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002# 最初の肝心さと挽回の難しさ

 

 

 

 

 

「改めて自己紹介をさせてもらおう。春日部日名子だ。貴様らの担任を勤めることになった。

 まあ、態度はコレだがそこまで肩肘を張らんでも良い。気軽にしろ」


 初対面の女教師が、睨むように教室中を見た上でこの発言である。むしろ彼女の言葉に反し、教室の空気は硬直した。


「……まあ、おいおいだな。授業中に静かにしていれば、後は警察に厄介になるようなことを除いて大体は大目に見よう。無論、いじめとかはアウトだ。掲示板などの書き込みも充分注意しろ。あと問題のある呟きとかから本校舎の生徒と特定された場合も、停学もしくは退学が約束されている。後の基本的なことは、これから配る生徒手帳を確認しろ。

 出席番号は男女別になっているから、呼ばれた奴は前に出て来い。生徒手帳と生徒証を手渡す。

 相嶋(あいしま) (あかし)――」


 出席番号一番から呼ばれる。態度はともかく黙々と仕事をこなす様はバリバリにキャリアウーマンなどを想起させる。雰囲気そのものは変わってないが、多少生徒達の緊張は緩んだ。


 教卓まん前と言う微妙な立地ながらも、剛は彼女や生徒たちを観察する。


 大体の生徒が手渡された後に生徒証を確認するのだが、それを見て頭をかしげているのが気になった。 


「二宮剛」

「はい」


 剛自身も、手渡されたそれを見て少し反応に困った。


 名前や生徒番号、所属クラスまでならよくあるだろう。

 だがその真下に、次のような記述があった。


 ――――Skill:EFバタフライエフェクト B


 書かれていた名称と、自分の視界だけに映る蝶の羽ばたき。

 一通りを見て、剛はそれが自分の才能に名づけられた名前だと知った。


 スキル、EFはわからないがバタフライフェクト。Bは確かランクだったはずだから、つまり生徒証で自分のそれをおおまかに確認できるということだろう。


「男子ラスト、渡部(わたべ)(わたる)……は、今日は実家で何かあったから休みだったか。後日渡そう。

 じゃあ次、女子。藍場 澪――」


 その名前が呼ばれた瞬間、剛は埋没した思考から無理やり引き戻された。

 ぎょっとして彼は、担任の元に歩いて行く彼女を見た。


 悠然。優雅。静かな佇まいは美少女の枠を飛び越え既に美人の領域。大人びた綺麗な容姿をする大和撫子は、剛の中学時代のクラスメイトだ。

 彼女はちらりと剛の方を見て、何事もないよう正面を向いた。


 だが、剛にはわかる。剛だけに見える、彼女の周囲に富んでいる複数の蝶が、さっきまで自分を見ていたことを証明していた。理由まではわからなかったが、じっと見られていたらしい。


(あ、これ挨拶しなかったの失敗か……。って、気付いてなかったし、何か謝っとこう)


 さっと頭を軽く下げる剛。彼の手前に居た青い蝶が桃色に変化して彼女に向かうが、彼女の周りを飛んでいた青い蝶とぶつかり、霧散した。丁度相殺されてしまったようだ。


 その後、彼女はずっと剛と視線を合わさず席へ戻る。麗生 摩耶花と違い表情はない。仏頂面でなかっただけまだマシなのかもしれないが、それ以上に彼女の佇まいが、他人が近寄るのを阻害していた。中学の頃のそんな彼女を知っているため、剛も「変わらないね」と思うだけ。


 一通り配り終えたのを確認して、日名子はポケットから取り出した、チェスのキングを教卓に軽く乗せた。

 コン、という響きは、小さな音だったはずなのに全員の注意を引き付ける。


「さて、今更だが確認しようか。生徒証の一番下の欄に書かれたそれだが、それが『特能研究会』が出した君達の能力だ。左が能力名で右アルファベットがランクとなっている。

 学内で貴様等が施設を利用する際に必要となるので、それは紛失しないように。再発行の度に才能のテストと検査を受ける事になるから、面倒だぞ? 充分注意しておけ」


 言い終えた彼女に、一人の手が挙がる。


「どうした、麗生」

「質問があるのですが、能力の横に書かれたEFの二文字は何でしょうか」


 その言葉に、多少教室がざわめく。「EF?」「私、SLだったんだけど」「俺はJB」といった感じに、反応はまちまちである。

 その周囲の反応を少し待ってから、日名子はニヤリと笑う。


「そうだな。せっかくだから、ちょっとだけ授業だ。勉強じゃない。雑学という訳でもない。所謂、業界での常識というヤツだ。三年間で嫌でも覚える話だから、聞いておいて損はないぞ」


