001# 入学式の出会いは後を引かない
入学式は大体三回予定
『――さて。ええっと、学園長から紹介に預かり、こうして在校生の言葉、なんてのを言ってますけど、実は僕、あまり言うことがありません。言える事を思いつかない、が正解でしょうか。はっきり言って皆さん、色々な意味で激動の一年間を送ることでしょう。それくらい、ここの学校生活の密度は濃いと思います。
だからこそ――己の才能を、どう活用したいか。どういう人間として在りたいのか。そんなことを考えて、学校生活を送ってください』
げほ、という音を壇上のマイクが拾う。
印象としては白い、そんな少年。身長はさほど高いという訳ではないが、見た目からしてかなり目立つ。線が細く、目は赤く、髪は白い。ネクタイのないスーツのような制服に身を包んだ姿。左腕の腕章の色が青なので、二年生だと判別できる。
そんな少年は、げほげほと咳き込みながら全体を見回し、ふっと微笑んだ。やわらかく、優しそうな微笑だった。
『うん、あんまり声が出ないので、こうして静かな方が助かりますね。
で、えっと……。あ、そうだそうだ。近年に限らず、才能の悪用による事件が多くワイドショーをにぎわせて居ますね。
この学校で伸ばす「特殊才能」――「特能」ですけど、これらはあくまで超能力とかじゃありません。才能です。でも普通の才能と比べれば、同時に大きな力でもあります。人によっては、簡単に人間を殺せる能力かもしれませんし、逆に人を助ける能力かもしれません。
だからこそ、それをどう使うか。使わないか。どういう目的を持って、これからの学生生活を――ごふぁッ!』
体育館の壇上で、白い少年は口を手で押さえながら吐血した。
ぎょっとする新入生たちと父兄たち。だが教員や出席している在校生たちは、皆一様に余裕といったところか。
下の方から金髪のショートカットの少女が駆けて、水筒と複数の薬を持って来る。
しばらく待ってくださいと言ってから、彼は薬を飲んだ。持ってきた少女は彼の服に付いた血を吹いたりしているが、いかんせんシャツの襟は完全に手遅れといった有様。
『あー、持病みたいなものなので、お気になさらず……。ありがとソフィア。
えっと、あんまり長いとドクターストップかかっちゃうんで、後一つだけ』
顎を赤く染めながらも、彼は――現生徒会長、灰夜 月河はニコリと微笑んで言った。
『――新入生の皆さん。
ようこそ、我等「特能第三研究所附属学園」へ!』
拍手こそ巻き起こったが、来場者という来場者が何とも言えない表情をしていたのは仕方なかったことだろう。
窓の向こうから曇り空が見える。もっとも、曇りとは言っても薄く太陽光が見え隠れ。雲間から差し込む光が若葉の繁り始めている桜を上から照らす様は、ちょっと壮大というか、幻想的と言えなくもない。
そんな外の風景のことなど気にも留めず、大半の生徒はわいわいがやがや。何せ見知った顔よりも見知らぬ顔の方が圧倒的多数のはずである。
ここ特能第三研究所附属学園、通称第三学園の募集倍率は300パーセント。実に定員の三倍である。これでもまだ他の研究所附属学園と比べると少ない方なのだから、公立高校/大学たる校舎の需要が窺い知れた。
いや、正確にはそのカリキュラムというべきか。
ともかく、お互いの出身地を聞きあったり、趣味の話、アニメ、映画、ドラマ、食事、スポーツなどいくらかの話題が飛び交う中。
そんな自己紹介ムードに真っ向からケンカを売る少女が一人。
全体的に見れば中心人物というか、積極的に周りから話かけられる中。彼女はひたすらに、顔を仏頂面のままにしていた。
「……はぁ」
透き通るような肌。意志の強そうな大きな目。長い髪はポニーテールにまとめており、ぴんと背筋を伸ばして着席する姿は、どこか日本刀を思わせる。
誰にも聞かれない程度にため息をつく。見る人間が見れば疲れているのが明白だが、周囲の同級生たちはそれを察しない。
彼女の名は、麗生 摩耶花。
このクラス、ひいては学校全体の中でもかなりの有名人だった。
