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救う者 救われる者


「いいぜ。国一番の宝と引き換えに、その依頼、受けてやろう」


 少年はそう言った。

 魔王の軍勢によって追い詰められていたシルフィーヌを助けた後。

 自らを勇者ハルトだと名乗り、迫り来る魔物たちを次々となぎ倒しながら進む少年の姿は、まさに勇者そのものだった。


 しかしそれから3日が過ぎた今。

 ハルトは今だに、魔物の掃討を続けているだけであった。


「きゃー! 助けて!」


 薄暗い森のなかを駆け巡る少女の声。

 それに即座に反応し、ハルトが駆けつける。


「待ってろ! 今助ける!」


 シルフィーヌを抱え、参上したハルト。

 安全な場所にシルフィーヌを控えさせると、聖なる剣を右手の紋章より具現し、一撃で魔物を屠る。


「あ、ありがとうございます!」


 そこにいたのは見目麗しい少女だった。


「いや。なんてことはない。それより君は……た、大変だ。怪我をしてるじゃないか」


 少女は足から出血をしていた。

 おそらく魔物から逃れる際に転んで傷つけたものだろう。


「あの、ハルト様……?」


 不安げな顔でハルトを見つめるシルフィーヌ。

 彼女も人の命を救うことに否を示すつもりはない。

 だが、彼の行動は少々行き過ぎていた。


「急いで宿屋に行こう。これぐらいの傷ならすぐに治るはずだ」


 その言葉を聞いて、シルフィーヌは顔に影を落とす。


 勇者は光の戦士であるが回復魔法を使うことは出来ない。

 だからハルトはいつも助けた人を宿屋へと連れて行く。


 それはあくまでも善性。

 長いこと側にいるシルフィーヌとしても彼が嘘をついているようには見えない。

 だが、ハルトが助けるのはいつもキレイな顔立ちをしている少女ばかりで、しかもどんなに小さなキズであっても彼は手当のために宿へ連れ込むのだ。


「あの。あなたのお名前は……」

「ハルトだ。もう安心していい。俺が君を守る。さあ行こう」

「はい。ありがとうございます。ハルト様」


 そしてなぜか彼女たちは断ることをしない。


 そうしてやってきた、郊外にあるいつもの宿屋。

 魔物を殲滅し、街を救ったハルトをVIP待遇でもてなす女将(若い美人)が、永久無料で貸し出しているその場所には、すでに四人の少女がベッドで戯れていた。


「ハルト様! 遅いです!」

「この私を待たせるなんて! 何やってたのよ!」

「あまり心配をかけないでください」

「ゆうしゃ! また遊んでくれるんだね!」


 彼女たちも、また善良な市民だ。

 中には片足が麻痺して動きにくくなってしまった者もいる。

 そういった姿を見ると、無碍に追い出すこともできない。


「ああ。今日の魔物狩りは終わりだ。みんな、待たせて悪かったな」


 新しく連れてきた少女を紹介しながら、女将が持ってきた魔法道具で治療を開始する。

 命の恩人とはいえ、少女も通りすがりに助けてくれただけの男にぞっこんになるとは思っていなかっただろう。

 しかし人気者を欲しくなるのが女のサガというもので。

 治療を受けながら他の少女たちと仲睦まじくしているハルトの姿を見ているうちに、彼女の中でも疼き始めるものがあったようだ。


「あ、あの。私、足の調子が悪くて。今日はここに泊まっていっても良いですか?」

「そうだったのか。もちろんだよ。気の済むまでここにいるといい」


 もはや見慣れた光景であった。

 たった3日でこれだけのハーレムを築けるのだ。

 魔物を倒す力以外にも、秘めた才能を持っているのだろう。


 それはいい。

 ハルトが誰と何をしようが構わない。

 彼女たちのこともおかしいとは思わない。

 シルフィーヌも、皇女としての責任感さえなければ、この少女たちの中に混じって持て余したままの若い身体を慰めてもらっていただろう。


 ロレイスターはすでに落ちた。

 人間支配が目的である魔王は虐殺に走る可能性は少ない。

 だがそのせいでロレイスターの民がさいなまれるのであれば、一秒でも速く開放してやるのが残された王族としての務めだ。


 残念ながらシルフィーヌ自身にはその力はなく。

 どうしてだか疑うことの出来ないハルトの屈託のない笑みを見ているうちに、ズルズルとここまで来てしまったわけだが。


「あの。ハルト様。その、討伐値稼ぎとやらは、まだかかるのでしょうか」


 シルフィーヌはおずおずと、少女たちをその腕に抱いて鎮めているハルトに声をかける。


「シルフィーヌ。俺も心が苦しいが、今はまだ慌てるときじゃない。あいつは今まで異世界に散らばっていた、ただの魔王とは違うんだ。魔界を支配した魔王の中の魔王。いわば大魔王なんだよ。そこに辿り着くまでの小さな戦いだって、こうして英気を養わなければ勝てる戦いも勝てなくなる」


