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チートによる正しいイジメられ方


 入学早々にどこぞのお偉いさんのご子息に絡まれた俺。

 金髪オールバックの少年が頭をのけぞり頑張って俺を見下す。


「僕はな、パパにもう魔力の使い方を教わっているんだ。能無しの君なんてグーで即死だぜ」

「や、やめなさいエッジくん」


 ダメ子息の横暴に教員も困惑している。


 やれやれ。

 即死だなんて物騒な言葉を使いやがって。

 こんな小さい子供にあまり残酷なことをしたくはないが。

 真の力とはどうあるべきかを教えてやったほうがよさそうだな。


「人を殴るのが正しい使い方なのか? 力ってのは傷つけるためにあるもんじゃないんと思うんだが。ちゃんと父親の話を聞いてたのかよ?」

「なにぃ! 僕に向かってその口の聞き方はなんだ! 君は能無しで、僕は優秀な魔法使いなんだ! わからないなら体で教えてやるよ!」


 腕を振りかぶって俺に襲い掛かってくるエッジ。

 教員も止めなければならないとわかっていながら、クロモルトの姓を前にして動きが鈍る。


 チート発動。

 お前に現実ってやつを教えてやるよ。


「死ね!」


 エッジの拳が俺の顔面を捉える。


 食い込み、押し出され、運動量は俺の体に速度を与えた。

 それは子供1人という質量からするとありえない巨大なエネルギー変換。

 いったいどれほどのものか。


 俺が血を吹き出しながら、教室の遥か後方にまで吹き飛とぶほどである。


「あ、あれ……」


 エッジは顔面蒼白。

 右手を震わせながら口をパクパクさせている。

 しばらくの間、教室には無音が流れた。


 そして状況を理解した教員が叫ぶ。


「ほ、保健室! 保管室に運ばないと!」


 俺は教員に抱えられて保健室に連れて行かれた。

 その途中に垣間見えたエッジのやってしまったという表情。


「僕は……僕は……」


 とつぶやきながら膝をついていた。

 可哀想だったかな。

 10歳前後の子供に見せるにはショッキングな光景だったろう。

 けど、これでこのクラスの子供たちが暴力の恐ろしさを知ってくれればいい。

 現実とは残酷なのだ。


 それはエゴだよって?

 エゴで救える子供だってきっといるはずさ。


「メリル先生!」


 魔法学校の保健室である。

 当然、回復も魔法で行う。

 回復魔法自体は光属性に分類されていて、希少価値なので一般にはクスリや包帯で対処するものらしいが。


「はいはい。どうされたのですか」


 騒然とする保健室をほんわかとした声音が包んだ。


 保健室の先生は主に以下の三つに分類される。

 その1、おっとり美人。

 その2、ワイルド美人。

 その3、その他野郎とか。


 今回引いたのは1だった。

 やったぜ。


「この子の治療を! 出血をしていて!」

「あらあら大変ですね。では、そこのベッドに横にしてください。治療でき次第教室に向かわせますので、先生は教室にいる子たちの面倒をみてあげてください」

「わわわわかりました!」


 このテンパリっぷりと落ち着きっぷり。

 見ているとなかなか面白い。


 教員が出て行ってから、俺は改めて辺りを見渡す。

 保健室は白を基本とした静かな場所だった。

 まだ早い時間のせいか誰もいない。

 魔法での治療が主であるせいで消毒液の匂いはしないのだが、経験から脳が錯覚してか、どこか空気がスースーするようだった。


「まず、治療しちゃうわね。体がムズムズすると思うけど、我慢してね」


 鼻がくっつきそうなぐらい顔を近づけてくるメリル。

 緩やかにカールした茶色い髪が頬にかかり、ぷっくり紅い唇に吸い込まれそうだった。


 これこそ大人の女。

 白衣の内側に見える谷間がつやつやしていた。


 ムズムズする。

 下の方がムズムズします先生。

 我慢できません。


「どう? まだ痛みがある?」


 あれ、もう終わったのか。

 元々痛みなんて感じてなかったからな。

 まあ治ったんだろう。


「実は、まだ、下の方に痛みが……」

「下?」


 首をかしげるメリルと、視線が、合った。


 そのとき、俺とメリルの脳内で、何かこうテレパシー的な、波長まで合った気がした。


「それはここらへんのことかな? 僕」


 指先を這わせるようにして。

 お腹から、股にかけてメリルの手が伸びる。


 おっ。

 おおっ。

 なにか温かいものが。

 俺の下腹部に俺のものではない体温が……!


