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人という字は


 教室ではフィオネが勉強をしていた。


 真面目で熱心な学生。

 教師からの信頼も厚いフィオネは学年一の優等生だ。

 座学も実技もトップクラスで、常に努力を絶やさない強かさを持っている。


 だが、俺は知っている。

 最近のフィオネは勉強をしていない。

 一見すると集中して取り組んでいるようだが。

 教科書のページがほとんど進んでいないのだ。


 何度か声をかけようとした時にチラッと見た。

 情けないとは言ってくれるな。

 バスの中じゃ一通り謝罪はしたし。

 今はそういうフェーズじゃない。


 お互いに、はっきりさせる必要がある。

 仲直りするなら仲直りするで。

 金輪際縁を切るなら縁を切るで。

 中途半端に距離を測って生活するよりは、白黒つけてしまった方がいいはず。

 俺としてはできるだけ仲直りする方向に持っていくつもりだけど。


 だから、言うんだ。

 今日こそ。

 今の俺だからこそ。


「フィオネ」


 正面から回って、声をかけた。


 フィオネは止まったままのペンを見つめ、しばらくしてから細く開いた目を前髪から覗かせた。


「真剣に話をしたい。放課後の空いてる時間に、2人で会えないかな」


 頼む、と俺は頭を下げ、フィオネの出方を伺った。


 その後しばらくは予想通りの静寂。

 数分待って、フィオネは胸元のポケットから何かを取り出した。

 俺が顔を上げると、それを押し付けるように渡してくる。


 手紙だった。

 一枚の紙を折って小さく畳んだそれを、俺は受け取る。

 何かの意図があって手紙にしたのだろうし、その場で読むのは控えておいた。


 ラブレターなんかよりよっぽど緊張する。

 もしこの紙に、もう話しかけないでと書かれていたら。

 俺の今ある覚悟も全部、ムダになる。

 あいつとは二度と一緒にはいられなくなるんだ。

 それは、怖い。


 フィオネだからというわけじゃなく。

 誰かにそこまで拒絶されるというのは、精神的にキツいものがある。

 俺のせいだから、それは甘んじて受け入れなければならないんだけど。

 できれば会って話すぐらいのチャンスは欲しい。

 

 ……こんなことばっか考えて、やっぱりダウナーになってるな。


 読もう。


『午後6時。第三訓練場4番ルーム』


 これは、ここに来いってことだよな。

 手紙を書いてたってことは、あいつも俺とケリときちんとつけたがってたのか。

 そう考えると今までフィオネのことを避けてたのは間違いだったことになる。


 フィオネは隣に来るなと言った手前、自分から話しにくかっただろう。

 なんつうこった。

 こんなん気づきようがないけど、もっとベターな接し方があったんだ。


 クソ。

 でも落ち込んでてもしかたない。

 貰ったチャンスは活かす。

 それが最大限の誠意だ。


 午後6時か。

 となると、かなり空くな。


 メリルに会いに行ってみるか。

 やはりメンタルケアといえば保健室。

 プネルケ村でのこともある。


「おはようございますみなさん。それでは出席を取りますね」


 ホームルームが始まって、俺がフィオネと対峙するまでのカウントダウンも始まった。

 それまでにこの後ろ向きの心をどうにかしておかないとな。

 

 フィオネに会ったらまず何を言おうか。

 待ち合わせ場所で向き合ったとして。

 相手が話し始めるのを待つか。

 こちらが先行して謝罪するか。


 俺は授業中、フィオネの背中を眺めながら、そんなことを考えていた。


 この3日間にも実技の講習はあった。

 前は気まずい雰囲気のままでもフィオネとペアを組んでいたのだが。


 今度という今度はさすがにそうするのにも迷いが生じ。

 それはフィオネも同じだったようで、シャルロットとペアを組んでいたから、俺は自動的にあぶれたイラベラとペアを組んで実技の時間をやり過ごした。


「いったいいつまで君に付き合えばいいんだ。私は」


 イラベラからは、もちろんこういうお叱りの言葉を頂いた。

 ただ、事情は話さずとも察するものがあるようで。

 言うだけで、特に早くどうしろという指示はなかった。


 これでも二年近く面識があるんだ。

 シャルロットとペアを組んだフィオネを見てイラベラの方から話しかけてくれたぐらいだし。

 こいつはこいつで、俺のことを認めてくれてるんだと思う。

 何気に、俺が実技学年一位だということに進級試験当時から気づいていた数少ない生徒だったりする。


「悪い。今日中に、決着はつけるから」

「そうか。もっと引きずると思っていたが。意外に早かったな」


 それがどういう評価なのかはわからないが。

 初めて会った頃のような苛立たしげな感じはない。

 素直に感嘆してくれているようだ。


 実技の時間、イラベラは長くなった髪をしきりに退けながら動きまわっていた。

 テリーデール家の習わしで、10年毎にしか髪を切ることが許されないのだとか。


 紫色の髪は、世界的にも珍しい。

 その稀少さだけで千万の価値があり、テリーデール家の人間は、自分らの髪を売り続けるだけで生活費がまかなえると聞く。


 その血筋は絶対的な髪の美しさが保証されている。

 大昔には髪を紫に染めた奴隷などが売られていたらしいが、元を知っている人間なら誰でも見分けがついてしまうそうで、そういった小狡い商売をする者はいなくなった。

 人攫いに遭わないよう、売るときにも厳密なルールが設けられているらしい。


「君の英断に敬意を表して、一つだけ忠告しておこう」


 イラベラの真面目な顔モードが一段上がる。


「腑抜けたザマだけは見せるな。フィオネの前では、常に強くいろ」

 

 イラベラは端的に、それだけを言った。


 俺のことについてフィオネと話したのかとか、どういう理由でそうするべきなのかとかは、聞かなかった。


 イラベラのことだ。

 意味のないことは言わないと思う。


「わかった」


 もとより、自分が落ち込んだりしている姿を見せるつもりはない。

 俺も男だ。

 そんな卑怯なやり方はしない。


「ドジは踏むなよ」

「わかってる」


 イラベラらしいエールだ。


 そんなイラベラからの後押しももらって。

 俺は日中の授業を、やり過ごすという形でこなしていった。




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