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ピンクの同居人


 今日の教室はざわついていた。


「魔力量、最下位。まったく変わらずか」


 俺はオスマルドの定期検診の結果を見ながら思わずつぶやいた。


 今は第四学年フォースの学年末。

 一年間の定期テストや、身体能力と魔法力の向上具合を記した成績表と、後に行われる進級試験の点数を親に報告することが学生の年度最後の仕事となる。


「ふん。君のような才能なしがどうして実技トップなのか甚だ疑問だよ」


 隣から覗き込んできたエッジが荒い鼻息をかけてくる。

 お前には情報秘匿という概念がないのか。


「偉そうなこと言うのは俺より上になってからにしろよ」

「ぐっ……! こいつめ! 覚えてろよ!」


 父親がどうのこうの言いながら足を踏み鳴らして去っていくエッジ。


 エッジも全体で見れば優秀な生徒ではある。

 座学なんかではチートで補ってようやくこいつとどっこいぐらい。

 基礎能力は俺なんかより断然高くて、家では相当努力をしてるようだ。


「おやおやアデルさん。日頃の怠慢が祟っておりますね」


 いやらしい笑みで近づいてきたのが銀髪の色白ちんまい。

 こいつは頭と体が二年前と変わりがない。


 なぜタクトノットのアーイェがアイスクリフの教室にいるのかというと、実は第四学年で一度クラスがシャッフルされるのだ。

 そして100人近くいた生徒は1割ほど減少する。

 留年により上から流れてくる生徒もいるので第三学年サード、第四学年はそう人数が変わらないが、第五学年フィフスにまでなると統合の形を取ることもしばしばあるのだとか。


「誰のおかげでここまでこれたと思ったんだよ」


 俺が頭をグリグリすると、アーイェは涙目になってしゃがみこんだ。

 あれから二年間、アーイェの一生に一度のお願いを100来世分ぐらい聞いた俺は、なんだかんだここまで実技の練習に付き合ってやっている。


 それにしてもこれは、妙だ。

 どうして俺の魔力は横ばいなんだ。

 すべてをチートに頼ってるならまだしも。

 俺はある意味デフォルトで魔力にブーストをかけてるだけで、実質的には一般生徒と変わらない魔法を使っている。


 ならば魔力量が変動しないというのはおかしい。

 そもそも神からは世界最強になれるって聞いて来たのに。

 どうして俺本体には魔法力が皆無なんだ?


「フィオネはどうだったよ」


 俺は四年間変わらないポジションに腰を下ろし、隣りにいる仏頂面で愛嬌のない紅い髪の美人に声をかける。


「ん」


 フィオネは前を向いたまま俺に診断書を渡してくる。

 ん、が俺が聞いたフィオネの言葉最多賞に輝いていることは言うまでもないだろう。


「うわっ……」


 魔力量が前年比32割増しとか。

 第三学年の時点でプロの平均を超えてんのに。

 そして座学は当然のように一位。

 どこまで成長するんだこいつは。


 そりゃ炎属性適性が異常に高くて高度な魔法ばっか使ってるから魔力の上昇が早いのは当たり前なんだよな。

 人間は純度の高い魔力を扱えば扱うほど体がそれに慣れて、普段扱える魔力量も比例するように上がっていくのが普通なんだ。


 おかしいのは俺の方。

 なにが理由だ。

 どうしてこうなる。

 このチートのせいなのか。


 俺は魔力が少ないから、微小な魔力でも強力な魔法が使えるよう、魔力と魔法の因果を強めている。

 だから、俺は魔力を消費しなくても膨大なエネルギーを生産できて……。


 ん?


 あれ。

 俺って、魔力使ってなくない?

