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一斉掃討 ガルメデVSバルバド


 いつもは大勢の人で賑わうそのレストランは、今日はたった1名の客で貸切になっていた。


 リッツサイド大陸でもお菓子の国として名高いシュクレコランド王国が誇るスイーツの名店。

 ル・プド・プルーシュ。

 総勢50名のパティシエたちが見守る中、その男がスプーンを手に取った。


 黒く逆立った髪。

 筋骨隆々とした身体。

 健康的な焦げ茶色の肌。

 ひと目見ただけでは健康的な青年というイメージだけが先行するが、彼は魔王ハーデスが率いる魔族の一人であり、四天魔が誇る腕力家である。


 自称最強の美食家、ガルメデ。

 彼がスプーンで掬ったのは、しっとりとした舌触りと、確かに舌に残る弾力が評判のチョコレートプリン、キス・マイ・メルティだ。


 ぷるぷるとスプーンの上で踊り、しかし決して形の崩れることのないそれをしばらく眺め、ガルメデは口に含む。


「むっ……こ……これは…………!?」


 ビカーッと目が見開かれる。

 そこからは光が溢れ、飛び出した光線は天井を破壊して貫いた。


「美味い! なんて美味いんだ! これは……うむ! ものすごくとても美味い、だ!」


 美味さを形容する語彙を持たないガルメデであったが、彼がそれを気に入ったのは態度から明らかである。


 胸をなでおろすパティシエたち。

 しかし同時に、空いた穴から土埃を落とす天井を見上げ、ゲッソリと顔を歪ませる。


「お前たちならハーデス様が作る暗黒世界でも良い働きをするだろう。推薦状を書いてやるから、再就職先を心配することはない。ありがたく思え」


 ガルメデは満足げに立ち上がり、店を出る。

 店の中の者たちとしてはひとまずの安全が手に入ったこがなによりの報酬だった。


「おい兄さん。店で飯を食ったら、代金を払わんといかんの」


 ガルメデを呼び止める声。

 声の主に振り向いたガルメデの顔面を、ごつい拳が捉えた。


「こっちの世界じゃ、食い逃げするとこうなる」


 街の外まで殴り飛ばされたガルメデ。

 それを追いかける強襲者。

 舞台はオシャレなレストランから森の中へと移された。


「ほう。この俺をここまで飛ばせる者がこの世界にいようとは。美味い飯といい、やはり人間世界も捨てたものではないな」


 土を払いながら立ち上がるガルメデ。

 その目の前に現れたのは、隻眼隻腕の大男だった。


「金が払えんのなら、皿洗いでもやってもらおうか」

「勘違いが過ぎるな老兵よ。お前たちは我々上位種に料理を食べていただいているのだ」


 あくまでも不遜。

 あくまでも傲慢。

 それが魔族という生き物だった。


「名を聞こうか」

「ワシか? バルバドだ。一応、この世界では英雄と呼ばれておる」

「ほう。なるほどそれなりの実力者ではあるようだ。では……」


 腰を低くし、踏み出すガルメデ。


「今回は我々の優位性を見せしめる道具になってもらおうか!」


 飛びかかったガルメデの攻撃は、ひたすらに直線的だった。

 フェイントなど一切なく、ただ速さと重さだけを追求した至高の一撃。


 それにバルバドも、避けることなく拳を返すことで応えた。


「ぬおりゃあ!」

「な、何っ!?」


 拮抗する両者の拳。

 ガルメデは驚きに目を見開く。


 しかしその表情は、即座に満面の笑みに変わった。


「ふはは! 塵にならぬよう加減をしたつもりだったが、どうやら必要なかったようだな!」


 距離を取り、再度構えるガルメデ。


 身体より湧き出でる黒い魔力。

 魔族としての本領発揮である。


「さあ老兵よ! その片落ちした腕と目で、俺の(けん)を捌ききれるか!」


 腕力自慢のガルメデにとって、自らの力を存分にふるえることはこの上ない喜びである。

 その拳は殺意と狂気に満ちた連撃であったが、そこにはどこか子供が戯れるような無邪気さも感じられた。


