009# ポジティブな臆病とネガティブな臆病
(久方ぶりを通り越す投稿ペースに思わず頭を下げる筆者)
「……」
案の定、剛はボッチとなった。
理由は恐ろしく単純だ。「男女別々に組め!」と鬼塚が言ったためである。この時点で澪を頼れまい。ボッチ殺しの文句は連続し、クリティカルに剛を抉った。
自分の周りに飛んでいる蝶一つ、現状の自分が周囲からどう見られているかを視ながら、彼は薄ら笑いを浮かべる。蝶から判別して「ほとんど全員から全く見られていない」というのは、色々と悲しい現実であった。逆にある意味才能かもしれない。
グループが出来た順番に徐々に教室から退室する背中を眺める剛。
そんな中、終始謎のはばたきをまとわりつかせる藍場澪が近寄ってきた。
「はぁ……」
「何故そんなに、余ってしまうのでしょうか」
「藍場さんにはわからないかな」
「まぁ昔からそうでしたっけ」
「君が僕の昔の何を知ってる」
「三年と今年に入ってからなら多少」
そうだった、そういえば同じ中学出身だった。そして、こんな何の生産性もない会話であっても、剛は少しだけ気がまぎれた。
なお肝心の彼女に関しては、特に何をするでもなく他クラスの女子から声をかけられる始末。当然のことながら彼女ほど容姿が優れているわけでも、コミュニケーション能力が高い自覚がある訳でも無いので、肩を落とす他なかった。
「決してクラスで浮いているわけでもございませんしね、二宮君。なのにこうしてグループを作るときだけ仲間外れに……」
「仲間はずれ言うのやめい」
「んー……、まずは自分から声をかけてみては如何でしょうか?」
「自分から声をかけるったって、ねぇ? まぁかけはしたけどさ」
なお声をかけても誰も聞こえない、までが余り者たる彼の基本的な流れである。声をかけた相手が聞こえておらず、次々と勝手にグループを作る結果一人残されるとなると、もはや何かの作為とか悪意とかを疑うべきだが、残念ながらそれらが「たまたま」引き起こされたのだと彼の視界では認識できてしまうのだった。
ならちゃんと認識できるよう声をかけろという話だが、彼本人はちゃんとそう実行しているはずなのだ。
ただ剛よりも、周囲が他の相手と二人組みになりたいと考えているということだ。
「たぶん、ちょっと出遅れるんだと思う」
「左様でございますか」
そんな剛の、一見意味不明な言い訳じみた話を聞いても、澪は特に何もツッコミを入れてこない。
そのイエスマンじみた所作は、なるほど確かに本人が自称する所の従者っぽくはあった。まぁ、だから何だというのが剛の感想であるが。
(それに……、まぁ、見えるからなぁ……)
基本的に友達と遊ぶ、仲間を組むという行為には、ある程度の期待が存在している。こいつと仲間になっていれば上手い事チームが回る。あるいは一緒に遊べば全く未知の面白さがある、などなど。期待の種類こそ様々であるが、そこには共通して、ポジティブな期待があるわけだ。
対して剛のバタフライエフェクトである。
まず確実に断言するなら、彼の特能はそういったポジティブな期待と致命的に相性が悪い。
なにせ、相手と組んだときに何が起こるか、というのを彼自身が明確に把握できてしまうのだ。それは無論、一本の筋道だったものではない。多数の選択肢に分岐したものである。どこでどう会話を交わすか、とか、どこでどう行動するか、とか。そういった微細な情報がたんまり載った蝶を視認してしまう訳だ。
本来、相手に期待するということは未知の部分が多いか、あるいは経験則に基づき考えずとも行動することが出来るかである。対して剛の場合、初見の相手に対しては膨大な認知コストを必要とする。またそれが原因であまりグループに入っていけず、結果経験値がたまらない。デフレスパイラルである。
またそれを抑えて声をかけようとしても、剛がアクションを起こすよりも先に他の相手が声をかけるアクションを起こして完了してしまう。彼が見えるがゆえに、一歩出遅れるというのが大きいのだろう。
「不思議なものでございますね。でも、普通に会話はなさっていますよね? 安登君などと何人かで集まって、わいわいがやがや」
「人数制限というか、内容制限というか……。端的に言うと、別にしゃべってる以外に何もしていないじゃん」
「あ、なるほどです。舵取りは苦手なんですね」
「比喩表現すぎて意味わかんないけど、まぁ、そんなところかな。
基本的に僕の想像力に依存してるからね、見え方も」
つまるところ、グループで集まる事に明確な結論や成果物が必要な課題に向いていないのだ。
そういう意味では、彼自身の思考、嗜好をはさまず自動的に勝手に割り振ってくれた方が剛的にはまだ楽である。当然彼の担任はわかっているだろうが、まぁ何もいわないだろう。
「つまり、慣れろってことなんでしょ」
「成長しろ、努力しろ、"Change your mind" 自分が変われ、ですか」
「なんで英語?」
「二宮君に感化されました。リアクションに困ると、二宮君、英語をご使用なさいますし」
「……悪い影響を与えてしまったようで申し訳ない」
「そう思うなら愛を下さい」
「対価と釣り合ってないんだよなぁ……。まあ、言うほど僕も英語好きってわけじゃないけど」
というよりも、と剛は澪の顔をまじまじと見る。不思議そうに頭を傾げる彼女の表情は相変わらず淡々としているものの、剛は不思議な感覚を覚えていた。
あれ、僕、こんなに彼女と打てば響くようなやりとりしていたっけ?
