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サイコ幼女と絶世の痴女


 暗がりの中で一人。

 少女というにも幼すぎる容姿の女の子がいた。


 編み物の要領で細い棒を操っている。

 彼女がいじっているのは、人間の筋繊維だった。


「あっ……」


 切開した腕から肉の塊が隆起し、四方から針を刺したように血が抜けていく。


「あーあ。人間って脆い」


 足元まで伸びた髪が不機嫌そうに揺れる。

 彼女が編棒を置くと、音もなくドアが開かれた。


「メー様。そろそろ、魔王様のもとに人間どもを送った方がよろしいかと」


 膝と拳を床につき、忠誠の意を示す。

 鋭い嘴が特徴的な人型の魔族は、メーと呼ばれた少女の側近のようである。


「えー」


 椅子に腰をかけ、足をバタバタさせるメー。


「まだどれだけサンプルがいるかわからないの。わたしが任されてるのは労働力の確保なんだし、使える人間を送った方がハーデス様も喜ぶでしょ? ハトベル」


 楽しげに、ダメになったサンプルを眺める。

 凄惨な室内を映すメーの瞳は、赤く好奇心に燃えていた。


 その答えにハトベルは「しかし」と部屋の奥を見やる。

 そこにはすでに、魔王へ献上するはずの人間が亡骸になって山のように積まれていた。


「あーもう。ならあんたたちが捕まえた分はハーデス様に送っていいから。サンプル集めはわたしの人形にさせるし」


 そう言うとメーは、自身の髪を縛っていた四つの玉のうち、緑色の一つを外して口づけをした。


「おいで。マカライト」


 緑色の光が放たれ、その中から目に包帯を巻きつけられた大蛇が現れる。

 口を閉じるにも不便そうな1メートルにも及ぶ2つの牙が地面に突き刺さった。


「何人かお腹に入れて人間を持って来なさい。食べちゃダメだからね」


 メーが指でおでこをつつくと、マカライトはくねくねと身を捩らせた。


「真面目に言ってるのよ。食べたら叱るだけじゃ済まさないんだから。皮を剥いで鞄にするからね」


 メーの真剣な目に、マカライトは部屋を飛び出していく。

 大きくため息をついてメーは再び研究にとりかかった。


 それからそう時間も経たない頃のことである。


 ドスン、と鈍い音が部屋中に響いたのだ。

 そのすぐ後、メーが先ほどマカライトを呼び出した緑色の玉が粉々に砕け散った。


「あら」


 目をまんまるくするメー。

 続いて廊下を走る足音が鳴り響く。


「メー様!」


 ハトベルが血相を変えて駆けつけてきた。


 彼も魔王直属部隊であるメーの側近だ。

 魔族としてはそこそこの高位に着いている。

 そんな力を持つ彼をして、顔を引きつらせるほどの事態が起こっているのだ。


「危険ですメー様! 人間どもが、とんでもない隠し玉を……!」


 吐き出すように警告を発したハトベル。

 しかしその言葉が最後まで発されることはなく。

 視認することのできない速さで、何か強い力によって押しつぶされ、絶命した。


 ぶちまけられた臓器を踏みつけ、代わりに部屋へやってきた侵入者。

 緩やかにロールしたツインテールが風もなくなびいた。


「こんにちは。魔族さん。ネクロマンサーです」


 状況の飲み込めていないメーに、律儀にお辞儀をする少女。

 暗がりの中、ニィッ、と白い歯が輝いた。





△▼





 その部屋にはキングサイズのベッドが一つ。


 ただそれだけが鎮座する簡素な部屋だった。


「ああんっ! いいわぁネネルゥちゃん。さすがは王国の金賞ピアニスト。指使いが……あっ……あっ……最高に…………イイッ……!」


 掛布を照らすのは紫ともピンクともとれる薄暗なライト。

 中央には黒い髪を膝下まで伸ばしたグラマーな女が、両脇に男女を一人ずつ抱えている。


「ほらほら坊やも。しっかり体全体を嘗め尽くしてちょうだい。世界一の美食家を目指すのでしょう? ならば、わたくしの身体の味を知らなくてはね……そう……そうよ…………んんっ! いい舌使いだわぁ……あぁん…………シ・ア・ワ・セ」


 指を舐る少年の目は虚ろ。

 少女の動きも糸に引かれているかのように関節を使う順序が不安定だ。

 口の締りも悪く、舌からは涎が垂れている。


「何をしているのかしらん? あなたたちは」


 女はドアのすぐ前で控えている二人の少女に問いかけた。

 少女たちの胸には青い花弁を寄せた刺繍が張り上がっている。

 それはここシュノーケリン芸能学校において、アイドル科の学生であることを示すエンブレムだった。


「いやぁねえ固くなっちゃって。あなたたち、アイドルに必要なものが何かわかっているのかしら?」


 ねっとりとした声音で語りかける。

 まだ正気の彼女たちは、ぎこちなく口角を吊り上げながら言った。


「え、笑顔でしょうか」

「気配り、だと思います」

「ちがぁうん!」


 女は自らの豊かな胸を両肘ではさみ、くねくね身をよじりながら上体を起こす。


「枕営業よ、枕営業。何のために愛想を売ってるのかあなたたちはわかっていないようね。でも安心なさい。その点、私は最高の先生でしてよ? お姉さんが気持ちいいことをたぁくさん教えてあげるわ」


