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008# 初回での優劣が後に引くかは分野次第

 

 

 

 

 

 現れ出た教師を前に、剛は引きつった笑いを浮かべ、澪は彼を庇うように一歩前に出た。他の生徒もまた色々な反応であったが、全体的に見て引いていた事に違いはない。

 

「今年も豊作っぽいのぉ。かかか、結構結構」


 突如現れた男性。学校であることを考えれば、格好は酷いものだ。

 白いワイシャツに柄物ピンクのワイシャツ。非常に刺々しい刺繍の施されたネクタイに、無精ひげ。

 目元にはサングラスとこの時点で色々アウトのような気配が濃厚だったが、スキンヘッドに若干中年太り気味の体躯、のそのそとクマのように歩いて来る様は完全にヤの字が付く職業である。

 あまつさえ口に葉巻のような何かを咥えているのが、そのアウト具合に拍車をかけていた。手にタブレットのようなものを持っているので、インテリヤクザ感がハンパじゃない。


 ドンというか、親方というか、ボスというか。

 迫力だけならとんでもないレベルである。


 そんな彼は体育館に集った生徒達を見回して、ますます楽しそうに笑った。


「さて皆の衆、俺がお前等の体育を担当する、鬼塚 拳(おにつか こぶし)だ。よろしゅうの」


 見たまんまと言うか、イメージ通り過ぎる名前であった。

 ぐっと拳を握りながら豪快に笑うサングラスの男に、生徒たちは引いた。身の危険を感じたもの、大丈夫かこの学校と疑うもの、一目見るだけでどういった能力か判別したもの(主に剛)、特に気にせずいつも通り平常心のもの(主に勇樹)などなど。


 そんな全体の反応を見回してから、ごほんと咳払いをして、鬼塚はサングラスを外した。



 最初、目を閉じた状態だった。

 だが、これが彼の特能の準備段階であることに生徒達は気付いていない。

 

 

「――さあ、授業を始めようか」

 

 

 開かれたその双眸を前に、生徒たちは言葉を失った。

 何故そうなったか端的に説明が可能であるが、普通はその説明を認めたくはないだろう。


 まず、鬼塚の目はくりっとしていた。まんまるで、少し大きな目で、ぎょろぎょろとしていない。

 そして周囲の光を取り込み反射する光は、とてつもなくうるうるとしていて、男性にしては不思議と長いまつげが、その乱反射を彩る。


 少女漫画なら、瞳の中に数多くの星が見えるだろう。


 現実世界でもれを形容する事はできる。チワワ、ポメラニアン、ウサギなど想起するものは色々あるかもしれないが、総じて愛玩動物のそれだ。きらきらうるうると見つめる目は、本来庇護欲をそそられるものである。

 こちらを見つめる目は、直視すればその愛らしさに何もかも毒気やら警戒心やらが失せてしまう類のものなのだ!


 そして、それを持つ相手が相手である。


 呆気にとられるとは正にこのこと。

 茫然としている生徒達を見回して、その異様に可愛らしい目をしたヤクザ風教師は、再び大笑い。


 そんな彼に、ジャージ姿の春日部日名子が突っ込みを入れた。


「鬼塚教師、説明してやれ。私も初見では戸惑ったくらだぞ」

「おお、スマンの春日部。

 まあ体感してもらったと思うが、俺の特能は『キューティーウォッチ』。ランクAのシール系能力じゃ。効果は、体感してもらったからわかるのぅ」


 誰しも言葉を発さない。風体、喋り方何一つ変わって居ないというのに、その可愛らしい目というミスマッチさだけで、ギャグの域にまで昇華されている上、どう考えても悪人に見えなくなってしまったのだ。

