一斉掃討 リリムVSリーゼロッテ
「何かしら。この性欲の模型みたいな部屋は」
目に痛い色で構成されたその場所に、お気に入りの傘を今日は閉まったままやってきたリーゼロッテがポツリとつぶやいた。
足元にはボロボロの騎士がうなだれていて、中央を陣取っているベッドには、丸い角を生やしたやたらと肉感のある女が裸の男女四人を侍らせている。
「あなたがリリムね」
リーゼロッテが問いかける。
リリムは返事をせず、まじまじとリーゼロッテを見つめていた。
「……なんだ」
不意に、リリムの顔が緩む。
「魔力量だけのデグの棒じゃない。ここの人間どもを救いに来たつもりなのかもしれないけれど。あなたの“格”じゃ、私を倒せなくてよ?」
リリムは身体を起こし、よしよしと右手で少女の頭の撫でる。
「どういうことかしら?」
「んふ。どれだけ魔力が多くても、攻撃できなければダメージは与えられない」
パチン、とリリムが指を鳴らす。
すると両側の壁が一斉に崩壊した。
三部屋分にぶちぬかれた、元々は何の教室だったのかわからないその室内。
そこには、虚ろな目をした大量の学生が待ち構えていた。
「さあ! やっておしまいなさい!」
リリムの号令に、一斉にリリムに襲いかかる生徒たち。
彼らは芸能特化の学生である。
元々は戦闘能力など皆無だ。
しかしどういうわけか、対魔法用に加工された防護壁を粉々にするほどの力を有している。
「そういうことね」
リーゼロッテは飛びかかってくる生徒たちを、それはもう見事にビンタして飛ばしまくった。
首が引きちぎれるのではないかという勢いであるが、どうやら防御面でも肉体が強化されているらしく、調度良い塩梅で学生たちを撃退できている。
「意外と容赦がないのね。まるでためらいがない」
「殺さないよう言われてるから加減はしているけれど。特に同情はないわ」
「そう。つまらない」
リリムは意味があるのかわからない黒い紐を身につけることで最低限の公序良俗を守り、ねっとりした声音で話しながら立ち上がる。
「やっぱり部下たちを連れてこないと。あなたほどの魔力は削れなさそうね」
天空に魔法陣を描き、そこにキスを投げるリリム。
輝き出した幾何文様から黒く太い光線が放たれ、天井を吹き飛ばした。
そこからはゴォォォと低い声が響いてくる。
続いてバサバサと羽の音が四方から聞こえ、青かった空を黒い生き物が覆い尽くした。
「また下品なのが増えたわね」
それに合わせるはリーゼロッテの拡散型魔導砲。
相手の用意した戦力もただの雑魚ではない。
通常の魔法使いならまず太刀打ちすることもできないのだ。
しかしそれがものの一瞬で消滅する。
上空にはまばゆい閃光が各地で弾け、また太陽が顔を覗かせた。
「無意味だというのがわからない?」
カツン、と傘を立てて問いかけるリーゼロッテ。
仲間が殲滅される様子を顔を上げてポケーッと眺めていたリリムだったが、その表情が歪むことはなかった。
「なにが?」
リリムが問い返すと、空には再びおびただしい数の魔物が。
足元には先ほどはたき飛ばしたはずの生徒たちが這いよってきている。
「この小さな世界じゃ想像もつかないでしょうけど。魔物の千や万なんて魔界では秒単位で死んでるの。さっきの技、多少なりとも魔力を消耗するようね」
リリムは妖しく笑った。
「諦めて私の下僕になってくれるとありがたいわ。あなたの魔力量だと魅了するのが難しくてね。こうして回りくどい戦い方ばかりしているわけだけれど、長期戦っていうのはどうにも苦手なの」
「そう。奇遇ね。私もよ」
大きく足を踏み込み、リーゼロッテは土魔法により学校を部屋ごと変形させる。
通常、対魔法用に作られた壁を土魔法で変形させるのは困難であるが、リーゼロッテの魔力量と魔法操作能力を持ってすれば不可能なことではない。
そこに風魔法で保護をした生徒たちを吹き飛ばし、土魔法によって壁を再構築して閉じ込め、リリムと二人で向かい合う構図を作り上げた。
「私も今すぐ貴女を殺したい。でも操られている人間たちが貴女を殺して元に戻る保証もない。魔力で操っているようではあるけれど、貴女を殺せば万事解決するのかしら?」
