魔法学校の日常と
魔法学校での講義は、一般教養、一般実技、魔法学、魔法実技の四つに分かれる。
一般教養は、算数とかは退屈なんだが、問答無用で地歴が始まるのが辛い。
魔法実技はチートでごまかすことができるので楽勝だ。
この体は貧弱であるものの、動かし方は前世での記憶が知っている。
ゆえに一般実技もなんなくこなすことができる。
一番問題なのは魔法学だ。
魔法陣に使える図形の組み合わせをひたすら覚えるのとか苦痛でしかない。
あと定規なしで円と直線をキレイに描くのがムズい。
まじでムズい。
これが研究科とか技術科になるとさらに難しくなるっていうんだから、ほんと力さえあれば許される魔法科に入って良かったと思う。
座学のマイナスも実技で補完できるらしいからな。
世界に名高いオスマルド魔法学校だが、1年の授業はまだ簡単なものだ。
皆それなりの家庭に生まれているということもあり落ちこぼれはいない。
一般実技は低学年のうちは陸上競技に近いことをやる。
基礎的な体つくりと、球技の真似事をした器用さの向上が目的だ。
魔法実技は魔力操作のコツをつかむところから始まり、それを物理学に応用できるようになると一般実技に魔法を交えた模擬戦が行われるようになる。
「それじゃ、いくわよ」
凹凸のない白い壁に囲まれたグリーンコート。
学校の古めかしい外観とは一転、近代的なその魔法訓練場に、アイスクリフの生徒たちはいた。
杖を右手に携えたフィオネが、反対の手に持っていたボールを高らかに放り投げる。
上空にはすでにいくつものボールが飛び交っていた。
「おう。どんとこい」
ボールが失速し、重力によって加速度が逆向きに変わる。
それをフィオネは、杖の先が触れる直前で弾き飛ばした。
直後、フィオネの紅い髪がブワッと広がる。
今は魔法実技の時間。
魔力の質量変換と発散による小爆発を行い、基礎魔法だけでボールの打ち合いをする練習だ。
クラスでペアを組む必要があるときは、いつもフィオネに相手をしてもらっている。
こいつは俺以外に対しても愛想がないようで、見てくれの良さから男子の評判はいいようだが、特別に仲の良い友達はいない。
というか作ろうとしない。
同じクラスには昔馴染みもいるのに、フィオネはなぜか自分からは話しかけなかった。
友達かと聞いてもただの知り合いだと言い張る。
そんなこともあり、俺に至っては例の能無し差別も相まって、俺たちペアに構ってくるやつは若干三名ほどしかいなかった。
しかし、三名いるのだ。
入学から約半年、俺とフィオネという子供気も大人気もない人間に話しかけてくるやつが。
その1人は、さっそく俺にちょっかいを出そうとしている。
「クリフィード! ほらパスだ!」
明らかにパスの勢いではないボールが、フィオネとは別の方向から飛んできた。
1人は言わずもがなエッジである。
さすがクロモルト家というか。
人を血を見るくらいは慣れてしまうらしく(俺はフィオネと親戚からクロモルト悪評を聞いているだけだが)。
俺への嫌がらせが終わらない。
こいつが一番子供らしい。
今まではむごたらしくぶっ飛ばされてやってショックを与えてやっていたのだが、学習しないとわかればもうやむをえない。
「ノーコン誤魔化してんなよファッキンオールバック」
俺は杖を振り、飛んできたボールの勢いを三倍にしてお返しした。
すでに全力だったエッジがその速度に対応できるわけもなく。
顔面にクリーンヒットしてその場にぶっ倒れる。
「こ、こいつ……杖に細工しやがったな……」
床に伸びたままエッジが呻く。
そのポジティブさだけは褒めてやりたい。