 言いながら彼女はチョークを手に取り、黒板に図形を書き始める。二等辺三角形、四十五度、四十五度、九十度のそれの各頂点に円を描き、中を消す。


「さて貴様等。よっぽどの事情でもない限りは”じゃんけん”を知っているな?」


 ざわざわと肯定の反応が返る。


「そう、ぐー、ちょき、ぱーだ。別にカエルとナメクジと蛇でも構わんが、三種の強弱関係だ。

 我々の持つ特殊才能、特能にも同様のことが言える」


 図形の右横に、彼女は英語のスペルを書く。イタリック調でやや乱雑だが、筆記体より読解は難しくはないだろう。


「ジョブ(job)、エフェクト(effect)、それからシール(seal)だ。

 それぞれの単語の意味はわかるな?」

「わかんないッス!」「同じく!」

ggrks(ググれカス)、と言ってやりたいところだが、私は優しいから特別に教えてやろ……、誰だ今『その馬鹿でかい態度で優しいとかマジで何言ってんの?』みたいなことを考えた奴は」


 びくり、と数人の生徒が身体を振るわせる。


「まあ良い。私は優しいから、不問にしてやろう。『そんなこと言ってる時点で充分性格悪い』というような感じの思考もまあ、大人だし流してやろう。『一々つっかかって子供っぽい』とか思った奴、実技の授業の時覚えていろよ?」


 すぱすぱと、一見被害妄想じみたことをのたまう彼女だが、その言葉に合わせて数人の生徒達が身体を震わせたり、びくびくしたりしているので、これはおそらく彼女の特能に由来するものなのだろう。


 ともかく、書いたスペルに続けて、その意味を書き記して行く。

 ジョブには「仕事、役割」。

 エフェクトには「効果、影響」。

 シールには「封印、確認」。


「これらはそれぞれ、特殊才能の発現傾向による。才能と一言に言っても、どういった類の才能なのかという話だ。

 ジョブ系の能力は文字通り、職業や仕事など特定の役割をこなす際の才能。

 エフェクト系も文字通り、何某かの現象を引き起こす系統だな。念動力とか発火とかも、まあこっちに割り振られる。

 シール系は分かり辛いが、能力を封じたり、あるいは感知したりする系統だ」

「何故そこは分かれていないんですか?」

「良い質問だな麗生。なかなか面白い話なんだが、逆に聞こう。自分がアルバイトをしていたとする。そしてその業務を、じっと一日中親族に監視される。やり辛くないか?」

「それは、まあ……」

「実家で親の仕事を眺めていて、邪険にされたか?」

「!?」

「とまあこのように、情報を制してる、自分の能力を細かく観察されているっていうのは、存外やり辛いものなんだよ。将棋とかボードゲームで、打ち筋を完全に読まれてると完封されるだろ? それと同じだ」


 わかるような、わからないようなという反応の生徒たち。

 日名子はだから、と前置きする。


「その上での区別だ」


 左下の円にJB、上にEF、右下にSLとそれぞれ書き込んだ。


「もう察してると思うが、生徒証に書かれてるこれらは今言った能力の分類だ。カードや公式の書類でも頭に書かれるが、まあ読まなくても良い。分類上、記述されているだけだ。

 例えばエフェクト系にハローエフェクトという特能があるのだが、これなんてそのまま読んだら『エフェクトハローエフェクト』になってしまうからな。回りくどいだろ」


 わずかに笑いが巻き起こる教室。そんな中で、まさに「エフェクトバタフライエフェクト」になりかねなかった剛は密かに冷や汗をかいていた。


「まあ、なんとなく察したかもしれないが、私の特能もシール系だ。詳しくは授業でやるから、詳細は省くがな。

 ともかく、これらの能力にはこういう矢印を引くことが出来る」


 と、彼女は三角形の変にベクトルを持たせる。

 JB←EF←SL←JB、と循環するように、三角形に矢印を付け加えた。


「ジョブ系は、発動できる能力の範囲がエフェクト系に劣るとされている。だから直接やりあえば、エフェクトの方が有利だ。

 シール系はエフェクト系の出力を感知したり押さえたりすることが出来るから、エフェクト側は分が悪い。

 そしてシール系は、ジョブ系のような属性を付与する、もっと言えば現象としてあまり大きくない類を封じるのが苦手だから、傾向からするとこういう強弱関係になる」


 へぇ、とかおぉ、とか感嘆詞が漏れる。

 自分の席を中心に、周囲へ確認を取り始める生徒たち。それを軽く笑いながら、日名子は続ける。


「ただ、相性があるとは言っても結局そこは努力次第だ。ポ○モンで私はヒノ○ラシをぐんぐんレベル上げて、ライバルの初期ポケをワニ焼きにしていたことがあるが、そんな感じだ」

「先生、例えが分かんないです」

「ん? 貴様等リメイク版くらいやったことはないのか?

