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三英雄


 かつて世界統一に近づいた2つの国がある。

 この星最大の面積を誇るオースヒック大陸の半分を領地とするオンスマン帝国と、エルフやドワーフなど多種族を支配下に置いていたロレイスター帝国だ。


 古くより戦争の続く時代から、人の力だけでは全世界を統治することは極めて困難であるとされていたが、300年前に登場した大魔導士クロウ・フォル・ベゼルデが魔法という不可思議な力を体系化したことから、一国による領地支配は一気に進行した。

 とりわけ近現代における魔法テクノロジーともいえるテレポーテーション装置などを当時から研究開発していた両国にとっては、遠くの大陸を管理することもそう難しいことではなく、終戦前は大威力の魔法兵器とテレポートや魔法光学通信を妨害するジャミング合戦が主であった。


 殲滅戦において、最も猛威を奮ったのが魔導砲と呼ばれる大量殺戮兵器である。

 魔石から抽出したハイキャスター1万人分の魔力を超圧縮して発射し、到達点に強力な魔力共鳴場を発生させ、人間が持つ魔力そのものを暴走させて殺害するという恐ろしい兵器であった。

 100年前の英雄誕生直前では、両国の魔導砲がぶつかり合い、ラストヒットと呼ばれる大爆発を引き起こた。

 現在でもラストヒット跡地には深刻な魔力汚染が放置されたままであり、世界が抱える負の遺産として特別危険区域に指定されている。


 その後、魔導砲の使用は条約(英雄たちに無理やり押し付けられた世界的合意)により禁止され、戦争をする国々を英雄たちが掃討し始めたことから、これを止める手立てを持たない人類は戦争することをやめた。

 これはある意味生物の生存本能に基づいた強力な平和であるが、英雄たちが生存している間だけの仮初めの平和でもある。

 戦争をやめ、国としての目的意識が変化した世界では一君主制から共和国へと成り代わる地域も少なからず見られたのだが、今だに王政を敷いている国がほとんどだ。


 オンスマン帝国もその一つである。

 魔獣討伐と銘打って魔法士を募ってはいるが、それは戦争武力としての魔法士に他ならない。

 オンスマン帝国の魔法士団に所属する者は、戦争が発生した場合、契約により皇帝に従わなければならず、これを強引に破棄すれば契約者とその保険としての代行者および引き継ぎ人が息絶えるまで魔力の使用ができなくなる。

 それでも現在の英雄の活躍と破格の給料から志願する者は後を絶えないのだが。


 そういった者たちは、戦争がなければもちろん未開拓地や魔鉱山に駆り出される。

 オンスマン帝国が所有するグランデ魔鉱山に警護や開拓の任を与えられた魔法士がいるのは当然のことで、その場で起きた事件は光属性の魔法士によって映像として皇帝やその部下に伝えられることになっている。


 新しい魔力源の発見。

 開発中の事故。

 そして、そこに現れた危険な魔獣の存在などは、逐一報告されるのだ。


「これは……これはいったいなんだ!」


 皇帝リュラハの怒号が飛んだ。


 頭に乗せられていた冠は床を転げ、身の丈に余る王の椅子がガタリと音を立てる。


 リュラハが瞠目し、見ているのは光学映像だ。

 グランデ魔鉱山にいる魔法士からリアルタイムで伝えられている映像。

 そこには、山と同等の大きさの魔獣が映し出されている。


グランデ魔鉱山は魔石採取が行われている世界最大の魔鉱山だ。

 グランデ、とはこの世界において巨大という意味を表す言葉である。

 世界最大の大陸であるオースヒックで発見された魔鉱山がグランデ魔鉱山と呼称されるのはそのためであり、そこに現れたその山ほど大きな魔獣を、外見からある種族の亜種であると判断して魔法士たちはグランデ・ゴリエと名付けた。


