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赤の記憶と運命の恋人たち  作者: 方丈 治
エピローグ

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20/20

名前のないラブレター  ──突然届いた便り──

 はじめまして。私は、とあるお方のもとでお仕えしている者です。この数年、あなたに手紙を書こうか迷いに迷った挙句、今こうして筆を執りました。この手紙が突然届いたことに、さぞ驚かれていることでしょう。

 早速本題に入りますが、あなたもお気付きのように、およそ五年前、あなたの小指には赤い糸が現れました。そして、その糸の先は私です。

 私達二人にしか見えない、この赤い糸のことを、あなたはどのように感じておられるのでしょうか? 私は初め、とても困惑しました。信じていなかった、おとぎ話だとしか思っていなかった赤い糸が、自分の手に現れたからです。

 ですが、今は違います。赤い糸が私の指に存在していることを心から嬉しく、そして誇らしく思っています。赤い糸は肉体を超えて、魂で結びつくもの。私達は何世代も昔から愛し合う関係にあったのでしょう。私はそれを考える度に、「運命」という言葉を思い出します。そして、胸が熱くなります。私は愛とは関係ない人生を送るのだろうと考えていた分、なおさらです。

 あなたと私はいつの日か出会います。いつ、どうやって出会うのか、私にもわかりません。しかし、私達は必ず出会います。何故私がそんなことを知っているのかとお思いでしょうが、今はその理由を言うことはできません。

 その時が来た時……あなたはふたつの選択肢があるでしょう。赤い糸で結ばれた私と共に残りの人生を生きるか、それとも生きないか。

 あなたはお好きな方をお選びください。あなたがどちらをお選びになっても、あなたに対する私の想いは変わりません。

 私はあなたのことを知りたいです。あなたの名前は何というのか、どんな背格好や顔をしているのか、どんな声をしているのか、何を善と考え、何を悪と考えるのか────

 そして、あなたのお許しがいただけるならば、あなたと共に──いえ、これはまた出会った時にいたしましょう。


 それでは、あなたに一刻も早く出会えることを祈って。


 差出人不明



 リブラはそこまで読むと、ゆっくりと便箋を折りたたんだ。それから、片手に持っていた白い封筒に入れる。

 元々は綺麗な紙質だったのだろうが、何年か前に書かれた手紙なのだろう。今は少しくしゃくしゃになっていて、色も黄ばみ始めている。だが、丁寧に扱われてきたのは、そして何度も繰り返し読み返されてきたのは、便箋や封筒を見れば分かる。

 リブラがこの手紙を見つけたのは、紅茶セットを届けに客間に入った時だった。

 ジナの実家に戻ってきてから、テルとタウラスにはこの客間に泊まってもらっている。あいにく今はテルもタウラスも不在だったので、紅茶が無駄になってしまいそうだが。

 とりあえず客間のテーブルにトレイを置こうとリブラが部屋に入った時、テーブル傍の床に一枚の封筒が落ちているのに気が付いたのだ。

 トレイをテーブルの上に静かに置くと、リブラはかがんで手紙を拾った。封筒の口は開いている──。リブラはためらうことなく封筒口から中に入っていた数枚の便箋を取り出し、一行目から読み始めたのだった。

 人の手紙を勝手に読むことについて、リブラに罪悪感はなかった。

 なぜなら、この手紙はリブラ本人が書いたものだからだ。便箋に羽ペンで綴られたなめらかな文字は、五年前も今も変わらない。リブラの筆跡だった。

 その時、客間の外から騒がしい足音と慌てた声が聞こえてきた。

「あー、どこに落としちまったんだ!? 広間にも庭にも無かったということは、あとはここくらいしか……」

 タウラスがばたんと扉を開けて、バタバタと客間に入ってきた。部屋の中にいたリブラと目が合って、思わず立ち止まる。次の瞬間、リブラの手の中にあるものを見つけて、あっと声をもらした。