 あー、まあ良い。ともかく、相性の良し悪しだけで物事の判断をするな、ということだ。ランクの上下でもまたしかりだな」


 生徒達の理解を確認する日名子。

 と、まだ摩耶花の手が挙がる。


「先生は先ほど努力、と言いました。しかし本学は、才能主義の学校だったと心得ています」

「ああ、そうだな」

「だとすると、そこは矛盾があるのではありませんか? 才能で優劣が付いているのなら、それこそ一発で、人間的な強弱も決まるのではないかと」


 ふふん、と彼女は意地悪そうに鼻で笑う。

 困惑する事のない摩耶花に、彼女は言う。



「――甘ったれるなよ小娘。向上心のないバカは、卒業前に消えるのが常だ。

 例えどれほど基礎能力が優れていても、それを生かせないのならやがては枯れるぞ?」



 その一言で、教室中が一瞬で静まり返る。

 明らかに、さっきまでのようなからかうような雰囲気が、今の日名子からは消えていた。


「十で神童、十五で才子、二十歳過ぎれば只の人。古い言葉だが、まあ卓見だと思う。自分の子供を優れた子供だと思い甘やかす親への戒めの言葉だが、同時に多少違うような気が私はしている。本学の理念にそって言えば、一つの事柄を導き出せるだろう。

 要するにだ。どうして子供の頃に優秀であったものが、成長すると凡百に紛れてしまうのか、ということだ。これに対する研究会の見解はシンプルだ。

 サボるんだよ。わかりやすいだろ?

 あるいは甘やかされるか縛られるか、環境のせいで能力を伸ばす機会を奪われるかだな」


 優秀ということは、努力しないでもそこそこの成績を出せることだ、と日名子は言う。


「そこに胡坐を搔いて、己のリソースの拡張を怠れば、先も底も見えるということだ。何せどれほど違ったところで、我々は人間という動物でしかない。そこから逸脱はしていないのだからな。

 SランクでもCランクでも、戦略兵器で不意打ちされれば一環の終わりだからな」

「……」

「何を言いたいか察したか。で、それに対する反発もあると。ふん、受け入れようじゃないか麗生 摩耶花。そういう骨のあるのは嫌いじゃないぞ。

 さて、じゃあ話をまとめるぞ。秀才という言葉が何故あるか、貴様等は知ってるな?

 天より与えられし才と、秀でた才だ。字からしてもう違う。日常会話においては、より顕著だな」


 前者が才能そのものの結果。後者が学習や練習など、努力した結果。

 この時点で、自ずと生徒達も彼女が何を言おうとしているかを理解しはじめる。


「だから、我々が行うことは只一つだ。

 天才と秀才は両立しうるのだから、何ら不思議なことではないだろう?」


 つまりここの学校の目的は、特能というある種の天才的な才能を、努力し伸ばす環境を与える事によって拡張する場だということだ。


「少年誌でもあるだろ? 友情、努力、勝利。特に君達の年代では、ある意味顕著だな。王道が強い。どれか一つでも秀でていれば、結果は自ずと見えてくる。

 まあ、それで全ての努力が報われる訳ではないがな。

 ……っと、もうこんな時間か。自己紹介させる時間がなくなってしまったな……。まあ良い、一週間はオリエンテーションが続くのだ。また続きは明日にしよう」


 時刻は十二時半。


 起立、礼という彼女の言葉に続き、生徒達が「ありがとうございました」を言う。

 それを聞いてから、彼女はチェスの駒を仕舞い。


「二宮、藍場の両名は十三時に職員室に来る事。

 言っておくが今日は学食はメンテナンスだから、使えんぞ」

「……はい?」


 唐突な呼び出しに、剛は思わず頭を傾げた。

 

 

 

「……」


 そして無言ながら、澪は入学式には不釣合いな、ちょっと大きなボストンバッグの持ち手を握り締めた。


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