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 バスの中で二人。

 隣に座っているフィオネが、肘掛けに置いてある俺の手に指を絡めてきた。


「こんだけ恥ずかしいことさせてるんだから。素直に教えるんでしょうね」


 誤解を招くような言い方はやめろ。


「教えるって」


 チートを発動。

 俺はフィオネの手を握り返し、大きく息を吸う。


「あああああああああああああ!!」


 大声で叫んだ。

 フィオネの手がビクッと跳ね、力が緩んで離れそうになったが、フィオネは俺の手を握り続けた。


「な、なに。馬鹿なの?」


 目をパチクリさせて。

 さりげく周囲の様子に目を配りながら小さくなる。


 予想通りのリアクション。

 しかし同時に気づいたはずだ。

 俺のチートの力に。


「……なんか、完全に無視されてるけど。可哀想な奴だと思われて放置されてるのかしら」


 そう、フィオネ以外、誰ひとりとして俺の大声に反応していない。

 隣にいるアーイェですらだ。


 フィオネの解釈が若干切なかったが、ない可能性じゃない。

 だが生徒がそう思ったとしても、エイミーやメリルは心配して様子を見に来るはずだ。

 こんな状況で精神的に不安定になっている生徒も多い。

 放ってはおけないだろう。


 だが誰も来なかった。

 誰一人こっちに視線を送りすらしない。


「俺が声を出すという行為と、俺たち以外に声が届くという結果の結びつきを弱めたからな」

「行為と……結果を?」


 まるで全く何が何やらという顔をするフィオネ。


 フィオネは理解がある方だ。

 察しもいいし、難しい話をしてもすぐに飲み込むはず。

 きっと想定してたものと俺の力が全く違うもので驚いたんだろう。


「魔法っていうのは、魔力をエネルギーとしてある事象を起こすものだろ? 俺の場合は、すでに存在している事象そのものを操ることができる」

「ふーん。よくわからないけど、やっぱり魔法じゃなくて特殊能力なのね」

「そうだな」


 正直、うまく説明できる気はしない。

 この力はかなり抽象的で、どこまで話しても嘘をつくことにはならないし。


「多少の語弊はあるけど、ひとことで言えば“隣接する万象の繫がりを操作”できる。これは先天的なものだから習得方法も知らないし、手を動かすのと同じ感覚でできるからどうやってやるのかも教えられない」

「そう。さしずめ4人目の英雄ってとこかしら」

「能力的にはな」


 この世界にも俺と同様に特殊能力を操る人間はいる。

 現在確認されているのは英雄の一人であるフロレンシアだけだが、三英雄と呼ばれるもう2人の、あらゆる兵器を生身で受け止めて腕力で破壊する物理能力最強のバルバドと、ハイキャスター数万人が必要とされる魔法を単体で再現する魔法能力最強のリーゼロッテも、人類の理解を超えているとして超能力者みたいな扱いをされている。

 俺はそれと同列というわけだ。


「ネタばらしされると、あまり面白い話でもないだろ」


 努力して得た力ではないし、他人に与えられる力でもない。


「そんなことない。少なくとも私はそう思わないわ」


 お、なんか優しい反応してくれるんだな。

 聞く姿勢も食い気味だし、もうちょっと話してもいいか。


「一応、頭は使わないといけないから、あらゆる場面に最適解を出せるわけじゃない。俺もあんまり頭がいい方じゃないからな」

「座学の成績なんて目もあてられないものね」

「お前に比べるとな!」


 これでもそれなりに上のほう取ってんだぞ。

 学校では毎日のように並んで勉強してるんだし。

 ちったあ褒めてくれてもいいんじゃねえかな。


「なにが言いたかったかっていうと。普段は簡単のために、対象にするのはその事象の影響を受けている俺自身にしてある。ある物体と俺との引力の繫がりを操作すれば、遠くの物を動かすこともできる。これは引っ張るぐらいだけどな。同じ理由で、俺と重力の繫がりを操作すれば空を飛ぶことも可能ってわけだ」

「そう。でもそれで私とあんたにだけ声を共有できるってのはしっくりこないわね」

「物理的な繫がりの操作は一面に過ぎないんだよ。ってか、あんま驚かないのな」

「……まあ」


 フィオネは気まずそうに目を伏した。

 

 なんだ。

 それはどういう反応だ。


「で、物理操作が一面なら、本質はなんなの」


 はぐらかされた。

 まあいいか。


「あらゆる現象に共通するもの。それは生起した結果には必ず原因が繋がっているということだ。俺が操作できるのは物理法則じゃない。万象の因果なんだよ」

「それで行為と結果を切り離すって表現になるわけね。どういう感覚? 日常生活でも、肉体を動かすイメージが一般人と違ったりするのかしら。その力を持ってて困ったことはない?」


 フィオネは思った以上に興味津々に聞いてくる。

 ただその興味の先が普通の人間とズレてる気がするんだけど。


 一通り説明したとはいえこれで満足なのか。

 俺の言葉を疑いなく信じられるのか。

 このチート自体には、それほど関心がないのか。


「ねえ」

「ああ、悪い。えーっと」


 俺はフォオネに聞かれるがままに答えた。

 しかしそれは、人生観だとか、学校にいる時の気持ちだとか、とにかくこの能力そのものに言及をしないものばかりだった。


「できるだけ使わないようにしようとか思うことはあるよ。人類を滅ぼす力があっても簡単には使わないのと同じようにさ。俺以外の力で積み上げられてきた、こんな面白い世界がせっかくあるんだ。その中で、どうやって生きて、どうやってこの力と向き合っていくのか。考えることは尽きないな」