 ハルトは力説する。

 その言葉は、シルフィーヌの心に重く響いた。


「俺が今みたいに強くなれたのも、地道に魔物を倒してきたからだ。簡単に大魔王を超えることはできない。だが安心しろシルフィーヌ。あと一段階聖剣がパワーアップすれば、俺はどんな敵にも負けない無敵の力を手に入れることができる。俺だって、ずっとこの日を待ち望んできた。やつが魔王の頂点なら、そいつを倒せば俺の長い旅は終わる。俺にとってもこの戦いは、一大決戦なんだよ」


 長く紡がれるその言葉に、シルフィーヌはいつしか返す言葉を失った。


 あの魔王はハルトにしか倒せない。

 だから今はじっと耐えて待つしかない。

 王族としての責任感に自分が耐えられないからという身勝手な欲望で、唯一の希望を断ってしまうことなどあってはならないことなのだから。


 いつしかそれだけが、シルフィーヌの心を支配し、支え続けるようになっていた。


「今夜も来ないのかい? シルフィーヌ」


 気づけばハルトは脱衣を始めていた。

 これから少女たちと一緒に風呂を済ませ、夜には“勇者としての力を蓄える時間”を迎えるのだ。


「未婚の内は、男性と交わることが許されぬ身でありますが故。大切な儀式に参加できないことをお許しください」


 シルフィーヌにとって、未婚のうちに処女を捨てるということは、ロレイスター王家、ひいては魔王に支配されている帝国そのものを捨てることに等しいのだ。

 これだけは、譲ることができない。


 たとえそれが命を救ってくれた相手だとしても。

 たとえその身が、耐え難いほどの疼きに苛まれようとも。


「明日の出発まで、別室でお待ちしております」


 粛々と頭を下げ、できるだけ離れた部屋へと移る。


 それでもなお耳に届いて止むことのない少女たちの嬌声に、下腹部に熱く流れるものを感じながら。

 一人で慰めることも許さず、布団を深くまでかぶせ、シルフィーヌは眠れぬ夜をやり過ごしていた。






△▼





 白銀の鎧を身にまとった好青年がいる。

 彼はロレイスター帝国一の騎士と呼ばれ、その最高位として剣聖の称号を与えられた武の天才である。


 剣聖ランスロット。

 英雄を除いてこの世にかれに並ぶものなどいない。

 そう噂され続けてきた青年の体は、今、自らの血によって赤く染まっていた。


「くっくっく。さすがは剣聖。我が5度も殺されることになるとは予想外であったぞ」

「くそっ……バケモノが」

「バケモノ? 違うな。我は……」


 繰り返す歴史の中で、ロレイスター家の一族だけが座ることを許された黄金の椅子。

 そこに深々と腰を下ろした巨大な黒衣の男が、右手の剣を高らかに振り上げだ。


「我は魔王ハーデス! 魔界の頂点にして、三千世界の統治者となる最強の王だ!」


 ハーデスが声を張り上げると、壁沿いに列を成していた部下たちが一斉に雄叫びを上げた。


 ロレイスター帝国が魔王に占領されてから、もう3日が過ぎる。

 その間、1秒の休みも取ることなく戦い続けてきたランスロットの身体は、肉体の限界などとうに通り過ぎていた。


「さて、もうさすがに張り合いがなくなってきたな」


 初日こそ激しく火花を散らしながら剣を交えていた両者であったが、今やハーデスは不動である。

 飛びかかってくるランスロットに対し、片手を振るえば遠くの扉まで吹き飛ばせてしまう。


「どうだランスロットよ。我の力はもう存分にわかったであろう。そろそろ楽になってはどうだ」


 ハーデスはただただランスロットをなぶってきた。

 その気になれば一撃で殺すこともできたというのに。

 自らが不死であるという特性を晒してでもなおだ。

 そこまでしてランスロットを追い詰め続けたのには、ハーデスなりの理由があった。


「貴様はロレイスター帝国の英雄だ。貴様の言葉であれば逆らうものなどいるまい。それが魔族の下につくことであってもな。この国の人間どもが今日まで生きながらえてきたのは、ひとえに貴様の努力が実を結んでいるからだ。わかるであろう?」


