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ネゴシエート


 中庭は荒れ果てていた。


 壁は崩壊し、花壇は根元から掘り返され、壊れた噴水からは絶え間なく水が漏れ出している。


「やるな人間よ。見直したぞ」


 肩を浅く抉る傷を眺め、デーデルニッヒは賞賛する。

 それと対峙するは光の剣を具現した校長、リーラン・グレイ。


 この状況だけを切り出してみればリーランの優勢だが、リーランは苦々しい顔でデーデルニッヒを睨んでいる。


「どうした。攻撃が止まったな。その剣で私を殺しきれなかったのがそんなに不満であるか?」


 デーデルニッヒが中庭に現れてから約20分。

 激しい戦闘の中でひとつの傷を負わせたリーラン。

 だが、それだけだった。


 リーランが持つ光属性の魔力を最大限に高密度化した剣はデーデルニッヒの体を両断するには至らず、ついには時間切れを知らせるように切っ先から光の剣は霧散を始めた。


 リーランは小さく口を開く。


「不快だよ。こんなものが人生の幕切れとはね。まだ車に撥ねられでもした方がマシだった」


 両者に致命的な外傷はなく。

 散ったのは命ではなくプライドだった。


「万感の想いを以てこの一撃を送ろう。殺しはしない。ここの者共にも私の力を証明する必要があるからな」


 デーデルニッヒの指先に集まる黒色の塊。

 邪悪なる魔力の大質量弾。


 ここまでが、俺か眺めていた光景だ。


 そしてそのとき、ヒラメく、魔王と四天魔への道。


 デーデルニッヒが魔力弾を放った直後、俺は時間の流れから外れ、リーランを庇い、それっぽい感じに吹っ飛ばして元の位置に戻った。


 さきほどまでリーランがいた場所に、残っているのは大穴だけ。


「おや。殺してしまったか。人間の弱さとはわからないものだ」


 特に気にしていない様子のデーデルニッヒ。


「おい。デーデルニッヒ」

「アデル様! なにを!」


 俺が声をかけるとミーニャが腕を引っ張ってきた。


「大丈夫だって言ったろ。それよりミーニャはきちんと見ておけ。これから三属性混合(トリプル)の力の本質を披露してやる」

「三属性混合の……力の……本質……?」


 魔法学校の校長が目の前で倒されたのに俺が動じていないという事実も助けになったのだろう。

 ミーニャは信じきるまではいかないまでも、信用はしてくれたみたいだった。


「なんであるか少年。私は忙しいのだが」

「ここの魔物を全滅させたのは俺だ」

「……は?」


 デーデルニッヒは首を90度傾ける。

 目をグワッと見開いて。

 怖っ。


「察するにあの男がこの群れの長だったはずだが。おかしなことを言っているようにしか私には聞こえないな」

「それは正常だ。でも真実じゃない」


 煽るように返してみる。


「そうか。まあ、どうでもいい」


 しかしデーデルニッヒは俺には頓着しないようだった。


「多少敷居は高くなってしまうが、私直属の下僕でも召喚して続きをやるとするか」


 デーデルニッヒは天に手のひらを掲げ、周囲に百近い魔法陣を展開する。


「さあ、選別せよ!」


 暗雲が立ち込め、黒い雷ともに現れた魔物の集団。


 4つの腕に巨大な武器をもった牛頭。

 ボロボロになった小さい人形部隊。

 針金状の翼を広げる黒鳥。

 三つ目の巨人。

 そういった凶悪そうな化け物がうじゃうじゃとひしめく。


 そいつらが一斉に飛び立ち、そして爆発するように姿を消した。


「なにっ!?」


 動揺を隠せない顔のデーデルニッヒ。

 一万倍のスピードはこいつにも見切れない。


 うろたえた後、俺を睨んできた。


「貴様か……」

「ご名答。どうだ? 話を聞いてもらう権利ぐらいはありそうかい」


 あくまでも、目的は情報収集。


 この手のタイプはまともな手段では口を割らない。

 まともな手段とはこの場合、尋問や拷問のことだ。

 魔界がどんなところかは知らないが、きっと生まれてからずっと地獄のような場所で暮らしてきたんだろう。

 そういうやつにネガティヴな交渉は無意味。


 でもこいつの性格は救いだ。

 自我が強く誇りを重んじる騎士精神を持っている。

 そこにこそ、付け入る隙がある。