「ふふっ。でもまだ早いわ。もう少し大人になったら、またいらっしゃい」


 肉食だ!

 食ってる!

 絶対食ってるよこのセンセー!


「さ、そんなに元気なら教室に戻りなさい。制服の血も取っておいたから」

「はーい」


 さり気なく便利魔法使いやがったな。


 くそう。

 ちっこい体なんて不便なだけだ。

 こんな人気のない保健室でエロいこと一つできないなんて。


 今回は素直に帰るが。

 また世話になるぜメリル先生。


「授業はまだ始まってないか」


 教室への戻り際。

 廊下には生徒たちの元気な声が溢れていた。

 自己紹介の最中だったり、無謀にもレクリエーションを開始していたり。

 入学式の日はホームルームだけだったっけ。

 スケジュールとか読んでなかったから覚えてない。

 どうせ授業があってもガイダンスみたいのがほとんどだろうけど。


 アイスクリフの生徒たちはどうなってるかな。


「みなさん。生きることがどういうことか、考えてみてください。そして自分が考えたようなことを、他の誰かも考えていることを知ってください。人にはそれぞれの人生があります。この新品のチョークも、欠けたチョークも、同じチョークです。でも一つとして全く同じものはありません。違いがあるという当たり前のことを、どうか見失わないでください」


 絶賛説教中だった。


 そんな難しい話、わかるとは思えないが。

 みんな真剣に耳を傾けている。


 若干二名以外。


「ただいま戻りました」

「ああ! アデルくん! 無事でしたか!」


 教員からの熱い抱擁。

 黒板にはエイミー・クワイッドの文字がある。

 きっとこの人のことだ。


 そういえば俺も名家の息子だったな。

 もしものことがあったらエイミーも首が飛んでいたかもしれない。

 早計だった。

 配慮が足りないぞ俺。 

 反省しなくては。


「ご心配をおかけしてすみません」


 それだけ言って俺は元の席に戻った。


 隣にはエイミーの話を聞いてなかったその1であるフィオネがいる。

 いつみても仏頂面だ。


「いやー大変だった。エッジのやつ、大丈夫そうかな?」


 さりげなく声をかけたつもり。

 フィオネの場合、さっきのいざこざ関係なしに無視されそうで怖いが。


「平気よ。正当化がクロモルトのお家芸だもの」


 頬杖をついて外を向きながら答えてくれた。

 優しい子なんだなあ。


「なんかフィオネって、大人っていうか、達観してそうっていうか、子供らしくないな」

「あんたに言われたくないわ」


 そりゃそうだ。


「ねえ。どうやったの? あれ」

「あれ?」

「クロモルトのやつに殴られたときの。どう考えても人間ひとり吹っ飛ばせるような魔力量じゃなかったわ。自滅したんでしょ?」


 あの一瞬でそこまで見切るとは。

 恐ろしい子。


 フィオネが俺と会話してくれたのはそれが聞きたかったかららしい。


「企業秘密」


 ボソリとそうつぶやいた。


 すると、フィオネがこっちを向いた。

 目だけ。

 すごい睨んでる。

 こわっ。


「や、あ、あの、俺さ、魔力構造が特殊だから、上手く言えないんだって」

「……そう。面白くないわね」


 この答えは、間違いだったのか。


 その日のフィオネは、それから相槌しか打ってくれなくなった。


 俺は負けんぞ。



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