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魔獣


 この世界における魔法科出身の魔法使いの役割は大きく、その仕事も様々にある。


 1つには学術理論の実証。

 研究科の学者が提唱する新しい学説を、その条件に見合った魔法使いが実践することで証明し、新しい魔法理論を構築していくというもの。

 もちろん、魔法を使って物理理論の実証を手伝うこともある。


 またもう1つには、技術が追いついていない分野でのサービスも魔法使いの仕事だ。

 魔力純度がバラバラの魔石の魔力を調節したり、魔力による物体操作で建築や開拓を手伝ったり、その仕事に使える魔法道具もあるにはあるが、人力でやったほうが早い場合というのは往々にして存在する。

 そういった場合は魔法使いを雇ったほうが安上がりになる。

 回復魔法は全く替えが利かない職業の代表だ。


 そして最後に例として挙げるのが、未開拓地進出及び国防戦力としての魔法使いである。


 この世界の均衡は、三人の英雄によって保たれている。

 彼らは人間を遥かに凌駕する力を保持していて、100年前に生まれた英雄たちは今もなお現役で若々しく、元気な姿をみせている。

 そのため現代において自国の戦力を高めるというのはあまり意味がないのだが、それは対人間を考える場合に限る。


 数千年という歴史の中で繰り返されてきた魔力汚染により、その影響を受けた動植物、あるいは特異体質を持つ人間の対処をしなければならない。

 そのためには、弱き者を守る強き力がいつでも必要とされるのだ。


 とりわけ、現代文明を支えている魔石が採掘される魔鉱山には、魔石を喰らうことでより大きな力を得た新しい魔獣も存在している。

 かつては魔石を食べる生き物はなどいなかったのだが、魔力汚染の影響で凶暴化したとある魔獣が魔石を食べている姿を見て、数多くの動物がその習慣を真似るに至った。


 ゆえに、魔鉱山周辺は特別な危険地帯である。

 だが魔石を採掘しなければ、今の社会は維持できない。

 この世界を包括している総魔力量のほとんどは、人体の外側にあるのだ。

 人類が使用しているキレイな水と、海や空気中の水分を比べるようなものである。


 それを無視する訳にはいかない。

 これから各国が先進国に名乗りを上げれば、必然的に消費される魔力は多くなる。

 故に世の中には、こういった自体に対処できる強さ・・を持つ職業が必要とされているのだ。


 魔法学校で魔法科に進んでいる生徒たちも、多くがこの道を選ぶ。

 できるだけ即戦力となるような人材を世界が求めているために、魔法使いとして働くとはどういうことかということを、カリキュラムの一貫としてすべての生徒が体験させられるのだ。

