ブラコンの姉は変態かもしれない
クリフォード家の屋敷は、ルキフと呼ばれる街の富裕層が集まる区画にある。
貧富の差が極端にあるわけではないが、かつてその一画をひとつの大貴族がまとめて占有していた頃の名残で、自然とその周囲に金持ちが集まるようになった。
商売を行っているのも、世界的に有名なシェフシェフ商会と呼ばれるギルドがほぼ独占していて、相手が権力者の集団であるがゆえに大仰なことはできないものの、値段設定に関してはさすが貴族御用達といったところだ。
クリフォード家が所持している土地は貴族にしては小さい方だろう。
なにせ夫婦と子供二人の他は、家事全てを担当している料理人と、庭の手入れを好んでするドライバーしかいない。
二世帯が一緒に暮らすということが代々ないのだ。
その時代に合った人間が、その時代に合った生き方をする。
各世代が世界の先頭に立つことを目標にしていて、大人になれば即独立、っていうか追い出される。
独立できなければ腐れて死ぬだけ。
そんなやつはクリフォード家に必要ないのだとか。
俺とレイシアもオスマルドを卒業したら独り立ちし、次に両親とまみえるのは婚礼の儀か世界的な会合のときだ。
「着いたよ、アデルぼっちゃん」
「ありがとうございますバーバラさん。姉さんは、もう帰ってるんですよね? どこかへ行くとか言ってましたか?」
「いやあ。今日は実技で張り切りすぎて疲れてしまったらしくてね。そりゃもう、ものすごい勢いで自室に向かわれましたよ」
それは疲れているのか。
レイシアが家で走るなんて珍しい。
花のように清楚で可憐なあの姉が。
なにかあったのかな。
「ただいま帰りました」
帰りを報せるも、返事はない。
いつもならクリフォード家のお抱え料理人兼メイド(っていか本人が料理人を語ってるだけでただのメイドなんだけど)のおかりなさいませがあるはずなんだが。
みんなそれぞれ取り込み中のようだ。
なら俺はさっさと風呂入って寝よう。
レイシアに甘えるつもりだったけど、ベッドに飛んでくほど疲れてるんじゃな。
どうせいつでもウェルカムな姉だしまた今度にしておくか。
「うぃー」
気に食わないやつをぶっ飛ばした後の風呂は最高である。
人間として最低と言われようが最高である。
この世界の風呂は常に清潔で温かく保たれている。
もちろん、そういう設備があればの話だが。
魔法陣が組み込まれた装置にエネルギーとして魔石をセットし、条件に従って事前に設定した通りの動きをその装置が行う。
風呂であれば保温と浄化。
自動でそう動くよう設計されている。
魔法が当たり前に普及している世界だ。
前世より不便であるはずがない。
お湯が沸いてるのに入らないという罪悪感がないため、ちゃっちゃと上がりたいときはすぐに済ませられるのが俺にとってはなによりありがたい。
ついでに洗濯乾燥をしておいた制服を取り出し、タオルで体を拭いて、下着で歩き回ることも許されないので常備している室内着に着替えた。
金による細工がなされた階段を登り、子供部屋に行く。
家の中まで世代で分かれていて、両親は用があるとき以外は二階にくることはない。
使用人も呼ばなければこない。
あくまで子供用である東側だけだが。
西側は展望用だったり保管用だったりで、東側とは繋がっておらずたまに行くと新鮮な感じがして気分転換になる。
謎のメカとかもたまに置いてあるからな。
そっちは母親であるクレイスの趣味だ。
自室は十畳ほど。
無駄に広いと掃除も大変だし落ち着かないしでこれぐらいがちょうどいい。
教科書の入ったかばんを机の横にかけ、明かりをつけないままベッドに直行。
「あー疲れたー」
1日の疲労を口から吐き出し、布団をめくる。
するとそこには、すやーすやーと小気味の良い寝息を立てて寝ているレイシアの姿があった。
おやおや。
これはどうしたことだろう。
疲れすぎて部屋を間違えたのだろうか。
服も制服のままだし。
