十二年間姉に漬け込んだ弟がこちらになります
風呂場の中。
息をつく俺とミーニャ。
向かい合うようにしてお互いの生まれたままの姿を見るこの2人を、他の人がみたらいったいどのように思うだろうか。
「ひゃん!」
俺は掴んだ右手を動かす。
揉みしだくほどに形を変える双丘。
柔らかい。
この形のよい張りのある胸からは考えられないほどの柔らかさ。
力を入れる度に、胸の先に触れ、ミーニャが短く吐息を漏らす。
「ああ、アデル様。ようやく……」
ミーニャは嬉しそうに口元を歪めた。
揉みやすいように正面で膝立ちになり、覆いかぶさるように俺の肩の後ろに手をつく。
これがエロくなくてなんなんだ。
ミーニャは肉親ではない。
ここでは興奮するのが正常。
男として最も健康的なありかた。
俺は何度も、何度も、強く自分に言い聞かせるように、そう心の中で唱えた。
「あんっ……あっ……はぁ…………あ……アデル……様?」
そして、早くも俺は手を動かすのをやめた。
苦痛でしかなかった。
自分の精神が削られていく。
これほど理性的にエロいと思いながら。
俺の男がピクリとも反応を見せなかったことに。
「あの、だ、大丈夫ですよ! きっと緊張なさっているだけですから!」
ミーニャが状況を察するも、そのフォローは傷口に塩を塗りこむようなものだった。
まだ弱冠12歳。
俺は不能になってしまったのか?
こんな歳で。
女を遊び尽くしたわけでもないこの俺が。
「今日は、もう寝るよ」
意気消沈。
男としてこれほど情けないこともない。
トボトボと浴室を後にする俺。
習慣として染み付いた動作で身体を拭き。
ため息を漏らしながら自室のベッドへと転がり込んだ。
――俺のいちゃらぶ人生は終わったのか。
仰向けに天井を眺めながら心の中で呟く。
学校に入ったのだって、可愛い女の子たちと話すためだ。
いろんな子たちといちゃいちゃして。
そのためには高等部にだって通うつもりだった。
でも今思えばそれは、非常にバカバカしいことにも思える。
振り返れば虚しいことしかない。
俺は最強の力を手に入れて、何がしたかったのか。
悪いやつをぶっとばして。
女の子からモテモテになって。
右へ左へ引っ張られながらくんずほぐれつな生活を送る。
豪勢に、そして贅沢に。
それが俺の理想。
そんなくだらない理想が、俺の夢。
くだらない。
くだら……ない……。
「アデル様」
布団の中。
もにゅっと俺の腕に伝わる感触。
そしてミーニャの手が俺の下着の中へと滑りこまれていく。
「のおぁっ!?」
それはもう物理的にどうなっているのかわからない手際の良さで。
あれよあれよという間に俺はひん剥かれてしまった。
「なにしてんだ!?」
「なにって、子作りですよ!」
至極真面目な顔で答えるミーニャ。
むろん、ミーニャは最初から裸である。
「も、もういいって! 終わったから!」
「なりません! 終わってなど! 終わってなどなるものですか!」
ミーニャは切羽詰まった声で俺に迫った。
「なんとしてもアデル様の子種をいただかなくてはならないのです! 私がなんのために監視役になったと思ってるんですか!」
「知るか! どう考えたって監視と子作りは関係ないだろ!」
バタバタと騒がしくなる室内。
裸で女性に襲われる男の図。
輪をかけて情けないなこれは。
「もう二週間近く恋人より濃厚な時間を過ごしたのです! 一体何処に拒む要素がありますか! みてくれだって悪くないですし! 歳の差もたった6つですよ!」
「いやそういう問題じゃなくて! 空気とか色々とあるだろ!」
「あの浴室での流れは確実に私に種付けする流れでした! ですのでここで私を孕ませていただいたところでなんら問題はないはずです!」
「いやどういう理屈だよ!」
ゼエゼエと互いに息を交えながら。
俺は壁にもたれかかり。
ミーニャがそれに覆いかぶさっている。
「てゆうか、なに。18歳なのかミーニャ。あれだけ凄そうな役職にいたのに」
「あんな役職、肩書だけですよ。第一顧問というのは確かに栄誉ある地位です。ですがそれは、指導課でない場合に限ります」
一段落して、落ち着きを取り戻したミーニャが淡々と語る。
裸で向き合ってることには変わりないが。
とりあえず止まってくれたか。
「指導課は実力世界の魔法教会の中で唯一年功序列が力を発揮する部署。私はただ、セクハラをされるためだけに上層部から引き上げられただけの傀儡です。同僚の女性からは入会からわずか二年でスピード出世したことを妬まれ、嫌がらせを受ける日々。両親もただ上司に頭を下げるばかりで、自分たちの保身のためだけに私に精神的苦痛は我慢しろと言い聞かせてきました」
「そんなとこ、最初から入らなきゃ良かっただろ」
「誰もが!」
怒号を飛ばし、眉を潜めるミーニャ。
「アデルさんのように強く。なんでもできると思わないでください。意志や努力でどうにかなるほど人の人生は簡単じゃないんです」
つまりこれがミーニャが考えた唯一の打開策であると。
どうしてそういう結論に行き着いたのかはわからないが。
その行動力だけは評価してやろうか。
「ということで、寿退社です」
