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最強の魔獣VS最強の人類


 雄叫びを上げながら突進するバルバド。

 それに呼応するようにグランデ・ゴリエも咆哮を返した。


 両者の大きさは比較にすらならない。

 グランデ・ゴリエからすればそれこそハエを落とすようなものだ。

 拳を振り下ろし、うるさい羽虫を殺しにかかる。


 何人もの魔法士を屠ってきた魔獣である。

 その強大な力は、人と紙の区別すらつかないだろう。

 しかしいま目の前にしているそれは今まで蹴散らしてきた雑魚とは違った。

 吹けば飛ぶような小さい存在ではなかったのだ。


 ビルほど巨大な拳と大剣がぶつかり合い、その力は拮抗した。


「やるじゃんおっさん!」


 フロレンシアはぴょんぴょん飛び跳ねながら各地を回る。


 一つはグランデ・ゴリエの意識を分散するため。

 一つは周囲の魔法士を避難させるため。

 バルバドがグランデ・ゴリエを一手に引き受けることを伝えながら、テレポートを駆使して戦場を縦横無尽に駆けまわった。


「やかましいオスたちですこと」


 リーゼロッテはさきほどフロレンシアに持ってこさせたお茶会セットに体を預け、優雅に紅茶を飲みながら遥か遠方にいる魔獣たちを魔法で処理していた。


 魔法の発動には自らの魔力を必要とする。

 魔法陣を使用しないキャスト方式は適切な流れや構造を魔力に与えてやる必要があり、それは術者から距離が離れれば離れるほど困難になる。

 魔法には魔力を消費する空間が決まっていて、魔法の質は属性純度や魔力密度に影響されることが多く、よりレベルの高い魔法を遠距離で発動するには大量の魔力と優れた魔力操作技術が要求されるのだ。


 楽をしているようで、一番大変なことをしているのがリーゼロッテである。


「ぬぉぉおおおおりゃ!!」


 ドワーフと巨大化魔獣の戦闘。

 体格差千倍レートの大勝負だ。

 グランデ・ゴリエの攻撃の合間を縫い、バルバドの一閃が毛深い皮膚を斬った。


「ちっ。さすがに硬いのぅ」


 パラパラと毛を散らした大剣は、しかし肉を裂くことはなかった。


 魔法によってシールドの張られた城を一振りで壊滅させるほどの剛腕を持つバルバドの一撃である。

 無傷で耐えられるものなどあるはずがなかった。


 前例なし。

 前代未聞。

 しかしバルバドは失意に沈むことなく身を奮わせた。

 今まで全力を向けられるものなどなかったのだ。

 ありあまるその力を存分にぶつけられる。

 これはバルバドにとっての喜びである。


 あまりに大きい体格差だ。

 懐に入り込もうとすれば跳ばなければならない。

 初動の遅いグランデ・ゴリエの攻撃を躱すことこそ容易であるが、続く連撃すべてを躱すとなるといずれは無理が来る。


 数十発に一発。

 バルバドはグランデ・ゴリエの拳によって山の向こうへと飛ばされた。


「バルバド、大丈夫?」

「無論だ。かゆくもないわ」


 それをフロレンシアが拾う。

 そしてまた両者が戦いに相まみえる。


 繰り返されるやりとりの中。

 バルバドはある手応えを感じていた。


「フロルよ。聞け。こやつの硬さは尋常ではない。おそらく、魔力を使いこなしておる」

「魔獣が性質変換を? はえー。器用ですなー」


 魔獣は魔力を持つものだ。

 それはこの世界における常識だが、魔力を使いこなすとは報告されていない。

 魔力が高ければ自然と生命力や運動能力が向上するものだが、魔獣たちの強さは今まで彼らが持たなかった魔力に耐えるために肉体が変質した結果だ。


 魔力を持つということと、それを使いこなすというのは天と地ほどの差がある。

 ここの魔獣たちは個体としての性能は並だが、その危険度は他の地域に比べて遥かに高くなっていた。


「どうしてそうなったのかは、ことが済んだ後に頭の良いやつらに考えさせればよい。まずはこやつの退治が先決じゃ。お互いダメージ0。だが、こちらはただの物理耐性。向こうは魔力を消費している。体力勝負で負けるつもりはない」