 警戒心だの何だの、そういったものが一斉に萎えて、代わりにインパクトだけが今でも残り続ける。


 彼がサングラスを再装着するまで、生徒たちはその衝撃から逃れることが出来なかったのだ。


 これは確かに、ある意味超能力じみていると言えなくもないだろう。

 というか、きっと彼とある程度打ち解けた後に見せられたら抱腹絶倒で身動きとれなくなるだろう。


「とまあこの様に、分かりやすく示したが、こういう才能を持っておるんでヨロシクの」

『よろしくお願いします』


 やや疎らに声が聞こえる。生徒達も流石にこれには戸惑いっぱなしという訳か。

 続いて、この場に集ったクラスの担任たちが自己紹介を始めた。今日この場にいるのは1クラスと3クラス。剛や勇樹らが後者である。


 前に出て来たのは、なよっとした男性教師。頭はやや禿げ上がっており、メガネ姿がどこか頼りない。


波木(なみき) 洋太郎(ようたろう)です。えっと、よろしく……。

 担当は数学です。僕、全然元気ないけど怒る時だけは滅茶苦茶怒るんで、そのことだけは注意してください」


 その言葉に、1クラスの面々は無言で首肯。

 勇樹が「何があったんだ?」とつぶやく。もっとも剛は一目でその正体を看破して、頬を引き釣らせた。

 そんな彼の肩を澪が叩く。


「(いかがなされましたか?)」

「(……いや、なんか、耳詮はきっちりしておいた方がよさそうだなぁと)」

「(? では、用意そのうちしておきますね)」

「(お金は僕、払うよ)」

「(値段次第です)」


 よくわかっていない風であっても、特に異論なくこんな会話を交わす澪。

 なんとなく、彼女の将来が心配になる剛であった。


 そんな二人に限らず、ごにょごにょと私語がちょいちょい聞こえはじめる頃合である。最初が最初でインパクトが大きすぎたためか、3クラスは端的に言って少しダレていた。波木があまり怖そうな先生に見えなかったということもあってか、甘えがある。というよりは、舐めているんだろう。


 そんな彼等に波木は少しむっとして息を吸い込む。

 この瞬間、剛は咄嗟に耳を塞ぐ。澪もそれにならって塞いだ。


 次の動作を波木がしようとした瞬間、背後で「カンッ」と何かが地面に落される音。


 3クラス担任、春日部日名子である。

 チェスの駒を器用に床に垂直に落し、足で上から押さえていた。


「さて、はじめましての連中も少なくはないが、まあ多くもないな。春日部 日名子だ。3クラスの担任をしている。逆らうものは色々晒しあげるから覚悟しておけ。

 特に私のクラス。その調子で来週の初回授業、まともに受けられると思っている輩は、まさか居ないな?」

(((((!?)))))

 

 途端、本能的な危機感を感じてびしり、と3クラスは固まった。未だ己の特能を明かしていない彼女だが、それが逆に生徒達の危機感を煽ったのだろう。流石だな? とやや疑問符を浮かべながら、剛は頷いた。

 一旦静まったのを確認してから、鬼塚が一度咳払いし話を再開した。


「さて、今日もレクリエーションじゃが、体育をするという訳ではない」

「「「「「?」」」」」

「方向はやや異なるな。お前等、ゲームは好きか? ……かかか、そうかそうか。反応は上々のようじゃのぅ。それを聞けて安心したわい」


 ば、と無音と共に全体の過半数以上が手を挙げたのを見て、結構結構と鬼塚は笑った。


「今日は何をするかと言えば、ずばり来週からこの時間帯に入る『能力開発実習』の授業に関することだ。本校のカリキュラムにおいて、おそらく最も一般校とは隔絶した科目じゃろう。なにせ、未だ内容はほとんど公開されておらんからの。保護者にも最低限の説明くらいじゃし。

 さて……、何か知っておるものは居るか?」


 すく、と手を挙げたのはAクラスの女生徒。身長の小さい彼女は、一件して中学生か小学生の体躯だ。髪は白く、切りそろえられたショートカット。そして上はジャージに下は何故かブルマ姿(指定こそないが、校内で販売されているものはショートパンツである)。

  

「おう、一応名前を言えぃ」

「影崎まどか。……しゃべっても、いい?」

「構わん」


 鬼塚の言葉に、すくっと立ち上がる。……身長はそこそこ低いが、スタイルはすらっとしているらしく、いくらかの男子の視線が彼女の、下半身に集中する。女子が白い目でそれを見る。あの勇樹でさえ思わず視線が誘導されてしまったくらいなので、そこは仕方ないかもしれない。

