010# 教育形式理詰め型体感型
「努力とは、目覚めながらに夢を見て驀進することを言う。が、そうはいっても目覚めている世界は夢にあらず。この世界はどうしたって人間の空想にしばられず、ひとえに物理現象という現実を我々に突き付けてきた。だからこそ先の大戦以降、我々に目覚めた特能というものがいかに人類にとってイレギュラーなものだったかということだ。端的に言ってしまえば、それこそ陳腐な言い方をすれば超能力とか、魔法とか、そういった類だろう――――さて、実際に特能を持っている貴様らであるからして、自分の能力のランクというものについて疑問を抱いたことはあるだろう。このランクというのは、一体何を基準にしているか。
答えは簡単だ――――それがどれだけ『現実離れ』しているかだ。
前置きはこれくらいか? じゃあとりあえず、各々、筐体にコンビで座れ」
日名子の言葉に、二人組を作った生徒たちはジェットコースターの相乗りでも連想するような形状の装置に腰を掛ける。頭部にフルマウントディスプレイとヘッドセットが下りてきて、そこからも彼女の声が聞こえる。
体育館で作った二人組のまま、全員が教師たちの誘導で、早いもの淳にVR筐体のある部屋まで連行された。連行、という表現は実際正しい。日名子の存在は明らかに生徒たちにとってプレッシャーであり、これなら強面&キューティクルアイの鬼塚の方がまだマシという意見もちらほら存在していた。なお、そういった意見に日名子は無言でチョークをぶん投げ額にぶつけることで返答したため、全員閉口している。体罰だの云々には厳しい昨今であったが、とてもじゃないが日名子はそれを言える雰囲気をしていなかった。いわゆる弱肉強食であるし、ひどいけがをさせていない以上はあまり強くも言えまいという計算があるのだった(※剛が見た範囲では)。
ともあれ、相変わらず偉そうな説明を伴った上でVR筐体を、2人1組で装着する。と、生徒たちの見る光景が白い部屋のようなものになり、全面に円形ディスプレイのようなものが表示された。
『――――Welcome new faces. Our research institute welcomes you.』
「俺、英語わっかんねぇんだわ」
突然の英語音声と英語表記のディスプレイ表示に、勇樹は敗北宣言。
くすくすと彼につられて私語が出るが、日名子はまだ注意しない。
「英語がダメなやつは言語選択項目があるから、その個所を操作するイメージをしろ。手を動かさなくても、電子空間上の『貴様らの体』が勝手にやってくれる」
電子空間上の体? と生徒たちの大半は意味不明であったが、これには剛がいち早く適応する。通常のVRゲームなどの場合はフルダイブ型――――意識そのものを電脳空間に転送しているようにふるまうタイプ――――が大半であるが、こういう半AR型もまた存在しない訳ではない。どちらにも共通するのは、おおむね自分の身体「でない」体を動かすというイメージである。要するに、想像の中にある自分の体を動かすようなイメージだった。
もっとも剛は特に何も言わないので、一番最初にそれが出来たという事実は教師陣しか把握できていない。
ちなみに最初に声が上がったのは 御堂 あげは であり、剛は思わず苦笑いを浮かべた。
「できたな? じゃあ進めるが。まず『カリキュラム』『試遊』の順番でタップしろ」
言われたとおりに操作すると、画面に表示されている光景が、現在自分たちが「本来見るべき」もの、つまりヘッドディスプレイ装置を外したような光景になる。むろん、所々画面上にパネルのつなぎ目があるので完全なものではないが、疑似的に再現された。
ただ、唯一違うところがある。
「画面の左上に色々表示されているだろう。HP、SP、EP、それからスキルと書かれているだろうが、それが当座、お前たちが見るべき部分だ」
日名子の説明が続く。
HPはむろん体力――――この場合、VR空間で活動することが出来る時間を表すらしい。それが証拠に、バー表示のそれがちりちりと秒ごとで目減りしていくのが生徒たちにも見て取れた。どうも、VR空間で長時間活動するのは身体によくないとかで、教育目的であっても連続使用に制限がかけられているらしく、これはその表示らしい。
SPはスキルポイント――――VR空間で特能を使用することが出来るゲージだ。使用すれば減るらしく、実際視界の端で砂煙が上がったり、VR空間上の柱が曲がったり(?)といった、中々に名状しがたい光景が繰り広げられている。どうも日名子の説明が終わる前に何人か遊んでいるようだ。もっともこのゲージがゼロになれば特能系統のものは使えなくなるらしく、要するに実生活でどこまで連続使用できるかという耐久値を表すものらしい。剛もためしに蝶をタップしてみたが、目減りの仕方に差があるらしく、決して一定という訳でもないようだった。