そう思った瞬間、彼女の周囲を舞っていた桃色の蝶が彼の視界に入った。
「……あー、ひょっとしてなんだけど、一昨日の朝のあれ」
「あれ、とは?」
「言わないからね? いや、真面目な話だから言わないよ、絶対わかってるだろ犯人。
ひょっとしてなんだけど、あれで君、僕と打ち解けようとしていたわけ?」
「質問の意図がわかりませんが」
「うん、僕も口にしてから意味わかんねーって思った」
だが他に説明のしようがないのも事実だ。
彼女が一昨日、半裸で迫ったことに対する彼なりの考察である。剛が今目撃した蝶は「とっつきずらいイメージ払拭」という属性を帯びた蝶だった。澪の周りにそんな蝶が飛んでいたのは、果たして何故か。そう考えれば、間違いなく彼女のイメージが剛の中で、以前よりぞんざいになるエピソードがトリガーとなったに違いない。
つまるところ、愛をください、という例のやつである。
全くもって不気味極まりないところではあったが、しかし剛にとっては、どうも「正体不明」と「とっつきづらそう」という印象では、前者の方がポジティブに受け取れるらしい。いや、そこには過分に思春期の男子らしい欲求が、色を帯びて付随していないでもないかもしれないが。
そして、彼女の周りにその蝶が飛んでいたというのが、剛の今の発言の裏付けだ。
剛の周りに、彼女に対する印象が変化したという蝶が飛んでいるならいざ知らず、彼女の周りにそれが桃色になって飛んでいたということは、彼女自身がそれをクリアしたということ。しかも「剛本人の意図から外れて」。
「まぁ実際アレ以降、藍場さんと話しやすくなったかなーと思って。ひょっとして、狙ってやった?」
対する彼女は、ここで少しばかり、くすりと口元を押さえた。冷静そうな相貌がわずかに可愛らしく、微笑む形になるが何故だろう、全く笑える気がしない。
ほんのわずかに濁った何かを映しながら、彼女は剛に耳打ちした。
「――私、本気ですから。そのためには色々やります」
まず何が本気なのかさえ剛にはわかっていないのだが、それだけ言うと彼女は剛の傍を離れた。どうやら順番が来たらしい。
それを見送りながら、彼は視線を振り――。
「……」
「……や、やぁ」
地面をじっと見つめて半笑いを浮かべている、数少ない他の余りものの生徒に声をかけた。
そんな彼の様子を、日名子がニヤニヤしながら確認していた。
※
「VR教材というと、西東京の方の音大に一台あったと聞くな」
「へ、なんで?」
「実際に楽器で弾くのではなく、体に覚えこませるのを効率よくやるため……、だったか? 詳しくは知らないな」
「ふぅーん。何ていうか……、どこも商魂逞しいのな。それ、絶対学校側、パンフレットに載せてたろ」
「乗ってたな。以前、一度そこでやるコンサートを聞きに行った。返りに罰金を取られたが」
「何があったし」
「一時停止違反だそうだ。家族で車で行ったのだが、年末のあの時期、混む事が確定しているせいか検問のように警察官二人が狙い済ましていてな……。ノルマ稼ぎの餌食になった」
「あー……、なんか、スマン」
「? 何故お前が謝る」
「いや、なんとなく」
天馬 慶承と安登 勇樹である。二人組みをつくれ、と言われた直後、いの一番に二人組となり、教師誘導の一番二番を争うように並んだ二人組みである。結局は先頭から三番となってしまったものの、彼らにとって対した影響ではないようだ。
「しかし、やはり麗生 摩耶花は大人気だったな。彼女も彼女で大変そうだ」
「あー、だな。面倒でも逃げられそうにないのが可哀そうってハナシ」
「……?」
「どした、天馬っち」
「いや、安登が名前を覚えているのが珍しいと思った」
「出会って一週間足らずだけどな、俺達」
「それでも分かるくらいに、安登の人間の顔に対する識別能力は低い」
「悪かったよー。
あー、ちょっと話したからな、朝」
事件の詳細については語らないものの、遭遇したという字jちうだけは伝える勇樹。
