007# 初期の交友関係が最後まで延長するかは環境次第
「ジャージ、よくお似合いです」
「中肉中背だからね。手足を露出させるほどに筋肉もないし」
「左様でございますか」
恭しく頭を下げる藍場 澪は、短パンな体操着姿。髪はまとめておらず、自由に垂らしている。服装的に体のラインが見えそうなものだが、しかしさほど浮き出ていないのは着痩せするということだろうか。一瞬彼女のあられもない姿が脳裏を過ぎり、二宮 剛はポケットに手を入れた。
「……」
「な、何?」
「我慢しなくてもよかったのに、一昨日」
剛の下半身(何処とは言わない)を見ながらぼそっと呟かれた一言に、思わず彼は頬が引きつる。
学校では普通にしてくれ、という彼のリクエストに答えて、一応は澪は普通に接していた。普通に話す、くらいに表面上は見える程度か。まあもっとも家には料理を作りにくるし、適当なタイミングで揺さぶりをかけてくるので侮れないが。
ため息をついて周囲を見回す剛。澪も彼に続いて、周囲に視線を配る。
「何というか、アレだよね」
「あれとは?」
「広すぎ」
「それには同感です」
ちなみに彼等が今居る場所は、服装の通りに体育館だ。校庭も狭くはないのだが、地下に建設されたこの体育館の広い事広い事。彼等の通っていた中学が一般、公立の中学であったことを前提に考えれば、体育館三つがL字型に接続されたような広さの場所は、色々と埒外だ。
地震とか大丈夫かな? と思う剛だが、やはりと言うべきか視界の蝶は危険を示しはしなかった。
入学式のあった週の金曜日。未だオリエンテーションは続いており、今日で最後。学校の施設紹介やら簡単な学力テストなどありはしたが、概ね生徒たちはダレはじめている。楽に学校に通える期間が終わるというのが、まあ、それなりに憂鬱なのだろう。
そんな中で剛や澪のように、無関心な生徒も一定数居ない訳ではない。
だが状況としては、ダレてる生徒の割合に対して五対ニくらいのポジションだ。
では残りの三割は何なのかと言えば。
「今日は何やるんだろうなぁ」
「わからない。けれど、わざわざ体育館に来たのだから運動系のレクリエーションじゃないか?」
「それにしては、時間とりすぎだし、わざわざ体操着に着替えさせる理由がないじゃないん?」
「となると、やはり何某か大きく動くということか汚れるということか……」
剛の近くで言えば、安登 勇樹などがそれに当る。そして彼と話してるもう一人、メガネのつるを開いた手の中指で押さえ、立ち姿が様になってる天馬慶承などもそれに含まれる。見た目からして優等生然とした彼は、真顔で何をするのか予想する勇樹と話し合っていた。
そして、大多数の方にカテゴライズされる風見 明良は。
「二宮氏~~」
「どうしたんだい、風見」
すっかり戻った金髪と黒系の肌を引っさげて、ふらふらとしたステップで剛の元にやって来た。
「うう、麗生ちゃんのところはいつも通り取り巻きが出来てて全然近寄れなくてさぁ」
「だろうね」
剛が視線を振るまでもなく、退屈そうにしている彼女の周りには数人の生徒が輪を作っていた。ある種のグループというか派閥のようにも見える。が、剛からすれば蝶の動きで、当の本人が一番蚊帳の外という状態であるのを理解していた。
「で、御堂のところ行ったんだけど、あっちはあっちで取り込み中だった」
「御堂さんねぇ」
今度視線を振れば、気の弱そうな女子と一緒に、彼女を元気付けるように談笑していた。
茶髪なショートカットに、やさしげな笑顔。明るく話題を振りまくコミュニケーション能力の高さは一級品と言えるだろう。男子ならばそれに、彼女生来のスタイルの良さも含めるかもしれない。
記憶を辿って、剛は思い出す。まだ顔と名前が一致していない生徒が多いが、それでも彼女のことは記憶に残っていた。
入学式の翌日の自己紹介である。