「さて、EPだが……、これがお前たちにとってかなり大きいかもしれない。つまり経験値、お前たちの特能向上の判定を見ている。これが一杯になればいわゆるレベルアップ、ランクが1階梯上昇するということだ。わかりやすいだろう? ……嗚呼、別にそれは、RPGゲームみたいに敵とかばったばったと倒せと言う話ではないぞ風見。人によって何をすれば技能が向上するかは千差万別だ。お前ならサッカーボールを受け止め続けるとか、まぁやり方はいろいろある」
びくり、と勇樹と慶承の隣の装置で男子生徒が震える。これもまた例によって日名子に見抜かれている類のものだろう。
「まぁ既に何人か使っているみたいだが、試しにVR空間上で使ってみろ。あくまでイメージするだけで使えるから、くれぐれも『実際に』使わないように。波木先生のハウリングを食らいたくなければな」
『――――――!?』
ひえ、と、各所で悲鳴が聞こえる。おそらくはかの教員の持つ特能に由来するものだろうが、一体2クラスの生徒たちの身に何があったというのだろうか。
一方、話が半分くらいしか頭に入っていない安登勇樹はといえば。
「言語……、言語?」
未だに仮想空間での自分の体を動かすのに苦戦しているらしい。Language の個所をタップできずにいた。
「あー……。コツがわかればいけるのかな?」
「? あ、あの、どうしたのかな? 僕、何か気に障ることし――――」
「いや、大丈夫だから、してないから。……してないからリストカットしようとするの止めようか玉田くん」
二宮 剛 の言葉に、彼と相席になった 玉田裕翔 は「あはは……」と元気なく笑った。
裕翔は端的に言って、背が小さく、声変わりしておらず、悪く言えばなよっと、よく言えばユニセックスな容姿をした男の子だった。見た目年齢は小学生にも見えるくらいで、女装させればかなり映えそうな容貌をしている。
が、それらを絶望的に台無しにする目の下の隈と、引きつった笑い。そして衝動的にリストカットしたがる悪癖があるらしかった。
彼もまたその雰囲気から「2人組を作る」で残る一人であり、剛とは別なベクトルでちょっと変わった雰囲気ではあった。
「僕、いじめられてたから」
なんでもそれが切っ掛けで、特能を発現したらしい。だが慶承とは異なりその才能は攻撃的な方面には伸びなかったらしく、そのネガティブな様子から現状の彼の特能が若干うかがい知れるようだった。
ちなみに当然のように、剛が言っていたのは勇樹の状況であり、遠隔においても音が聞こえるせいか、彼の状況を「蝶」で察することが出来ていた。
「じゃあ、使ってみるけど……。えっと、使うってどうしたらいいのかな? 僕のこれって、鬼塚先生みたいに、自分ひとりのやつじゃないんだけど……」
「普通にVR空間で、他の生徒を探せばいいんじゃない? 僕、ちょっと遠回りするし」
「ええ!? と、隣にいるのに、なんでそんな遠くに……、やっぱ僕のこと皆嫌いなんだ……」
「いや、そこまで思い詰める話じゃないから。えっと……、おーい」
VR空間越しに、未だに棒立ちのまま微動だにしていない勇樹の前に移動する剛。隣では慶承が胸ポケットから取り出したペンをダーツのごとく投擲して、遠方の壁に突き刺して、なんとも名状しがたい表情を浮かべている。と、そんな彼も移動してきた剛の姿をみとめた。
『二宮か。どうした?』
なお、音声はヘッドセット越しにお互い通信ができる仕様である。
「いや、お隣さんが酷い状況みたいなんで手助けをばと」
『ん? ……おい安登、どうした?』
『わ、わからん……? 英語? というか、えっと、どうやって動かすんだこれ?』
『ひょっとしてVR初体験か、お前』
『いや、フルダイブ型は昔やったことあるんだけど、んん……?』
「えっと……、一回、目を閉じてみて」
言いながら、剛は目の前に――――VR空間上に見える青い蝶を「はじく」。色が桃色に変わり、それがつらつらと剛のアバターの額にぶつかった。
「閉じた? 閉じたらこう、その状態でヒトガタをイメージしてみて。映画とかの俳優でも何でもいいから。アクションフィギアの等身大のやつとかでもいいし」
『何で?』
「実際に体を動かそうとしなくていいから、とりあえず人形みたいなのをイメージして。いいから」
『お、おう……? したけど』
「じゃあ、それを自分に重ねるようなイメージにして。できる?」
『重ねる……? んん……?』
ぴくぴくと、勇樹のアバターが動く。『ほう』と慶承が唸るも、剛は気にず続けた。
「その人形を、動かす。なんでもいいから」
『なんでも……? よしっ』
