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禁書目録


 薄暗い書庫に、翡翠色に発光する魔方陣がある。


 その上には、椅子。


 そこに腰をかけているのは、銀髪の小さな少女だった。


 いや、あれは腰をかけていると言って良いのだろうか。


 少女は目を見開いたまま、一度として瞬きをすることもなく。


 目の前に浮遊し、パラパラと捲れる分厚い本を眺めている。


 そこに生気というものはなく。


 彼女の生来の容貌のせいか、人形が不思議な仕掛けの絵本を見ているような、大掛かりな置物のようにさえ思えた。


「おい。なんだ、ありゃ」


 恨まないでくれ、と言われた意味はわかった。

 これは深く考えるまでもなく、まともなことをしていないのがわかる。


 だけど、なんだ。

 どうしてこんなことになっている。


源典・・だ。知らんかね」


 自らをヴィスターと名乗った老人が、重たそうに腰を押さえながら答えた。


「原初の大魔導士が遺したとされる国宝級の書物ね。どんな中身なのかは知らないけれど。で、あれは何をしているの?」


 フィオネは俺と違って微塵もショックを受けていないようだった。

 ああ、そういえばこいつも似たようなことされてたんだっけな。

 どいつもこいつもとんでもないやつばっかだ。


「簡単にいえば、整理・・だ。世の中のな。そのための禁書目録インデックスを作っているのだよ」

「楽して端折ってんじゃないわよ。私たちにとって簡単な話をしなさい。それは理とやらを修正するということ? 今、何が起こっているのかすら私にはわかっていないのだけれど」

「う……うむ」


 フィオネのせっつくような訊き方にやりにくそうにしながらも、ヴィスターは答える。


「世間では、大魔導士クロウが未知なる力を体系化し、魔力を扱えるようにするために魔法を生み出したと云われている。そして、その魔法を生み出すまでの過程が記されているのが源典だとされている。だが、実のところそうではない。源典が先にあって、彼はそれを開いただけに過ぎんのだ」


 俺も、フィオネも、口を閉じたまま。

 ただ語られる真実を受け入れていく。


「この世界では、特別な力を持つものは皆、神に近いとされている。それが容姿であったり、声であったり、絵を描く感性であったり。大魔道士クロウの場合は頭脳、あるいは神経が正に神のそれであった。そのために彼は、神が用意したその書物を、読み、紐解くことができた。そしてそこから魔法が誕生し、今の世界が作られたのだ。今やっているのはな、正にその再現なのだよ。かの大魔道士の血を色濃く引く彼女だからこそ、源典と魔法陣が反応している」

「そう。あの頭の幸せそうなのが大魔導士の末裔だったとはね。フォルのミドルーム自体はとりわけ珍しいものでもなかったから、気にかけなかったわ」


 また、ずいぶんと壮大な話になったな。

 今度はこの世界の根源まできたかよ。


 なら俺はどうしたらいい。

 どうしたら、この世界とアーイェを救える?


「源典と魔王とやらの関係はなんなのかしら?」

「本の中身が、まさにそれなのだ。源典は世界に形を与える。魔法に法則が出来たのも、その源典の中身に世界がなぞらえられたからだ。神が考えた別世界のあり方を書き写す。それが源典の力。その媒介が、神の頭脳」

「なるほどね。つまり、あの阿呆が魔王を倒したせいでこの世界の法則が歪んで、それを修正するためにこの魔法陣と源典が目覚めたと。どうなるの? これから」


 フィオネがどんどん話を進めていく。

 正直、ありがたい。

 あそこまで言葉が上手く出る気がしない。


 責任は取ろう。

 どんな役目でも引き受ける。

 俺にはその義務があるはずだし、力もあるんだから。


「すぐに修正はできん。ここにあるのは上巻だけでな。下巻の場所がわからんで、魔法協会に捜索を依頼しているところだ。候補はいくつかあるんだがの。おそらく、どこかしらで異常が起こるのが先だろう」

「あの子は?」

「知識が増えるだけだ。どうなることもない。彼女自身はな」


 その言葉は、やたらと意味ありげで。

 俺にはすぐに理解することはできなかった。

 それが、ヴィスターがアーイェの退学を選んだ理由になったことも。


「……そう」


 会話が、終わる。


 正直、まだ状況が飲み込めたわけじゃないが。

 やるべきことはわかる。


「アーイェを救いたい」


 俺がそうこぼすと、ヴイスターが俺に向き直った。


「ならば、可能な限り早く下巻を見つけることだ。歪みが大きくなればなるほど、修正は大掛かりになる。それは同時に、依り代の負担を増やすことを意味するでな」

「わかった。ならありったけの情報をくれ。今すぐ出たい」


 源典自体はアーイェが近づかないと反応しない。

 繋がりを強化したところで感知できなければ意味がないんだ。


 俺の言葉に、ヴィスターは書庫の中を歩き始める。


「最後にいい?」


 フィオネがヴィスターに訊く。

 ヴィスターは静かに頷いた。


「あなた、何者なのかしら?」


 フィオネの疑問。

 それは至極真っ当なものだった。

 いくら大魔導士の子孫とはいえ、詳しく知りすぎている。


「ただのボケたジジイだよ。勇者物語から賢者の役割を与えられただけのな」


 ヴィスターは偽りなく答えた。

 それは魔王という存在を、俺が知っていたからこその真。


 やがて、魔法陣の活動は終わり、ドッと重たい音を立てて源典は床に転がった。



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