 エネルギーが増幅されてるだけで、そのエネルギーは魔力からすでに変換されてしまっているものだよな。


 つか、そもそも魔力少ないから使わなくても済むようにチート使ってたんじゃん。

 なぜこんな簡単なことに早く気が付かなかった。

 灯台下うんうんとかいうレベルじゃねえ。

 アホ過ぎるだろ。


 今度から、チートなしで魔法の練習をしよう。

 感覚は掴んでるし、苦労はしないはずだ。


 うん。

 それがいい。


 今日は午後いっぱいまで授業が入ってたからな。

 訓練場を予約して、明日から始めるか。


「ねえ」


 お隣さんからお声がかかった。


「あんた、この後のこと、ちゃんと覚えてるんでしょうね」

「は? ……あ、ああ! もちろん!」


 そういえばフィオネと食堂に行く予定だったんだ。


 ここ一年ぐらいだろうか。

 俺が熱心にフィオネに語りかけていた言葉がついに届いたのか、フィオネの方から放課後に呼ばれることが多くなった。

 それでも勉強か食堂ぐらいなもんなんだが。

 こいつとの間柄としてはかなり頑張ったと自分を褒め称えたい。


「……そう。ならいいわ」


 あんまよくなさそうなんだけど。


 めっちゃ睨まれてる。

 結構な眼力で見つめられている。


 そこまで怒らなくても。

 アーイェ頼まれた進級前の指導、ちゃんと断ったし。

 俺も楽しみなんだからさ。


「それでは帰りのホームルームを始めますので、成績表と診断書は鞄にしまってください。お家に帰ったらきちんと親御さんに渡してくださいね」


 アイスクリフの生徒として変わらなかった俺たちの担任はずっとエイミーだ。

 場の空気を読めない頭のアレな生徒はここにはいないので、エイミーが号令をかけると教室中は一斉に帰りムードになった。


 連絡と挨拶だけのホームルーム。

 進級試験に向けた意気込みをエイミーが短く語り、学校が終わる。


 さて、食堂だ。

 場所としては変わり映えしないが、楽しみが減ることはない。


 実は成績上位者は食堂においても優遇措置が取られるのだ。

 お金を節約できる『割引』、順番待ちをすっとばせる『優先』、自分の要望を厨房に飛ばして作ってもらう『特別注文』が大きく特権として成績上位者には与えられる。


 そのうち食堂メニューをコンプリートしたいねなんて言葉を交わしたこともある。

 言ったのは俺で、それに対するフィオネの答えは「そうね」だけだったが。


「すみません。アデル・クリフォード様がいらっしゃる教室は、ここで間違いないでしょうか?」


 生徒が帰宅し、廊下へと流れが形成されつつあったそのとき。

 教室のドア付近から女性にしても高い、キャピキャピという表現がハマりそうな声が響き渡った。


 そこにいたのは桃色の髪を膝下まで伸ばした、凛々しくもどこか愛嬌のある顔をした女の子。

 制服を着てはいるが、あれはオスマルドの学生服ではない。


 ふくよかな胸部に押し上げられているあの杖と蛇のエンブレムは、間違いない。

 魔法教会のものだ。


 素直に返事をするかどうか迷う中。

 俺の手を引っ張る者がいた。


「行くわよ」


 フィオネが俺の鞄をひったくり、強引に食堂へと連れにかかる。


 面倒な予感は俺もしていた。

 しかしさすがの判断力だ。

  俺にはここまで断定的に行動はできない。


 だが、抜け出すのは難しかった。


 帰路につく生徒たちに紛れて教室を出るつもりだったのだが、その流れは完全に止まっていたのだ。


 なにせ教室にやってきたピンクの女の子は、フィオネと比べても遜色ないくらい顔の整った少女で。

 そのうえ出るとこと引っ込むところがきっちり分をわきまえているあのプロポーションは、男としてはより好感だろう。


 その異様さを女子生徒も無視できるわけがなく。

 結果全生徒が足を止めてしまったので、俺たちは逃げることができなかった。


「アデルくんなら、そこの席に……」


 エイミーに指差され、ついにはゲームセット。


 まあいずれはこうなる気もしていた。

 どうせ無視してもうちにまで来るだろう。

 隣で小さく舌を鳴らした音が聞こえたが。

 ここは面倒が増えないうちに処理してしまうか。


「アデルなら僕です」


 俺が手を挙げると、闖入者は目をキラキラと輝かせ、しかしすぐに事務的な顔に戻り、俺の前までやってくる。


「お会いできて光栄です。アデル様。私、魔法教会指導部第一顧問をしております、ミーニャ・バスチアーノと申します。以後よろしくお願いします」

「はあ。はい」


 何をよろしくすればいいのかはわからないが。

 見た目のわりに偉い人なんだな。

 フィオネよりだいぶ歳上か?


