能力と評価は別物
「なぜだ! なぜ魔法適性が全属性で最低なのだ!」
金の皿やら金の杯やら、とにかく目が痛くなるぐらい金ピカ尽くしの館の中が、とある男の怒号で震えている。
「き、きっとレイシアに素養を全て持っていかれて……」
「ふざけるな! 我がクリファード家始まって以来の大事だぞこれは! クリファードの長男が魔法を一つも使えないとはどういことだ! ……まさかお前、私以外の男と子供を作ったのではないだろうな」
「そんなわけないでしょう!」
夫婦が喧嘩をしていた。
それを見つめるのは、非難の的であるクリファード家の長男。
アデル・クリファード。
一家の象徴である漆黒の髪が悲しげに揺れていた。
8歳になった彼は、この世界の義務教育機関とも呼べる魔法学校入学を目前に、魔法適性検査を受け、その結果は無残にも全てが最低値。
祖先は空間ごと止めたと云われているクリファード家の氷魔法も、彼にはコミケに行くのにペットボトルを凍らせておくぐらいのことしかできない。
ああ可哀想に。
なんて不遇なんだ。
たかが魔法が使えないだけでここまで怒られるとは。
姉が優秀すぎたのが、余計に期待を裏切る結果になったのだろう。
え、アデルって何者かって?
俺のことだよ!
「飯を喰い潰すだけのゴミは捨てろ」
「そんな! なんてことを言うの!」
そうだそうだ!
てめえの血は何色だ!
「このまま世間に恥を晒すぐらいなら、適性検査を目前にして命を落としたということにしておいたほうが良い。なに。お前もまだ30過ぎだ。子供はまた作ればいい」
「そんなことをしたらレイシアが黙っていませんよ」
「私が言って聞かせる。これ以上、私をイライラさせないでくれ」
最後に俺に一瞥、というかガンをくれて、父であるスヴェルグは回れ右で自室に帰っていった。
その直後、俺の体が温かい柔らかさに包まれる。
「大丈夫よアデル。私が守るから」
これは参った。
魔法が使えないだけでここまで差別を受けるのかこの世界は。
このままじゃ学校に行ってもロクなことがなさそうだな。
父親を一発シメてくれば丸く収まるか……?
でも、上手いこと言い訳を考えないと。
俺がまさか物理でも魔法でもない“事象”を操れる特別な人間だと言うのは、ちょっと問題になりそうというか格好がつかないというか。
この世界には四大魔法、炎、水、風、地属性に加え、それを組み合わせた派生属性、先天的に授かる光と闇属性の魔法など、様々な種類がある。
俺が新しい魔法、たとえば無属性魔法の使い手となったら。
特殊能力を手に入れたなんて言うよりは信憑性が高いはず。
あ、ちなみに生まれてから8歳になるまでは、特別なにもない。
ママンのおっぱいがなぜか甘くておいしくて、糖尿病とかそこらへんの病気が心配になったのと、この世界のことを勉強するのは大変だったよということぐらいだ。
姉のレイシアはとても優しくお世話をしてくれたのだが、一緒にお風呂に入った時にママンと同じようなことをしようとしたらやんわり断られてしまった。
ちょっぴりショックだった。
まあまだ吸えるほど育ってなかったからな。
それぐらいだ。
「お母様。実は僕は、魔法が使えるんです」
お母様。僕。
対内的にはね?
そう躾けられたからしょうがない。
ちなみに母親の名前はクレイスという。
「えっ……!? それはいったいどういうこと!?」
クレイスは目をまんまるにして俺の顔を覗き込んだ。
「口では言えない。僕もよくわからない。だから見せたほうが早い」
俺はそう言ってクレイスから離れ、棒立ちした。
チート発動。
こいつが俺の力だぜ。
「まあ……なんてこと……」
クレイスは俺を見上げながら口を塞いだ。
それが驚きだったのか恐怖によるものだったのか。
わからないが、ともかくこれが魔法に近い現象であることは理解していただけたようだ。
「あなた! あなた! あなた!!」
クレイスはすぐさま父スヴェルグを呼びに行った。
どうにかして上手くまとめてやろう。
俺は宙に浮きながら、憤慨したままなかなか出てこない父親が来るのを待っていた。