『御堂あげはです! 前の学校の友達とか、この学校には居ないみたいなのでどうやらぼっちのようです! なので早くみんなと仲良くなって、目指せ昼食脱一人!』
冗談混じりに言う彼女のそれは、無難に自己紹介を終えた澪や、記憶に残らないタイプの自己紹介の剛とは大きく違い、周囲の関心と笑いを集めた。実際、人付き合いは良い方なのだろう。
だが、同時に剛は彼女からちょっと面倒そうな蝶の動きを観測した。受ける印象は取り繕ったものではないが、百パーセント真実のそれでもないだろうと判断できるくらいには、垢抜けた彼女の笑みには黒い色が浮かんでいる。
連絡先を交換しに回る彼女に対して、基本はボッチコースの剛にさえアドレス交換をしたあたり、良い人と普通は解釈するところを、裏があると解釈するのは剛がひねくれているためだけではないだろう。もっとも、澪と違って隠し事をしていることを前面に出さないのが普通ではあるので、そのことには深く突っ込みは入れないが。
そして、そんな彼女だからこそクラスでも既にぼっちになりかかっている、気弱そうな彼女に話しかけていたのだろう。
「いい子だよなー、御堂ちゃん」
「ソーデスネ」
棒読みの剛だが、彼の特能の都合上、仕方ないだろう。
もっとも明良は「新しいオモシロか、それ?」と笑って返したが。
「で、こっちに来て見ればはて、何で藍場ちゃんと居るわけ、二宮氏」
「ちゃん付け止めてください。さんにして下さい。それ以外は認めません」
「何、その拘り……」
無表情に淡々と言う彼女に威圧されたのだろうか、明良は冷や汗を搔いて剛と肩を組み、ひそひそ話。
「(で、実際のところどうなんだYO、へいユー?)」
「(何?)」
「(いや、だっていきなり今年度の入学生の中の女子ランクのベストスリーと一緒に居る訳だし? そりゃ興味もあるじゃん。何、仲良いの?)」
「(何だい、そのランク付けって……)」
困惑する剛に、得意げに明良は話した。
「(文字通りだって。容姿、スタイル、特能、経済力、コネクション、それらの総合評価で、女子のランク付けがあんのよさ、一年男子の間ではッ!)」
「(何時の間にそんなのが……?)」
「(詳しくは知らないけど、なんか俺はスマホの方にサークルトークで回ってきたんだけど、二宮氏は?)」
「(……)」
そもそも、クラスメイトと未だSNSアカウントさえ交換しあっていない剛であるからして、この手の話題は禁句であった。ぼっちにこの仕打ちは辛い。そして見た目は教室全体を見回してもとっつき辛い明良だったが、逆にコミュニケーション力は高いのかもしれなかった。
「(観光地に多く並ぶ高級ホテルAIBAグループのご令嬢、容姿端麗特能優秀、性格は話し辛いけど勉強も出来るだろうし、間違いなく今年のイチオシの一人だぜ? まあ全然つれないらしいけど)」
でしょうね、と言いそうになったのを剛は堪える。ここ数日間のことを思い返せば、学校で澪が周囲に絡んでくる相手を、淡々と言葉で切り捨てていた訳である。剛と話す時でさえデフォルトの表情は変わらないので、これはそういうものだと納得する他ないだろう。
「(で、そんな藍場澪と普通に話してるように見えるのが、そう! お前ちゃんな訳よ二宮氏!)」
「(風見、語調が色々変になってるけど)」
「(ま、こまけぇこたいいんだよ)」
で、どうなんだと半眼になって顔を近づけてくる。ちょっと剣呑なオーラさえ漂わせていて、剛としては怖いのなんの。
「(まさか……、もうデキちゃってたり?)」
「しないから。というか、元中だよ藍場さん」
マジで? ときょとんとした表情を浮かべる彼に、剛は頷く。
「まあ、元々お互いしゃべんなかったけど、話せる相手というか、共通の話題がある相手が少ないから、こっちに来てるんじゃない?」
「そういうことにしておきます」
「うわ!」「ぎゃ!?」
