011# 絶対に逃げられない宣告を受ける(受けない)
「……まずVR空間上の表記の時点で、貴様の下方修正申告が明らかだろう、特能の。
私が言うことでもないが、そういう振る舞いは己を下げるぞ。もっと妥当な評価を受けろ妥当な」
剛に相談されて早々、日名子はため息をつきながら軽く叱った。
場所は職員室。授業終了後、昼食をとらず部屋を訪ねた剛に対し、意外そうな顔をしながら応対した日名子。もっとも内容に対して感想を言う前に、当然考えられ得る嫌味が返答された。
学生証に記載されている剛のEFバタフライエフェクトのランクはB。しかしVR空間上で表示されたランクがBBである。この時点で剛は、何を馬鹿正直に細かいディティールまで話したのかと己の失策を悟った。
「ごもっともとは言えないですが、まぁ、その……」
「いや、まぁいい。上方向の虚偽申告に関しては問題があるが、下方修正しての申告については罰則はない。一応、卒業までには改まるだろうが、当面貴様が気にする範囲の話でもないだろう。――――”そういうことが聞きたいわけじゃないので話を早く進めてください、昼食を取れないです”だと? 貴様、人が珍しく気を使って早々にこれか。私だって昼をとれないんだぞ長引くと。
貴様、明日覚えていろよ?」
「ひえっ」
「裏声で悲鳴をあげたところで可愛くも何ともないからな?」
半眼でチェスのコマをかつかつと机に落としては持ち上げを繰り返す彼女。放たれるオーラは酷く威圧的なそれで、あまりにもあんまりすぎるために冷や汗と同時に一歩後退をしている剛。
なお彼女の周辺の「蝶」に関しては、彼女自身が色々と特能を使用して剛を観察しているせいか、剛が何をせずとも連鎖的にシアン色がマゼンタ色に変色しており、彼個人の裁量で彼女のイライラをどうこうできる状況になかった。
「まぁ、表記がずれたことについては後々色々絞ってやる。今日はスルーしてやろうか。
それで? セカンドバーストが何かという話だったか。いずれ授業でやるから飛ばしてもいい部分なんだが、そのランクがBとかじゃなかったことに違和感があると」
「ええ、まぁ……」
ふむ、と言いながら、再びチェスのコマを何度か手元で遊ぶ日名子。
十秒も経過していないだろうが、両者、沈黙。
と、にやり、と日名子がそこ意地の悪い笑みを浮かべた。
「――――なるほど。Aランク以上だったわけだな? セカンドバーストが」
「あ、あいどんのぅ、わっどぅゆあしんきんぐ」
「普通に日本語で言え日本語で。
私が何を言いたいかわからないだと? その程度はリアクションだけで十分推測の精度をつめられるわ。おそらくAA以上だったんだな。ご愁傷様だ。これでお前は確実に現生徒会に目をつけられるぞ? わざわざJKメイドを派遣するまでもなかったな」
図星をつかれて思わず(何故か)英語が飛び出る剛に、あざ笑うように事実を上げ連ねる日名子。
あからさまに彼女の言葉と同時に、剛の周辺を飛んでいた「蝶」の色が変化する。その蝶――――「生徒会入りフラグ」とでもいうべき蝶の変化に、思わず剛は引きつった声を上げた。
「い、いや、あの! 結局セカンドバーストとはなんなんでしょうか、それがわからないと対策も打てないと言うかですね」
「打たなくていいだろ。ソフィア・ウォーカーに目をつけられた時点でこの学園で逃げ場所などないぞ」
「ソフィア……、副会長さんでしたっけ? ホント一体どんな特能なんだか……」
「知らぬが仏だ」
仏ですか、と剛は彼女の言葉から放たれた蝶を見る。
明らかに問い詰めると面倒ごとを引き起こしそうな類のものだ。具体的に言うと、今苦々しそうな表情を浮かべている彼女のエピソードについて。
「『この傍若無人な教師すら倦厭させるとは一体どんな性格の悪い先輩なんだ』か。フォローする訳ではないが、奴は性格は良い方だぞ。そして私も傍若無人ではない」
「えっと、」
「『どの口でそれを言ってるんだろうこの教師』と。
なんというか、お前は学習能力がないなぁ二宮剛?
