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さっそくぶっとばす


「もう、いいでしょ。放して」


 教室についた俺はフィオネを解放する。

 強く引っ張りすぎたせいかフィオネは痛そうに腕を振っていた。


「ああ、悪い」


 センツェルとかいう野郎。

 典型的なクズだったな。


 あの場でぶっ飛ばすこともできたが。

 あのとき俺はまだ部外者だった。

 センツェルをボコボコにしたところでフィオネもスッキリしなかっただろうし、俺もただしゃしゃっただけみたいでカッコ悪い。


 まずは関わりあうこと。

 俺が絡まれて初めて、逆襲する権利を得る。

 フィオネには申し訳ないが知ってしまった以上は黙っていられない。

 ああいうのは俺が片付けさせてもらう。


「アデル」


 フィオネは明後日の方を向きながら俺に話しかける。


「一応、あの場で連れだしてくれたことには感謝するわ」


 なんだ、素直じゃないか。


「なに。空気が悪かったからな」


 キザすぎる気もするが。

 俺は右手を差し出し、握手を求める。


 今度こそ。

 あの時間のやり直しだ。

 フィオネと出会った半年前。

 この握手は、俺にとっての友情の証。


 ……の、つもりだったのだが。


 そこで俺を待っていたものは、無慈悲な腹パンだった。


「ぐほぁ!」


 な、なぜだー!


「あんたと仲良くなる気はないわよ」


 フィオネはうずくまる俺を見下す。

 感謝してるとはいったい。


「あんたといるとクロモルトの厄介にも巻き込まれるし。これ以上関わらないで」


 フィオネは俺を突き放した。

 いままではボッチで可哀想なあんたに合わせてただけだとか。

 実技で世話がかからないから便利に使ってただけだとか。

 席が近いから話してただけだとか。

 そりゃもう散々な言われようだった。


 だけどよ、フィオネ。

 そんなに声も拳も震えてちゃあ格好がつかねえよな。


「どう? 恩を仇で返される気分は。最悪よね。もういい加減愛想が尽きたでしょ。私みたいに最低な女。もう隣にこないでね」


 矢継ぎ早に放たれるフィオネの言葉。

 それを俺は聞くだけ聞いて。


 その日の俺とフィオネの会話は、それで終わった。


「やれやれ参った」


 この調子じゃセンツェルの野郎をぶっ飛ばしても余計に嫌われそうだけど。

 単純にああいうクズがのさばってるのは許せないからな。

 いずれにしたってやることは変わらない。


 放課後、俺は背後に気配を感じながら、門の前に列を成している車の一つに駆け寄った。


「バーバラさん。すみません。急遽予定ができてしまって。今日は姉さんを乗せて先に帰ってもらえますか?」

「あいわかったよアデルぼっちゃん。レイシアお嬢様を送った後にまた戻ってくるけど、30分くらいかかるからね」

「わかりました」


 それは片道をすっ飛ばしたときの時間だろ。

 もう若くないんだからあんまりムリしないで欲しいんだけど。


「よお。逃げたかと思ったぜ」

「まさか」


 学校へ戻ると、案の定センツェルが待っていた。

 お供の男二人の姿も確認できる。


「用件はなんですか」

「おいおいわかってんだろ? 課外授業だよ。この学校には礼儀を教える授業がねえからよ」


 だからお前みたいなクズが生まれるんだろうよ。


「上級生に逆らうってことがどういうことか、教えてやるよ」

「……こんな場所でやるんですか?」

「あ? おいおいなんだよやる気満々か? 威勢がいいねえ少年。かっこいいじゃん。よーし。階段で転びましたって程度に済ませてやろうと思ってたけど、本人の希望とあっちゃ先生も本気を出さないとな」