剛と明良の会話に、澪が淡々と乱入して来た。無感情な視線にたじろぐ明良。
「何かおっしゃりたいことがあるのでしたら、直接お申し付けください。おかしな事でなければ大体お答え致します」
「ち、ちなみにおかしなことって?」
「常識にのっとった範囲です」
常識って何だ、とよっぽどツッコミを入れたい剛だったが、ここは我慢した。
当の本人に気圧されたのか、明良は軽く手を振ってその場を離れて、誰か話せる相手を探しに行った。
「……いつから話を聞いてたの? 藍場さん」
「最初からです。というより、口の動きで大体わかります」
「読唇術とかいうやつかな……」
「従者ですから」
「何でもかんでもそれでお茶濁せるとは思ってないよね、君」
滅相もない、と淡々と言う彼女。暖簾に腕押しである。
と、剛はここであることに気付いた。
クラス自体はそこまで大人数という訳でもないが、そのうち半数近くの十数人が囲む麗生 摩耶花。彼女の方から、ピンクの、というより正確にはマゼンタの蝶が飛び、勇樹の方に激突している。視線を凝らしてみれば、摩耶花の方がちらちらと、勇樹の方に視線を飛ばしているようだ。
まぁ一方の勇樹は授業について話し合うのでテンションが上がっているらしく、そんな視線に気付く気配はない。
「どうしましたか?」
「んー、ちょっとね。麗生さんの視線に注目って感じかな。
なんだか安登の方ばっかり見てるというか、そんな感じ?」
「左様でございますか?」
澪には自分の特能について一言も語っていない剛。一方の澪も、担任たる春日部 日名子からの紹介のみで詳細は聞いていないのだが、だからこの場でも彼は多く説明することはなかった。
ゆえに澪は、じっと摩耶花の方を見つめる。そして彼女のチラチラした視線が、確かに勇樹に集中していることに気付いた。
「何かあったのかな。二人とも」
「少し熱っぽいあたり、敵対心というよりは好意的なものかと思います」
「熱っぽい?」
「少なくとも、取り巻きよりは対等な相手として見ているそれかと存じ上げます」
それはあるかもしれない、と剛は摩耶花の方を見る。周囲の受け答えや話は軽く流している彼女に、それでも話かける周囲。やがてちょっとずつ小競り合いみたいな雲行きになっていくのは、流石に十人を超えた一団だからか。
「麗生さんの家って、大きいの?」
「私の家よりも古いかと思います。旧家というヤツですね。
三代続く我が家のビジネス的なものと違い、家柄は真のノーブルかと。ご実家は地主で、ご両親は官僚ですし」
「付き合いあるの? そういえば。藍場さんもお金持ちだって聞くけど」
「軽く話す程度ですね。やはり、あちらの方がより大きいです」
ふぅん、と思い、剛は意識を集中して彼女の周囲に目を凝らす。
「……コネ狙いがいないな」
蝶の種類からして、恋慕と憧憬、加えて独占欲で構成されているグループだ。しかも大体が個人単位であり、小競り合いをしている面々は特に独占欲が強いらしい。
「ああいう風に熱に晒されてるよりも、時にはビジネスライクな関係も悪くはないかもね。
とすると、やっぱり安登と何があったかってところかな」
「直接お聞きになられればいいのでは?」
「いや、ほらアレアレ」
慶承と真剣な顔をして話し合っている勇樹に、剛は苦笑い。
「僕、そこまで真面目に話せるわけでもないし、邪魔じゃないかな? 今だと」
「左様でございますか」
頭を下げる澪。特に何か意見を言うこともなく、ただただ受け流すこのやりとり。剛は案外、彼女のある意味無関心ともとれるこの応対に、気が楽であった。
「そういえば、他のクラスも来てるみたいだけど、先生遅いね」
「担当者が違うとしても、時間かかりすぎですね確かに」
頭を傾げる澪と剛だったが、しかしほんの数秒後に開かれたエレベータの扉を見て、流石に揃って仰天した。
既にぼっちオーラを漂わせはじめている剛と澪