「あ、あの……」
続いて俺たち話しかけてくる生徒がいた。
申し訳無さそうに頭を下げながら、トコトコ歩いてくる。
シャルロット・イーデッヒ。
小柄でお淑やか。
いつも潤んだ目をしている可愛らしい女の子だ。
話しかけてくるといっても、シャルロットはフィオネ以外に話しかけることはない。
先述したフィオネの昔馴染みというのが彼女だ。
「なに? シャル」
「今日の、実技なんだけど。なかなか上手に飛ばせなくて。フィオネちゃん、さっきからラリー続いてるし、コツを教えてもらえたらなーと」
もじもじ。
人さし指を合わせていじらしく上目使いをする。
こんな頼み方をされたら誰でも断れまい。
なんだかんだフィオネもきちんと付き合うのだ。
「長く持つと伝導が安定しないから、上の方を持って。あんたはトロいんだから発散のタイミングを早めにしないと……」
手取り足取り、わからないところは繰り返し。
微笑ましい光景だ。
あれが友達でなくてなんなのだろうか。
まったくもって素直じゃない。
んで、フィオネがシャルロットの相手をするとなると俺は暇になるのだが、当然シャルロットも別の相手とペアを組んでいたわけで。
「暇だな」
背筋を伸ばしたまま流麗に足を運ぶ少女が1人。
シャルロットのペアである彼女、イラベラ・テリーデールが、アイスクリフで俺たちに話しかけてくる数少ない生徒の三人目だ。
高貴な紫の髪を伸ばした、生徒会長みたいに真面目な女の子。
たまに抜けているところもあり俺は嫌いじゃない。
美人だし。
「じゃあ俺とやるか?」
「断る」
「だよな」
しかしイラベラは乱れを嫌う。
とりわけ問題児とは仲良くなりたがらない。
エッジのやつが絡んでくるせいで俺まで厄介者扱いだ。
次の学年に期待しよう。
女に囲まれて、子供相手にずいぶん飢えてるじゃないかと思うかもしれない。
だがわかってほしい。
男子は大部分がエッジの味方なので、これは不可抗力である。
それにしても、練習相手を拒まれるとほんとに暇だな。
「なあ。お前がペアなんだろ。なんで教えてやらないんだよ」
「シャルロットが望んだことだ。なぜわざわざそれを咎める必要がある。そもそも、シャルロットが私を選んだのは君がフィオネを取ったせいなんだがな」
「くっ……そう言われるとなぁ」
俺がシャルロットより前にあの席に座っていなければ、きっとシャルロットがフィオネのペアだったろう。
だが、だからなんだというのだ。
このまま四人まとめて仲良くなれば大団円ではないか。
シャルロットは今、フィオネに教わったことを実践しようとして素振りを繰り返している。
フィオネはボールを受けるため少し遠くだ。
これはチャンス。
「なあ、シャルロット。難しいようなら俺が教えて」
「ひゃっ!」
それはニンジャの如き早業であった。
突如として俺の視界から消えたシャルロット。
気づけば、身を抱えてしゃがみこんでいる。
ブルブル。
ビクビク。
まるで俺が悪いことをしているみたいなんですが。
「こら」
こつん、と俺の後頭部に杖が当てられる。
いつのまにかフィオネがこっちに来ていた。
「シャルをいじめない」
「話しかけただけですが!?」
いったい俺に何の非があるというのか。
「シャルは男嫌いなのよ」
「えっ」
「そうなのか」
俺とフィオネの会話に紛れた小さな声。
本人まで驚いてるけど。
「特にあんたみたいな馴れ馴れしいのが一番嫌いなの」
「わ、わたしはべつに、そんな」
「図太いあんたは気づいてないみたいだけど。シャルはいつもあんたのことを虫を避けるような目で見てるわよ」
「そこまでしてないよ……!」
そこまで……?