「生きてて嫌になることはない? 万能すぎて、自分がやってることの意味がわからなくなったりとか」

「考え方次第だからな。今のところはないよ」


 でも、俺も自分の力を話すより、価値観を共有できるほうが楽しかった。

 フィオネは特に自分のことを話したがらない。

 俺が真実を打ち明けたことがフィオネの心を開いたんだろう。

 今日のフィオネは会話に積極的だった。


 だけど、笑わないな。

 こんなに楽しそうにしてるのに。

 目だけが感情を主張していて、堅い顔は何かを抑えている。

 今まで自分を殺し続けてきたツケがまだ払いきれずにいるのかもしれない。

 表面的には解決したつもりでも、人命を巻き込む事故を起こした自分が笑うことなど許されないと。

 心の奥底ではそう思っているのかもしれない。


 俺の力は、神経やホルモンなどの物理的に存在するものでなく、感情や心といった抽象概念のレベルで直接作用させることができる。


 フィオネとはもう二年近い付き合いになるんだ。

 学校ではずっと一緒だったし。

 アイスブレイクには長すぎるぐらいの時間と言っていい。

 もうこんな近い距離で会話もできる。


 だから。

 ほんのきっかけとして。


 ――フィオネの俺への好感度と、俺に対する好意的な態度の繫がりをほんの少し・・・・・強めれば、こいつのポーカーフェイスもいくらか和らぐじゃないか?


 話に熱が入って調子に乗っていた俺は、そんなことを考えてしまった。

 それが楽園に核を落とす行為になるとも知らず。

 冷静に考えれば馬鹿なことをした。

 ただそれでも、いくら振り返っても、ここでの力の発動は避けられなかったと思う。


 仲の良い女の子とのメールの最中、つい気持ち一つで告白してしまうようなものだ。

 このときの俺には、それがフィオネが笑うきっかけになって、ずっとツンケンした話し方しかできなかったフィオネがはにかみながらも微笑んでくれるようになる、そういう未来しか見えてなかった。


「フィオネも、力があったらとか考えるのか」

「ん。んー……。うん」


 チートを発動した瞬間、フィオネの歯切れが悪くなる。 

 瞼が閉じている時間も長くなった。

 なんだか眠そうだ。


「フィオネ?」


 フィオネが肩に寄りかかったきた。


 あれ?

 退屈、だったか。

 つまんなくなったんだろうか。

 それは、マイナスだよな。


 フィオネにはよく予想を裏切られるが。

 こうも真逆の反応だと不安になる。


「ねえ」


 頭を俺の腕に押し付けながらフィオネが別の話題を振ってくる。


「私は、いつまであんたと手を繋いでればいいの」


 握る手を微妙に弱くしながらフィオネは言った。


 嘘だろ。

 嫌なのか?


 待て。

 どうしてだ。

 というか、そもそもこの変わりようはなんだ。

 俺は人間がはっきり自覚できるほど感情に触ったつもりはない。


 ドリンクに薄くアルコールを混ぜたぐらいなものだ。

 なのになんで。


「アデル」


 今度は、俺の手を思い切り握ってきた。

 それこそ痛みが走るぐらいに。


「あんたと手を繋いでると、胸が苦しくて辛いの」

「えっ」


 いや。


 な、なんて?


「アデル……いい匂い……」


 吐息を熱くしながら深呼吸するフィオネ。


 これは、まずい。

 どうしてこうなった。


 たしかにこのチートは、無限の力で中身のわからない箱を持ち上げるようなもの。

 動かすということに特化していて、観測する物差しを持たないこいつには、失敗する可能性がわずかながらも存在する。

 でも普通じゃありえない。


「あの時ね。もうダメだと思ってたの。ペアの子が怖がってたから気を張ってたけど。ほんとうは死んじゃうんじゃないかって。怖かった」


 普通ではなかったんだ。

 俺が水滴を垂らしたのは、容量のあるバケツなんかじゃない。

 表面張力までいっぱいの、今まさに溢れようとしていた小さなグラスだった。


「でもそのときアデルの顔が浮かんで。そしたら……」

「わかった。ちょっと落ち着こう。な?」


 俺はチートを切って空いた手でどうにかフィオネの体を起こした。


「だい、じょうぶか?」

「……ええ」


 直後、走る激痛。

 繋いだままの手が何度も肘掛けに叩きつけられた。


 痛い。

 めっちゃ痛い。

 しかしこれは受け入れなければダメだ。

 チートを使ってダメージを緩和させることは許されない。

 どんなに、血が、出たとしても。


「そう。わかったわ。その能力がどんなものかも。あんたがどういう奴かってこともね」


 そのとき、フィオネの顔を支配していたのは怒りの表情だけだった。


「助けてもらったことには感謝してる。この命があるのはあんたのおかげだから、文句を言える立場じゃないのはわかってるの。でもね」


 矢継ぎ早の言葉。

 俺はその間に声を挟むこともできなかった。


「命がある私は人間なの。自分の感情があるの。勝手に弄ばないで。あと、しばらくは私の隣、ほんとにこないでね」


 それだけ言ってフィオネは俺の手を離した。


 チートを共有できない状態。

 触れなければ声もかけられないが。

 今この状態で触れることもできるはずがない。


「わ、悪かった」


 終わった。


 レイシアのときもそうだったのに。

 あのとき俺は何を学んだんだろう。


 自分が、悪いはずなのに。

 心が落ちていく。

 黒く染まっていくのがわかる。


 俺は。


 俺は。


 俺は――――――。



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