入学式早々、有名人というのも変な話だが、しかし彼女の場合はこれが当てはまる。なにせ入学式で、壇上に上がっていたのだ。何故壇上に上がったか。それは彼女の才能が、かなり特殊な部類に位置するものであったからだ。
それは追々にするとして、そんな彼女の回りに集っていない生徒たちは少数。
例えば。
「まさか同じクラスで再会するとはね」
「びっくりした! いや、でも剛だっけ? 剛も受かってたんだな、よかったな!」
心底びっくりした表情の二宮剛と、快活に笑う安登勇樹のように。
同じ年齢、同じ服装のはずの二人だが、酷く対象的だった。
勇樹のイメージはスポーツ少年。サッカーなどをやっていそうなイメージか。リクルートスーツのような制服を身に付けていてもエネルギッシュでスポーティ。さわやかな笑顔がよく似合う少年である。
対する剛は、働きつかれたサラリーマンのごとき風体。無駄に着崩すこともなく着用した制服は、手入れされてないもじゃもじゃ頭と眠そうな目との組み合わせで一気に若者らしさを失わせていた。
別に問題でも何でもないが、新入生の時点でどちらが正解かと言えば、勇樹の方だろう。むしろ剛は「どうしてこうなった」と言わんばかりである。
入試の日にちょっとした事件に巻き込まれた二人は、案外と意気投合していた。
「僕は正直、受かるかどうか半々くらいだと思ってたんだけどね」
「なんで?」
「分かり辛かっただろうってのと、あとはこう、中学の成績かな……。あんまり良くはなかったし」
「授業中話しまくってたとか?」
「いや、そんなことはなかったけど。……テストは頑張らなかったからなー」
「俺もあんまり成績良くなかったし、とすると入試の比重大きすぎるな」
今後間違いなく、このクラスのマドンナ的存在になるだろう彼女を視界にも入れずしゃべる少年二人。片方は面倒から、片方はそういった情緒がまだまだ幼いという理由からであるが、そういう意味でもどこか対象的な二人だった。
「妹にもかなりびっくりされたよ」
「妹さん居るんだな」
「うん。あと、白い柴犬。
まそっちは良いか。えっと、何だったっけ。『変な才能あるとは思ってたけど、まさかそっちに受かる程とは思わなかった……』的な」
「へぇ。やっぱ仲良さそうでいいな」
「まあね。ブラコンでもないけど、一緒にテレビゲームやるし」
そんな風に話していると、剛の視線の端に桃色の蝶が踊る。
その蝶のやって来た方向を見ると、ふらふらとした足取りで見覚えのあるような、ないような生徒がフラフラ歩いて来た。
「よ、よぉ……、二宮氏」
「……えっと、あれ?」
「あ、わかんない? いや無理もないか……」
「まさかと思うけど……、受験の時に金髪で、肌焼いてなかった? 君」
「ヘイユー! そんな感じだ!」
多少時間をかけてからの剛の返答に、テンションの上がる黒髪白肌の少年。ギャグ漫画のように真っ白な肌は、どこか粉っぽいというか何というか。
そして、剛は肩を竦めながら、
「でもごめん、名前思い出せない」
「ヘイユー!? 風見明良だッ! 覚えといてくれよ泣いちゃうだろ!!」
「なんか面白いなコイツ」
涙目になって剛に突っ込みを入れる明良に、勇樹は素で楽しそうに微笑んだ。
「どうしたのその格好。受験の時はまさにギャル男って感じだったのに」
「いや、別にそういう意図あっての格好じゃなかったから……。いやアレよ、元々俺、サッカー部だし? 外で走りまくりだから肌は焼けたわけよ。髪は趣味だったけど。
で、今日入学式じゃん? 二宮氏」
「あー……。保護者が格好を許さなかった、みたいなものか」
「爺ちゃんがなぁ……。今朝突然わめき散らしてなぁ……。だから肌も頭も色塗ってるって感じなんだ」
ちょいちょいと手の甲をさすって、焼けた地肌を露出させる明良。
そんな彼に、わかるわかると勇樹な何度も頷いた。
「俺もそんな感じだったなー。前髪とか、わかるかこれ?」
「お? ユーも染めてる系?」
「こっちは水泳部。で、泳ぎまくってると色が抜けるんだ。塩素で。