状況が状況であったことと、摩耶花本人に口止めされたことが大きい。
彼女いわく「能力の部分だけ取り上げると、Sとかのカテゴリーといっても化け物みたいだから」と自嘲気に笑っていたのだ。さすがに勇樹もそれについて追及する気は起きなかった。
「それはそうと、具体的にVRって何をやるんだ? ゲームじゃないだろゲームじゃ」
「仮想世界で特能を使うと聞いている」
「仮想世界でって、使えるのかよそれ……?」
「なんでも、そういう分析というか、電子関係に特化した特能の人がいるらしい。俺たちの脳波から、その特能がどこまでの範囲で適用できるか確認したりとか」
「なんでもありってハナシ。でもマジでか?」
苦笑いする勇樹だったが、実際、彼の場合はある意味死活問題である。
「俺、アレだぞ? 下手にその場で勢い着けようとかすると、足元爆発するかもしれないってハナシなんだけど……」
「それを言ったら俺だってな」
「どうしたん?」
「……俺の特能は、アーミーマン。手にしたものをなんでも、武器として扱える」
――Skill:JBアーミーマン ランク:BBB
「例えばこのメガネだが」
自分のメガネを外す慶承に、勇樹は不思議そうな顔をする。もっともそのメガネを、ブーメランでも投げるように上方へと放ったあたりからして、既に彼の想像の埒外だ。
具体的に言えば、フォンフォンと、投げトマホークみたいな音を立てて急速旋回し前方へと飛ぶ。と、ある一定距離のあたりでブーメランめいて再び彼の手元に返ってくるのだが、それをキャッチした彼の指先が少し切れた。
「おい、大丈夫かよ……、ってか、え? 何が起こった?」
「この通りだ。俺の特能は、明らかに一般社会に溶け込めるとは思えなかった」
このせいでよくいじめられたし、と慶承。
命知らずなクラスメイトだな、と勇樹。
「昔はCランクくらいだったから、そこまででもなかった。ただ一度死にかけた、殺されかけたことがあった。あの時から、明らかに俺の能力が限界値を超えた」
「いや、物理現象としてどうなんだってハナシ、さっきの……」
「担任いわく、Aに近いBBBらしい。……ランクがA、Sに近づけば近づくほど、特能は現実離れするという話だったか」
へぇ? と、わかっているような、わかっていないような顔をする勇樹だった。さもありなん、しかし言われてみればと自分のそれを述懐する。
実際問題、クラウチングスタートを砂場でして走り出してみればいい。最初の一歩、そのキックは大きく土をえぐり、砂煙が上がるだろう。勇樹のニトロアクセルもその延長上で考えることは出来るが、どう考えても「威力がおかしい」。それこそ一歩間違えなくとも、物理攻撃に応用できそうなそれである。
理解が追い付き始めている勇樹に、慶承は苦笑いして続けた。
「俺は、この自分の才能をどう生かす必要があるか知りたい。だからこの学校に入った。……そして、VRであるメリットも当然理解している」
「…………えっと、才能を伸ばすのに、実際に物理的な損壊が発生しない? あくまでもシミュレートで、使い方を脳みそが覚える。だから、肉体的な動作を伴わない分、被害がない?」
「難しい言葉を使うんだな、勇樹」
「なんだよ、意外か?」
「偏見かもしれないが、俺の呼び方が『天馬っち』だったからな。あまり知性を感じなかった」
再び眼鏡をかける慶承に、ひっでーと言いつつ勇樹は胸を張る。
「そりゃ、フレンドリーにしようとは思うけど、俺もよくわかんないからな、どういうのがフレンドリーなのか。でも、警察官には必要だし」
「警察官?」
「そ。一応、志望職種。特能捜査官ってやつ」
なおそんな真面目な会話をしている彼らの背後で、風見 明良ともう一人がクラスの女子について色々と失礼な談義をかわしているのだが、そのあたりが耳に入ってこないあたり、この二人の集中力は高かった。
これもある意味才能である。