「殺す? この私を? ふっ。愚かなことを。確かに私を殺せば今操っている子たちは元に戻るけれど。できないわ。あなたには」
「どうして? そんなに強そうに見えないのは、気のせいかしら?」
リーゼロッテは手をかざし、そこに大量の魔力を集中させる。
それは言ってみれば一点型多重属性魔導砲。
広域魔力生物破壊を目的とした従来の兵器とは違い、あらゆる物質を崩壊させる技として昇華させたものだ。
それをリーゼロッテは、躊躇なく放った。
リリムの心臓をめがけて。
貫く一閃。
細い光線の後、巻き上がる熱風。
リリムの背後の壁が蒸発していき、爆発に瓦礫もろとも吹き飛んでいった。
しかしその線が通ったのは、リリムの身体の横をだいぶ外れたところ。
急所を貫くことはおろか、外傷の一つもつけられていない。
リーゼロッテは眉を潜める。
それもそのはず。
リーゼロッテとしては、もう少し強い威力で放ったつもりだったのだ。
「言ったわよね。攻撃できなければ無意味だと」
リリムは自らの身体のラインを指でなぞり、最後には口元なで擦り上げたそれを舐った。
「何者であっても、この私の美貌を見てしまっては、もう私に攻撃することはできない。こんな美貌に傷をつけることは出来ないでしょう?」
リリムは揺れるものを揺れるだけ揺らして見せる。
不快感に目を細めるリーゼロッテ。
「私は貴女のことを欠片も美しいとは思わないのだけれど」
リーゼロッテはなにより、自分の思考と行動の食い違いが気に食わないようだった。
「それは品性に対する感覚が足りないだけよ。あなたの脳はそう思えなくても、遺伝子に組み込まれている生物としての真の価値観があなたに私を傷つけることを許さなかったのよ。ふふっ。美しすぎるって、罪だわ」
つまりはそういうことだった。
リーゼロッテより先にこの学校の生徒を救いに来た騎士養成学校の青年が、リリムに敵意を剥き出しにして飛び込みながらなお一度として剣を突き立てることができなかった、その理由。
それはリリムという存在が放つ美に触発され、本能が敵意を持った身体に対して拒絶反応を起こしたのだ。
人間の認知を制御する防御。
まさに無敵の壁。
リリムに傷をつけられる人物など、この世の中には絶対的なる上位種でる魔王ハーデスぐらいなものだ。
「へえ。そう。なら、認めるしかないようね」
リーゼロッテは平然と言う。
「あら。ものわかりがいいのね。雌奴隷になる覚悟はついた?」
「ふざけないで頂戴。あなたのような品のない女に奉仕するぐらいなら死んだほうがマシだわ」
大きく息を吸い、精神統一を始めるリーゼロッテ。
余裕のリリムはそれを傍観する。
というより、リリムの場合は相手が勝手に自爆してくれるので、そもそも攻撃する必要性がない。
リーゼロッテが言ったように、リリム事態の戦闘能力は決して高くはないのだ。
それはあくまでも、上位魔族で比べればの話であるが。
「では、殺すわね」
再度右手を突き出すリーゼロッテ。
リリムは腕を組み、下乳を持ち上げながらやれやれと肩をすくませた。
光り放つ右手。
しかしてその攻撃は、リリムの腹部を、寸分の狂いもなく貫いた。
「かはっ――――!?」
驚きに染まるリリムの表情。
冷めた目でリーゼロッテは倒れこむリリムを見つめていた。
「な、なぜ……」
「単純なことよ」
リーゼロッテはリリムのすぐ横に立ち、右手に光属性の魔力を集中させる。
「正直、素直に認めたくはなかったのだけれどね。私は貴女よりも遥かに美しい人間を知っているの。それに比べれば貴女の美貌なんて、そこいらの虫けらとそう変わりないわ」
淡々と語る。
リーゼロッテは面白くなさそうな顔をしながらも、その表情はどこか爽やかである。
「そんな……ことが……ありえない…………」
唇を噛みしめる。
リリムはただ、自らの美しさが否定されたことだけが悔しいようであった。
「それじゃあね。特に何もなかったけれど。とりあえずとても目と心が疲れたわ」
うっすら涙をため、あくびをしながら。
リーゼロッテは向けた片手から光魔法を放ち、リリムを消滅させた。




