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源典を求めて


「いやーでかいな」

「でかいですね」


 目の前にあるのは高さ10m程はあろうかという鉄門。

 トロールでも入れるのかと思えるような無駄なサイズの城門に、俺とアーイェはただただ首を痛めるばかりだった。


「んじゃ! お二人さん、後は頑張って!」


 三英雄の一人であるフロレンシアが元気にうさみみと右手を振って飛び立っていく。


 俺たちは源典を探すために、フロレンシアのテレポートを使ってコルティス公国へやってきた。

 ここは世界で一番大きな図書館があることで有名で、まあそんな観光にも使われそうなところに源典があるわけがないのだが、ここで館長をしているシルレアという女性が源典らしき物を見たと魔法教会に報告したらしい。

 魔法教会に捜索願いを出していたヴィスタ―のところに通知が来て、それを教えてくれたというわけだ。


「入るか」

「はい」


 俺たちは検問を抜けてコルティスの街へ。


「大丈夫か。不安だったら、掴まっててもいいぞ」

「いえいえ。大丈夫です。見えてないわけではありませんから」


 俺は右目を眼帯で塞いでいるアーイェを見おろす。

 源典を読んだ負荷によって、視力が一時的に下がっているのだという。


「悪かったな。俺のせいで」

「いえ、気にしないでください。実は、遅かれ早かれこうなっていたんです」

「そうなのか?」


 アーイェの禁書目録インデックス化が始まったのは俺が魔王を倒したせいだって聞いたが。

 勇者が魔王を倒してさえいれば世界に歪が生まれることはなかったんじゃないのか。


「私の役目が、修正になるか、閉幕になるかの違いだけですから」

「……なるほど」


 アーイェの言葉には具体性はなかったが、俺にはなんとなく理解することはできた。


 あいつは魔王。

 つまり倒すと物語はエンディングを迎えてしまう。

 勇者物語の形を与えられたこの世界の中でそれが起こったとき、きっと今のままではいられなくなるようなことになるんだろう。


 それを、きちんと整合させるための役割。

 それが禁書目録のもう一つの側面。


 と言っても、俺のせいで予想外の出来事が起きてしまったのは事実だ。

 きちんと責任をもって片付けてやらないとな。


「ここですね、シルレアさんのご自宅は」


 魔法教会から渡された地図に従って道を歩く。

 コルティス公国の住人は和気あいあいとしていて、平和な街のジオラマを表現しようと思ったらこうなるだろうと言った静かな明るさを持っている。


 ドアの前でチャイムを鳴らした。

 家の奥で低い鐘の音が響く。


「はーい」


 ギィッと滑りの悪そうな音とともにドアが開く。

 そこに立っていたのは、くるくるとロールしたツインテールが特徴的な、若い女の子だった。


「えっと…………シルレア……さんの娘さん……?」


 俺がそう尋ねると、少女はくすくすと無邪気に笑った。


「いいえ。私がシルレアですよ」

「あっ、そうでしたか。失礼しました」


 館長とかいうからもっと歳のいったおばさんかと思ってた。

 すげー若いよなこの子。

 俺とかアーイェとかと変わらないくらいじゃないか。


 もしかしたら外見以上にお歳を召してらっしゃるのかも。


 そんなシルレアは挨拶をするなりアーイェのことをジッと見つめている。

 それは注意深く観察するようで、どこか愛おしいものを見るようで、冷めた無機質な視線を向けているようで、俺にとってはとても不思議な光景だった。


「さあ、入って」


 俺とアーイェは赤いカーペットの敷かれた廊下を歩き、客間へと通される。

 壁には幾つもの人物画が飾られていて、不自然なほどの冷たさがそこにはあった。


 偉そうな人が座りそうなフカフカの椅子に腰掛け、アーイェと並び、シルレアと向かい合う。

 俺が初めてアーイェと会った時に人形のようだと思ったことがあったが、シルレアに対する印象も同じようなものだった。


 片方は透き通る銀色がさらさらと伸びる幼人形。