「あんなものが世界で暴れ出したら一巻の終わりだ! 英雄たちを呼べ! バケモノを狩るにはバケモノだ!」


 英雄。

 人知を超えた力を持つ最強の人類。

 いや、あれは人の形をしているだけで、人類というカテゴリにはもはやみなされていないのかもしれない。

 彼らが持つ力もそうであるが、100年という歳月をものともしない寿命の長さは、あきらかに人間のそれとは異質であるからだ。


 彼らはどこまでも自由である。

 戦争を終わらせたことから英雄と讃えられてはいるが、慈善で人は救わない。

 どこまでも気まぐれ。

 それで世界が滅ぶとしても。

 呼んだところで来る保証はない。


「魔導砲の封印を解け! 準備ができるまでの間、どうにかこの魔獣を足止めしろ!」


 リュラハがそう叫ぶ。

 人が捌けながらも騒々しさの変わらない王の間で。

 宝石をふんだんにあしらった鎧と真っ白の柱が交互に並ぶ室内。

 最高級の生地で繕ったカーペットにわらわらと人が集まった。


「皇帝陛下! 魔導砲を使えば我が領土が汚染されます! それに使用には各国の承認がなければ――!」

「そんな暇があるか! これは国の危機ではない! 世界の危機であるぞ!」


 控えていた側近たちがさすがに止めに入ったが、それは体面上のもの。

 彼らも本能から魔導砲を使うのが適切だとわかっている。

 なぜなら、映像の向こう側ではもう、何人もの魔法士たちがグランデ・ゴリエによって救護所送りになっているからだ。


 いくら魔法を打ち込んでも微動だにしない。

 ありったけの兵器を使用しても無駄。

 武術による応戦などもはやどのようにすれば可能なのかというレベルである。


 風属性魔法使いが主導して隊列を組み、グランデ・ゴリエの注意を引きながら、死角で待機していた魔道士たちによる一斉攻撃。

 その後の土属性魔法使いによる隠蔽と運搬によって、撃退の願いを込めた足止めは敢行されていた。


 攻撃時のグランデ・ゴリエの動きは素早い。

 しかし待機動作や予備動作はゆったりとしている。

 緻密に練られた計画に従えば死傷者がでるはずはなかった。

 だが例外は往々にして存在した。


 元々グランデ魔鉱山を棲家にしていた魔獣たちだ。

 彼らは一般魔獣であるゴリエに統率されて部隊を作り、魔法士たちの動きを乱す。

 何人もの兵士が傷つけられ、体力を奪われ、次撃のために備えていた者たちの足取りが徐々に重くなっていく。

 まるで効果のない攻撃を何度も見るうちに魔法士たちの士気は落ち、ついには精神的なプレッシャーから魔法を使えなくなる者までいた。


 グランデ・ゴリエが現れてから5時間。

 戦場には獣の叫びだけが飛び交っていた。





△▼




 荒廃した戦場。

 多くの魔石が眠るはずのそこは、山より出し過去最強の魔獣によって破砕され、しかし輝くものは一つとして露出することはなかった。

 地鳴りと地割れが繰り返えされる地獄絵図。

 そこに、三人の男女が足を揃えた。


「やれ今度のは随分と厄介そうじゃわい」


 隻腕に隻眼。

 身長2メートルにして自身の三倍近い長さを持つ剣を肩にかけた老齢の大男が、大きな溜息とともに口元の髭を揺らした。

 人間と同じ頭身であるため区別が付きにくいが、彼はドワーフと呼ばれる亜人の一種である。


 ドワーフとは本来であれば1メートルに満たない小柄さから大岩を砕くほどの力を出す豪腕の種族だ。

 それが倍以上の体格ともなれば彼がいかに力を持つ者であるか言うまでもない。


 とはいえ、英雄である彼、バルバドは、そういった秤を更に超えているのだが。


「ああいう品がないのとはお近づきになりたくありませんの。呼びだされたので渋々と足を運んで来ましたが。あなたがどうにかしてくださらない?」


 傘をクルクルと回しながら現れたのは金色の髪がたなびく美しい女性。

 横にピンと伸びた耳が特徴的なその色白の麗人は、聡明な頭脳を持つと云われているエルフの一人である。


 英雄リーゼロッテ。

 あらゆる魔法をハイキャスター数万人規模で再現するという破格の魔力量と魔法力を持った世界最強の魔法使い。

 魔導砲を単身で放つことができると言えばリーゼロッテがいかに規格外の魔法使いであるかがわかるだろう。

 彼女にかかれば軍隊などもはや存在しないも同然だ。

 

 亜人の中でも最も神秘とされているエルフであるが、魔法士の中にも稀にエルフが紛れ込んでいることがある。


「お! みんな来てる来てる! 三人が集まるのっていつ以来?」


 上に伸びた長い耳が、かしげられた首と共に折れ曲がる。

 元気可憐な彼女こそが英雄の三人目、フロレンシアだ。

 兎をそのまま擬人化した姿が特徴的なラビエラ族の一人である。


 彼女は魔力を消費せずにテレポートやサイコキネシスといった超能力めいた魔法を連発できる特殊な魔法使いである。

 現在このような力を持つ者はラビエラ族の中でも他に確認されておらず、魔法学的にもどのようにして発動されているのかが全くの未知となっている。


「ウルカヌ火山を止めに行ったときではないかの」

「クソ生意気なロレイスターのバカ王子をシメに行ったときじゃないかしら」

「それって何年も前のことだよー! わたしは三人でピクニックに行ったときだった気がするな!」

「いつじゃそれは」

「おめでたい脳は変わらないのね」

「……」


 彼らがこの世界で三英雄と呼ばれる超人たちだ。

 あらゆる武器を以てしても傷ひとつ付けられないバルバドには倒すという概念すら通用せず、リーゼロッテの気を荒立てようものなら国ごと消失させられる恐れがあるので誰ひとりとして逆らわない。

 誰もが羨むような力を持ちつつ、しかしそれを濫りに扱ったりすることもなく、今のところは世界平和に貢献していて、普段は待ちゆく人たちに優しく接しているその姿から、誰はともなく三人は英雄と呼ばれるようになった。


 ただそれだけの存在だ。

 それまで亜人が英雄になるなど考えられなかった。


 亜人は人間と慣れ合って暮らすことがほとんどない。

 姿形が似ているにもかかわらず明らかに人間と異なる存在であることから、昔から数で勝る人間たちに差別の対象とされ、その棲家を辺境の地へと移さざるを得なかった。


 人間は亜人を厭い。

 亜人は人間を厭う。

 それも英雄たちの活躍によって今では緩和されたが。


 亜人が存在する理由は不明だ。

 一般には、魔力汚染された人間が暴走せずになり変わった姿とされている。


 人間が意識しなくても魔力を纏っていられるように、魔力のカタチには安定した状態がある。

 例えば分子結合のように、人間とは違う状態で一度変質した魔力が安定すると、人間に限りなく近いがどこか魔獣に似た要素を持つ生き物が誕生するということだ。

 汚染された魔力をその身に宿しているという教えのせいで、魔獣とそう変わらない扱いをする者もいた。


 この英雄たちもかつてはそのような境遇にいたのかもしれない。

 しかし根が善性なのか。

 人間が困っているとたまに助けてくれるのである。


「さて、やるかの」

「わたしがテレポートで撹乱する!」

「ではわたくしは後方でお茶でもしていますわ」


 三者三様に覚悟を決める。

 史上最強の魔獣を目の前にして、世界最強の英雄たちが動き出した。


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