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変質する世界


 進級試験当日は晴天に恵まれ、窓から眩しい朝日が差し込んだ。

 俺は布団を蹴飛ばし、中で俺に抱きついたままくるまっているミーニャを起こす。


 起こすってか、起きてるんだけどな。

 こいつは基本的に寝ていない。

 俺と2人でいるときは寝ることが許されていないからだ。


「むにゃ……なんですか……」


 ゲッソリとした顔で俺を見る。

 こんな姿のミーニャは初めてだ。


 断っておくが、決して寝不足などではない。

 こいつは秒刻みで睡眠が取れるらしい。

 学校に居る時にはミーニャ以外にも監視者がうろついているらしく。

 そういった合間を縫ってミーニャは独自に睡眠時間を取っている。


「昨日は悪かったな。俺の気が弱いせいで、ミーニャに変な思い込みをさせちまった」


 俺はくすんでしまったミーニャの桃色の髪を撫でる。


 そう。

 あれは単に、気持ちの持ちようの問題。

 なにせ俺はフィオネもアーイェのことも好きだし、もちろんミーニャにだって女性としての魅力を感じている。


 二年前のこととはいえ。

 メリルにおいてはあれだけのことをやったのだ。


 姉しか愛せない?

 笑止。

 そんなわけがなかろう。


 なぜなら。


「見ろ。ミーニャ。今の俺は、こんなにも漲っている」


 今朝から俺の息子は絶好調だった。


 決してレイシアの力を借りなければ立てないのではない。

 俺は俺の意志で、息子を自立させているのだ。


「それは男性特有のアレではないですか」

「アレではない。今こうして俺に抱きついているミーニャを感じて、こうなってるんだ」

「はあ。そうですか」


 ボサボサ頭をかきながらミーニャが体を起こす。


 あれ。

 予想以上にミーニャの反応が薄い。

 昨日はあんなに強情に迫ってきたんだ。

 まさかもう諦めたなんてことは……。


「まあいい。進級試験に行こう。俺がただの不能ではないということを証明してやる」

「証明するものが間違ってる気がするのですが」


 て き か く な ツ ッ コ ミ。


 馬鹿な。

 お前は本来そういう立ち位置の人間ではなかっただろう。


「うん。じゃあ。支度しようか」

「はい」


 こうして俺はミーニャをフォローしつつ、学校に向かった。


 進級試験の日はみんな静かだ。

 勉強していない者も邪魔になることはせず。

 ペンを走らせる音が教室を満たす。


 午前が座学。

 午後が実技。

 座学は一斉に始められるので教室に生徒がまとまるが、実技は一度にやれる人数が限られているのでバラバラに呼ばれることになる。


 まずは小手調べだな。

 幸い、ミーニャは指導課というだけあって勉強の教え方が上手かった。

 筆記試験では逆にミーニャがいることによる不正を疑われないよう、このときだけは身辺検査をした後にミーニャが離れる。


 今は一時の別れだが。

 今日でミーニャともさよならか。

 短い間だったけど、楽しかったな。

 今夜にお礼でもしよう。


「それでは進級試験、第一部です。回答、始め」


 担任ではない先生の号令によって開始された試験。

 第四学年フォースの試験はかなりの難度だったが、今回はなかなかの手応えがあった。


 魔法の歴史は、どうにも苦手だと運転手のバーバラさんに話したところ、それからはよく運転をしながら話してくれるようになり、そういった雑学が記憶の手伝いになって俺は苦手だったはずの科目を克服することが出来た。