 もう片方はつややかな金色が栄える美少女フィギュア。

 喩えとしては悪いかもしれないけどまさにそんな感じだ。


「源典を探しているということでしたよね」

「はい」

「実はですね、もう見つかっているんです。勇者物語」


 言葉の後、シルレアはまた小さく笑みを作って。

 俺とアーイェは呆けた顔のまま固まった。


「ですので、探しに行く必要はありません。本日は大図書館の地下に必要な魔法陣がありますので、ひと休みしたらそちらに向かいましょう」

「それは確かなんですか?」

「はい。私はこう見えて古語の知識があるのですが、たしかに表紙には勇者物語と書いてありました」

「いや、にしたって……」

「まあまあ。実物を見れば済む話ですから」


 あまりのあっけなさに俺の頭はすぐにそれを信じようとはしなかった。

 もしかしたら、自分にかせられた責任の大きさを勝手に過大評価していたせいかもしれない。

 まったく無意味なことをしていると、頭ではわかっていたのに。

 それからしばらくお茶をして、フロレンシアの超能力でこっちにきたので旅の疲れはないのだが、休憩という名目で時間を取ってから図書館に向かうことにした。


 図書館はさすがに世界一というだけあって豪華な建物だった。

 図書館というよりお城と表現したほうがしっくりくる。


 そんな豪華な外装とは裏腹に内装は昔ながらの良さを残した木材を基調とした構造になっていて、その広さから内部の人はまばらだった。

 鼻に木独特の落ち着くような懐かしいような匂いが届いてくる。

 ここで勉強したらさぞ集中できるだろう。

 俺はやらないけど。


 シルレアが館長というだけあって、入館の際に役員に止められることはなかった。

 そしてシルレアの「アレよ」のひとことで総出で準備をし始めるのだから、俺たちがここに来ることはもうすでに織り込み済みだったようだ。


 まだアーイェの能力? とも言えるものが覚醒してそう日が経っていないというのに。

 魔法教会とやらはずいぶんと連携がいいようだ。


 本を借りるときに利用するのであろうカウンターの、その奥にある扉から俺たちは地下へと下っていく。


「どうした? アーイェ」


 どうにもアーイェの顔がこわばっているようなので俺は聞いてみる。

 善意、のつもりだったのだが。

 これは意地の悪いことだったのかもしれない。


「いえ、別に。ただ、少し埃っぽくて」


 書庫の埃っぽさなど慣れているくせに。

 そう言うしかないこともわかっていた。


「さて、着きましたよ」


 階段を降りた感じからして三階分くらいだろうか。

 最後に重厚な石の扉を通ったそこに、まるでアーイェの家の地下をそのまま持ってきたのかと思えるような魔法陣が存在した。

 譜面台に似た台座の上には源典と思しき書物が置かれ、それはアーイェの存在に呼応するように妖しい光を放っている。


「早く終わらせてしまいましょう」


 そう言ったのはアーイェだった。

 いつもあの銀色の髪から覗く明るい笑顔はそこにはなく。

 ただ使命を全うするために歩みを進める、騎士のような、あるいは傭兵のような人間の姿がそこにはあった。


「では、そのように」


 アーイェは椅子に座り、シルレアは台座から源典を取る。

 俺は、見ているだけ。


 まあ、もとより探すために一緒に来ただけの存在だ。

 その過程を素通りしてしまったのだから、俺にやれることなどない。


 そして、再び目の前にはいつか見た光景が。


 アーイェの禁書目録インデックス化が進行していく。

 俺はその終わりに立ち会っただけだったが。

 これがどれくらい続くのだろうか。


「俺たちはどうしてたらいいんだろうな」

「ここで待っていればいいんじゃないかしら?」


 シルレアは楽しげである。

 その微笑みは何処までも艷やかで。

 しかしそれは確かに、俺に対する好意のようではなかった。


「どうせすぐ済むわ」

「丸一日はかかりそうだけどな。俺がアーイェを見つけるまで、何日もあいつは地下にいたように思えた」

「今回は二回目だもの」

「なるほど」


