ラストヒット
棺。
レイシアが魔法教会総本部長の部屋に訪れた際に抱いた印象はそれだった。
それが趣味なのか趣味の一切を排除したのか。
床から天井まで黒一色に染められたその部屋は、目だけに頼っていると歩行すら困難である。
――特殊上級魔法使い。
それがレイシアが就いた職の名だった。
巷では弱冠17歳の天才美少女だのもてはやされているが、魔法は肉体と違って年齢ごとに決まった水準で成長するわけでもないし、もっと若い年齢で高い地位に就いた者もいないわけではない。
それでもレイシアが歴史に残るほど特別な存在であることは変わりなかった。
主な理由は二つ。
英雄からの推薦で上級職に就いたこと。
そしてなにより、その圧倒的なまでの美貌であった。
「やあ。噂どおりの美しさだね。レイシア」
奥の薄暗がりから聞えてきたのは若い男の声だった。
初対面であるはずなのにやたらと馴れ馴れしい彼は、この世界のトップと言っても差し支えない地位についており、一介の学生であったレイシアがお目通りの叶うわけも無かったのが、不思議とその言葉の中にえもいわれぬ懐かしさをレイシアは感じていた。
「お褒めに預かり恐縮です。リデア総長」
「ふふ。いやなに、君を呼び出したのは他でもない。ちょっと特殊な任務に就いて貰いたいと思ったからなんだ」
暗室の中でただ声だけが往来する。
慣れないレイシアは独り言をしているようで落ち着かなかった。
「どのような任務でしょうか」
特殊上級魔法使いなのだから、特殊な任務をこなすのが仕事である。
にもかかわらずわざわざ呼び出されたのは、よほど特別な事情があるのか、あるいは絶世の美女と謳われるレイシアの顔を拝みたかったのか。
明かりのほとんどが食いつぶされたこの部屋に不慣れなレイシアからすれば、こんな状態で相手の顔を見れるとは思わないのだが。
「ラストヒット跡地というものを知っているかね」
どうやら呼び出された理由は、前者らしい。
「100年前に魔導砲の衝突によって深刻な魔力汚染が発生したと云われている、戦争の終結地点のことでしょうか。今はロレイスター帝国とオンスマン帝国の双方が所有権を手放して、魔法協会の管轄になっているという。元はたしか……シュバーレ島という少数民族の住処だったとか」
「そうそう。それなんだ。今まで汚染が酷くて人が近寄れるような場所じゃなかったんだけどさ。急にその魔力濃度が下がったっていう報告があったんだよ。今回の任務は、その原因究明ってことで」
「わかりました。お引き受けします」
レイシアは見えない相手に一礼して、部屋を後にしようとする。
「まあそう焦らないで。それだけだとここに呼び出した意味がないだろ」
レイシアは動作をやめる。
まだ大きな動きをしたわけでもないというのに。
リデアにははっきりとレイシアのことが見えているようだ。
「君に知らせておかなければならないことが二つある。ひとつ、この任務は非常に危険なものであるということ。もうひとつは、三英雄であるバルバドが君に同行するということだ」
「バルバド様が?」
元々、三英雄の推薦でこの職に選ばれたレイシアだ。
こういう状況が想定できなかったわけではない。
しかし、レイシアを特殊上級魔法使いに推薦したのは交流のあるリーゼロッテの方であり、バルバドとは面識がある程度のかかわりしかない。
おそらく、魔法協会側から要求したのだろう。
それが先に述べた、任務の危険さをそのまま表しているともいえる。
「言っておくが、戦力は君たち二人だけだ。先にシュバーレ島で任務についていた上級魔法使いたちは全員死んでる。追加で魔法使いを送り込む予定もない。君たちにはシュバーレ島の様子をできるだけ細かく調査してもらい、生きて帰ってきて欲しい。一時的に復活した通信魔器具も今では使えなくなってるし。テレポーテーションもできなくなっちゃったから、色々大変だろうけど。うちの予算は好きに使っていいから、5日くらいで行って帰ってきてくれると嬉しいな」
いとも容易くリデアの口をついて出てきたのは、非情で冷たい言葉だった。
人間を戦力として考える必要のあるトップはこうならざるを得ないらしい。
「明日、バルバドに君の部屋を訪ねてもらう予定だ。準備をしておいてくれ」
要件はそれだけだった。
レイシアは部屋を出る。
これでもまだ直接呼び出された理由には足りなかったようにレイシアには思えたが。
顔を見せることができたということで特に気にすることもしなかった。
「いきなり来ちゃったか」
レイシアは胸を軽く手で押さえ、しばらくその場で目を伏していた。