 センツェルは腕をぐるぐる回して歩き始める。

 人目につかないところへ。


 門の近くとはいえ、帰宅する生徒たちの姿はチラホラと見える程度だ。

 寮に住んでいる学生が多いのでそれほどの数でもない。

 だがフィオネ本人にバレるとやっかいだからな。

 乱入でもされたら敵わん。


 俺たちが向かったのは、主に進級試験に備えて学生が自主的に使う訓練場だった。

 数人単位で使用することができ、まだ学校も中頃である今は予約をしなくても入ることができる。

 内装は授業で使う大きい魔法訓練所と同じで、整備されたコートが無機質な壁に囲まれている。


「あの女を庇ってもいいことなんざひとっつもねえのよに。一度庇ってしまった手前、体裁を悪くするわけにもいかないってか?」


 センツェルは気分よく話を続ける。

 それに反応するのは後ろの男たちだけだが。

 下品な話をすることそのものが楽しいんだろう。

 どこまでも低能だ。


「あ、それとも僕、フィオネさんに誑かされてたり? 筆おろししてもらったので命を捧げますってか! プーックックックッ……!」

「いいから、さっさと済ませましょう」


 他人だし、クセで敬語使ってたけど。

 なんかたるくなってきた。


「あーあーノリがわりいな。よお、名前はなんてんだ。これからしばらく世話をしてやるからよ」

「……アデル。アデル・クリフォード」

「よぉしアデルくん。輪姦まわし終わった後のフィオネべんじょの掃除もよろしくな」


 ゲスが。

 殺したほうが世の中のためだ。

 お前らゴミの掃除ならよろこんでやってやるよ。


「あ? アデル、くり……なーんか聞いたことあるような」


 後ろのやつが眉間にシワを寄せてブツブツつぶやいている。


 エッジのやつが騒ぎまくって。

 あれから半年も経ったんだ。

 上級生でも知ってるか。


「あ! クリフォード! 噂の能無しじゃねえか!?」

「あの金持ちんとこのダメ息子か!」

「こりゃアタリだぜ! 丁重におもてなししてやらないとな!」


 楽しそうに笑うバカ三人。

 権力者の息子に手を出すということがどういうことかもわかっていないらしい。


 ま、今回はその前に俺に粛清されるんだけどな。


「んだよその目は。能無しがよお。弱いやつなんざ人間扱いされなくて当然なんだよ」

「へえ」

「てめえら雑魚の生きがいなんざ、俺様のサンドバックになることぐらいだ!」


 エッジのときのデジャヴ。

 勢い良く拳が飛んで来る。


 しかしこれはただのパンチだ。

 さすがに魔法は使わないか。

 俺はまだ8歳のガキだしな。


 さてこの拳の対処だが。


 生身で受ける。


「なっ……」


 顔面の急所を捉えたはずのセンツェルの拳が、俺の顔に触れた状態で止まる。


「おい。なにやってんだセンツェル」


 後ろの奴らは、寸止めしたと思い込んでいる。


 まあ見ただけではわかるまい。


 まさか殴るという行為から、体が衝撃を受けて飛ばされるという結果が切り離された・・・・・・・・・とは夢にも思わないだろう。


「こ、こいつ!」


 センツェルは一瞬うろたえたあと、今度は右手に魔力を集中させ、より破壊力を増した殴打を繰り出す。

 どうやら俺が魔法によって防御したと判断したようだ。

 魔力による耐性は魔力によって破壊することができる。


 しかし残念。

 俺は魔力を一滴も使ってはいない。

 それはセンツェルも薄々気づいているだろうが。

 目の前で起こっていることが信じられないようだ。


 いくら魔力を込めても。

 いくら回数を重ねても。

 俺は微動だにしない。

 傷ひとつつけることができない。


「ど、どうしたよ。なにふざけてんだ?」 

「ふざけてねえ! てめえらもこいつに攻撃しろ! なんでもいい!」


 しびれを切らしたセンツェルたちはついに属性魔法を使い始めた。


「どういうカラクリか知らねえが。守りに関しちゃ多少やるようだな」


 一人は空気の圧縮を始め。

 一人は電気を溜め始め。

 そしてリーダーであるセンツェルは、両手を前に出してそこに魔力を集中させた。


「だが! 俺様は魔双剣のセンツェルと呼ばれた具現魔法のエキスパートだ! こいつで腕の一本でも落としてやらあ!」


 センツェルは本気だった。


 たしかに、回復魔法の使い手であるメリルがいるここでは、腕を切り落としたぐらいは致命傷とはいえない。

 止血する方法は道具がなくてもいくらでもあるからだ。

 切り落とされた先さえあれば再生は容易にできる。


 それでも、やり過ぎなんだよなぁ。


「お前ら! やれ!」


 最初に放たれたのは電撃の槍。