「この流れでさすがに諦めつかないか?」
「うっ……」
バツの悪そうな顔でミーニャは俺を見下ろしてくる。
そりゃ俺だってお楽しみしたいけどさ。
どうしてだか身体が言うことをきかないんだ。
「そもそも」
ミーニャは俺の下腹部に手を伸ばしながら言う。
「なんでこんなに無反応なのですか。今までお風呂もお布団もご一緒してましたけど。一度も反応したことないですよね」
「そりゃ俺が知りたいよ」
思えばそうだった。
出会った頃の印象が良くなかったとはいえ、この美貌の前に俺は一度も男になったことはない。
男女の仲として正しいあり方だったかはわからないが、ミーニャの言うとおりこの二週間で俺たちは通常ではありえないほどの濃厚な時間を過ごした。
それは「仕事だから、契約だから仕方ない」という妥協からくる普通とは違う筋道で得られた関係。
俺も是、ミーニャも是。
ならば行為に至らなければ。
そう思えば思うほどに、俺の心中で何かが蠢く。
「やはり、お咥えしたりするほうがよろしいのでしょうか」
「そう生々しいことを言われるとドキッとするな」
「の割には反応がありませんね」
「不思議だな」
裸で2人。
小さいままの我が息子を観察する。
シュールだ。
もうこれがどういう状況なのかわからない。
「アデル」
そんなとき、俺の部屋のドアがガチャり。
ノックもなしに躊躇なく開かれた。
「さすがに少しうるさいですよ」
現れたのは他でもないレイシアだ。
そしてひとこと。
俺とミーニャの姿を見て言った。
「弟の情事に踏み入るなんて、無神経ですよ」
ミーニャはレイシアを睨みつける。
そもそもお前は情事を見られた時点でアウトなわけだが。
「情事? あら。だとしたらそれは失礼なことをしました。……が」
前へ。
足を踏み入れてくる。
レイシアは小首をかしげ、俺のすぐ側にまでやってきた。
「アデルの方はその気ではないようですが?」
「これからその気になってもらうんです!」
「そうでしたか。では、私がお手伝いをしてさし上げましょう」
「えっ」
うぇっ!?
「アデル。楽にして」
突如パジャマのボタンを外し始めたレイシア。
暗闇の中でも白く輝く。
艶やかな肌が露わになる。
まさかその気なのか。
二年前はあれだけいけないと。
お風呂を共にするのも控えていた程に、一線を飛び越えることを忌避していたじゃないか。
「ね、姉さん。俺は今、そういう気分になれなくて」
「エッチな気分にはなれない、ってこと? そんなはずはないんだけどな」
俺の精神的な問題であるはずなのに。
万全なる自信を持って否定するレイシア。
手を伸ばし、俺の胸に触れる。
同時に俺の手を取って、自らの胸に押し当てた。
「どう? 女の子の身体だよ」
優しい声でレイシアは訊く。
そして俺は思った。
なんて、美しい女性だろう。
何年も顔を合わせた姉を前に、俺は広大な雪原を見下ろしたときと同じため息をついた。
温かい。
この感じは。
「脈、速くなったね」
レイシアが紡ぐ言葉。
それは絶妙なゆらぎを持って俺の鼓膜を揺らす。
耳から脳へ。
蕩けるようとはまさにこのことだ。
ほぐされていく。
俺が無意味に積み上げた理屈や道理がすべて。
安らぎと高揚感だけが俺の心を流れていく。
「あ……アデル様……!?」
そこに割り込んできた別の音。
ミーニャの驚いた声。
何を驚くことが……。
「こ、これは……!?」
俺はその理由を悟り驚嘆する。
立ち上がっていたのだ。
今まで親の死に顔でも見たかのように萎れていた俺の息子が。
かつてないほどに勇ましく。
武者震いさえしている。
「何を驚くことがあるのですか」
俺の顔を見つめながら。
しかしその喋り方は、間違いなくミーニャに対するものであった。
「女性の魅力に取り込まれればいかなる殿方でもこうなる。ごく自然な現象です」
勝ち誇るでもなく。
嫌味を言うでもなく。
ただ先生が生徒を諭すように。
レイシアは語り、立ち上がった。
「さあ。準備はできました。どうぞ続きをお楽しみください」
パタン。
閉ざされたドア。
虚しさの中、頑なに主張を続ける我が息子。
静寂に、俺たちは取り残された。
「私には……魅力が……ない…………」
怯えた顔でミーニャが後ずさる。
それは違うよと。
俺は声を掛けてやりたかった。
だがそれはできなかった。
そんな余裕はなかった。
気づいてしまったのだ。
俺の心の奥底に眠る違和感の正体に。
俺は不能になったんじゃない。
ミーニャに欲情しないのも、俺が激しく落ち込むようになったのも、その根幹たるすべてはあのときから。
この十二年間で積み上げられてきて。
今、姉との別れを目前にして、それが目覚めた。
――俺の身体は、あの姉以外を愛するなと言っているのか。
断じて、違う!
思い至った答えを咄嗟に否定した。
状況とチグハグな想いを精一杯に叫んで。
俺の中で、一つの決心がつく。
そうだ。
これはただの事故。
たまたまそうなったことをありのままに見つめすぎた。
俺はシスコンなぞでは断じてない。
俺は絶対に、こんな現実は認めない。
さあ。
今日これからこそ。
俺は南馬遠夜になろうではないか。