 初等部の高学年でも教えられはするのだが、学生に期待できるポテンシャルにばらつきが大きい上に、平均して能力低いので、高等部で扱える仕事とはその専門性は違う。


 魔鉱山はキケンな場所だ。

 だから一部の優秀な生徒たちしか歓迎されない。

 それがどれだけ需要のある職業であっても。

 厳選をせざるを得ないのだ。

 たとえば、入学試験上位10名に入るような、モチベーションもパフォーマンスも高いレベルが期待できる、頭の良い学生などがそれに相当する。


「レイシア。今日はいつもより早かったな」


 カーペットタイプのフローリングを踏む、小気味の良い足音が通る。

 樹脂製の机に四角い鞄を置き、一人の少女が肘掛け付きの椅子に腰を掛けた。


 金色の髪を肩上で切りそろえ、両耳に小ぶりのイアリングを光らせる。

 一見ヤンキーにも思われそうな装いだが、彼女はこれでも学園屈指の優等生である。


「おはようアマミ。少々野暮用がありまして」


 それに答えたのは、艶やかな黒髪を伸ばした、それはもう美しい少女だった。

 所作のいたるところに気品が散っていて、挨拶を交わすだけで惚れてしまう人が後を絶たない彼女は、今朝も三桁目ぐらいの学生の恋心を屠ったところである。


「なんか、今日は肌ツヤ良いよな。ついにヤッたのか? 弟と」

「まだしません」


 じーっとアマミを睨みつけるレイシア。

 それに対し、大きくあくびをするアマミはまるで意に介さずといった感じだ。


「んじゃ何があったんだよ」

「お風呂に入っただけです」

「弟、いくつだっけ」

「今年で10歳になりました!」

「10か。まー。微妙なとこだな」


 アマミは天井を見上げながら言う。


「なにが?」

「色々だよ。つか、風呂にまで誘っておいて何もしないなんて酷いだろ」

「私は別に誘ってないよ!」

「じゃあ弟に風呂入ろうって言われたのか?」

「それは……」


 レイシアは胸の前でギュッと拳を作り、考えこむ。


 そして何かを閃いたように、ピンと人差し指を立てた。


「誘ってほしそうな雰囲気をしてたから。いわゆる誘い受けってやつですよ」

「いや知らんし」


 レイシアの「いわゆる」は、他のクラスメイトに通じないことが多い。


「お前もさ、弟以外の男と付き合ってみたら?」

「う、うん……」


 レイシアはうつむき、暗い顔をする。


「私もね、クラスメイトの男の子と、デートしたことあるんだよ?」

「ほう。そいつは初耳だな。で、どこまでいった?」

「待ち合わせしてたら、なんだか気持ち悪くなっちゃって。お断りました」

「それデートしたって言わねえよ!」


 実のところ、レイシアは弟以外の男に対する免疫があまり強くない。

 年齢が近くなればなるほどその傾向は強まり、人生で男と会話した時間は、弟とそれ以外を比べても圧倒的に弟に軍配が上がるほどである。


「ま、いいや。今日は職業体験だろ。緊張するよなー」

「そう? アマミが緊張してるとこなんて見たことない」

「お前のそういうのって馬鹿にしてるのかどうかわかんないからズルいよな」


 本日、高等部一年生は初めての実践訓練となる。

 各人発表された職業と編成に従って実地での修行を行うのだ。

 一年生のうち、レイシアとアマミを含め6人は、魔鉱山遠征というトップクラスの訓練を受けることになっている。


「あたしら以外男だって。レイシア大丈夫?」

「うん。気持ち悪くなったら、アマミでなんとかするから」

「なんとかするって怖えよ」


 レイシアの言葉に眉根を寄せるアマミ。

 担任の登場を確認すると、苦々しい顔を見せてから前に向き直った。


 今回オスマルドの生徒が向かう魔鉱山は、世界最大級の大きさを誇るグランデ魔鉱山だ。

 戦前最大の戦力を有していたオンスマン帝国の領地で、オスマルドは優秀な魔法科生徒の情報をやりとりすることによってこの国と密な関係を築いている。

 この世界での移動は、車、船、飛行機が一般的だが、圧倒的なトラフィックを持っている箇所に限り、テレポーテーション装置というものが設けられている。

 本訓練での移動もこれだ。


 瞬間移動魔法テレポーテーションは、人間の魔法よりも技術が先行した稀有な例で、必要とされる魔力量とその魔法陣の複雑さから、魔法使い単身でこれを再現した例はない。

 ただ一人、数々の超常的能力をノーコストで扱ってのける、英雄フロレンシアを除いて。

 故にテレポートさせて貰えること自体たいへん貴重な体験で、それだけでもグランデ魔鉱山に送られる6がいかに学校から期待されているかを伺い知る事ができる。


「それでは各自、指定された場所へ。解散」


 小さな黒い本を携えた、堅実そうなメガネの教員の掛け声で生徒たちが一斉に散らばる。


 レイシアとアマミも席を立った。

 オスマルドには校内にテレポーテーション装置があり、そこへ向かうためのエレベーターの前で他の4人と集合する。


 チャラそうな金髪赤メッシュのツンツン、バーナード。

 無口でガタイのいいスキンヘッド、ヤグネ。

 八重歯が魅力の小柄な男の子、リック。

 メガネでおかっぱの色男、アルフレッド。

 

 それにレイシアとアマミを加えた六人が、今回の魔鉱山担当だ。


 お互いに挨拶を交わす。

 この六人の会話が、バーナードがレイシアにナンパを仕掛け、それをレイシアがやんわりとしかし確実に胸に響くように断ったところから始まったことは言うまでもない。


 グランデ魔鉱山の麓に移動し、オンスマン帝国から派遣された魔鉱山現地スタッフのトニーが指導にあてられた。


 今回の仕事は、魔石採取ポイントの発見及びそこに至るまでの経路の確保である。

 いくらこの6人が優秀とはいえ、まだ一年生の彼らに難しい仕事をさせるわけにもいかず、事前に現地スタッフがある程度の採取ポイントの見立てをしたうえで、そこに生徒たちがたどり着けるようマニュアルに従って行動してもらうことになっている。


「おい! これはどういうことだ!」


 6人がトニーの指示で集められる中、大量の魔石を箱に詰めたねじり鉢巻の男が大声で叫んでいた。


「最近魔石の質が下がりっぱなしじゃねえか! B級しかねえとはどいうことだ!」

「こ、これでもかなり奥の方まで採掘しています!」

「じゃあなんでこんな粗悪品ばっかりなんだよ。まさか、お前らA級の魔石を厳選して俺たちにごみ処理をさせようってんじゃねえだろうな!」

「違います! 決してそんなことは!」


 どうやら、魔石回収チームとそれを受け取る業者で揉め事が発生しているようである。

 魔石が魔力の塊であることには変わりないので、魔力量を基準にしてやりとりをすれば資源として損をすることはない。

 しかし純度が低い魔力では、1つの魔法道具を使うにも大量の魔石が必要になり、運搬や保管の面でコストが発生してしまうのだ。

 また研究で使われるような魔石では、そもそも純度の高い魔力でないと意味を成さないケースも存在する。


「みんな、気を散らさずに。僕らには関係のないことだからね」


 穏やかなテノールでトニーは言い聞かせる。


「君たちがここで働くことになっても、きっとああいう職に着くことはないだろうからさ。現場を知るのも大切ではあるけど、今の君たちの仕事はそうじゃない。今日の実地訓練の意味を考えながら取り組んでくれると、僕としても指導のしがいがあるよ」