スカートも乱れて、ブラウスのボタンがだらしなく外れている。
レイシアがこんなになるなんて重症だな。
もしかしたら弟の前以外ではこんな感じなのかもしれないけど。
以前に説明したように、レイシアは12歳であって12歳ではないのだ。
もはやJKの領域である。
それも特級の上玉である。
鼻が高くてスッとしているだとか、唇が朱く肉感があるだとか、輪郭がシャープで小さいだとか、言葉としてなんとなくイメージ出来てもわからなかったものが、レイシアを見た瞬間に、ああこういうことなんだなと俺は悟った。
なにより恐ろしいのがこれでノーメイクというところだ。
おそらくレイシアの皮膚はすでに人間のそれではないのだろう。
なお俺もこれと同じ血を引いている模様。
「あ……おはよう。アデル」
起きた。
艶黒なストレートは、レイシアが体を起こすとスルリと落ちる。
さらさらな髪というのは触ってみるととても気持ちのいいものだ。
こんなに長くて傷つきやすいものを毎日ケアして美しく保っているのだから、ロングヘアの女性のみなさんには本当に頭が上がらない。
素晴らしいものをありがとう。
「部屋を間違えてるよ。姉さん」
「あはは。ごめんねー」
寝ぼけ気味のレイシアは瞼をこすりながら小さくあくびをする。
口を押さえているあたり気は遣っているらしいが、これもレイシアにすると珍しい。
心なしか、いつも姿勢の良いレイシアの体が内向きになっているようだった。
よっぽど疲れてるのか。
いきなり起こして悪いことしたかな。
谷間がみえ……。
ブラウスのボタンが多く外れているせいか、谷間はあるもののいつもより薄べったい感じがした。
姉を相手に邪なことを考える8歳のガキである。
「おかえりアデル」
「ただいま」
「今日は何かあったの?」
「うん。ちょっと野暮用が」
会話をしながら、レイシアはしれっとボタンをしめる。
制服のよれも直して、立ち上がったレイシアはいつもの麗しい姉だった。
いつもの、姉だった。
なんかおっぱいがちいさい。
もしかして : PADDER
いやいや。
姉に胸があることはこれまでの生活で確認済みだ。
となると、考えられる可能性は一つである。
「アデルはもうお風呂入ったんだね。すぐ退くから、ゆっくりおやすみ」
「うん。姉さんもね」
レイシアは何事もなかったかのように俺の部屋を去った。
かの琉球王家の長男のみに継承を許されたとされる王家秘伝の武術でも使えるのではないかと思えるほどのブレのなさである。
「さて」
レイシアがドアを閉めたことを確認した後、俺は布団の中に手を突っ込んだ。
もしやとは思ったが、生々しい温かさの中に、それは確かに存在していた。
「やっぱり」
ブラジャーである。
寝苦しいので外す人も多いだろう。
制服を着たままブラのみを脱ぐというのはなかなかの高等テクニックだ。
それをボケた状態でやってのけるのだから、やはりあの姉も俺の見てないところではズボラなのかもしれない。
寝る前に返してやるか。
前世の俺ならこのお宝を棒の先に括りつけて旗を振っていたかもしれないが(やらないけど)、姉と暮らしていると下着一つで驚くこともなくなる。
はず、だった。
問題はこの後に起こった。
布団の中を探る前は見えなかったのだが。
ベッドの奥側。
レイシアが寝ていた時、ちょうど足があったあたりに薄ピンクの布地が見えたのである。
「ん?」
俺はそれを拾い上げる。
三角の形をした、花柄の刺繍が各所に凝らされた小さな履物。
パンティーである。
ん。
え。
これは、つまり、そういうことなのだろうか。
もちろん、パンツはパンツだ。
ただの下着。
それ自体に大した意味はない。
問題はこのシチュエーションである。
なぜあの姉が、帰った瞬間に車を飛び出し、挙句制服のまま俺の部屋のベッドにやってきて、下着を脱いでいたのか。
コレガワカラナイ。
いやわからないこともないが。
一人で寝るようになってから姉はノーパン睡眠を始めたのかもしれないし。