大概の生徒は二、三度でどうこう納得するものなんだがなぁ二宮剛?
私の何がそんなに貴様の学習能力を下げているのか、ちょっと研究してみたくなるよ二宮剛?」
「…………」
とたん、にこにこと笑顔を浮かべながら剛の肩に手を置く彼女の有様から放たれる、圧倒的な怒気のプレッシャーである。苦手というほどではないが、人と話すのが得意という訳でもない剛からすれば中々にダメージが大きい振る舞いだった。
「まぁ、折檻はいったん置いておいて」
「冗談を置いておいてくれませんかね……?」
「安心しろ簡単で分かりやすく私にダメージが入るような体罰の類では済まさんからな覚えておけよ」
「ひえっ」
一瞬剣呑な目をするも、切り替えて思案しながら日名子は言葉を続けた。
「セカンドバーストとは何か、と言うと。そうだな。簡単に言えば才能が開花する、というやつだ。我々は俗に第二爆発と呼んでいる」
「まんま直訳ですね、セカンドバースト……。っというか、開花?」
「ああ。そうだな。一般に『才能が開花する』と言えばどういう意味合いを指す」
数舜、何故かためらいを見せる剛。
「…………あー、貴様の特能のせいもあってそういう話を『信じがたい』のはわかるが、あくまで一般論だ。理解を助けるための補助、たとえ話の類だと思え」
「りょ、了解です。眠っていた才能がわかりやすく表出するとか、何かしら修練して努力してきたものが花開くとか、そういう感じではないかと」
「まぁ、その認識で大丈夫だ。一般にこれは、それまで表立って認識されていなかった技能や芸当について、当人が可能であるということが発見された際に使われる言い回しだ」
なんだか回りくどく言い直す日名子だが、続いた言葉に剛はその回りくどさへの納得をした。
「つまり、元来備わっていた才能であろうとそうでなかろうと、発見されたそれもまた実質的に才能の類なのだよ。サッカーのシュートに才能があった男が、コーチングをしても才能があったとか、そういう類のものだ」
「えっと、つまり?」
「能力の系統が違う場合は『ダブル』持ちとされる。こちらは特能において保持者が少ない。大体人間のリソースは、特能の場合現実離れしているせいか『偏って』集約されている場合が多いからな。だからこそ、この『もう一つの才能』と呼べるものは、本来持っている特能をベースに、派生する形で発露する」
だから第二爆発だ、と日名子。
「第一の才能を火種として、まるで爆発するように広がりを見せる――――中々ポエミーな由来だろ」
「字面がかなり物騒ですけどね……。えっと、これってつまり応用編みたいなものですか?」
「そういう場合もあるし、そうでない場合もある。
で、ここでまたお前に言ってやりたい話なんだが……。VRシミュレーター上でのランク表示とかな。あれはだな、当人の脳内の能力の把握具合と、実際の能力の仮想適応範囲とをベースに算出される訳だ。名称がついていないのは当然ありうるが、ランクがついていたんだろ」
「えっと、何を言いたいんでしょうか……?」
「お前、セカンドバーストを使ったことあるだろ」
決してごまかしていたわけではなかったが、今までの彼女との話のやりとりをベースに考え、剛は日名子と言葉に納得する。それと同時に、冷や汗が背中から流れる。
「あー、えっと、その、下方修正して伝えていた部類に該当するものかと思ってました、はい……」
「…………嘘はついていなさそうだが、Aランク以上相当のセカンドバーストなんて明らかに物理現象を突破していて不思議じゃないんだ。普通、何かおかしいと気づくものだぞ」
「いえその、リスクがそれなりにありまして……」
言いながら、剛の脳裏には入学試験の日の映像がフラッシュバックする。
トラック事故を防いだ際に行った一連の流れと、鼻から噴き出した血を。
「下手に使うと脳みそが焼き切れて死ぬとかしそうで、とてもじゃないですけど気楽に使える類のじゃないですから」
「だから、あくまで応用しているレベルの使い方をしている程度に思っていたと。……ダメージが脳に行くからそんなものかと思っていた、か。まぁ当人だからこそ客観的に分析できないこともある。
だが問題だな……」
突如頭を抱える日名子。剛が問いただそうとするが、彼女は数秒もせずに頭を振った。
