一斉掃討 ハーデスVSアデル
天井を支える力を失った柱。
床に散らばったシャンデリアの残骸。
かつて美しい女性が描かれていたのであろう壁画たちが、悲しい顔で一人の男を見つめている。
「何者だ」
その男の前に立つ黒衣の存在が、王の間への侵入者に威圧的な視線を送った。
「英雄の……パシリ? いや、むしろ神のか? まあ、そんなとこだ」
まあそれが俺なわけだが。
床に倒れているのは騎士一人。
ずっと戦ってたのか。
大したもんだ。
ずいぶんボロボロだなこいつ。
まだ生きてるんだよな。
「どけよ」
「なに?」
「そいつを治療する」
そう言って俺は騎士のもとに歩み寄る。
意外にもハーデスは俺に攻撃を向けてこなかった。
壁際に控えている魔王の手下たちは好戦的な眼差しを迎えてきたが、ハーデスの対応を伺っているのか襲ってこない。
「おい。さきほどまで隣にいたはずの女はどうした」
フロレンシアのことか。
なるほど俺に興味なんてないが、フロレンシアの瞬間移動を見てそっちに警戒しているわけだな。
「帰ったよ」
つぶやで答えながら、俺は騎士の身体に光魔法の魔力を流し込んで治療を開始する。
あれ、妨害とかしないの。
こんなときまで戦ってたってことはそれなりに厄介な相手なんじゃなかったのか。
「ふむ。妙だ。あの魔力、高速で遠ざかったというより消えたような」
身体の治療はオッケーっと。
意識はそのうち戻るだろ。
「女一人にご執心か。悪いけど、考えるのは意味ないぜ。今から死ぬから」
「そうはさせぬ。貴様には死んでもらう前にあの女のことについて話して貰わねば」
「いや死ぬのはお前だから」
傲慢なやつらってほんと話が通じねー。
なんて思ってると、ハーデスが剣を振って俺の右腕を斬ってきた。
はずだったのだが、無傷だった。
いや無傷なのはチートのおかげで当然なのだが、全く体に引っかからなかった。
あれ、なんだこれ。
俺はなんかされたのか?
続いてハーデスは俺の残りの四肢を斬りつけてくる。
そのどれもが、俺の体を通り抜けるだけ。
どういうしくみだそりゃ。
「どうだ。もはや首以外に力が入らんだろう」
ハーデスは俺を斬りつけたあと、背中を向けて語る。
え、なにこの人。
何も起こってないのにカッコつけちゃって。
恥ずかしい。
「知能ゼロの貴様にいまさら言葉遣いには気をつけろと言うつもりはないが、恐怖まで吹き飛んではおるまい。わざわざリリムのやつを呼びつけて洗脳するのも面倒なのでな。さっさとあの女の秘密を吐くのだ」
ゆったりとした動作で王の椅子に座ろうとするハーデス。
そこに俺はダッシュで近づき、後頭部に思い切りグーパンを食らわした。
椅子ごと床にめり込む。
ハーデスはまだ原型を保っていた。
丈夫だな。
「ば、バカな……!」
床から頭をスッポ抜いて俺を見る。
ハーデスの表情は驚きに染まっていた。
いやそりゃ無防備に背中なんか晒してたら誰だって強襲を受けるだろ。
「なぜ貴様が自由に動けている!」
傍らに落とした剣を拾って再度俺を斬りつけてくる。
「何がしたいのかわからないけど、無駄だ。仮に1億回斬りつけてきたところで、それが俺の身体への被害となる確率は1億分の1にも満たない」
さて、引っ張る意味も特にないし。
やることやってさっさと片付けるか。
「なあ。質問があるんだが――」
「そうか。躱しているのだな? 認めたくはないが、どうやら我の知覚できないスピードでわずかに動いているらしい」
話を聞け!
そういう思い上がりボス特有の見当違いな考察やめろ!
