チートの真骨頂
ガラスの割れる音。
落石に立ち込める土煙。
床に落ち、焼け焦げ、ボロボロになってなお踏まれ崩されていく絵画や彫刻たち。
悲鳴が飛び交う廊下をミーニャと共に駆け抜け、俺はこの事件の一片を知る。
状況は二年前のプネルケ村の事件と似たようなものだった。
生徒たちが異形のバケモノに襲われ、各地で戦闘が繰り広げられている。
しかしその実態は、二年前のものとは明らかに異質のものであった。
「なんだあれは」
俺はミーニャに問うようにして驚嘆の言葉を漏らす。
生徒たちを襲っているのは魔獣ではなかった。
明らかに動物から変体したものではない生物が各地で暴れているのだ。
「存じません! と、とにかく殲滅を!」
ミーニャは俺に先行し、粘性のある四角く黒いナニカと、腕から蜘蛛の足が生えているナニカを燃やし尽くす。
さすが偉いとこに引き抜かれるだけあって戦闘力も高い。
だがそれじゃ足りない。
この惨状は少なくとも校内全体規模。
街単位で繰り広げられているはずだ。
辺りには血を流して壁にもたれかかる生徒が散見される。
この生徒たちを助け、さらにはこのバケモノを殲滅する方法を取る必要がある。
「やるしかないか」
俺はこの二年、自分の魔力で魔法を使う練習の他に、自分の能力についての検証も行ってきた。
これがどういう力を持つもので。
どういうことができるのか。
俺の足りない頭をフルに使って必死に考えてきた。
そして辿り着いた。
この能力の一つの完成形。
チート発動。
『自身の行動とその行動が周囲に与えるあらゆる被害との因果を遠ざける』
これで俺がチートにより強すぎる力を行使した場合でも被害を起こらなくする。
重ねてチートを発動。
『自身の魔力と性能の因果を強くする』
これは従来の使用法と同じ。
しかしその目的は探知の一点に絞る。
魔力を超広域に展開することで周囲の状況を探り、かつ知覚能力を最大にまで高めることで音や光に頼ることなく周囲の状況を把握することができる。
更に重ねてチートを発動。
『自身と時間との因果を遠ざける』
瞬間、世界が静止する。
実際には時間が一万倍に凝縮されているだけだが。
こうして完成した俺だけの空間。
瞬間移動術の完成である。
俺は怪我をしている生徒や先生たちを見つけては、『光属性適性と自身の魔力との繫がりを強める』ことで自分の魔力で相手を回復できるようにし、『治癒と時間あたりの回復量との関係を大きくする』ことで一万分の一秒での治療を繰り返した。
まずはひたすら治療だ。
学校中を(体感時間として)何時間もかけて走り回り、目に見えて怪我をしていることがわかる生徒をしらみつぶしに治していく。
数百、いや数千といるかもしれないバケモノ――ここでは新魔獣とでも呼ぶべきだろうか――を横目に流しながら。
そして気づいた。
この被害は学校の外までには及んでいない。
どういう経緯でこれらの新魔獣が送られてきたのかはわからないが。
戦場はオスマルド魔法学校という局所的な部分に収まっていた。
状況の把握が済んだところで、次に新魔獣退治へとかかる。
新魔獣を見つけると、俺は『あらゆるものから受ける攻撃と肉体へのダメージとの繫がりを弱める』などデフォルトで発動しているもの以外のすべてのチートを解除した。
そしてチート強化した一撃で敵を粉砕し、さらに瞬間移動チートを行使して、新魔獣を見つけては同じことを繰り返す。
もし俺の姿を視認できた者がいたとしたら、俺が新魔獣の前に現れては消え、現れては消え、その後に一斉に新魔獣たちが爆散する様子が目に焼き付いただろう。
この状況で細かいことは気にしてられないが、一応避けられる面倒は避けておきたいので、その存在とアデルとの因果を弱めておく。
最後に新魔獣を全滅させるまでの数秒で改めて怪我を負った生徒がいないことを確かめ、俺はミーニャが居る元の場所まで戻ってきた。
「アデル様! 私はこのモンスターを退治しながら魔法教会に…………連絡……を……」
