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ちょっとした修羅場のその予感


 オスマルド大食堂、成績優秀者特権その4、『個室』。

 シックなブラウンを基調とした内装に暖かな光が満ちたその場所は、なかなかにムーディである。


 こんなところに頻繁に出入りしているのに俺とフィオネとの変な噂が流れないのは、ひとえにこいつの俺に対する辛辣さが要因だろう。

 下手に勘ぐるとフィオネに怒られるかもしれないし。

 暴力を振るうことは滅多にないが、フィオネに睨まれると寿命にダメージが入りそうなので進んで介入しようとしてくる輩はいない。


「いきますよー! わたしはステーキとハンバーグとカツ定食の一番高いやつを所望します!」


 高らかに指を伸ばし、固まるアーイェ。

 自分で注文ができないからまあ仕方ない。


 優先や割引を使うためには俺かフィオネの魔力を使わなければならず。

 こいつらはフィオネの誘いによって連れてこられたやつだから支払いもフィオネになる。

 しかしそんな小さい体で良く食うな。

 ちったあ遠慮してやれ。


「私はデザートを適当に5ついただこう。何にするかはフィオネに任せる」


 イラベラも澄ました顔で酷いことを言う。


「わたしは、じゃあ、ドリンクで」


 シャルロットに関しては、事情が事情だから本来は豪勢に注文していいんだがな。


 ちなみにフィオネが出す金は自分の金だ。

 シャルロットの両親に返金する分は学生のうちはそれほど拘っているわけではないらしく、特別待遇制度は学費にも適用されるので、それを維持し続けることを精一杯の誠意としているらしい。

 オスマルドの学生は往々にして貴族の関係者であることが多いのでほとんどすることはないが、この世界にもアルバイトというものは存在する。


 こいつが何して金を稼いでるのかは知らないけど。

 時間もないだろうし、内職みたいなもんかな。


「あんたは?」

「俺は、自分で払うよ」


 はぁ?

 とでも言いたげな顔で俺を見てくるフィオネ。


 いつもそうしてるからそう言っただけなんだけど。


「甘いコーヒーでお願いします」

「わかったわ」


 ドリンクやサイドメニューで済ませることが多いのも慣例だ。


 元々、俺とフィオネは食事自体を目的にここに来ているわけではない。

 駄弁をしたり勉強をしたりが主で、夕食は家で食べるのが基本になっている。


「で? 魔法教会の用事というのは?」


 フィオネは俺の横にいるミーニャに視線を送る。


「そんなに身構えなくても。大した話ではありませんので」


 ミーニャはもう周囲の様子には構わず。

 さっさと終わらせてしまおうぐらいな気持ちの軽さが伺える。


「みなさんは、アデルさんに魔法適性が何もなかったことをご存知ですか?」

「なに!? そうだったのですか!?」


 驚いたのはアーイェ一人。

 エッジも学年中に触れ回ってたみたいだし。

 アーイェも耳にしたことぐらいはあるはずなんだがな。


「しかしここオスマルド魔法学校では、アデル様は優秀な魔法使いです。それは今までの実技試験の結果からも明らかですね」


 ミーニャは熱い視線を俺によこす。

 だからそのちょくちょく俺にアピールしてくるのはなんなんだ。


 しかしなるほど。

 そこまで言われりゃどういう流れでミーニャが来たのかもわかる。


三属性混合トリプルか」

「はい。誠にご聡明であられますね。アデル様は」


 魔法教会とスヴェルグとの共同での依頼ってことは、それしかないよな。

 もっと早い段階で気づくべきだった。


 三属性混合として魔法使いになることは最初から決めていた。

 後は面倒事に巻き込まれないよう、どう上手く立ち回るかだ。 


「実はアデル様は、三属性を操る世界初の魔法使いであると、スヴェルグ様が魔法教会にずっと訴えてこられたのです。ですが前例がなく、魔法研究でも三属性の可能性はないとされていて、疑問の目をずっと向けられてきました」


 正確には、クリフォードに因縁のあるクロモルトが圧力をかけてたせいだろうけどな。


「ところが、近年のアデル様の目覚ましい活躍により、魔法教会でも意見が分かれるようになったのです。そこで、これを実証という形で認めるために、魔法教会とアデル様の父スヴェルグ様の合意のもとで、アデル様が不正なく魔法を行使していることを確かめようという流れになりました」


 サラッと語るミーニャ。

 いきなりの暴露に驚きの表情を隠し切れない面々。


「つまり。あの進級試験の成績がインチキではないかと。疑ってるわけね」


 ここでようやくフィオネが口を開いた。


「簡潔に言うと、そうなります」


 フィオネは相変わらず驚きが小さいな。

 顔に出ないだけなんだろうか。


「三英雄の一人に、あらゆる魔法が使える人がいたはずでは?」

「あれは例外ですので」

「似たようなものじゃないの?」

「教会側にも色々と基準があるのです」


 あんまりツッコミを入れてやるな。

 形式的に決まったこともあるだろう。


「お! 来ました来ました! めちゃはやですね!」


 ここで話を聞いてたのか聞いてないのかわからないやつがキャーキャーと声を上げる。

 フィオネはどうしてこんなやつを誘ったんだ。


 他にも頼んだ料理は次々とやってきた。

 俺のコーヒーも。


「ん? これは?」


 俺の名前が書いてある紙が受け皿に挟まっていた。

 なんかのサービス?