「あー、ダメだ。今日明日で決定はできまい。
よし! 二宮、貴様しばらくその件は保留だ。口外は藍場以外禁止だ。下手すると「モルモット」扱いになりかねない」
「ええ……?」
疑問符を浮かべる剛に、仕方ないだろうと日名子。明らかに面倒がっているが、しかし一応は剛に気を遣ったものではあるらしい。このあたり、態度がどれほどひどくとも一応は教師ということか。
「それくらいデリケートなんだよ、バタフライエフェクトのセカンドバーストの扱いは。……少なくとも、世界大戦中に観測された能力の一つな上に、使用者次第ではとんでもないことになるのが数年前実証されたからな」
「あ、処刑されたって言ってましたっけ。……本当に何やらかしたんですか?」
「暗殺だ」
ぎょっとする剛に、日名子はところどころぼかして説明する。
「殺し屋、要人暗殺とかも平然とこなし、おまけに罪を擦り付けるスケープゴートも大量に用意できてしまうときた。基本偶然を装っての暗殺が大半で、発覚にもかなり時間がかかったからな。
それでもバタフライエフェクト持ち全員が危険人物扱いでないというのは、世界大戦中に証明されてる。JVNと通称される、天才的な数学者によって」
「数学者……」
「もっとも『おそらくは』というレベルだがな。現代の解釈では、初段階のランクはかなり低かったがセカンドバーストが著しいレベルだったと推察されている。少し待ってろ……」
言いながら日名子は机の中をあさり、A4用紙を一枚、剛に手渡した。全編にわたって英文で、さしもの剛もやや辟易。基本、気が動転したりすると英文を言い放ったりする剛だが、いくつかテンプレート的に言い回しを覚えているだけであり英語の成績はそこまで良いわけではなかった。
しかし、それでも記載されている事項の注釈個所は目についた。
「バタフライエフェクト・コンピュート……、Aランク?」
「コンピュータとはもともと計算者、つまり人間の代替えで正確に計算を大量にはじき出す装置として考えられたものだ。逆説的に、独力で計算し結果をあらかた導き出せる知性を表現した結果だ。かの人は独力で、最も正確な暗算をできたと言い伝えられている。
かのアインシュタインすら手をあげた天才だが、しかし同時に万能の天才ではなかったと言われている。ひどく効率主義で非人間的な案も必要な出せるという意味では学者然としていたのだろうが。
まぁ前にも言ったかは知らないが、要するにそういうことだ。バカとハサミは使いようじゃないが、いかに強い能力と言えど出来ることと出来ないことはあるし、それを使う人間もまたしかり。
貴様がA以上のランクをはじき出したのだとしても、それをどう使っているか、使った結果が正しいものかどうかというのは、また別問題だということだ。だから、貴様個人のその意思と尊厳とを我々は守らなければならないんだ」
「……」
なんだかひどく教師らしいことを言われたような気がする剛。
もっともそんな彼の内心を察してか否か、彼女は鼻で笑って「くれぐれも軽挙妄動はするなよ」と言い含めて、剛を帰した。
「軽挙妄動と言われてもなぁ……」
一方で、剛の脳裏に過るのは澪のこと――――具体的に言えば、今も下駄箱の手前で今か今かと誰かさんのことを待っている彼女である。当然服装は制服姿。
剛の目から見て相も変わらず愛らしく、しかし同時に壊滅的なまでに無表情。そんな彼女の周囲の蝶が、一つ桃色に変化する。剛が来たことに気付いたらしく、視線をふり、音を立てずに歩いてきた。
「こっちの理性を溶かしに特攻してくる相手にどう対処しろと……? いや、まぁなんとかは出来るけど」
「何かおっしゃいましたか? 二宮君」
「いや、なんでも。どうしたの? まだ帰ってなかったとは」
当然のように不思議そうな顔をする澪。一瞬、周囲の蝶がざわめき、剛の頬が引きつる。
すると先ほどまでの無表情が嘘のような、満面の笑みを浮かべ――――。
「――――二宮君と一緒に帰りたいと思います。よければ、一緒にお昼はいかがでしょうか?」
「だからせめて澄んだ目で言ってほしいなぁ……」
相変わらず笑っていない目を向けてくる彼女に、しかし、剛は不思議と逃げられる気がしなかった。