別に、姉を押し倒してしまっても構わんのだろう?
アデル・クリフォードは能無しである。
こんな噂が流れるようになったのは、クロモルトのクリフォードに対する嫌がらせが原因だった。
魔力適性を持たない息子の存在を、当初父であるスヴェルグが認めようとしなかったように、魔法が使えない人間は差別されて然るべきなのだ。
それは戦争時代に行われていた、魔力適性によって子供を厳選するという惨たらしい習慣が尾を引くもので、魔力器官の欠損は脳みその欠損と同じぐらい不自由だとされている。
なにせ、適性なしとは本来、基礎魔法ですらろくに扱えないのだから。
基礎魔法には、破壊力増強、物質硬化、速度上昇、感覚鋭敏化など、物や人体に力を与える効果もあり、属性の適性によってどれが得意になるかが決まる。
しかしこのどれもが出来ないとなると、基本的な変換が全く機能しなくなるのだ。
すなわち、エネルギーとしてただ魔力を扱うことができるが、ただそれだけで魔法として何かを起こすことができない。
だから全く適性のない俺はどこにいっても嘲笑の対象だった。
だが、それも今日までだ。
俺がクリフォード家の一員として、父スヴェルグに要求されたことはただひとつ。
魔法力で周りを黙らせろ。
魔法教会が認めない“三属性混合”の凄まじさを。
クリフォードの血の偉大さを。
世界に知らしめてくるのが、お前の役目だ。
そう言われた俺は、今日、オスマルド魔法学校の、第一学年昇級試験に臨んでいる。
試験は座学と魔法実技の二つ。
どちらも簡単で、第一学年で留年になる奴はまずいない。
だからこれらを通過するというだけでは不満だ。
ありがたいことにこの昇級試験というものは、点数が公開される。
誰がどのような成績を収めたのか、掲示板を見れば一目瞭然というわけだ。
学年一位を取れば表彰される。
だが、座学に関しては満点を取る自信がないので、あくまでも魔法実技での一位を目指す。
これで俺の評価は変わるはずだ。
それがすごいかどうかの問題ではない。
第一学年の全生徒が、俺より劣っている、下にいるという事実が大切なんだ。
魔法実技の試験は三つに別れる。
第一学年は全てが単純な魔力操作能力のテストだ。
ひとつ目は、扱える魔力量と練り上げた魔力の純度をみるため、魔力で覆われたゴムボールのようなものに全力で魔力弾を打ち込むテスト。
物質部に伝わる衝撃が強ければ強いほどより高得点となる。
ふたつ目は、操作力と判断力をみるため、照射される魔力線に合わせて防御を展開しつつ、空中を漂う円盤を破壊するというテスト。
防御を展開していない割合が多いほど時間経過ごとの加点も大きくなり、難易度がかなり高いため平均的にスコアは低くなる。
みっつ目は、魔力放出による広範囲状況把握能力をみるため、目隠しされたまま自分の周囲にどういったものがいくつあるかを言い当てるテスト。
これはカリキュラムとしてギリギリに入っているだけなので、いくらでも難しくすることができるが第一学年のうちはすごく優しく設定されている。
俺がチートを使えば第五学年の生徒を上回ることもできる。
いくらでもスコアを伸ばすことはできる。
問題は、“三属性混合”であるということに整合性を持たせるかどうかだ。
現象を操ると言うよりは通りがいい。
面倒な父親や教会とのやりとりもずっとスムーズだろう。
だから俺は三属性混合として。
その存在を確立するために試験をトップで通過する。
破壊能力勝負は炎属性魔法使いが得意としている。
きっとこのテストの一番上はフィオネになるだろう。
だからここだけは、俺はフィオネを上回らないように調整する。
炎以外の三属性混合ってことになってるからな。
ほかはやりたい放題。
クラスで10人ずつ試験場に入り、人工的な声に従ってテストを行う。
昇級試験は、かなり事務的だ。
卒業試験ほど華がない。
それが第四学年だったとしても。
そしてその結果。
アイスクリフの生徒は全員合格を果たしてめでたく進級。
俺も学年で実技一位をとって、さぞ学校がざわめくかと期待した。
しかしざわめいたはざわめいたのだが、学校が俺に目を向けるのは第二学年が終わる頃になる。
完全に盲点だった。
俺が8歳で第一学年。
同じ年齢で入学したレイシアは12歳で第五学年。
そう。
レイシアは今年で卒業試験を受けることになるのだ。
学校中の生徒たちがレイシアに注目していた。
もとより、四年連続で昇級試験を一位表彰されていたバケモノである。
卒業試験は全学年の昇級試験が終わってから開始され、司会者なんかを立てたりして学校も一大イベントとして会場を盛り上げるので、その話題性が他の行事に比べて遥かにデカい。
レイシアのアイドル的な可愛さに加え、他の生徒たちを寄せ付けない初等部とは思えないほどの戦闘能力。
そして流れるように試験をこなすその姿が、その日誰にも忘れられない記憶を作り出した。
結果、同じクリフォード家の人間であるはずの俺の存在は霞み。
第一学年の昇級試験なんぞなかったようなものにされてしまったのだ。
初等部はあと四年もあるからそれは構わない。
俺は次の昇級試験を待つことにした。
更に季節は流れる。
第二学年もそれまでと変わりない生活だった。
第一学年と第二学年の間にあったのは、シャルロットと友だちになろう計画ぐらいなもので。
シャルロットの相手をよくしてくれたイラベラを含め、最初の四人がクラスで過ごす基本メンバーだった。
イラベラもフィオネもツンツンなので、最近ではシャルロットが教室での癒やしである。
レイシアは高等部にそのまま進学した。
だから帰りの車が違う以外は今までと同じ生活だ。
高等部でもその美貌を振りまき、寄ってくる男は数知れず。
しかし恋人というものを作ろうとしないのはやはり。
あの姉がブラコンだからなのだろう。
どんだけ俺のことが好きなんだ。
しかし俺ももう10歳になる。
姉も14歳になる。
大人になれば、変わる事情もある。
ここでクエスチョン。
姉とは何歳まで一緒にお風呂に入れるか?
