最強の魔獣VS最強のロボ???
「魔力……吸収……!?」
リーゼロッテは愕然とする。
目の前で起こった出来事に。
魔導砲5発を打ち込み、そこに残っていたのはより凶暴さを増したグランデ・ゴリエ。
今までの魔導士たちの攻撃は威力が足りていないわけではなかったのだ。
魔法として昇華されたはずの魔力が、エネルギーとして吸い取られていた。
呆気に取られていたのもつかの間。
リーゼロッテは突然隆起した地面によって跳ね飛ばされた。
油断していたリーゼロッテは足元で展開された魔法に気づかなかったのだ。
しかしそれも無理のないこと。
まずこの状況でリーゼロッテに魔法を使う者などいないはずで、それが遠距離にいる魔獣によるものだとは露ほどにも思わないだろう。
空を舞うリーゼロッテ。
以前より更に巨大化したグランデ・ゴリエの腕は、飛ばされてきたリーゼロッテを殴り飛ばすのに十分なリーチを持っていた。
「リーゼロッテ!」
同じく状況を即座に把握できていなかったフロレンシアである。
見上げた先では、リーゼロッテの体を一直線に通過する魔獣の腕があった。
その前方にある地面は触れてもいないのに大きく抉れ、海上で滝を逆さにしたような飛沫が上がる。
フロレンシアは同時にあるものを視認した。
グランデ・ゴリエの腕に飛ばされて落ちる何かがあった。
その落下点に素早くテレポートしたフロレンシアが見たもの。
それは半身を失ったリーゼロッテの姿だった。
「やられたわ」
「やられたじゃないよ。どうしてこんな」
「あいつは触れたものの魔力を奪う。色々と間に合わなかったのよ。さっきの攻撃でほとんどの魔力を持ってかれたわ。このままじゃ回復に時間がかかるから、誰か魔力の多い者のところへ連れて行ってくださらない? できれば若い女の子がいいわね」
「こんなときまでわがままを」
リーゼロッテに驚き以外の感情は見て取れなかった。
喋るのにも支障はないようだ。
フロレンシアは微笑んだ後に大きく頷き、テレポートする。
その直後、二人のいた地面が爆ぜた。
「あのバカ娘めが! 余計なことをしよって……!」
物理最強のバルバドである。
強化されたグランデ・ゴリエの攻撃をくらってもなお傷を負うことはなかった。
しかし。
「100年ぶりの痛み……懐かしんでる暇はないの。保たんかもしれんわい」
事態の悪化は免れなかった。
「みなさん! 聞いてください!」
フロレンシアは叫んだ。
「魔力供給をお願いします! その……できれば……そこにいる女性2人をメインで……!」
その先にいたのは7人の男女。
うち6人は若い学生のようだった。
他人の魔力を無条件で行使することはできない。
だが意図的に相手の体内に魔力を流し込み、供給というカタチで分け与えることはできる。
光属性の魔法使いはこれと同時に肉体まで回復できるらしいのだが。
今回はそれをリーゼロッテが担う。
とにかく魔力を供給してもらい、あらゆる魔法を使いこなせるリーゼロッテが強引に体を回復させようという魂胆だ。
それに付き合ったのは黒髪の美しい女子生徒と金髪ヤンキー風の女子生徒。
どちらも魔力量としては相当なものを持っている。
それに他の魔法士たちと違って無駄に疲弊していない。
「あの! フロレンシア様、ですよね!?」
魔力を供給しながら、黒髪の少女が訊いた。
魔力供給はコントロールも難しいというのに、なかなか器用な少女である。
「はい。そうですが?」
「無礼を承知でお願いします! 魔力供給が終わったら、私を弟のもとへテレポートしていただけませんか!?」
「え? あー。いいけど」
軽いノリでフロレンシアは承諾する。
元々、生というものに執着しない者たちだ。
この状況もどこか、覚めた目で見ているのだろう。
リーゼロッテは供給を受けるその黒髪の少女を眺めながら、小さく口を開いた。
「これが世界の最後かもしれないわ。あなたのようなキレイな子が、恋人よりも家族を優先するなんて。よっぽど大事なのね」
「私にとっては、弟が恋人です。弟こそが私の世界なんです」
「そう。なら思う存分、弟と愛しあうといいわ」
「そのつもりです!」
「素晴らしいわね」
グッ、と。
親指を立て合った。