 なお剛はと言えば別な理由から――無論見えた”蝶”のせいで、彼女の足元に視線が集中していたが。

 そして澪は、無言で頷きながら剛の視線を追っている。何か盛大に勘違いをやらかしていそうだった。


 両手を合わせて、まどかは言った。


「パンフレットだと座学に見えたけど、学園祭の時に少し聞いた。先輩生徒から。

 ここでの『能力開発実習』は――VR装置を使って行う、らしいって」

「かかか、おぅ、正解じゃ。まあそれが全部という訳ではないがの。

 VR技術については、俺よりお前等の方が詳しいじゃろうて。仮想現実、拡張現実系のゲームはさして珍しくないしの。一般家庭用に販売されておるものは、リッスンギアじゃったな、結構持ってるじゃろ? 古いのだと、倅が『ビートスターズ☆オンライン』とかやっていたか」

「僕のオススメは、最近の『ウェイツドリーミング』ですね」

「波木、ちょっと押さえぃ。まぁともかく、もうちぃと専門的なマシンじゃが、それを主に使って能力開発の授業は行う」


 タブレットを操作して、生徒達の方に鬼塚は見せた。

 そこにある映像は、正方形のガラス箱のようなものがびっしりと配置された部屋だ。何かの実験室のように見えるのは蛍光ライトの光の強さのせいか、無機質すぎる室内のせいか。やがてそのカメラが移動し、一つの箱の手前で止まる。

 ガラスの内部に映されたそれは、ジャージを着用した生徒のものだろう。顔面、両腕、両足に何かのマシンを取り付けて、何やらわたわたとガラス内で動いている。まるで遊園地のアトラクションか何かだ。走るそれに合わせて内部の地面が競りあがり、走るそれに合わせてランニングマシンのように回転、飛びあがった仕草と同時に足から離れる。生徒本人は、その場からほとんど動いていないようになっているといった具合だった。


「『VRリハビリテーションマシーン』……」

「ざっくりこんなもんじゃ。本来は医療機器じゃが、しかし知っておるか。流石は麗生家、というところかの。

 元々は身体に麻痺が残った人間のリハビリを促すための装置として開発されたもんだ。最近じゃどっかの遊園地がこれを応用してアトラクションを作ろうとしているようじゃが……。値段の桁めっちゃ行くのに、よくやるのぉ。

 まあともかく、この装置の利点は『VR体験したことが』『高い精度で現実世界へ』フィードバックさせられるという点じゃの。リッスンギアが何だかんだ言って端末ゲーム機の応用に落ち着いておるのに対して、こちらは仮想現実そのものに入り込むようなシステムだ。走れば肉体も走るし、飛べば肉体も飛ぶ。ダメージは流石にいくらか調整されるがの。そして――」


 このマシンを、本校は「五十台」確保している。


 生徒達の顔色が変わり、ざわつき始めた。医療機器と言えど、このマシン自体は十数年前に公表されたばかりのもので、値段も未だにかなりの金額が張っていたはずだ。仮想現実端末、俗にVR端末にもレベルというものがある。感覚の一部を錯覚させる程度のものがレベル1、そこから五感ごとに錯覚させる個数の上昇と共にレベルもまた上昇する。このレベルは価格に直結し、一つ上がるだけでも倍々ゲームで効かないくらいには値段が上がる。

 そしてこのVRリハビリテーションマシーンは、明らかにレベルが4か5は行ってそうな代物だった。


 生徒達を見回し、かかか、と笑う鬼塚。どうやらその反応は、彼の期待通りのものだったようだ。


「全国的に見ても、50も保有するのはウチくらいなもんじゃろうて。元々、一番座学と実技とに力を入れていたのがここだからな。始めたのは六年前くらいからじゃが。

 さて……、これを使って何をするかという話じゃが、そん前に一つ」


 そして鬼塚は、片手を上げて指を二本立てた。

 

 

 

「――これから一つやることがあるんじゃが、その前に、二人組を作れ!」 

 

 

 

 剛の顔が盛大に引き攣ったのは、言うまでもなかった。

 

 


 

それ即ちボッチ殺しと言う

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