「かかってこんかい!」


 再びまみえる両者の拳。


 しかし今度は予想通りというべきか。

 ガルメデの腕力に軍配が上がった。


 バルバドは体勢を崩され、そこにガルメデの連撃が打ち込まれる。


 何の工夫もない。

 ただひたすらに速く、ただひたすらに強く、拳を叩き込んでいく。


「ぬぉぉぉおおお! 調子に乗るなよ小僧!」


 パシッ! と耳を劈く破裂音の後。

 森の木々ごと地面が捲れあがり、円状に爆風が広がっていった。


「バカなっ!?」


 魔力を展開したガルメデと違い、バルバドには目立った変化はない。

 それがガルメデに違和感として驚きを与え、僅かな隙を作った。


 バルバドは掴んだ拳を思い切り下へと引っ張る。

 そして落ちてきたガルメデの顔面を思い切り蹴り上げた。


 身体を反るように吹き飛ばされ、背後の木々を折り、やがて減速した身体でガルメデは受け身を取り、体勢を立て直す。

 だがそこには、すでに追撃の体勢に入っているバルバドが大きく拳を振り上げ、ギロリと殺意に満ちた目をガルメデに向けていた。


 ガルメデが気付いた段階では、まだ回避は可能だった。

 だがガルメデは避けなかった。

 それが腕力家としての戦いの哲学だったからだ。


 咄嗟に両手を構え、バルバドの攻撃を受け止める。


「ふん。どういう原理だお前の力は」

「気合というやつだ」

「不条理な力だな!」


 バルバドを押しのけ、間合いを取る。


 両者の身体にはすでに幾つもの裂傷があり、口から流れ出る血が内蔵のダメージを示していた。


「まさかこのワシがこうまでボロボロになるとは。まあ、二年前の時点で予想はしていたがの」

「こちらとて予想外だ。腕力では最強の俺様に、物理で対抗できる人間がまさかいようとはな。夢にも思わなかったぞ」


 それは驚嘆か、賞賛か。

 どちらにしても、恨みのないこの戦い。

 強さを求める生物の本能だけが彼らを駆り立てている。


「こうなっては、もう力を抑えてなどいられないな」


 ガルメデはまとっていた魔力を、身体を覆うようにして圧縮していく。

 先程までの人間らしかった姿はどこかへ消え、魔族としての形に変貌した。


「おいおいなんだそりゃ。今までは力半分だったわけか」

「半分? 一割にも満たないが?」


 見せつけるように力こぶを作る、暗黒の戦士。

 次の瞬間、ガルメデがその場から姿を消した。


「速いっ――――!?」


 バルバドが追えたのは、移動した方向ぐらいなものだった。

 咄嗟に気配を探り、攻撃に備える。


「ふはは! ここだ! 老兵!」


 しかしその必要はなかった。

 助走する距離を取ったガルメデは、わざわざ自分の居場所を告げてから突進してきたのだ。


 これまでと同じ。

 小細工など必要ない。

 自分の腕力の前には何者も立ち向かえのないのだと。

 そう己に証明するための戦法。


 しかして、バルバドにその攻撃が止められるはずもなく。

 抵抗虚しくも吹き飛ばされていく。


「まだまだぁ!」


 バルバドが吹き飛ばされた先には、既にガルメデが拳を引いて待ち構えていた。


 空中に描かれる直線。

 規則のない並びで、右から左へ、上から下へ。

 殴り飛ばされ、ついには地面に激突したバルバドを中心に、大きな爆発が起こった。


「ほう。硬いな」


 漆黒の気を纏い、ドスンと重く着地するガルメデ。


 感心の向くその先には、息も絶え絶えのバルバドが、それでもなお懸命に足を奮わせて立ち上がっていた。


「ワシはの」


 歪む、バルバドの表情。


 それは怒りでも悲しみでもなく、大きな笑みだった。


「物理最強を謳われておる。おんし程度の攻撃で壊れるわけもなかろう」


 右の拳を握りしめ、ガルメデを睨む。

 その目には溢れんばかりの闘志が宿っている。


「死にかけの分際で。ほざくな」

「ああ、今にも死にそうだ。こうまでならなければワシの身体は危険だと判断ができないらしい。まったくノロマな肉体だわい」