 理解したという意味ではない。

 そう言うしか他になかった。


 事前知識がある分、理解が早いと言うのは納得ができたからな。


 そしてそれは、現実にそうなった。


 禁書目録化が始まってからおよそ一時間ほどか。

 輝きの失せた本がガタッと床に落ち、アーイェが魔法陣から開放される。


「アーイェ!」


 俺はすぐさま駆け寄った。

 椅子から崩れ落ちたアーイェは、特に咳込んだりする様子もなく苦しげには見えなかった。


「だ、大丈夫です。無事に終わりましたから」


 そう言って俺に言葉を返すアーイェは、目をつむったまま。

 開けようとはしなかった。

 相当な負荷がかかっていたのだろう。

 疲労で視力が下がっていたほどだ。


「しかし、これでどうなるっていうんだ?」


 世界の歪みを直すとはいっても。

 アーイェに外的な変化はとりあえず目以外にはない。

 まさか、目を開けたらビームでも出てきて世界が修正されるわけでもないだろう。


「どうなる、ですか。それもいずれ、すぐにわかります」


 背後からのシルレアの声。

 そしてその背後には、更に人の気配があった。


 咄嗟に俺はアーイェから目を離し、後ろを向く。


「やっほ! お疲れ様!」


 そこにいたのは、三英雄の一人であるフロレンシアだった。


 びっくりした。

 なるほど瞬間移動の使い手なら、不意に気配が現れても納得できる。

 相変わらず長い耳をぴょんぴょんさせて楽しそうだ。


「あらあら。大丈夫ですか? アーイェさん」


 フロレンシアは軽快な足取りでアーイェに近づいていく。

 リーゼロッテといい英雄は人の容体や感情に無頓着な奴が多いな。


 とか思っていたら、フロレンシアはアーイェの肩を担いで立ち上がる。

 

「では、アーイェさんを魔法教会まで連れて行きますね」

「魔法教会? なんで?」


 俺が首をひねっていると、シルレアが更に、フロレンシアの肩に触れた。


 直後に、三人が消えた。


「……は?」


 思わず言葉が漏れた。


 無音の空間でただ。

 意味もわからず取り残された俺。


「いや、なにこれ」


 冗談にしては、流石に間が悪すぎる。


 フロレンシアの瞬間移動で消えたんだろう。


 でも、なんで三人だけ?

 俺だけ除け者?

 そりゃ、俺は部外者だけどさ。

 一応、アーイェの禁書目録化の期日が早まったのは俺が原因なんだし。

 少なくとも聴取すべきだろ。

 事情を。


「ふふふ。おバカさん」


 誰も居るはずのない部屋に響いた、高く幼い声。

 気配の全く無い音源に振り返ると、そこには一人の幼女がいた。

 細く束ねた髪を4つの宝石付きのヘアピンで留めた、しかしそれがどういう原理に寄って留められているのかわからない、竜宮の使いのような髪型をした幼女だ。


 見知らぬ幼女。


 そのはずだが、俺には思い当たる人物が一人だけいた。


 あの四天魔の襲来で生き残った兵士たちが残した情報により、その名前だけが特定された最後の生き残り、メー。

 この魔力の波動には覚えがある。

 まず間違いなく魔族のものだ。

 しかも、デーデルニッヒや魔王と同格レベルの強力なもの。


「なぜお前がここにいる。メー」

「あら。察しがいいのね。さっきのおバカさんは取り下げてあげるわ」


 コクッ、と首をかしげるメー。


 たしかにメーだった。

 しかし符合しない。

 なぜ、ここで、このタイミングで。


「厳密にはあなたが話している相手はメーではないのだけれど。まあ、いいわ。とにかくあなたには死んでもらうわ」


 その言葉の直後、メーの髪飾りの宝石が輝き、弾けた。


「おいで。マカライト。インディゴ。バイオレット。バーミリオン。今日はそのまま食べちゃってもいいわよ」


 そこに現れたのは四体の異形の魔物。

 悪夢の再来。


 まるでわからない状況に一人取り残された俺は。





 とりあえずそいつらを皆殺しにした。


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