「デーデルニッヒ公。ここはひとつ勝負でもどうだ」

「勝負? この私と、貴様が?」


 不快そうに俺を見下しつつも、用件の続きを求めてくる。


「簡単だ。これからお前に、俺には絶対に勝てないと思わせる。そう思ったらハーデスと四天魔とやらの情報を吐け」

「ふむ。思わなかったら貴様はどうするのであるか?」

「なんでもしてやる。死んでなけりゃな」

「人間風情に出来ることなど高が知れている。死ぬといい」

「わかった。それでいい」

「まったく理解のない少年であるな!」


 会話のドッヂボールに業を煮やしたデーデルニッヒが俺の懐まで飛び込んできた。


 速いな。

 風属性適正を高めて五感能力を底上げしないと見ることすらできない動きだ。


「舐めた口をきくとこうなるのであるぞ!」


 右手に漆黒の剣を創造し、横薙ぎを一閃。


 俺はそれをパシッと受け止め、指先でひねりつぶす。


「馬鹿なっ!?」


 とっさに距離を取り、デーデルニッヒは低く構えて警戒の姿勢を取る。


 こいつに勝てないと思わせるのに、難しいことを考える必要はない。

 方法は至ってシンプルでいい。

 むしろ皮肉たっぷりに回りくどい方法を取る方が逆効果だ。


 デーデルニッヒの攻撃が止むと、こちらから仕掛ける。

 いわゆるターン制バトル。


 警戒態勢に入っているデーデルニッヒに、反応すらできないほどの高速度で近づき、顔面へのキツい一撃をお見舞いする。

 ぶっ飛ばされたデーデルニッヒは直ぐさま空中で体勢を立てなおして受け身を取った。


「ぐっ……それなりにはやるようであるな少年。だが知るといい。我らが魔族の本領は、闇の魔法による戦闘であるということをな!」


 デーデルニッヒの足元から伸びる漆黒の影。

 それらが学園中に広がり、やがては天をも覆い尽くす。


「ここは“闇の世界”。闇以外の魔法適性を強制的にゼロにする魔空間。そして闇を見通す目を持たぬ人間どもには、己が手を見ることすら出来ぬ場所である!」


 真っ黒な空間の中で、声だけが俺のもとに届く。

 なるほどたしかにこれは脅威だ。

 適性をゼロにされては身体強化をすることもできない。

 闇属性というより、闇そのものに適合した人間でなければ著しく戦闘能力が下がってしまう。


「さあ! 全方位の死角より放たれる打撃に怯えながら、死の舞踏を演じるがいい!」


 暗闇の中で、何かが俺の身体に触れる感覚があった。

 圧力の感じ方からして、おそらくデーデルニッヒが俺の背中に拳を見舞ってきたのだろう。


 俺の身体は外敵が攻撃するという行為とそれよってダメージが発生するという結果の繫がりを極限まで弱めている。

 いくら凶悪な魔族の一撃でも傷を負うことはない。


 直後に俺は超高速で振り返り、デーデルニッヒの腕を掴んだ。

 そしてこいつの魔力と闇属性の適性を繫がりを弱める。


 すると闇の世界にはヒビが入り、卵の殻を破るようにして崩壊した。

 世界は色を取り戻し、俺の目の前にはまだ状況を理解できていない様子のデーデルニッヒの顔が現れる。


「なん……であるか……これは…………」

「現実だよ」


 俺はデーデルニッヒの腕を放し、あえて防御の姿勢が取れるように大きく拳を振りかぶった。


 両腕を顔の前で交差させて魔力を集中させるデーデルニッヒ。

 そこにめり込む、俺の拳。

 デーデルニッヒは数瞬として耐えることはできず、血を吹き出しながら壁に激突した。


「もう終わりにしよう。さっさと出せよ。ラストショットを」


 ガラガラと壁を崩落させ、よろめきながら立ち上がるデーデルニッヒに、俺はひとこと投げかけた。


「そうか。ふっ。これは、滑稽であるな」


 デーデルニッヒの指先に、再び魔力が集中し始める。

 しかしそれはリーランに放ったものとは密度も量も遥かに次元を異にしたエネルギーの塊だった。


「もはや微塵も手加減などせぬ! 学園、いやこの国もろとも破壊してやろうぞ!」


 地面が震え、瓦礫が宙に浮く。

 それらは渦に吸い寄せられるようにデーデルニッヒの魔力に飲み込まれ、次々に消滅していった。


 それが俺に向けて、すさまじい速度で打ち出される。

 もはや回避したところで致命傷は免れないだろう。

 通常の肉体であれば。


 それを俺は片手で受け止め、その魔力弾と周囲への被害との因果を断ち切る。