「お前たちよ! 遠慮することはない! 全方位からこの者へ攻撃を仕掛けよ!」
ハーデスの号令で、濁った高音が王の間を満たした。
うるさい。
「さあ、避けてみせろ! 少年――――――んっ!?」
剣を振りかぶったハーデスの動きが止まる。
俺に襲いかかってきたやつが誰もいなかったからだ。
もちろん俺が今の一瞬で皆殺しにしたからなんだけど。
「一つ聞いていいか?」
ちょっとイラっとしながら問いかける。
「お前、魔王なんだろ。魔王がいるってことは、やっぱり勇者もいるんだよな?」
こっちの世界にも勇者と魔王の物語はある。
それがどこから広まったものなのかは知らないが。
結構有名なものだ。
こいつがただ悪行を繰り返して、その象徴として魔王を名乗っている可能性もあるが。
デーデルニッヒの話を聞く限りじゃ、勇者と魔王の物語は実話を元にして作られたという線もある。
こいつらがこんな簡単にこっちの世界に来れるんだ。
流れてくる情報もあるだろう。
「貴様。勇者ではないのだな」
ハーデスはギロリと俺を睨んでくる。
「ふっ。ならば安心した」
そして、途端に余裕を見せるハーデス。
俺のことを勇者だとでも疑ってたのか。
まあ強さ的には同等以上のものがあるだろうからな。
てかなんだ。
勇者いるんだ。
でもどうしてるかとかはわからないみたいだな。
「しかし、貴様この世界のものではあるまい」
うっ。
鋭いところを。
「そうか。その姿形で我らと格を同じくする者か。では、こちらも相応の力を出さねばならんな」
部屋がだんだんと暗くなっていく。
というより、空間そのものが黒に染まっていく。
デーデルニッヒと似たような技か。
何にしたって、付き合う気はねえよ。
「じゃあな魔王様!」
光属性の魔力を右の拳にまとわせた、チート補正による超打撃。
ほぼゼロ秒に近い間に接近し、ハーデスの心臓に拳をめり込ませる。
直後、部屋には暴風が吹き荒れ、壁も天井もすべてが吹き飛んだ。
部屋が野晒しにされる。
むろん、ハーデスの体も粉々に吹き飛んだ。
チリひとつ残りはしない。
そういう威力で放った一発。
だが、予想は大きく外れた。
「さすがだ少年。だが、運が悪かったな」
崩壊したはずの体がいつのまにか再生している。
がしりと俺の腕を掴む灰色の手。
空には暗雲が立ち込めていた。
そして、ハーデスの魔力に反応するように、そこから紫色の落雷が。
俺とハーデスめがけて落ちてきた。
「我は不死身! 勇者の剣でなければ死ぬことが許されておらぬ!」
あまりの眩しさに俺は後退した。
ダークな色だったのに刺激が酷かった。
ダメージにはならないが、疲れる。
「ほう。貴様も頑丈そうだな」
俺を見て言う。
ハーデスには、さきほどとは比べ物にならないほどの魔力がほとばしっている。
あれは闇の生き物には力を。
それ以外にはダメージを与える技だったのか。
どんな攻撃が来ようが俺には関係ないけど。
にしても、暗い。
こう厚い雲が漂ってると、やっぱり魔王の城って感じがするな。
まだ魔王のものになってから3日しか経ってないけど。
そういえばあの騎士のやつ大丈夫かな?
まあ、魔王と3日も戦ってたようなやつだし。
そこらへんで寝てるだろう。
「だが絶望しただろう。我は貴様には殺せぬ。貴様の力が我の倍あろうともな」
ハーデスは最後の最後までべらべらとよく喋る。
なるほど不死身なんだな。
じゃあ好きなだけ喋らせてやるか。
次が最後の最期になるわけだし。
「十倍か? 百倍か? ふっ。関係ない。それがたとえ那由多であろうと不可思議であろうと」
周囲の魔力を自分のものとしてハーデスは吸収していく。
さきほど散った部下の分も含めて。
「無限には敵わぬのだからな!」
そして、巨大化。
グランデ・ゴリエほどにはないが。
魔王の体は筋肉が膨れるように膨張し、俺を威圧する。
「死ぬがいい!」
特殊能力だけが効かないと思い込んだのか。
俺にただパンチを繰り出してきたハーデス。
不死身、な。
たしかに俺がただ強いだけの人間だったら手も足も出なかっただろう。
だが。
「死なないだけじゃ、俺には勝てねえよ」
光の勇者よろしく。
俺は前にリーランがやってみせたように、光属性の魔力で剣を創造した。
それ自体には意味は無いが。
俺はこの剣に、不死者を殺す能力を付与する。
単にチートでハーデスを不死身じゃなくしてるだけだけど。
こっちのがカッコもつくだろ。
「はぁっ!」
一閃。
暗雲ごと断ち切る光の斬撃。
僅かに漏れた日差しに浄化されるように、ハーデスの身体が崩壊していく。
「バカな!? これはいったい……!?」
「冥土の土産に教えてやるよ。お前の魔王としての因果を歪めてやったんだ」
まずはその身にまとった魔力から。
全身から剥がれ落ちるように霧散していく。
「そういうことか……貴様……やってくれたな……勇者でもない身で…………」
うなだれ、膝をつく。
俺を見上げる目には、恨みや憎しみなどは宿っていなかった。
「貴様が歪めたのは我の存在ではない……世界の……理だ……」
「あ?」
うん、まあ。
考えようによっちゃそうとも言えるけど。
「自分が何をしたのかわかっていないようだな。魔王は勇者によって倒されなくてはならぬ。これは絶対の決まりなのだ」
「なにメタいこと言ってんだよ」
「……まあ……こうなってしまったからにはもう遅い……いずれわかる……ことだ…………」
あ、消えちまった。
なんか意味深だったな。
まずかったのか?
別に、何も起こってないけど。
とりあえずフロレンシアが迎えにくるまで、てきとーに城下町の掃除でもしてくるか。