 そのとき、ピクリ、と弾むガルメデの片眉。

 咄嗟に臨戦態勢の構えに入った。


「何を隠している」


 ガルメデが尋ねると、バルバドは吹き出すように笑った。


「おいおい。隠してるも何も、目の前で起こってることがそのまま答えじゃねえか。わからねえか。人間だって、魔力ってもんが使えんのよ」

「お前……まさか……!?」

「ああそうよ」


 バルバドの強靭な肉体。

 それは本来、リーゼロッテと同じく英雄が持っているべき強大な魔力に耐えられるよう、身体が変質した結果によるものだ。

 動物が魔力を持ってから魔獣として突然変異したように。


 リーゼロッテは代わりに超精密な魔力操作能力を。

 フロレンシアは自らの魔力に対抗できるよう魔法ではない特殊能力を。

 それぞれ授かった。


「ワシは不器用だから、持て余すばかりで使い物にならんのだがな。こうして、一つのところに集めることぐらいはできる」


 ふん、と四股を踏み、左肩に右手をかける。

 そこに微かに浮かび上がる、あるはずのない左腕。


 それを見たガルメデが、咄嗟にバルバドに特攻を仕掛けた。


「させるかっ!」

「遅いわ!!」


 ドゴッ、と鈍い音の後。

 大量の土煙が舞う。


 その中からは、顔を引きつらせたガルメデが飛び出てきた。


「チッ」


 振り返り、変貌したバルバドを見やる。

 左手には深まで黒い腕が生え、失われていた片目からは黒いモヤが溢れ出ている。

 それはもはや、人間のあり方ではなかった。


「何が英雄か。その出で立ち。まるで魔族ではないか」

「魔族ね。まあ、もう人間じゃねえ・・・・・・・・からな」


 左腕をグルグルと回し、腰を落とす。

 今までとは逆の姿勢で攻撃の構えに入った。


 それを見て、ガルメデは眉間にシワを寄せた。


「なんだ。お前のは、それで完成か?」

「そうだが」


 より低く、ドスの利いた声で答えるバルバド。

 ガルメデの表情に余裕が生まれた。


「なら安心した。力は俺とお前で五分と五分。ここからは人間と悪魔との格を争う戦いになる」

「そうなりゃよかったがな」

「何が言いたい」

「わかんねえか」


 バルバドは動かない。


 攻撃態勢に入って、ずっと待ち構えている。

 それはつまり、ガルメデに時間を与えているということ。


 それが両者の間に、一撃で済ませようという合意を産んだ。


「はぁぁぁああああっ!!」


 噴出し、ぶつかり合う、黒と黒。


 自らの肉体を支える力の源。

 それを互いに、限界にまで高めていく。


「確信したッ――!!」


 飛び出し、拳を交えるガルメデとバルバド。


「身体能力、魔力量、ともに俺の上ッ!! こいつで終わりだ人間!!」


 三度まみえる。

 拳と拳のぶつかり合い。


 持てる力の全てを一点へ。

 その魔力量は、確かにガルメデの方が勝っていた。

 ましてやバルバドは魔力操作能力が低い。

 勝てる見込みなど全くない、はずだった。


「んんっ!? そんなッ――――ありえん――――!?」


 押されていく、ガルメデの腕。

 黒いオーラを纏ったの身体が、ピキピキと音を立てて崩れていく。


「どれだけ魔力で身体を覆ったおところで。おんしにはもう、芯がない。勝ち目がないのはおまえさんの方だったんだよ。ガルメデ」

「ふざけるな……こんなことがぁ!!」


 ガルメデの叫び声。

 それは悲痛な響きを宿して、深く抉られ続けた森に消えていく。


 お互いの魔力は、それぞれの力を削り合い、そして次第に肉体を侵食していった。

 その終わりは、今までに比べれば小規模な爆発で、決着はつき。

 

「ふう。しんどいわい」


 ガルメデは完全消滅し、英雄バルバドの勝利によって、幕は降ろされたのだった。



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