 ミーニャにも、フィオネにも、そうやって周りの力を借りながら。

 俺は今日も上の学年へと登る。


「ふう」


 余裕があった。

 いつもは時間ギリギリまで見直しすらできていない状況だったのに。

 これは過去最高になるかもな。


 解答用紙を回収され、座学試験が終了する。


「お疲れ様です。アデル様。結果は上々だったみたいですね」


 戻ってきたミーニャは、元気になっているようだった。


 よかった。

 暗いまんまだと、今夜も礼を言いづらいしな。


「ミーニャのおかげだよ」


 そう言うと、ミーニャは微笑んだ。

 やっぱり女の子には笑顔が似合う。


「アデルさん!」


 そしてこっちはいつでも元気なアーイェさん。


「なんだよ」

「練習しましょう! 実技試験!」


 いつもの、ってやつだな。

 やれやれ。


「そうだな。やるか」


 今日は気分がいい。


 こんなわがままなやつだが、何だって願いを聞き入れてやれてしまいそうだ。


「ちょっと待ちなさい」


 そこに割って入ってきたのがフィオネ。

 アーイェはちょくちょく俺に話しかけてきたが。

 こちらはほぼ二週間ぶりのまともな会話となる。


「半分、時間をよこしなさい」

「えー! 嫌です! どうせフィオネさんは優秀なんだからいいじゃないですか!」

「まあまあ。2人一緒にやったらいいだろ」


 俺はとてもまともなことを言った。


 そんな俺のことを睨む、アーイェとフィオネ。


「ふん。仕方ありませんね。半分ですよ半分」

「何が仕方ないのかはわからないけど。理解してもらえたなら結構よ」


 あれ。

 こいつらってこんなに険悪だったっけ。


 まあ親しげではなかったけど。

 喧嘩するほど仲が良いって関係な気がしたけどな。


 俺はアーイェとミーニャを引き連れ、訓練場へ向かう。


 この予約はアーイェのもの。

 残念ながら成績優秀者専用の訓練場は成績優秀者しか入れないのだ。


 俺もあれから、少しは自分の魔力を使い始めるようになった。

 アーイェが必至こいて練習している隙に、俺も俺で魔力を使ってみる。

 ここ二週間はミーニャのせいであまりできてはいないが。

 少しは魔力が上昇した気がする。


 ほんとうに、そんな気がするだけだが。


 練習を進めて、第四学年の実技試験から始まる実践を想定した演習をアーイェと行いつつ、いよいよフィオネと交代の時間になったとき。


「アデルさん。なんだかちょっぴり雰囲気が変わりましたね」


 唐突にそんなことを言われた。


「そうか?」


 気持ちの切り替えはしたけど。

 俺は普段通り接していたつもりなんだよな。


「はい。なんだかこう、いつぞやの邪悪な感じが蘇った感じがします」


 ソレハドウイウコトダ。


「バカいえ。アデル・クリフォードはいつでも清廉潔白だ」

「最近まではそうだったのでしょう。しかし今は違います。封じ込められていた邪なる心が開放されてしまった気がします」


 ムムム、とミーニャを見やるアーイェ。


「さてはこのお方となにかありましたな」

「何もありませんでした」

「何もありませんでした」


 悲しいかな、何もなかったのだ。


「アーイェよ。そんなに怖い顔をするでない。女の子にはやはり笑顔こそふさわしい」

「その喋り方からして邪悪なんです!」

「なんだと!」


 わがままもいい気分で聞いてやっていたが、最近は反抗が過ぎるな。


 仕方あるまい。


 ならばこの俺の真の力というものをその身体に叩き込んであげよう。

 それは誰もが笑顔になる魔法の力。


 俺との接触とくすぐったさとの因果を強化する!


「やっ、ちょっ、あはっ! やめてください!」


 それそれどうだ。

 ここがええのんか。

 ここがええのんか。


「はっ、いやはっ、ストッ、ストップです! ごめんなさいでしたぶはっ!」


 ヒクヒクしながら倒れこむアーイェ。


 ミーニャからはちょっと残念な目で見られているがこの際気にするものか。


 見たかアーイェ。

 これが格の差というものだ。


「どうだ。笑ったら変な考えも吹き飛んだか」

「ふぅ、ふぅ、ふふっ。いえ、まさか」


 ふらつきながらもアーイェは立ち上がった。


 こやつめ。

 まだ逆らうつもりか。


「むう。まあこの際、どのような心境の変化があったかは聞かないことにしましょう」

「それが良いな」

「ですが、それとは別にちょっとした文句があります」

「なんだ」  


 ぷっくりほっぺのアーイェ。

 これを見るのは久しぶりだな。


「さりげにアデルさんわたしのファーストおっぱい奪いましたよね」

「なんだよファーストおっぱいって。ってかそもそもおまえおっぱいないだろ」

「えっ……」


 悲しみに染まるアーイェの表情。


 しまった。

 俺はなんてことを。


「そ、そうですよね。わたしなんか。生きてる価値、ないですよね」


 そこまで言ってないよ!?