 その上で魔力弾のエネルギーをすべて削り尽くし、俺はここにデーデルニッヒのあらゆる攻撃を無傷で受けきってみせた。


「……終わったな」


 俺は壁際で爽やかな顔をしているデーデルニッヒに歩み寄る。


「ああ。これは全くの脅威である。貴様を倒せるとしたら、それはハーデス様にほかならぬのであるぞ」

「じゃあ、認めるんだな」

「認めよう。私の負けである」


 想定通りとはいえ。

 ちと潔すぎる気もするが。

 話してくれるなら問題はない。


「何が聞きたい」

「ハーデスと他の四天魔の居場所。それとお前らの目的だ」

「よかろう」


 デーデルニッヒは腰を下ろし、壁に背をもたれかけて話を続ける。


「ハーデス様がいま住まわれているのはロレイスター帝国の王の間である。目的は貴様ら人間の支配。魔界はすでに蹂躙し尽くしてしまったからな」


 そりゃとんでもないやつが来たもんだな。

 ロレイスター帝国っていえば、オンスマンと並ぶ大国だ。

 たしかそこの大陸には三英雄みたいに色んな種族がいるんだっけ。


「我ら四天魔は、ハーデス様が理想とする暗黒世界建設のための魔力源確保へ遣いに出されている。この世界のことは良くは知らぬが、四方に散って大陸単位で一人づつ担当し、優秀な魔法使いをハーデス様に献上することが目的であった。といっても、私以外にまともに働いているやつがいるかは甚だ疑問なところであるがな」


 他の奴らのが性格的には厄介ってことか。

 まあこいつは真面目そうだし。


「仮にハーデスを倒したとして。お前ら魔族と魔物は一緒に消滅するのか」

「想像に難い現象であるが、残念ながらそれはない。主人によって創造されたものでなければ、その生命には何の関係性もないのでな」


 そりゃほんとに残念だ。

 ってことはいずれにしてもあと四人は相手にしないといけないわけか。

 前回は探すまでもなく目立ってたし、今回は相手から現れてくれたから楽だったけど。

 次からは探し方も考えないとな。


「最後に他の三人の名前と特徴を聞かせてもらおうか」


 俺の能力は知らない相手には使えない。

 意味があるかはわからないが、情報は引き出せるだけ引き出しておくべきだろう。


「そうであるな。貴様にとって最も厄介なのは、人形遣いのメーであろう。魔改造した魔族で殺し合いをさせるのが趣味の幼女である。四天魔はみなハーデス様に忠実ではあるが、趣味に没頭すると周りが見えなくなる者が多い。いつも人間を誰よりも多く殺してくるのがこのメーであるな」


 支配目的から一番外れたやつか。

 たしかに最初に殺したほうが良さそうだ。

 こうやって聞くとデーデルニッヒが居場所を知らないのは困る。


「三人目は筋肉自慢の大食いガルメデ。鼻が利くが故に食事の美味いところへ一目散へ飛んでいったはずだ」


 ヒントになるようなならないような。


「最後は常時欲求不満の変態、リリム。とりわけ人間が好きで男も女も構わず食い散らかす痴女である。品がなくてな。私はあまり好かん」


 リリムか。

 名前からしてサキュバスの系統だな。

 こいつは趣味に没頭してさえしていてくれればそれほど人は死なないか?

 精神操作されてても俺なら治せる。

 生きてさえいてくれればなんでもいい。


「さて。すべて話したぞ少年。私をどうするつもりであるか」

「そうだな。それに答えるためには、確認しないといけないことがある」


 情報を持ってきてくれてありがとう。

 感謝するよデーデルニッヒ。


「お前は召喚した魔物で人間をどうするつもりだった」

「選別、と言わなかったか。下級の魔物に劣るような者は確保しても邪魔になるだけであるからな」

「殺すつもりだったんだな」

「無論である。不要な命など存在する価値はない」

「そうか。なら、わかるよな。人間と魔族。命のやり取りをしてるんだ。負けたらどうなるかは、言うまでもない」

「やはりそうであるか。まあいい。覚悟はできているとも」


 目を閉じ、デーデルニッヒは天を仰ぐ。


 空を見上げるなんて魔族らしくないなと思いながら。

 俺は光魔法によってデーデルニッヒを消滅させた。




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