桃色の髪を振り乱し、走り出そうとしていたミーニャはすぐに戦況の変化に気づいて立ち止まる。
生徒たちの悲鳴を覆い隠したのは、新魔獣たちのどこから出ているのかわからない濁った叫び声だった。
全員がその光景を目にし、混乱したに違いない。
なぜなら先ほどまで地獄のように騒がしかった校内は、全校生徒が神隠しにでもあったかのように静まり返っていたのだから。
「ミーニャ。魔法教会への連絡を頼む。何が起こっているのか知りたい」
グランデ・ゴリエに引き続く、神様が言っていた“ヤバイ空気”の原因たる何かが現れたに違いない。
ならばそれを消滅させることこそ俺の役目だ。
「あの、え、あ、はい」
ミーニャが俺の言葉をだいぶ時間をかけて理解したあたりで、また学校中がざわめきだした。
まあ先生もいるわけだし、そのうち統率は取れるだろう。
「ミーニャ。俺の監視はどうなるんだ」
「それが……こんな状況ですから中止すべきなのですが、契約のせいでアデル様より一定以上の範囲から遠ざかることができません。一緒に来ていただけますか?」
「わかった」
事件が起こったらまず情報収集。
足を使わないと何も始まらないからな。
「なんだこれは! なんなのであるかこの惨状は!」
そんなとき、窓の外から若い男のものと思われる声が聞こえてきた。
中庭の方からだ。
こんな大きな声で。
いったいなんだ。
「ああ嘆かわしい……なんという体たらくであるか我が下僕たちよ……!」
一人芝居をしている道化師。
中庭に移動し、最初にそいつを見たときの印象はそんな感じだった。
道化師、と言ってもピエロみたいな身なりをしているわけではない。
全体的に細身の身体。
目に痛い赤いタキシードを身にまとった病的なまでに白い肌の男。
灰色の髪をたなびかせ、爪の長い手で悩ましげに顔を覆っている。
「魔のモノとしての誇りはどこへ行ったのだ! 我々は魔界の頂点に君臨するハーデス様にお仕えする身であるのだぞ! その弱さは……罪というものではないか……」
ついに泣き始めた。
いなくなった奴らを相手になにがしたいのかはわからないが。
どうやらこいつが中ボスらしい。
魔のモノ、魔界、なるほど。
さしずめあいつらは魔物で、こいつは魔族の一人ってところか。
「アデル様。危険です。あれからはとてつもない魔の力を感じます。ここは離れましょう」
「大丈夫だよ。俺を信じて」
喋ることができるなら、情報を引き出すこともできるはず。
これは渡りに船ってやつだ。
「おい! お前は一体……!」
何者だ。
そう問おうとした直後、赤服の魔族を光の線が貫いた。
円柱に囲まれ、その中で光に押し潰されるように姿が消えていく。
「この学校は私が管理を任されているのだ。荒らしてもらっては困るよ」
魔族を挟んで反対側。
そこから黒スーツを着た壮年の男が、品のいい足音を響かせながら歩いてきた。
光が通った地面には綺麗な円形の穴が空いている。
しかしその上空には、無傷のままの魔族が眉をひそめていた。
「ほう。丈夫だな」
スーツの男は上を見ながら呟く。
あれは間違いない。
オスマルド初等部の校長、リーラン・グレイだ。
「貴様か。我が下僕を殺してくれたのは」
地面に降り立ち、対峙する両者。
「名を聞こうか」
「人間風情に名乗る名などない、と、言いたいところであるが。選別のために送り込んだ雑魚とはいえあの魔物たちを全滅させたその力に敬意を表し、特別に教えてやろう」
後ろへ歩き進み、両手を広げる。
「我はハーデス様の直属部隊、四天魔が一人! その中でも最強の力を持つ魔族、デーデルニッヒである! 光栄に思い給え! 貴様は暗黒世界建設のための魔力養分にしてくれよう!」
振り返り様にリーランを指差し、声高らかに宣言するデーデルニッヒ。
不快感を露わにするリーラン。
そんな2人を眺め、俺はさてどうしたものかと頭を悩ませるのだった。