とりあえず、姉のブラとパンツを持ったまま立ち尽くしているのも絵的に良くないので、後で何かに包んで部屋の前に置いておこうと俺はそれを机の上に置くことにした。
いくら当たり前に下着が見れる状況にいるからといって、直接手渡されるというのはあの姉としも恥ずかしいだろうしな。
俺は机に向かい、あからさまに女物の下着を積んでおくのも何なのでタオルで覆う。
すると、背後のドアがけたたましい咆哮を上げた。
どうやらレイシアが思い切りドアを開けたようだ。
淑女らしからぬ振る舞いである。
「どうしたの?」
「ベッド、ぐしゃぐしゃにしたままだったでしょ? 直しておこうと思って」
「どうせすぐ寝るんだからいいよ」
「良くありません。まるでお姉ちゃんがだらしないみたいじゃない」
いやあなたのだらしない部分なら先ほど拝見させていただきましたが。
「わかった。お願いするよ」
「はい。お願いされました」
見た目はいつも通り。
笑顔で手をパンと叩き、レイシアはベッドに向かう。
布団を直しておくというのも、普段のレイシアの世話好きからすると自然な行動だ。
それがいつも通りの手際の良さならなお自然だったのだが。
「もういいんじゃない?」
「え? あ……いや、ほら。ここらへんホコリとか。髪の毛もついているし」
「それなら手なんて使わないでクリーナー使えばいいのに」
この世界の魔法は化学にも浸透している。
空気の逃げ道を作って魔法のクリーナーでファブると、ファブったところに魔力場が発生し、微小な魔力化合体が風魔法や水魔法を組み合わせて汚れを取り去ってくれるのだ。
メリルが保健室で俺の制服の血を取り去ったのも似たような道具によるもの。
「そこまで汚れてないし。無駄に使うのはもったいないから」
レイシアは何度も何度も布団をひっくり返し、敷布団の端まで丹念に掃除をして、キレイに布団を被せたかと思ったら整ってない気に入らないとやり直しを敢行した。
いったいいつまでやっているつもりだろうか。
だんだん余裕がなくなって眼の色が変わっていくのが面白い。
手元にある“これ”を渡せば済む話なのだが。
学校から帰ってきたら母親が勝手に子供部屋の掃除をしていて、無言のまま机の上にエロ本が置かれていたような甘酸っぱい焦燥感を味わっている姉の姿をみるのが楽しいのだ。
悪趣味であることは重々承知している。
承知しておりますとも。
「よ、よ~し。これぐらいで、いいかな」
レイシアは言い淀みながらベッドメイク完了の宣言をした。
額には一筋の汗が光っている。
布団を直すというのは重労働のようだ。
「ずいぶん丁寧にやってくれたね」
「うん。アデルのためだもん」
「もしかして、探しものでもしてた?」
「へ?」
レイシアは目を見開いたまま固まる。
図星か。
「実は姉さんが部屋に戻ったあと、ベッドでこれをみつけたんだ。ほら」
どうせなら下着を渡したときのリアクションも拝んでおこう。
レイシアが動じるというのはなかなかレアなのだ。
ゴキブリが出ても笑顔で殺傷するし、着替えの最中を目撃してもあらあらで済ませてしまう程度には。
「あ、あ、ああ、な、なーんだ。アデルが、見つけてて、くれたんだ」
下着を手渡そうとすると、レイシアはロボットダンスを始めた。
流体多結晶合金(液体金属)製のボディを持つアンドロイドがマイナス200度の液体窒素によって徐々に固まっていくような、人間らしくも錆びついた動きである。
この反応が意味するものはなかなかに深い。
なにせ、俺がただ下着を見つけただけなら、レイシアはこんな露骨な緊張のしかたはしないからだ。
下着を受ける取ると、レイシアは競歩の要領で入り口に移動し、くるりと俺の方を向く。
「べ、べつに変なことはしてないからね!」
レイシアはそんな捨て台詞を吐いて出て行った。
俺は一度も変なことをしてたかなんて聞いてないのに。
もしかしたら、あのブラコンの姉は変態かもしれない。