「………………で、それ、何?」
『特撮ヒーローの変身ポーズか。たぶん○○〇〇の』
何故か勇樹のアバターがとった一連の動きを正確に言い当てる慶承。
「じゃあ、目を開けて、もっかいやってみて」
『お? おお…………、お、おお! なるほど、こうか!』
剛の説明を受けたおかげか何か、コツをつかんだらしい勇樹。ぴょんぴょんとその場で何度も跳ね上がる。
そして、勢い余ってVR空間上の地面が「えぐれた」。
『いや、やわらか!?』
『ちょっと待て、そういう問題じゃない……!』
驚愕する勇樹に頭を押さえながらツッコミを入れる慶承。
剛はといえば「砂煙じゃないのか」と苦笑い。
『いや、だって俺のニトロアクセルってアレだぜ? スタートダッシュのヤバイ版みたいなやつだから、最初の一歩ですんげー、こう、ばびゅーん? って感じに動けるから、それやろうとしただけなんだけど。……んん、どういうこと……?』
「僕らに聞かれても、ねぇ」
『嗚呼……』
顔を見合わせる慶承と剛。
大体ちょうどそのあたりで、日名子の声が轟いた。
『――――さて、他の連中が特能を使うのを見ておおむね察したとは思うが。あくまでも特殊才能と我々は言うが、だからといってこれが変な能力でないとは言い切れないということだ。原理についてある程度説明をつけられる場合もあるが、そうでない場合もある。……特能は基本、Cランク以上が特能を認められる。これが何を、という話で言えば、ずばり「物理現象から乖離している」ということだ。例えば史上最大の脱獄劇をやらかした某犯罪者が持っていたのは、JBプリズンブレイカー。ランクはAAで、これが何をしたかと言えば、眼前にある障壁を必ず「踏破する」というものだった。眼前、どう見ても垂直の壁を全速力で走り抜け駆け上がる様は明らかに現実離れしたそれだ』
ぱちん、とVR上で日名子が指をはじくと、各々の眼前に小型の画面が表示される。画面の中では、白黒フィルム内で猛烈な速度で走り、彼女の言葉通りに壁を駆け上がり、有刺鉄線をものともせず飛び越えて遥か彼方へと逃走した囚人服の男の姿が映っていた。
『この男の特能について、解析結果では単に「身体能力が異常」だという結果しか出なかった。曰く脱獄に際してのみ、異常な身体能力を発揮すると。身体のリミッターを外しているのだと。……だが、それで説明がつかない場合もあった。映像資料は残っていないが、その男は後に水中監獄に閉じ込められるのだが――――そこから脱出する際、水中で「三時間」息を止めて潜水し脱出したと記録が残っている。本来なら完全に眉唾物だが、我々は幸か不幸か、それが眉唾でないということを知っている』
日名子の言葉に室内がざわめきだす。あたり目と言えば当たり前だ。明らかに彼女の語ったそれは、過去の記録でありながら特能そのものを示している。そしてもう一つの謎として、この話題を出す理由についてだ――――。
『先も言ったように、この男は脱獄犯として最終的にはとらえられ、死刑判決を食らっている。ここで重要なのは、こういった才能があっても「犯罪を犯せばオシマイ」ということだ。わかるか? いくら暴力的に圧倒的なものを持っていたところで、特能の強弱関係や相性、練度によってそれらは駆逐されうる。貴様らをここで鍛えるにしても、決してなんでもかんでも好き放題できるような人間にはできない、ということだ』
手を叩き話す彼女に、全体が注目する。
手元でチェスのコマをいじりながら、日名子は肩をすくめた。
『私から言うことは一つだ。――――だからこそ、他人の気持ちを感じ取れる人間になれ。他人を慮って、社会を壊すな。以上! 後は今日は自習とする。
……そこの3組生徒、私は特別だからいいんだ』
横暴だ、と剛は思ったが、明らかに日名子の視線は彼の方を向いているからして仕様がない。
しかし、彼女の自習宣言によりにわかに色めきだつVR空間の生徒たち。言外に道具の使い方に慣れろ、という教師陣からのメッセージであるが、それでも自習というフレーズには心躍るものでもあるのか。
そして剛は、自分の画面の左端、能力の欄を見る――――。
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Gou Ninomiya
HP[============ ]
SP[============= ]
EP[= ]
Skill:EF=Butterfly_Effect(BB)
[Second_Burst](AAA)
――――――――――――――――――――――――
「セカンドバーストって何だろう……」
未だ一切教師陣から説明を受けていない項目に――――その項目がAAAを表示していることに、薄ら寒差を覚えていた。