アーイェのお悩み相談室
「アデルさん。いったい何をそんなに落ち込んでいるのですか?」
魔法訓練場の中。
コートの上で仰向けになっている俺の顔を、色白銀髪少女が覗き込んできた。
「いや、なんか」
最低だなーと思って。
もう3日も前のことになるのか。
プネルケ村から戻った俺に、先生からのレイシアについての伝言が届いて。
世界を滅ぼすほど強い力を持った魔獣が現れたことを知った俺は、おそらく神の言っていたヤバイやつだと思い、超スピードで飛んでいって、腹いせになんかデカいゴリラをぶっ飛ばしてしまった。
例のロボットと俺との因果関係は弱めてあるから身元はばれないはず。
結果としては世界を救ったことになってるから良いことだったんだろうけど。
あのときはむしゃくしゃした気持ちをぶつけてただけだからな。
魔獣とはいえ申し訳ないことをしたと思う。
そして世界を震撼させるほどの大魔獣だったのに物のついでに倒してしまって、世界のみなさんにまで申し訳なくなってきた。
……だいぶ精神的に参ってるみたいだ。
昔はこんなにペコペコ頭を下げるような人間でもなかったし。
一度派手に落ち込めば回復は早いはずだったんだけど。
今回はそうもいかないらしい。
「もう! いつまでそんな風にしてるつもりですか! アデルさんがしっかり教えてくれないせいでまるで進歩がないんですからね!」
お前らの人間性もたいがいだよな。
俺もこれぐらい図太く生きた方がいいのかな。
アーイェは特に悩みがなさそうだ。
やれしかたない。
約束は約束だし、割りきって接しないとな。
アーイェは無関係なんだし。
「だいたいの人間が失敗するのが、魔力の流れを感じずに先行するイメージだけに固執してるってパターンなんだけど。たとえば魔法の壁を作るとき、アーイェはどう考えてる?」
「そりゃもう強そうな壁をバーンと」
「典型的なダメパターンじゃねえか」
まだ二年生とはいえ、これは基礎なんだがな。
魔力弾みたいな簡単な魔法がイメージするだけでそのままできてしまうから、勘違いしたままのやつか多いのも事実なんだけど。
「イメージするなら葉っぱだ」
「葉っぱ……葉っぱって、こう、ひらひら~としてるやつですよね」
アーイェは両腕を上げて三角形を作り、全身で波を作る。
「うん、まあ、そうだな」
「なんだか弱そうですね」
「大切なのは葉脈のイメージなんだよ。魔力を広げるんじゃなくて、巡らせるんだ」
「それって結局は同じでは?」
「魔法は魔力構造が大事なんだ。いいからやってみろ」
俺がそう教えると、アーイェはなんとかそれっぽい壁を作り始める。
あとは慣れだ。
いくつか魔法を使えるようになれば魔力を感じる要領がわかる。
最初を突破してしまえば残りは才能に左右されてしまう部分が多い。
まあ頑張るんだな。
「はぁ」
二年の進級試験ももうすぐか。
座学は難しくなってるけど、まだ余裕なぐらいだ。
俺は練習する必要もないし、やっぱ急務はフィオネへの謝罪だな。
「む。アデルさん。ため息ばかりやめてください。わたしの幸せまで逃げそうじゃないですか」
この世界にもそんな迷信があったのか。
「悪かったよ」
「さては。構ってくださいアピールですね?」
「いや」
「もう、しかたないですね。練習に付き合ってくれたお礼に、このわたくしがアデルさんの悩みを聞いて差し上げましょう」
まず俺の話を聞いてくれ。
と言いたいが。
塞いだまま何もしないってのもな。
女心を知るのはやっぱり女の子に聞くのが一番かな。
土下座して済むような話でもなさそうだし、それで許されてもスッキリしなさそうだからな。
あいつの気持ちをきっちり理解した上で、俺が何を反省すべきかを明確にしないと。
近寄るなって言われてる以上は話しかけること自体がまず迷惑になるわけだし。
一方的な謝罪の押し付けはしたくない。
「実は、フィオネと喧嘩しててな」
喧嘩っていう表現が正しいのかはわからないけど。
「ほう。フィオネさんと言えばあの赤髪の美人さんですかな」
「そうそう」
「やっぱりおっぱいを触ったのが問題だったのでは?」
「いや違う」
と、思いたい。
「なんつーか。詳しくは言えないんだけど。ちょっと恋愛絡みのこともあって。ラブレターを覗いてしまったような、そんな感じで……」
「あー」
アーイェはものすごく残念そうに遠くを見る目を俺に向けてくる。
「それはやってしまいましたね」
「ああ。最悪だよ。それでなんて謝ったらいいか、悩んでて。隣には来ないでって言われてるし」
「ふむふむ」
アーイェは一休さん仕込みのこめかみマッサージで頭をもみほぐす。
それから五分間。
揉み込みすぎて痛くなったのか、渋い顔をしながらアーイェは固まった。
アホか。
「ヒラメキました!」
この切り替えの早さも中々に好感である。
「期待はせずに聞いてやろう」
「む」
余計な茶々入れてすまんお願いします。
「ズバリ、告白してしまえばよいのです!」
「ん? 俺が? フィオネに?」
「はい! 君の恋路を邪魔するのは僕の心の悪魔なのさーと声高らかに宣言してしまえば、フィオネさんの意識も変わるはずです。微妙な空気になるかもしれませんが、玉砕なら玉砕で、ピリピリした状態は落ち着くじゃないですか」
「あーうん。それなんだが」
こいつの言わんとしていることもわかる。
俺の気持ちはどうなるんだとかそんなんで付き合ったとしてフィオネが喜ぶのかとかツッコミを入れたいところは多々あるけど違う。そうじゃない。
俺の言葉を濁した説明をそのままに聞いてもらっては困る。
「言ってしまうと、その、ラブレターのあて先が、俺だったりしてさ」
「なんと。でも、それは見られて喧嘩になるものでしょうか?」
「それが、こう、なんか、無理やり封を開けてしまったようなものでして」
「やや。それは最低です。死んで詫びるべきです」
「だよな」
ただでさえ乙女心を踏みにじる結果になったんだ。
それが余計にタチの悪い方法だったってんじゃ許してもらえるはずもない。
「でもそれと訓練は別物です。これからも魔法の練習には付き合ってくださいね」
「俺は一周回ってお前のことが好きになってきたよ」
こいつといると塞いでいるのがアホらしく思えてくる。
でもあれだな。
相談してみると、思ったより心が軽くなるものだ。
今日はレイシアにも真剣な話があるって真っ直ぐ帰るように言われてるし。
話し合いついでに、レイシアにも相談してみようかな。
いっそフィオネみたいに、俺のすべてを打ち明けて。
あの姉ならきっと、頼ってもいいと俺は思うんだ。