 チュッ。

 と、投げキッスの後。

 交わった視線の先で、少女たちの目がハート型に変わる。

 心臓を両手で押さえ、そそくさと足を踏み出した。


「リリム様! 私に……私にご奉仕のしかたを教えてください!」

「私にもお願いします! この身が果てるまで、私は貴方様の奴隷として一生を過ごしていきたいのです!」

「あらあら、急に欲しがっちゃって。可愛らしい娘たちね。で、も。そんなにしたいというのなら止めないわ。こっちにいらっしゃい。フフフフフ」


 リリムの手招きに、二人の少女が吸い寄せられていく。

 二人は制服を脱ぎ捨て、顔を上気させ、妖艶に光る白い手の甲に誓いのキスをした。


「俺のマリーから離れろ! このクソビッチが!」


 そんな二人の誓いを邪魔したのは無遠慮なドアの開閉音だった。


 堅固な鎧に鋭利な両刃剣。

 ここシュノーケリンの学生ではない。

 顔立ちからしてまだ青々しい若者といったところ。

 騎士養成学校に属する兵士のようであった。


「あらぁ。マリーちゃんってあなた?」


 リリムはついさっき虜にしたロングブロンドの生徒の顎を撫でた。


「ダメじゃないアイドルが男を作っちゃ。あなたが寝ていいのはお金と権力ちからを持ったおじさまたちだけなのよ?」

「は、はぃ。ごめんなさい」

「目を覚ますんだマリー! 俺だ! クランクだよ! この学校に入ってから三年間、ずっと付き合ってきたじゃないか!」


 クランクが大声で叫ぶ。

 マリーはまるで意に介さない。


 リリムは愉快そうに口元を緩めた。


「外には私の奴隷がたくさんいたはずなのだけれど。結構やるのね、坊や。でも悪い子。男女交際を禁じられて溜まりに溜まっているアイドルの性欲につけ込むなんて」

「バカなことを言うな。俺たちは愛し合っていたんだ。第一、俺たちは、まだ……」

「やだぁ。三年間も付き合っていてまだなの? はあ、呆れちゃう」

「それだけ真剣だったんだよ。大切にしたかったんだ。お前のように、誰とでも寝る痴女とマリーは違うんだよ!」


 勢いのままに突進したクランク。

 剣を振り上げ、薄い布に覆われた心の臓をひと突にせんと突っ込む。


 その身体は、突風に煽られたように真横へ吹っ飛んだ。


「ぐっ……これは…………!?」

「ウフフフ。何をされたかわからないといった顔ね。可笑しいわ。私は何もしていないというのに」


 壁に手をつき、再度襲いにかかる。

 その度にクランクは飛ばされ、ボロボロになった手足はそのうち動かなくなった。


「なぜだ……なぜ……」

「この私に剣を突き立てることができる者は、この世でハーデス様たった一人。あなたの持つ虚弱な棒でわたくしを貫くことなどできなくてよ?」


 ベッドの上から一歩も動かず。

 悠々とリリムはクランクを見下す。


「それにしても、ちょうど良く宴の準備ができたわね」


 歪に形作られた微笑み。

 クランクの背に冷たいものが走る。


「あなたたち。学校中から男をかき集めて来なさい」


 リリムは両脇の男女に指示した。


「おい、何をするつもりだ」

「フフフフ。もうわかっているのでしょう? 三年間もお預けをくらって可哀想なマリーちゃんに、女の幸せというものをたぁっぷり教えてあげるの」

「そんな……やめろ……やめてくれ…………!」

「自分を責めることはなくてよ。あなたが来なくてもいずれ辿っていた運命。あなたがそれを見届けるか見届けないか。ただそれだけの違いに過ぎないわ」

「頼むからそれだけはやめてくれ!」

「んふ」


 直後。

 クランクの視界が塞がる。

 目の前には、惜しげもなく裸体を晒すマリーの姿が。

 股下に指を這わされ、ピクピクと痙攣している。


「イ・ヤ」

「やめろぉおおおおおおおおおおお!!」


 悲痛な叫びが響き渡る。

 音は空漠に溶け、無力さを表すかのように消えていく。


 助けなど来ない。

 外にはリリムの奴隷が徘徊しているだけだ。


 足も、腕も、いつか読んだお伽噺のように、想いに応じて動いてはくれなかった。


 しかし、


「ぎゃぁアアアアアアアアあ!!」


 リリムの手下と思わる者の悲鳴があがる。

 クランクの声に呼応するものはたしかにあった。

 それが誰によるものなのかはわからない。


「この魔力量はハーデス様と同等!? しかもいきなり現れた……いったい誰が」


 リリムから消える余裕の表情。


 廊下で繰り返される爆発音の中、クランクは涙を流して気を失った。






















「はあ。また下品なのに当たったわね」



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