で今日だけその抜けたところを毛染めしてきた」
言われてみれば確かに、と剛は彼の毛先を観察した。確かに色味が少し濃いというか、不自然さが境界にはあった。
「ははぁ、みんな苦労してるんだなぁ……。あ、俺は風見明良。ヨロシュー!」
「安登勇樹な。ヨロシク。二人は元中?」
「入試の日で、僕の一つ後ろ」
結構一緒のクラスに揃うもんだな、という勇樹の言葉に、二人は揃って頷いた。
「で、風見はさっきどうしたんだい? 足フラフラだったけど」
「アッキーラで良いぜ! じゃなきゃ風見氏とかでも。
何てことはないさ、ちょっと人ごみに揉まれた」
指差す先は、麗生摩耶花の座席。未だに周囲には、クラスの七十パーセントほどが集中していた。
「ちょろっと声かけようとして、全然動く気配なかったから諦めた、ら諦めたで背後が酷いこと酷いこと」
「だろうね。あー、確かにコネとしては良い感じになりそうだし」
「だろ? おまけに美人と来てる。話しかけるくらいバチとか当らないよな、な」
「ん? ん? 誰のことだ?」
いまいち話の中核を理解していないらしい勇樹に、剛が説明をする。
「んん、入学式の時、特能ランク”S”の生徒の表彰に居たのが、彼女。名前は……ちょっと忘れたけど、能力ランク”S”の女の子。大丈夫かい?」
「よくわからん」
「能力のランク付けって、あー、確かにドラマとかだとあんまり出ないっけ。ニュースでも必要ないから報道しないし」
「深夜アニメはネタとして結構使ってるぜ?」
「……深夜アニメ見るんだね、明良。なんか意外」
「へ? あ、いや、たまたまな! 某トーク番組見ようとしてた時とか、たまたま」
何故か慌てる彼をスルーして、剛は指を立てる。
「何段階か忘れたけど、よく一般人とかをC級ってドラマで言ってたりする覚えってない?」
「あー、あるな。刑事ドラマとかで、エリートが特能持ちで叩き上げがC級とか」
「その名前の通りさ。要するに、能力がC~Aみたいに、何段階か分かれてるんだよ。確か僕は、学校に届いた合格証だとBランクだったかな……?」
「あ、俺はBBランクだった」
「だったら勇樹の方が上だね。で、その最上位にあるのがSランク。もはや才能の域を出て超能力とか、そんなレベルになったものだったと思う。ま、うろ覚えのウィキ知識だけど」
「へぇ~」
そんな話をしていると、教室の入り口が勢い良く「バンッ!」と開かれた。
生徒達の視線が集中する。その先には、一人の女性が居た。
「これからホームルームを始める。席に付け貴様ら」
(((((貴様ら!?)))))
生徒一同、彼女の放つオーラの怖さに声を出さなかったものの、皆一様にショックを受けていた。リアルに「貴様」とか言う人間がいることとか、先生が生徒に大してするような目じゃなかったりとか(見るだけで人を殺せそうなそれ)、まあインパクトは絶大だった。
また、教師の容姿もそれに拍車をかける。
すらっとした美人というのが適切だろう。アップスタイルにまとめた髪、鋭い角度のメガネをかけ、白いジーンズに青いハイネック。全体のイメージも相まって、モデルのような立ち姿のようでもあった。与える印象はとてつもなく冷たいが、それもそれで味か。
勇樹が去り際「あ、試験官」と呟いていたので、おそらく彼の入試を担当したのは彼女だったのだろう。
そんな彼女が教卓に歩くと、その一歩一歩に圧力でも感じたのか、蜘蛛の子を散らすように自分の席へ帰って行く生徒達。
「春日部 日名子だ。これから貴様等の担任を務める。
仲良くとは言わんが、まあ授業中は静かにやれ。手はかけるが無駄なことに煩わせるな」
やる気がなければ帰って良い。
放たれる言葉の冷酷さと本気度に、生徒達はわずかに震え上がった。
もっとも、一部の生徒は違う。
「ふぅん……」
言ってる事は事実だが、ガンガンに当たり散らすよな態度がポーズであることを察知した剛や。
「……」
彼のことを、横目でじぃっと見つめる、彼と同じ中学出身の藍場澪など。
そんな一部の生徒達を見て、日名子はニヤリと唇を歪めた。