「えーっと。ご用件は?」

「おや。スヴェルグ様からお聞きになっていませんか?」


 父親から?

 今朝の食事の時も試験頑張れとしか言われてないんだけど。


「すみません。父からは、何も」

「そうでしたか。では……そうですね。こんなところで話すことでもないので、これからお食事でもいかがでしょう」

「いや……」


 それはまずい。

 ただでさえ隣から痛いほどのイライラオーラを感じるのに。


 いままで築いた良好な関係が崩れてしまう。


「申し訳ありませんが、後日でお願いできませんか? 大切な予定があるので」


 そう言うと、刺々しい殺気が和らいだ。


 よし、いい感じだ。


「こちらとしても心苦しいのですが。そうもいかないのです」


 なぜそうもいかない。


「魔法教会、およびアデル様の父、スヴェルグ・クリフォード様より、これから進級試験までの間、24時間体制での監視を任命されておりますので」


 は?


 その言葉に呆気にとられた。

 きっとこの教室にいる全員が、俺と同じ反応を心の中でしたに違いない。


「24時間って、なに。寝るときも、風呂のときも?」

「はい。片時もアデル様から離れないよう、お二人から仰せつかっております」


 内から湧き出るものを抑えきれないという顔でミーニャは言う。

 ピンクの髪先がうねうねと動いてハートの形を作った。


 明らかに何か狙ってるよなこいつ。


 まじかよ。

 あのクソ親父め。

 なに考えてやがる。


「24時間体制とはいえ、開始の時間は明確ではないのよね」


 そこに割って入ったフィオネ・ブラスネイル。


 この修羅場感。

 心臓に悪い。


「スヴェルグ様には、放課後にお迎えにあがりますとお伝えしてあります」

「なら、放課後のいつでも構わないしょう?」

「できるだけ早急にとの指示も出ておりますので」

「それが? なに? 放課後の予定が入ったのはそちらの不手際によるものでしょう。情報伝達もろくにできない無能な組織が、よくも偉そうなことを口にできるわね」


 ちょっとフィオネさん辛辣すぎません?

 一応、魔法教会の方ですよ。


「あの、もしかしてアデル様とご予定が?」

「だったらなに?」

「その、でしたら、私は見てさえいれば問題はないので。先に用事を済ませていただいて、話し合いは後でということに」


 棘を含むフィオネの声。

 ミーニャはさらりさらりと逃げ道を進んでいく。


 この提案は地雷だ。

 絶対に怒る。


 そう思ったのだが。


「なら、私にも話しなさい」


 意外にも出てきたのは別の提案。


 ミーニャはしばらく考え込み、一瞬嫌な顔をしてから、俺の方を見る。


「2人での話し合いは、アデル様への配慮ということなので。アデル様がよろしければ私は構いませんよ?」


 俺の判断か。


 よろしければって俺は何も聞いてないんだぞ。


「わかった。場所はここの食堂でいいか」

「はい。構いません」

「さっさと行くわよ」


 かくして決まった秘密の会議。


 それは秘密のはずが秘密になることもなく。


 食堂に集まった俺たち。

 対面をフィオネに、俺の周りをぐるりと囲むようにして総勢6人の生徒が集まった。


「なんで!?」


 流されるままの俺。


「あらら」


 やや青筋が立ったミーニャ。


「さっさと話しなさい」


 腕を組んで隣に並ぶフィオネ。


「わたしも……いいのかな……」


 おどおどしっぱなしのシャルロット。


「おごってくれるそうだ。好きに食べればいい」


 話には無関心なイラベラ。


「では遠慮なく注文させていただきますよ!」


 食い気しかないアーイェ。


「お前らはどうしてここにいるんだよ!」


 俺の精一杯のツッコミを、総スルーする女子の面々。

 いやまあフィオネが呼んだからなんだけど。

 どうして呼ぶ必要があった。


「まあ、話せばすぐですので」


 諦め気味にミーニャは話を進める。


 それはいいけど。

 この大所帯。


 周りからの視線が痛い……。


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