 おっぱいイコール生きる価値なのかお前らにとって。


 ええい仕方あるまい。

 ここは精一杯に支えてやるのが男の務め。


「無くていいんだよ。アーイェ」


 俺は自分でも気持ち悪いと思えるぐらい息の抜ける声で囁く。


「実は俺は貧乳が好きなんだ」

「嘘です。男の人は対面だけ優しくしておいて。結局はおっぱいが好きなんですから」


 ぐっ。

 さすがにこの牙城を崩すのは容易ではないか。


 ならば。


「アーイェ。感じないか」


 俺は全身でアーイェを抱きしめる。


「あ、アデルさん。下が……あったかく……」

「そうさ。欲情してたまらない。アーイェのそのない胸が魅力的で、常々興奮を抑えるのがやっとだったんだ」

「そ、そうだったんですか!」


 ようやくアーイェの顔が明るくなった。


 やはり。


 女性にとって一番の判断基準。

 それは男が男になるかどうかなんだ。


 そら見てみろ。

 俺はアーイェのことだって愛せる。

 一人前にな。


「アデル」


 背後から、聞き慣れた、しかし今までにないドスの聞いた声がかけれた。


「あんたはクラスメイトを待たせておいて、いったい何をしてるのかしら」


 とても怒っていらっしゃった。


 お、おかしい。

 なんだこの状況は。


「ど、どうしてフィオネがここに?」

「昼の間にアーイェからこの部屋の使用権を半分譲り受けたの。本当は、あんたたちが出てくるのを外で待ってるつもりだったんだけどね。中々出てこないから様子を見に来たのよ」


 聞いてないんですがそんなこと。


 ちょ、フィオネさん。

 そんな真顔でこちらに近付かないでください。


「アデル」

「はい」

「手を出しなさい」


 言われるがままに俺は手を差し出す。


 フィオネは俺の手を取る。


 そしてそれを、自らの胸に押し付けた。


「お、お前。何を」

「覚えてる? あんた。バスで私の胸に顔を埋めてたわよね? そんなあんたが貧乳好き? なら私は何のためにあんたに胸を貸したのかしら」

「はっ――――!?」


 そのとき、俺の背中にエレクトリックサンダーが奔った。


「巨乳と、貧乳と。どっちのが好きなの」


 フィオネはなおも俺の手を自分の胸に押し付けてやめない。


「どっちもに良い面はさせない。男なら、どちらかを選びなさい。今、ここで」


 貧乳か。

 巨乳か。


 まさかに究極の選択。


「俺は―――――」


 どうすればいい。

 俺はただ、どちらも傷つけたくないだけなのに。


 そういう平和な世界が欲しいだけなのに。


 決めなければならないのか。


 世界は。

 こんなにも、残酷なのか!


「――おっぱいが、好きだ」


 俺は膝をついて倒れた。

 真っ暗闇の中で一人、スポットライトをあてられているようだ。


 ダメな人間の代表が誕生した瞬間である。


「ふん」


 鼻高く鳴らし、フィオネは荷物を置きに行ってしまった。


「すまん。アーイェ」


 こうなったら。

 素直に謝ろう。

 こんなもので諦めるものか。


「嘘をつくつもりはなかったんだ。俺はただ、アーイェを苦しめたくなくて。……って、これはただのいいわけだな。どうしてくれても構わない。殴りたれば好きなだけ殴ってくれ。俺は、この咎を永遠に背負って生きよう」


 能力など使わない。


 今ここで精算しよう。

 俺の罪を。


「い、いいです。別に、私は、気にしてません、よ?」

「何を言ってる。遠慮することはない。さあ!」

「だから、いいです。ほんとに」


 アーイェは申し訳ないぐらいに遠慮していて。

 その顔にも、失望や悲しみの表情は現れていなかった。


「だって」


 俺はゆっくりを動くアーイェの唇を追いかける。

 こいつのことを、こんなに色っぽいと思ったことがあっただろうか。


「さっき、アデルさんがわたしのことを抱き寄せてくれたとき。あのとき、反応してくれたじゃないですか」


 反応?