16歳になったらレイシアはひとまず家を出る。
そのときまでレイシアはお風呂に入ってくれるだろうか。
俺の一番身近な癒やしは、いつまで側にいてくれるだろうか。
考えてたら、急に寂しくなってきた。
帰って早速検証しよう。
そう思い立ったのが、第二学年も終わりのことだった。
放課後、車に直行してバーバラさんに尋ねる。
「今日は姉さん、何時頃に帰るかわかりますか?」
「アデルぼっちゃんを屋敷まで送ったらすぐにお迎えするから、大体夕方の6時過ぎくらいかね」
「そうですか」
夕方の6時過ぎか。
それなら両親もいないし、メイドも料理の下準備をしているから邪魔がない。
といっても、俺が時間を尋ねた本当の狙いは帰ってくる時間を把握したいからじゃないんだけどな。
それから30分後。
まだ6時にも余裕を残した時間。
レイシアを迎えに行ったバーバラさんが帰ってきた。
貴族の娘を運んでいるとは思えないほどの強烈なスキール音。
バーバラさんは俺たち運んでいるときはそこまでスピードを出すことはない。
つまりこれは、レイシアの命令によるものだ。
俺が姉の帰り時間を聞いたことをバーバラさんに伝えられたレイシアが、「飛ばせ」と事も無げにつぶやいたのだろう。
「姉さんおかえり」
「ただいまアデル。お出迎えまでしてくれるなんて。お姉ちゃんに何か用でもあったの?」
白々しさをまるで感じさせない姉スマイル。
組んだ手を顔の横に引いて、「お姉ちゃん嬉しいな」なんていうキラキラポーズを作るサマは去年までと何ら変わりない。
でもレイシアは、あれからもっと大人になった。
それは、俺とて同じこと。
今年で誕生日を迎えた俺はもう10歳だ。
もう女を知らずになんていられねえよなぁ!
さあ。
言うぞ。
言える。
俺ならいける。
「どうしたの? アデル」
言え。
どうしたよ。
ビビってんのか。
あれが実の姉だからか。
関係ないだろ。
女であれば血筋など。
美と性の象徴がそこにあるなら、街灯に群がる我のように、なにも考えず男はそれを求めるべきなんだ。
血縁など……血縁など…………!
「姉さん、お風呂」
俺は―――――――。
「できてるよ」
ばかだぁあああああ!
いや、関係あるだろ!
血縁関係あるだろ!
実姉に欲情する弟があるか!
バカモンがぁ!
「ふふっ。お風呂なんていつでもできてるでしょ? もう、おトボケさん」
コツン、と額をつつかれて、お互いに相好を崩す。
そっか。
そうだよ。
なぜ肉体関係を持つことが前提になっている。
自分で言ってたじゃないか。
俺はあくまで、癒やしとして姉とお風呂に入るつもりだったんだ。
なぜすり替わった。
俺の邪なる心よ。
まだ間に合う。
そうだ。
訂正するまでもない。
続けて本音を語ればいい。
たとえば。
「せっかくだから、久しぶりに二人でお風呂に入ろうか。アデル」
な、なにっ!?
姉のほうが、1枚上手だった……!?
「い、いいの?」
「うん。だって私たち、姉弟じゃない」
「そう、だね」
情けない。
女性にリードさせるなど。
なんと情けない姿を晒しているんだアデル。
いや南馬遠夜よ。
「はい。おーいで」
俺はレイシアに手を引かれ、脱衣所に連れて行かれた。
こいつは、戦争だ。
売られた喧嘩だ。
癒やしを求めるのはいいが。
別に、アレを押し倒してしまっても構わんのだろう?