005# 良いとか悪いといかそういう問題じゃない
「だから、目的は何なんだって話なんだよね」
「愛を下さい」
「そんなロックンローラーな話をしたい訳じゃなくてさ」
澪が謎の頑なさを見せる中、剛はちょっと辟易していた。
剛の実家は一軒家である。小さな庭に犬小屋があり、白い柴犬が彼に元気良く一吼え。軽く手を応じるともう一回吼えて、しっぽをぶんぶん振り回していた。剛たちが見えなくなるまで、じっと見つめて尻尾を振っている様に、澪はふふっとわずかに微笑んだ。
「賢いワンちゃんですね」
「まあね。……って、言っても、もうおじいちゃんなんだけど」
「おじいちゃん?」
「うん。僕が幼稚園の頃に拾ってきて、その時に大体四、五歳くらいだって言われてたから」
「……長生きですね」
「体の大きさとか全然変わらなくてびっくりなんだけどね。でも、先も長くないだろうからねぇ……。
できれば、幸せに逝ってくれればとは思うよ」
まあそんな話じゃなくて、と剛は澪の方を見る。
髪を下ろし、浮かべる無表情に制服の上からでもある程度わかるスタイルの良さ。スカートの丈はやや短く、黒いストッキングをまとった足がすらっと見えていた。
流石に、今朝の悩殺用バトルコスチューム(本人談)は朝食をとる前にはぱぱっと着替えた。なお彼女は「見てもいいですよ?」と特に隠さず着替えを敢行し、逆に剛の方が「見ますよ」と言われてタオルケットの下で着替えをしなければならなかった。何かが決定的に間違ってると剛が突っ込めば、
『従者ですから、言えば手伝いますよ』
とにこりと返される始末。なおその表情は単なる作り笑いであり、どれほど可愛らしく見えても感情が篭っていなかった。
「ともかく、行動が読めない」
その一言に尽きると、朝から妙に疲れた仕草の剛。
澪はくすりと口元を押させて一笑し、また無表情に戻って言った。
「まあ、流石に今朝のアレはお遊びも大きかったのですが」
「お遊びだったの?」
「まあ、七割くらいは本気でしたが。成功してれば言いなりになってくれそうでしたし」
「打算しか見えない……」
「それはそうと、私は妹さんの話のほうが気になりましたね。昔は綺麗な女の子のお尻を追いかけていたというのが、二宮君のイメージに合致しないというか。綺麗な女の子が迫ってきてても、結局受け入れませんでしたし」
「前提が間違ってるから。幼稚園の頃の話だって、幼稚園の。というより、僕は藍場さんのスペックの高さにびっくりだよ。人心掌握術でもあるの?」
「従者ですから」
答えになってない。
引きつった笑いを浮かべる剛。
回想すれば窓は開いていたが、実際、彼女は普通に正面玄関から入ってきたらしい。剛の母親に頭を下げ、一緒に朝食を作り、仰天する父親をさらりと接待し、剛を篭絡しようとした後で朝食中と後、あっさり妹まで陥落させた。この時間、集計することわずか四時間というから驚きだ。ちなみに窓を開けていた理由は「思ったよりタオルケットの中が熱かったから」とのこと。
なお朝食は、わざわざ鍋で炊いた白米、彼女の家から持ってきたブレンド味噌、簡単な塩漬けのつけもの、昨晩の残りのハンバーグ。中途半端に和食でメインが洋食なあたり、いかにも家庭的というか、行き当りばったりではあった。ただ味は無問題に美味しく、逆にリアクションに困った剛である。
そして彼として一番問題なのは。
「……で、何で君、僕にアプローチ中とか言ったの?」
「いきなりメイドですと言っても意味が分からないかと思いまして」
そう、彼女が家族に持ち出した話は「中学時代の同級生」であり「一緒の高校に進学」して、「ぜひとも落したい(意味深)」といった類のものだった。要するに恋する乙女のそれである。色々と打算的に、計画的に犯行に及んでいるのだが、そういったフィルターを通して見ると表面上は筋が通るから恐ろしい。
なお同衾したことについては、多少やんちゃが過ぎると母親に説教されていた。父親は料理上手、美少女というあたりで既に陥落していたため、使いものにならなかったからだろう。息子をよろしく! とまで頭を下げられ、辟易する剛だった。
「少なくとも友達としての信用は地に落ちたと考えてもらっていいよ、藍場さん」
「ですが、もう片方は上がったかと」
「?」
彼女は無表情に、胸元で拳を握って言った。