この2人の間に、奇妙な友情が生まれた。
「ブラコンの変態め……」
隣の金髪少女が毒づく。
背後に控えている男衆は青ざめていた。
「そんなこと言ってないで! さっさとバルバドのおっさんの手伝いに行くよ!」
フロレンシアがその空気に割って入る。
前線では、まだバルバドが戦っているのだ。
しかしそれは、以前とは違って一方的にやられるばかりになっていた。
「俺たちも手伝ったほうがいいのか? ……あっ。いいん、ですか?」
男衆の一人、赤髪の少年が口を開いた。
「いえ、正直、どうしたらいいか……」
フロレンシアが答える。
英雄たちがどれだけ平然と振る舞おうと、戦場が楽観視できる状況でないことは変わらない。
あのグランデ・ゴリエに魔法は通じない。
あらゆる魔力を吸収してしまう。
バルバドの攻撃をもろともしないあの体には、物理だけでダメージを与えることも不可能だ。
他国の援軍も救助以外では役に立たない。
絶体絶命。
世界の終わり。
この瞬間。
グランデ・ゴリエの存在を知るほぼすべての人類の心は一つになっていた。
「ねえ! あそこ! なんか浮いてるよ!」
そのほぼに含まれなかった一つの存在。
小柄な少年の指差す先で、黒いモヤを放つそれが、戦場に向かって一直線に飛んでいた。
「あれは、魔法か?」
おかっぱの色男がポツリと呟く。
「いや……」
その問いに、リーゼロッテが眉を潜めることで答えた。
この世の全魔法を知るリーゼロッテが、魔法であることを否定したのだ。
誰かが編み出した新しい魔法という線もなくはないが。
ある違和感がリーゼロッテにそれを否と伝えていた。
「なんだろう、あれ」
黒髪の少女もそれを見て眉根を寄せる。
「どうかしたのかしら?」
リーゼロッテの興味はむしろそれを見る黒髪の少女に向いた。
「よく、わからないんですけど」
少女は胸の前で拳を強く握りながら続ける。
「あれを見てると、イライラします」
その答えに、誰もがポカンとした。
リーゼロッテですら、今の彼女の心中は図りかねた。
「わたし、近くで見てこようか?」
「やめておきなさい。バルバドも回収して、ここで様子を見ましょう」
リーゼロッテの忠告。
そこに根拠などないが。
数々の戦場を見てきた英雄の直感がそうすべきと判断した。
「どうなっとるんだ」
フロレンシアはバルバドを回収した。
足腰をさすりながらぼやくバルバド。
外傷こそ見られないが、かなり疲弊しているようだった。
こんな姿のバルバドを見るのは英雄2人も初めてである。
黒いモヤはぐんぐんグランデ・ゴリエに近づいた。
グランデ・ゴリエもそれには興味を引かれたようで。
動きを止め、等速直線運動をする黒いモヤを眺める。
黒いモヤは、グランデ・ゴリエに近づくと地上に降りた。
そしてそのモヤがまず最初に行ったこと。
それはグランデ・ゴリエと同規模のゴーレムの召喚だった。
「あれは……!」
ここで、いままでダンマリだったスキンヘッドの学生が目を見開いた。
彼は土属性の魔法使い。
あの規模を見て思うことがあったのだろう。
だが、リーゼロッテは冷めた顔のまま。
「無駄よ。あれには魔力のこもった攻撃すべてが吸収される。土を操る魔力も、それを硬質化させる魔力も、何もかも持っていかれるわ」
回復したリーゼロッテが体を起こす。
巨大ゴーレムとグランデ・ゴリエの戦い。
両者拳を大きく振りかぶる大味な勝負になった。
しかしそれはリーゼロッテがご鞭撻した通り。
ゴーレムの腕は粉砕され、そのまま土クズとなって崩れ去った。
「また余計にパワーアップしちゃったよー」
フロレンシアの間延びした声。
もう完全に傍観者のそれであった。
黒いモヤは再び地上に降り立った。
その足元からは、再び土で出来たゴーレムが出現する。
「あれは……!?」
同じものであるはず。
性質としては。
だがリーゼロッテは驚いていた。
「ロボンガーZだ! すっげー! かっけえや!」
背後で大きく手を叩く小柄な少年。
ロボット。
角ばったボディで構成され、頭部にはV字のアンテナ。
本来は金属で作られる人型の移動兵器。
この世界でもその存在は認知されている。
だが魔法の便利さとその無駄な設計要素との天秤で現実に作られることはなく、絵本や小説の中だけに存在する空想のものでしかなかった。