 そう。

 これは洗脳である。

 支配することを至上とした魔王にとって、殺しなどはただの手段にしか過ぎないのだ


「これ以上我に逆らうのであれば、国民を一人ずつ、惨たらしく、辱めながら、じっくりと殺して見せしめをすることになる。だが我とて不要に人間を減らすつもりはない。逆らうことは、もうやめろ。貴様の態度次第では多少なりとも人間どもを優遇をしてやってもよい」


 なぜなら、とハーデスは続ける。


「この国の皇女シルフィーヌは、我の144番目にして初の人間の妻になるのだからな!」


 魔王は気まぐれである。

 相手が気に入らなければ殺す。

 支配がうまくいかなければ殺す。

 殺して、また新しい世界で支配を開始する。

 そんなハーデスが人間支配に固執しているのは、皇女シルフィーヌに一目惚れをしてしまったがためである。


「魔族なんぞに……シルフィーヌは……!」


 息も絶え絶えに足を進めるランスロット。


 対して、ランスロットが圧倒的な力を前にしても折れない理由もまたシルフィーヌにあった。

 ロレイスター帝国の王、パンテガルド二世より、婿としてシルフィーヌを任されたのだ。

 身分上では一介の騎士であるランスロットと王族との結婚は異例であったが、ロレイスター帝国の前例としてふさわしいだけの強さとカリスマ性と持ち合わせていたのである。


「まだ折れぬか。よもやこれまで使う羽目になろうとは」


 ハーデスが重く腰を上げる。

 室内が嫌な圧迫感に包まれた。


 それでもなお、ランスロットは歩みを止めない。


「我は死を司る生命の王! まずは貴様の両足から殺してくれよう!」


 走りだしたランスロットに合わせ、剣を構えるハーデス。

 手にしていた黒い剣に血の雫を垂らしたような赤が奔った。


 両者が剣を交え、二合、三合と剣戟が閃く。


 自らの命を削って湧き出る力に身を任せ、ランスロットがさらなる一撃を繰りだそうとしたその瞬間、十余年ランスロットの武を支えてきた至高の剣が、砂の城を崩すように壊れ落ちた。


 驚きにランスロットは体勢を立て直すのに遅れる。

 隙を突いてハーデスはランスロットの両足めがけて横一閃を放った。

 しかしその剣はランスロットの足を切り裂くことはなく、ただ赤い線だけが妖しく光る。


「終わったな」


 蹴り飛ばされたランスロットは受け身を取ることも出来ず地面に叩きつけられる。

 それでもなおもランスロットは立ち上がろうとする。


 しかし。


 上体を起こした腕に、両の足が続くことはなかった。


「これは……!」

「言ったであろう。貴様の両足を殺した。もはや回復することなど叶わぬぞ。それには概念としての死を直接与えたのだ。いわばこれは死の呪い」


 上機嫌に剣を振るハーデスは、もはやこれまでだと言葉を繋いだ。


「我が配下には、貴様を魅了状態にして意のままに行動させることができる者も、操り人形として自由に動かすことのできる者もいる。そうなれば数年後、貴様の意思が生きていれば救えたかもしれぬ人類の未来が潰えることになるのだぞ。さあ。いま一時でも我が軍門に下れ」


 甘言、囁く。

 傍からみれば乗る理由などない提案。


 だが絶望の渦中で差し出される希望の言葉は、どこまでもランスロットの脳内で反響し続けた。


 血を吐き、よろめき、両足を失っても身体は這い進む。

 騎士としての誇りと、男としての矜持とが、ランスロットに止まることを許さない。

 だがそこに津波のように押し寄せる限りなくゼロに近いIFが、徐々に胴体を引きずる腕から力を失わせた。


 霞みゆく視界の中で、ランスロットは黒衣の男の姿を捉える。


「両腕まで殺さなければ諦めがつかぬか? ならば、望み通りにしてくれよう」


 おわりを告げる支配者の声。

 その後に耳に届いたのは、空を切るハーデスの斬撃ではなく、扉を開く音と、それに続くまだ若い男女の声だった。


「わー。せっかく助けるならかわいい女の子が良かった」

「ふざけてないでちゃっちゃとぶっ飛ばしてくださいよ」





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