「無論、従者としての信頼です」
「……えーっと、つまり?」
「『求められればそれくらいは出来ますよ』、ということです」
「あー、うん、人によっちゃ勉強とかよりも、あーいうのの方がメリットになるかもねぇ。藍場さんの御主人様になる理由としては」
御主人様になってくれたら、えっちなリクエストにもお応えしますよ、というアピールである。
剛としても、才能で彼女が一物抱えていることを察知していなければ、既に撃沈されていたかもしれない。結果としてそれを察知してしまっているのでたらればとなるが。
(そういう背後関係というか、打算なく迫ってくれれば僕も吝かじゃないんだけどなぁ。容姿とかは、結構タイプだし)
「まあ、剛君は」
「君、ひめから言われたこと実践しなくていいから。名前呼ばれると弱いとか実践しなくていいから」
「左様ですか。では、気が向いた時や寂しい時になんなりとお申し付けください」
飄々と言ってのける彼女に半眼の剛。妹、ひめぐりに「下の名前で呼ばれると結構弱いですよ~」と教わったのを実践した訳である。
周囲を舞う蝶は不穏で、更にいまいち彼女の性格が掴み取れないため、剛の警戒度はぐんぐん上昇していた。
「従者ですから、大抵のことは出来ます。逆に大抵のことは拒否できないということでもありますけど。一週間マイクロビキニで学校に来て欲しいとか、毎朝ディープキスで起して欲しいとか」
「何でエロ方面の話に結びつけるかな……。思春期?」
「従者ですから」
「いや、僕主人じゃないから」
会話がかみ合っていない。
だが、意図的なものなのかくすくすと笑って、彼女は言う。きつめの顔立ちが柔和になる、こういう表情ばっかりなら綺麗なのにと思うが、剛は自分から墓穴を掘りには行かなかった。
「それに、才能のせいなのかもしれませんが」
「?」
「こうして結局手を出さなかったくらいですから、二宮君は、やり逃げはしないって確信もあるので」
「……そんな後ろ指さされるような生き方はしたくないって、僕」
「お陰で私も、先生に怒られなくて済みそうです」
「最初からやらなくていいよね!? 場合によっちゃ僕、女性不信になってたって」
「ならないでしょう? それくらいの人を見る目はあるつもりです。
だって、色々私の言ってた事に、反論しなかったでしょう?」
澪が実際の理由「特能の都合で剛を主人にしたい」に対するカバー理由「ハメてしまえばこっちのもんよ!(※意訳)」を話していたのに対して、剛は何一つツッコミを入れてなかった。そのことに対する澪の指摘に、剛はため息。
「言ったらもっと面倒な迫り方をするのは分かったからね」
「例えば?」
「そこまでは分からないけど……。んじゃあ、例えば学校で、普通に彼女みたいに振舞ってお弁当作ったり、腕絡めたりしてくるとか?」
剛の視界で、蝶が一匹桃色に変化。
「イグザクトリィ、正解です」
「だから後ろ指指されるような生き方したくはないんだって。変な噂立つでしょ? 手を出すのが早いとか、夜道気を付けろとか」
「撃退しましょうか?」
「そういう話じゃないんだって、この元凶が」
「はて、何の話ですかねぇ」
くすり、と微笑んだかと思えば再び無表情。ころころと変わる表情に、剛ははやり彼女の実態がつかめない。
「だったらまぁ、自宅で被害を食い止めようと。成る程、確かに正解ですね」
「面倒ではあるけど、なんだかんだで家族はごまかしが効くからね。信頼度も、友達とは比べるべくもなく」
「二宮君、私共々中学時代はぼっちだったと思いましたが」
「……」
「……まあ、痛み分けということで笑わないでおきましょう」
おほん、と咳払いして、彼女は一瞬視線をそらした。照れたのか、自分の傷痕も一緒にえぐったのか。
「ともあれ、こういうことは今後あまりないかと」
「あまりって何だい」
「例えば朝、一緒に登下校したり、料理を作ってご馳走したりといったくらいはするかと。
流石に色仕掛けは性急――げふんげふん、常識的にないかなーと」
「今、途中まで言いかけたよね。だから何が望みなんだいって……」
指先を自分の唇にあてて、彼女は片目を閉じて微笑んだ。
「愛でなければ、信頼です」
「……だから、今朝の方法自体が間違ってるっての」
善処はします、と彼女はまた無表情に戻った。