 つまり、とバルバドは続ける。


「この魔獣も、ワシらの敵ではないということだの!」


 バルバドはガタのきていた大剣を地面に突き刺し、片腕をグルグルと回した。

 ここからは文字通り腕力と腕力の勝負。

 剣で切り傷をつけられないのであれば、打撃で少しでも内部に負荷を蓄積しようという腹だ。


「リーゼロッテ! 魔法士の退避は終わったよ!」

「そう。ご苦労様」


 カチャリとカップが音を立てる。


 やや切れ長の鋭い目でグランデ・ゴリエを睨み、リーゼロッテが立ち上がった。


「ではあのうるさいのにも加勢しましょうか」

「わたしはどうすればいい?」

「お茶でもしていなさい。どうせあなたの念動力ではあのデカイのは動かせないのだから」

「えー。つまんなーい」

「なら今まで通りそこらへんをぴょんぴょんしていればいいでしょう」


 フロレンシアの超能力はノーコストだが無制限というわけではない。

 決められた通りのことはいくらでもできるが、決められた通りのことしかできないのだ。


「リーゼロッテはどうするの?」

「そうね。通常の魔法は意味がないみたいだけど。魔導砲クラスなら少しは効くかしら」

「そんなことしたらここも悲惨な魔力汚染域に……」

「私が管理する魔力ならそうはならないわ」


 リーゼロッテはさらりとフロレンシアの言葉を受け流し、上空に魔導砲を5つ展開する。


 通常、魔力は魔法のエネルギーとして変換された分は消失し、余剰分は発動元の管理からは切り離される。

 自身が魔力を扱える空間の大きさとそれを支配する力が魔法力であり、これらの優劣により生まれる支配権があるおかげで、個々の魔力というものが存在するのだ。

 魔力を持つ生物の体内で部外者が魔法を発動できなかったり、空気中の魔力を自由に扱えなかったりするのはそのためである。


 人間が自身の魔力以外で魔法を使うには、魔法道具を用い、魔石という長い時間をかけて結晶化した魔力を魔法陣によってエネルギー変換しなければならない。

 これは極端なことを言えば、人間に魔法力が足りないだけとも言える。


 変換効率の悪い魔法を高頻度で使うようになったのが魔力汚染の実態なのだ。

 これが一般的な場合。


 リーゼロッテの魔力は特別で、支配の優劣というものを持たない。

 リーゼロッテが管理する魔力はすべてリーゼロッテの所有であり、消失せずに残った魔力はどこにあっても魔法を使うためのエネルギーとして使うことができる。

 それを扱うために魔法使いとしてのとてつもない難度があることには変わりないが。

 最高効率で魔法発動が実現できるため、リーゼロッテ自らが望んで魔力をばらまかなければ周囲に影響をあたえることはない。


 ただし。


 それが、リーゼロッテの魔力としてある限り、という注釈付きである。


「皮肉よね。本来は魔導砲自体の影響を受けることのなかった動物たちが。魔力を持ってしまったがゆえに傷つくんだもの」


 リーゼロッテは指を高らかに上げ、グランデ・ゴリエへの指示を合図に魔導砲の一斉掃射を行った。





△▼




「おい! これはどういうことだ!」


 場所は再びオンスマン帝国、王の間。


 皇帝リュラハはだいぶ解像度の落ちてしまった光学映像を見て、再び怒号を飛ばした。


 そこでは英雄たちが戦っている。

 これはリュラハとしても望んだ展開。

 魔導砲の準備こそさせていたが、結果としてそれは備えるだけに終わった。


 リーゼロッテが放つまばゆい5つの閃光に飲み込まれ、グランデ・ゴリエは消失。

 この事件は英雄の活躍により丸く収まった。


 王の間でリュラハと共に映像を見ていた誰もが、そういう未来を思い描いていた。

 もちろん、リュラハ自身もだ。


 しかし、現実はまだ、戦士たちに夢を見せることを許さなかった。


 立ち上る土煙。

 その中で、蠢く大きな影が一つ。


 それが叫びを上げると、音が伝わらないはずの場内で、激しく揺れる声が響いた。

 続く地震に側近たちは床に倒れ、通り抜けた衝撃波に窓ガラスが割れていく。

 鋭い音を立てて散らばるガラス片に、皆頭を抱えて震えていた。


「ど、どうにかしろ! この事態を! 世界が……世界が終わってしまう……!」


 ただ喚くことしかできず。

 それにノーと答えるように、無情にも映像は途切れた。


 その切れ目にリュラハが見たもの。


 それは以前よりも大きさを増した、正真正銘、世界最悪最強の魔獣の姿だった。



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