 まばゆい閃光が手元からまっすぐに伸び、俺の体を貫通する。


 次に放たれたのが風の爆弾。

 圧縮された空気が俺の目前で解放され、暴風は俺を中心に巻き込みながら大量のかまいたちを作った。


 そして嵐の後。

 上空から飛び込んできたセンツェルが、両手に創造した剣を俺に振り下ろしてくる。

 それを俺は、素手で破壊した。


 軽く薙ぎ払った程度である。

 自慢の魔双剣とやらはセンツェルのプライドと共に粉々に砕け散り、センツェルは10メートル先まで吹っ飛んだ。


「どうしたよ。そんなもんか? 魔双剣・・・


 センツェルは仰向けに天井を見上げたまま。

 お供の二人はポッカリ開けて固まっていた。


「う……嘘だろ……この俺様が……」


 俺が側までよると、センツェルはもう戦意喪失気味だった。


 まじかよ。

 メンタル弱っ。

 フィオネを見習え。


 たかが必殺技の一つを防がれただけじゃねえか。


「なあ、あんたたち」


 俺はセンツェルのお供に声をかける。

 呆けていた二人がビクッと反応した。


「弱い奴ってのは、人間扱いされなくて当然なんだよな?」


 センツェル自身が言った言葉だ。

 否定はできまい。

 肯定することも、もうこいつらには出来ないだろうけどな。


「こいつ、弱いよな?」


 床に倒れている雑魚を足蹴にして俺は問いを重ねる。

 二人は顔を見合わせたりはしているものの、なかなか返事をよこさない。


「学園最弱の能無しである俺より弱いんだから、こいつって世界で一番弱いんじゃないか? なあ、そう思うよな?」


 俺はセンツェルの腕を引っ張り上げ、無理やり立たせる。

 足に力が入らないみたいで膝立ちになった。


「俺は弱い人間を傷つけるやつが嫌いなんだけど。人間扱いしなくていいなら問題ないな」


 そう言って俺は、センツェルの腕を折った。


「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!」


 悲痛に叫ぶ。

 そりゃ痛いさ。

 でも腕を切り落とされたらこんなもんじゃないぜ?


「ま、待て!」


 腰巾着の一人が手を出して静止する。


「よ、弱い。ああ、俺たちは全員弱い。認める。悪かった。許してくれ」

「何が悪かったって?」

「お前らに危害を加えようとしてたとこも、暴言を吐いたことも全部だ。もうしない。頼むから、センツェルを許してやってくれ」

「隣のあんたは?」

「俺も、認める。全面的に同意するよ。悪かった」


 両手を上げて白旗ポーズ。

 ま、こいつらは別にいっか。


「肝心の魔双剣さんはどうなんだ? おい」

「ひぃ……いだぃ……腕が……腕がぁああ!」

「反省しないならもう一本いくか」

「やめろ! やめろぉおあぁあああ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!」


 二本目を折るとセンツェルは涙を流してうずくまった。

 少しは反省したか。


「もうよしてくれ! 頼む!」

「ダメだ。こいつ自身の言葉じゃなきゃ意味がない」


 やるなら徹底的に。

 報復する気など微塵も起きないほどの絶望を。

 どれだけ小さなものであっても、その罪を真に反省できるのはそういった本物の痛みだけだ。


「三本目」

「わ! わがっ……はぎぃ……わ……悪かった……!」

「なにが?」

「もう、しない。弱いやつを見下すのもやめる。俺が悪かった」


 ちったあ反省したか。

 これぐらいやれば当然か。


「フィオネのやつにも手は出さない。お前のこともだ。悪口も言わない。本当に、反省している。すまなかった」


 んー。

 ま、とりあえずはこのぐらいだな。


「腕を出せ」

「た、頼む! 俺は本当に……!」

「別にこれ以上折ったりはしねえよ」


 俺はセンツェルの腕を掴む。

 そして離した。


 三人は何がしたかったのかという表情だが。

 俺は自分の心に対してこれが正当防衛であるというケジメを付けたかっただけだ。


「次は泣いてもやめない。一本ずつ全部の骨を折る。俺の力のこともこの四人以外に共有するな。もし無関係のやつがそれらしい話をしていた場合も同様に、お前ら全員の骨を全部折る」

「わかった。誓う。絶対に口外はしない」


 素直でよろしい。


「んじゃ、よろしくな」


 これでもう俺たちに被害が及ぶこともないだろう。


 やはり持つべきものは力だ。


 圧倒的で。

 有無を言わせない。

 無敵の力。


 俺の信念は、今日を境により強固なものになった。



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