ姿にも関わらず、美彩が走る姿は不思議なほど人目を惹いた。


 暫く走り続けると、美彩と同じように走っている集団が見えてくる。

美彩と同じ、学校指定のジャージに身を包んだ少女たちだ。

その中に見知った顔を見つける。

 美彩よりも高い160cm程度の身長で、少し色素が薄く茶色がかったセミロングの髪を頭の後ろで一本結びにした少女である。


 ささっと追いついて何事もなかったかのように並走すると、突然現れた美彩に驚いた顔を見せた少女に対して、美彩は左手をVの形にしてにっこりと微笑んだ。


「やっほー茜、部活?」 

「美彩ちゃ……う、うん、ぶかつっ……」 

 

 涼しい顔で全く呼吸の乱れもない美彩とは違い、茜と呼ばれた少女は大分きつそうな様子で応える。

その手脚は大分上がらなくなってきており、呼吸もかなり乱れているようだ。


(この様子だと、あんまり話しかけるのも可哀想かな……?)


そう判断した美彩は、「うんうん、それじゃ頑張ってね!」と早めに会話を切り上げ、手を振りながら集団から離れると、一気に追い抜いていく。

茜も慌ててそれに手を振り返すが、その表情はどこか呆気にとられたように、ぽかーんとしたものだった。

 中々のハイペースで走っているはずだった。

現に、集団の他の子たちだって、殆ど茜と同じような状態だ。

それなりに容姿の整ったメンバーが集まっている集団ではあるが、汗まみれで顔を真っ赤にし、息も絶え絶えなその光景は、些か華やかさや可憐さに欠ける。

 

 多様化するアイドルの形の中で、十何年か前に爆発的にヒットしたアニメーション――高校を舞台に女子高生たちがアイドルとして活動し、競い合う『スクールアイドル』をテーマとした作品――の影響を受け、現実世界でも同じように『部活動としてのアイドル活動』が始まった。

 素人でも気軽に参加でき、学生たちが独創性、主体性を持って取り組むこの部活動は、思いのほか世間に寛容に迎え入れられた。

 数年も経たない間に規模は膨れ上がり、人気のスクールアイドルが卒業後にそのままプロデビューするなど、『プロへの登竜門』としての役割も持つようになってきていた。


 茜が所属するこの集団も、そのスクールアイドルとして活動する部活動である。

所謂アマチュアのアイドル集団であり、今年の春から高校生となった茜などは、『アマチュアアイドルの卵』といったところか。


 そういった意味で、確かに自分たちは運動部ではないし、プロのアイドル(せんもんか)でもない。

このランニングも基礎体力作りの一環ではあるのだけれども。


 それでも、こうも違うのか、と。


『プロのアイドル』と『アマチュアアイドルの卵』とでは、こんなにも違うものなのだろうか。


 颯爽と、軽い足取りで自分たちを追い抜いていく小さな背中……。 


如月 美彩はアイドルである。



 この春、鮮烈なデビューを飾った風音かざね 真歌まかの影で、小さな芸能事務所からこっそりとデビューを飾った未だ無名の少女は、風のように、あっという間に走り去っていった。


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