いや、無意味なことを考えるのはよそう。
「ごめんなさい。わたし、ちょっとビックリ症で。悪気はなかったんです」
え、ああ、こっちが正しい情報か。
いままでもシャルロットに話しかけたことはあったけど、全部それとなさすぎて……。
代わりにフィオネに答えられてたからな。
なんだきちんと話せるじゃないか。
「俺の方こそ脅かして悪かったな」
「い、いえ」
それからというもの、俺とシャルロットの会話は弾んだのである。
きっかけはフィオネがでっち上げたシャルロットの男嫌い。
「わたし、別に男の人に特別苦手意識があるわけじゃなくて。アデルくんのことも避けてたわけじゃないし……」
みたいなところから、俺がフォローに入り、安堵したシャルロットが更に会話を続けてくれる。
いつの間にかフィオネはイラベラと練習を。
俺とシャルロットがペアになっていた。
親睦も深まり、この一瞬でずいぶんと仲が良くなったようである。
まさかフィオネはこうなることを予測していた?
いやいや。
あの仏頂面が。
それこそまさかだ。
「はい、ではそこまで。時間ですので、片付けをしてください」
実技担当の、独身であることはステータスだと語る今年で31歳のスペリアヘル(通称スペっち)先生の号令とともに講義は終了。
こんな感じに、魔法学校での生活は順風満帆に進んでいた。
△▼
魔法実技が終わった後。
魔法訓練場からの帰り際のことだった。
いつにもまして無愛想なフィオネに、俺はどうやって声をかけようかと頭を悩ませながら並んで歩いていた。
「あれ? もしかして、フィオネじゃね?」
一学年の生徒とは明らかに体格の違う生徒三人組が、俺たちの前に立ちはだかった。
どうやらフィオネの知り合いらしい。
「おいおいどうした忘れちまったわけはねえよな? 俺だよ。むかしよく遊んでやっただろ? センツェルお兄ちゃん、なんて言ってよ」
自らをセンツェルと名乗った男は、中途半端に伸びた銀髪を揺らし、オーバーな身振り手振りをする。
威圧的な話しぶり。
それに続いたのは下品な笑い声。
ふと横を向くと、フィオネの顔がこわばっていた。
「まさかお前がオスマルドに入学してるなんてなあ。入学費はどうしたんだよ? てめえの親の財産は、屋敷ごとてめえが全部燃やしちまったってのによ!」
その言葉に釣られ、後ろの二人が爆笑した。
何が面白かったのかわからないが。
燃やした?
自分の家を?
このフィオネが?
「誇り高きブラスネイルの一人娘が、13にもなってまだ第一学年とは。だからあの時、素直に俺の申し出を受けておけば良かったんだよ。つまらねえ意地なんて張るから人生を無駄にする」
魔法学校へ13歳で入学というのは決して前例がないわけではない。
ただそれも稀有な例である上、名家の生まれとなればほぼゼロと言っていいだろう。
13歳と言えばレイシアより上の年齢だ。
どうりでこいつだけ大人っぽいわけだ。
「えぇ? いい体に育ったじゃねえか。さては体でも売ったな? なにも汚えおっさんのモノなんか咥えなくてもよ。俺の婚約者になってりゃ、このセンツェル様が初めてを頂いてやったというのに」
なるほど。
だいたい話は見えた。
「ま、せっかく女になったんだ。便所としてぐらい使ってやるよ」
センツェルがフィオネの胸に手を伸ばす。
この気高い少女の体を、こんなクズに触らせてたまるか。
「いくぞ」
「ちょっ」
固まったまま動けなくなっていたフィオネを引っ張って教室へ向かった。
フィオネはとっさに強く抵抗したが、そこは俺が許さない。
「あ? おいおい待てよ。俺様は第五学年だぞ? ケツの拭き方もしらねえ第一学年がいきがってんじゃねえぞ。どうやら先輩に対する正しい姿勢ってものを教えてやったほうがいいらしいな」
背後でぽきぽきと指を鳴らす音が聞こえるが無視だ。
シカトシカト。
せいぜい恥ずかしいセリフを吐いているがいい。
「てめえらふざけんなよ!」
「こら! 何を騒いでいるのですか!」
「なっ……! チッ」
スペっちのナイスカバリングにより、センツェルは悪態をつきながら退場。
俺はそのまま教室までフィオネを連れて行った。