「だからなんだ。同じゴーレムだろうが」
おかっぱの少年が呟く。
「同じじゃない! ロボンガーZはちょー強いんだ! あんなバケモノ、Zサーベルで一刀両断さ!」
「ああそうだ! ロボットは漢のロマンだぜ! これは勝てる! 勝てる気がしてきた!」
「……暑苦しい」
赤髪の少年も加勢し、2人はヒートアップ。
おかっぱの少年は呆れて後退した。
「どうしたリーゼロッテよ」
リーゼロッテの異変に気づいていたバルバドが声をかける。
「……今、あそこには私が残したままの高濃度の魔力が残っているの。中途半端に魔導砲を止めたときに置いてきたものがね。だからわかる。あの黒いモヤ、魔力をほとんど使っていないわ」
「なに? あれだけの大きなゴーレムを作っておいてか」
「ええ。なにか、私たちとは違う異質さを感じるわ」
あの黒いモヤが現れたとき。
リーゼロッテが直感的に接近を避けたのは、あの黒いモヤが魔力によって浮いていないことを本能的に悟ったからだ。
物理法則も魔法法則も無視した異物。
グランデ・ゴリエと戦っているように見える現在では、味方のようだが。
共闘というわけにはいかなかった。
「さあやれ! ロボんガーZ!」
少年たちの声援に後押しされるように、ロボットは動き出した。
黒いモヤが上空に舞い、それに続くようにロボットが浮遊する。
「す、すげー! 飛んだぜ!」
そしてコクピット部分が開き、黒いモヤはその中へと入っていった。
瞬間、ただの土塊だったはずのゴーレムは鮮明な色を宿し、背後からジェットを噴射してグランデ・ゴリエの周囲を縦横無尽に飛び回る。
そして拳を一発。
まさに正義の鉄拳。
その一撃はグランデ・ゴリエによって吸収されることなく。
顔面を捉えたフライング右ストレートはグランデ・ゴリエに強い衝撃を与えた。
「やったぜロボンガ―!」
「さすが僕らのロボンガ―!」
「そんな馬鹿な……!」
今まで否定的な目でそれを見ていた者たちはただただ驚愕した。
魔力で構成されているはずのロボット。
さきほど破壊されたゴーレムと原理的には同じものであるそれが、今度はグランデ・ゴリエの魔力吸収の効果を受けずに、何発も、何発も、その身に拳を食らわせているのだ。
グランデ・ゴリエは怒り狂い、地形をまるまる変えるほどの土属性魔法でロボットに攻撃を仕掛ける。
それを起点とし、逃げ場を塞ぐようにして自身もパンチを見舞う。
だが、そのどれもが意味を成さず、虚しく弾かれるだけだった。
今までとは立場が逆転。
グランデ・ゴリエは一方的になぶられるだけ。
ロボットは一切の攻撃を受け付けない。
やがてグランデ・ゴリエが張り上げる咆哮は、狂気を孕んだ威嚇でも、自らの威を示す雄叫びでもなくなり、ただ悲痛な叫びを撒き散らすだけの、嘆きのようにさえ聞こえていた。
最後はロボンガ―Zの必殺技。
Zサーベル。
背後から取り出されたハイパーロボン合金によって作られた(という設定の)巨大なサーベルを構え、高速で飛行するその勢いのままに、グランデ・ゴリエを一刀のもとに伏した。
体から溢れたのは血ではなく、まばゆい光。
それは凝縮された魔力の泉だった。
グランデ・ゴリエは何らかの偶然によりグランデ魔鉱山の地下深くに生まれ、そこで魔力の泉を飲んで育ち、やがては周囲の魔石から魔力を吸収しながら成長するようになったのだ。
近年、採掘される魔力の質が低下していたのもそのためであり、この周辺の魔獣たちはグランデ・ゴリエからその叡智を授かることで魔力を使いこなしていた。
この間を埋める“何か”が何であるのかはわからない。
だが事実、あれほどの大きさを誇っていたグランデ・ゴリエの血肉はほとんど残らず、そこには虚しく口を広げるクレーターだけが戦いの激しさを物語っていた。
その後、黒いモヤはどこか遠くへ飛び立ち、姿を消した。
その場にいた多くの人間の目に夢の様な光景を植え付け。
終焉とまで囁かれたこの事態は、多くの謎を残したまま、謎によって解決がなされてしまったのである。
その後グランデ魔鉱山では、たくさんの魔法士たちにより安全な資源確保のための簡易整備が、急ピッチで行われることになった。