 そう言って、トニーはその喧騒を遮った。

 魔石探査用の計測器を持って、いざグランデ魔鉱山へ。


 ここの周辺は魔石だらけなので人間の感覚頼りにするとどうしてもズレが生じる。

 固化しているので魔力が駄々漏れ状態というわけでもなく、それが肉体に影響することはない。

 同時に、遠くの魔獣すべてがここを目指してくることもない。

 あくまで魔力が溜まっているのは地下であり、すでにこの土地に棲んでいた動物たちしかこの魔力の宝庫の存在を知らないため、魔獣で溢れかえっているということにはなっていなかった。


「魔鉱山っていうから石とかがキラキラしてると思ってたんだけど。なんか殺風景極まりないな」


 山を登りながらバーナードがぼやく。

 魔石は本来、長い時間をかけて自然に魔力が体積、結晶化したものであるが、このグランデ魔鉱山にある魔石は地中やそこに生えている植物からも魔力を吸い上げるようで、本当に魔獣以外が棲める場所ではなくなっている。

 砂鉄を岩を積み上げ、粘性のある土で固めたような、荒廃という言葉すら似合う景色だ。


「でも、こういうところは地下空洞を見つけるとすごいよ。液化した超高密度の魔力源が天井の魔石を輝かせてさ、それはもう一生忘れられない景色を見ることができるだ」


 トニーはバーナードの愚痴にも逐一付き合ってくれる。

 全身をパンパンに膨らませる量の筋肉が目立つ大柄な男だが、気質としては中間管理職を任されて胃炎に悩まされている気弱なおじさんに似ているところがある。


「ピクニックみたいで楽しいじゃん!」


 リックが飛び跳ねながらバーナードの腕を小突いた。


 リックは見た目通りの低年齢なので脳天気だ。

 11歳という若さで初等部を卒業した才児である。


「静かにしろ」


 メガネをかけ直しながら鋭く注意するアルフレッド。

 切りそろえられたおかっぱが不機嫌そうに揺れる。


「うむ」


 相槌だけを打ち続けるヤグネ。

 16歳にして体の大きさはトニーとそう変わらない。

 膨大な修練の賜である。


「魔獣なんて教科書でしか見なかったからな。実際遭ったらビビるかな?」


 アマミは髪をくるくるさせながら思案する。


 家庭の事情で普段から魔獣狩りを行ってでもいないかぎり、そういった必要のある環境にいた生徒以外はすべてが未経験であろう。

 レイシアたちにとっての祖国であり、オスマルド魔法学校の主校舎が置かれているリヒト公国は、事実上魔法戦力の集中する場所である。

 現在、他の職場体験を行っている魔法使いたちによっても進行形で魔獣が駆逐されていっていることもあって、安全確保が最も進んでいることから日常生活における魔獣との遭遇率が極端に低いのだ。


「そうでもないさ。魔獣ならもうそこらじゅうにいるよ」

「うげ。マジ」

「ああ。そこの岩陰に隠れているグレイパンサーとか。上空に飛んでいるあれも魔獣化した鳥だよ」


 教えられ、アマミは手でサンバイザーを作りながら空を見上げる。


「あれも魔獣だったのか」

「教科書に載ってるよ」

「知識はあってもこっからじゃ見分つかないって」


 レイシアのツッコミに、アマミはおどけながら答える。


「彼らは人間の恐ろしさを知っているからね。複数行動しているときはまず襲ってこない」

「なに。じゃあ全然危険じゃないじゃん」

「ああ、麓の方はね。家を建てて平気で暮らせるぐらいだ」


 しかしそれも、あくまで優秀な管理者がいることが前提だが。


「さて。ここからは開拓ルートから外れるからね。みんな気を引き締めていこう」


 トニーがそう言った瞬間のこと。

 カラコロ、と小さな石が転がってきた。


「お! あそこになんかいるよトニーさん! でっけえ!」

「さっそくのお出ましか。ここのところ、気性がますます荒れてるな」


 リックが指差す先には、毒々しいオーラを放つ全長3メートルの二足歩行生物がいた。


「ゴリエ。人間に近い知能を持つと言われた猿たちが、そのかしこさを犠牲にして力のみの進化をした凶暴な魔獣だよ。グランデ魔鉱山で一番良く遭遇するのがこのゴリエさ」


 トニーは腕まくりをし、6人の前を先行する。


「僕が前衛でラインを守ろう。僕は防御に徹するから、君たちが魔法で攻撃をしてくれ。学校で習ったイメージと実践の感触のすりあわせだと思えばいい」

「んじゃ、好きにやっていいんだな?」


 バーナードがパン! と手と拳を合わせる。


「僕もやる! 6人もいらないから、みんなはそこで見ててよ!」


 次にリックが前に出た。


 ヤグネは「うむ」と一言。

 アマミは「はーい」と返事を。

 アルフレッドはメガネを拭いている。

 レイシアは両手を前に下げて清ましていた。


「おらぁいくぜ!」


 バーナードが片手を広げると同時に生成された8つの炎の槍。


 複数人戦闘が推奨されるBクラスの魔獣との戦いが、いま幕を開けた。



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