 抱き寄せてくれた時って……。


 ああ、下半身のことか。


「あの。わたし。う、嬉しかったです」

「へ?」


 きっとマヌケな顔をしていただろう。

 ボケーっとしたまま突っ立って。


 その間に、アーイェはその場を去った。


 バカな。

 現実で、こんなことが起きうるのか。

 俺は胸を揉んで、あまつさえそれを否定したんだぞ。


 この現象をどう説明すべきだ。

 まさかこれこそ、俺に与えられた第二のチートの真の力!?


 主人公補正だとでもいうのか。


 しかし信じられるものもそれぐらいにしかなく。

 俺は高鳴り続ける鼓動を押さえつけながら、戻ってくるフィオネを待っていた。





△▼





 フィオネとの練習が終わり、いよいよ始まった進級試験、実技項目。

 ミーニャと試験用の部屋に入り、俺は開始の合図を待った。

 これからこの白い壁で囲まれた無機質な部屋がちょっとした戦場に変わる。


 実践形式による魔法力検定。

 魔法陣により生成され、この施設の特殊な機能によって操作される10体の魔力具現体を相手に、どれだけ迅速かつ的確な対応ができるかを見られる。


 三度繰り返されるビープ音。

 その終わりとともに仮想魔獣が姿を現す。


 そういう手順を説明されていた。


 しかしいくら待っても魔獣は出てこなかった。


 そして突如、部屋の電気が消える。

 ブレーカーが落ちたように。


「な、なんだ!?」


 俺の心はざわついた。


 この世界において停電は地震より少ない事故なのだ。

 魔法繊維によって供給された魔力を、魔法陣がその場で電力に変えている。

 その魔力は外部要因から過剰供給されることはない。

 魔法繊維には一度に流せる魔力の量が決まっているからだ。


 もし過剰供給により魔法道具に異常が発生するとしたら、それはその空間そのものに高密度の魔力が流入する場合だけ。


「アデル様」

「ああ。おかしいな」


 不審に思った俺たちは、監視しているであろう教員たちに声をかけてみる。

 だがもちろん反応はない。


 扉も開かない。

 外部からはなんのアクションもない。


 どうする。


「外、出てみるか」

「それは難しいと思います。非常口はついていないので」


 魔法が普及しすぎたせいで慢心したか。

 設計ミスだろ。


 この部屋の壁は対魔法用に設計された特別製の物質だ。

 容易に破壊することも叶わない。

 俺がチートでも使わないかぎり。


 散々迷って、いくら待っても電力は復旧せず。


 やむなく俺は扉を破壊することにした。


「無理ですよ。それは腕力でどうにかできるようなものではありません」

「そうでもないさ」


 チートを発動する。

 扉側の魔力抵抗をなくすように。


「知ってるか。大量生産に必要なのは、緻密な強度計算による妥協なんだ」

「はあ」

「この対魔法物質は二属性混合デュアルの魔力までしか考慮されていない」

「それって、つまり」

「俺が全力を出せば、破壊することもワケはないということだ」


 でっち上げだけどな。

 全部が嘘ってわけでもない。

 この世界における最高魔法基準は魔導砲。

 それを上回る設計をしたところで意味はない。

 英雄たちに対抗しようとでも思わないかぎりは。


 俺は都合のいい説明を交えながら、扉を破壊した。


 そしてガラガラと崩れ去る破砕音の後。


 俺の耳に飛び込んできたのは、生徒たちが悲鳴を上げる声だった。




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