 でも頼んだのはフィオネのはずなんだよな。


「おやおやアデルさん。もしやそれはラブレターですかな?」


 余計なことを言うな。


 一瞬空気がピキッてなったぞ。


「それに関しては、あまりお気になさらないでください」


 ミーニャが意味ありげな笑みを作る。

 これも魔法教会側の配慮か。

 おおかた俺が何を食べたのか記録でもしてるんだろう。

 キッチンへの内通者は隣りにいるこいつで決定だな。


「では、話を戻しますね」


 全員が落ち着いたことを確認してからミーニャはまた口を開く。


「今回の検証で問題になっているのが、違法薬物の問題です」


 うおい。

 いきなり物騒なものを持ち出すじゃねえか。


「実はある時期、魔法力を一時的に高めるクスリが出回っているとの噂が教会へ頻繁に報告されることがありました。これは結局のところ、そういった効力を謳っただけの詐欺事件ということで決着がつけられたのですが」


 魔力器官ってのは、物理的に干渉できるものじゃないからな。

 クスリでどうにかなるようなもんじゃないだろ。


「みなさんも、グランデ魔鉱山での大事件は記憶に残っていると思います。世界を崩壊させるほどの力を持った最強の魔獣が誕生した、あの突然変異。それまでの研究では、人間が魔石を摂取したとしても魔法力が上がることはないと実験的に示されていたのですが」


 ミーニャはやや空気を重たくして言う。


「新しい調査で、魔法力を上げられる可能性が発見されてしまったのです。詳細は秘匿されていて、私も知りませんよ」


 技術の革新ってのはほんのひと押しで行くところまで行く。

 今でもどこかで非道な人体実験が行われているのだろうか。


「世界のテクノロジーはすべてが公表されているわけではありません。もし魔法力を上げるクスリが秘密裏に開発されていて、それを使ってありもしない名声をあげようとしているとしたら。……懸念材料はクスリだけではないのですが、そういった物を使用せずにアデル様が三属性の魔法を使用し、かつ優秀な成績を学校が決めた評価通りに取っていることを確認するのが、私の役目になります」


 それで24時間張り付かれるのか。


「トイレとかは?」

「同席させていただきたい気持ちは山々ですが、最低限のプライバシーは尊重するとのことで、身体検査及び周辺に異物がないことの確認をした上で、私は後ろから眺めるだけとします」


 お前らの最低限ってほんと底の底だな。

 あと同席させて頂きたい気持ちというのは教会としての意志だよな。

 どうにも個人的にこいつからアツいものを感じてならない。


「我が父君はそれに同意したわけか」

「はい。すべて合法かつ承諾された範囲でとなっております」


 あの野郎。

 やっぱ一発ぐらいぶん殴っておくべきだったかな。


「わかったよ。進級試験までなんだろ」

「ご理解いただけたようで何よりです」


 ニッコリ笑顔のミーニャ。

 フィオネはつまらなそうにしているが文句は言わない。


 これで俺が三属性混合だと認められて、社会に出て過ごしやすくなるためにはどういう風にこの力を示していけばいいのかな。

 力があるだけで、ただそれだけの存在。

 英雄みたいに世界を圧倒すれば、俺も自由に生きられるだろうか。


「それで」


 次に口を開いたのはイラベラ。

 先程までテーブルを埋め尽くしてたデザートはキレイさっぱり消えていた。


「どうして私たちを呼んだのだ。別に、把握していなければならない話でもあるまい」


 たしかにそうだ。

 なんでわざわざ。

 部外者がいるほうがミーニャも深いところまで話しづらいだろ。


「そういう気分だったの。意味なんかないわ」


 ないんか。


 嘘だな。


 でも見当もつかない。

 探るのもやめよう。


「ならば私はここで失礼する。ごちそうさまとだけ言っておこう」


 イラベラ退場。

 ほんと、何しに呼ばれたんだって感じだよな。


「わたしは追加注文しても良いですか?」

「お前も帰れ」

「えー。ぷんぷん」


 あれだけ頼んでおいてアーイェのテーブルも片付いていた。


 大食いなんだな。

 たくさん食べる女の子は好きだ。

 食べ過ぎなければ。


「あの、アデルくん」


 順番を待って話しかけてきたシャルロット。

 切りそろえられた髪から覗くつぶらな瞳はさながら小動物である。


「なに?」

「えと、19時きっかりに手紙を出すので。直接受け取ってもらいたいのですが」


 意味ありげにシャルロットは言う。

 その言葉の意味はつまり、ミーニャに内緒で話がしたいと。

 そういうことか。


「わかった」


 俺が首を縦に振ると、シャルロットは安堵の表情を浮かべた。


「じゃ、もういいわね」


 そんな流れでこの場は解散。

 フィオネもミーニャと一緒では居心地が悪いらしく。

 それは俺も同じで、雑談とかはなしで進級試験までは集まりもなしにした。


 せっかく近づいた距離が遠のいていくようで寂しい。

 進級試験が終わったらまたどこかに誘ってみよう。

 もっと街の方まで行くのも、いいかもしれないな。


 つか。


 ミーニャこれのこと。


 レイシアは知っているのだろうか。



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