「これをお探しですか? テーブルの下に落ちていました」

 リブラはタウラスに近寄ると、拾った手紙を差し出す。タウラスは恥ずかしそうにそれを受け取りながら、呟くように訊ねた。

「……もちろん、これが何の手紙か知ってるよな?」

「当然です。私が初めてあなたに送った手紙なのですから。まだ持っていてくれたのですね」

 リブラはからかうように笑った。一方、タウラスは壁に手をついて、大きな溜息をついている。

「ああ……なんつー情けさだ。もらった手紙を肌身離さず持ってたなんて男らしくないところ、本人に見られるなんてな……」

 そんなタウラスを、リブラは愛おしく思った。それから、自分の腰に提げた小さな道具袋をそっと触りながら、優しく微笑んだ。

「私もあなたから初めて頂いたお手紙は、肌身離さず持っていますよ」

「いや、でも、俺のなんか、手紙と呼べる代物じゃないだろ。汚い紙だし、封筒にも入れてないし、内容だって……」

 タウラスは昔、リブラから手紙をもらった時のことを思い出した。あの時、それをマスターのいる酒場のカウンターで読んで、赤い糸の先にいる存在を知った。

 タウラスはその後、返事の手紙“らしきもの”を書いてみたのだが、何しろ差出人がわからないので届けることができず、ずっと持っていたのだ。それがつい先日の依頼でジナとリブラを拉致した際、寝袋にこっそり挟んで渡すことができたのだが、拉致中にラブレターを渡すなどもってのほかだ。

 しかし、タウラスの思っている以上に、彼の赤い糸の相手はそれを喜んでくれているようだ。リブラはタウラスの目をまっすぐ見つめながら、口を開いた。

「それでも大切な人からのお手紙に変わりはありませんから」

「リブラ……」

 突然、タウラスは「この女を一生守っていきたい」という衝動に駆られた。気付いたら、手は勝手に動いていた。リブラの華奢な肩に優しく触れ、抱き寄せる。

 たくましい腕と胸に抱かれ、リブラは驚くと共に、心地よさを感じた。なぜだか、以前からこの胸の温かさを知っていたような気がする。

「あー、こほんこほん!」

 タウラスとリブラは部屋の入口の方を振り返った。そこには、ジナが立っていた。ジナは直視できないとばかりに、二人から目をそらしている。

 タウラスはもじもじとしているジナを見て、平然と声を掛けた。

「お、ジナお嬢さんか。どうした?」

「『どうした?』じゃないわよ! いつまでくっついてんのよ、人が見てる前で!」

 ジナは二人に向かって指をさした。見ている方が恥ずかしいようで、ジナの顔は赤く染まっている。

「え? ああ、すまんすまん。お嬢ちゃん(・・・)にはちょっと刺激的だったな」

 タウラスは笑いながらリブラから離れる。続いて、リブラもいつもの調子で口を開く。

「お嬢様はおとぎ話の世界で生きてこられましたからね。お嬢様の心は、それはそれは子供のように純粋なのです」

「あっはっは、そりゃテルも苦労しそうだ!」

 タウラスとリブラの会話を忌々しげに聞きながら、ジナは心の中で呟いた。

(……まるでリブラが二人に増えたようだわ)

「それで、お嬢様。どうかしたのですか?」

「そうそう、あいつ──テルを探してて。お父様が呼んで来いって言ってるんだけど。でも、ここにもいないようね。……全く、いっつもフラフラとしてるんだから!」

 プンプンとしているジナに、タウラスは思い出したように口を開いた。

「ああ、テルなら屋敷裏の庭にいたぞ。池の前で寝っ転がってたな」

「本当? ありがと、ちょっと行ってみるわ」

 ジナはくるりと振り返ると、部屋を走って出て行った。パタパタという足音が少しずつ消えていく。

 ジナが消えていった入口を眺めながら、リブラは呟いた。

「あのお二人……お似合いだと思いますよ、私は」

「俺もそう思う。……だが」

 タウラスはそこで言葉を切ると、リブラの顔を真正面から見据えた。

「俺たちも負けてはいないよな?」

 リブラは微笑む。

「……はい、もちろんです」

 窓から差し込んだ光は、客間の床に二つの人影を作っている。その人影と人影はゆっくりと近づいていき──そして、触れ合った。


 ジナはタウラスに教えてもらった通り、屋敷裏の庭園に向かった。木々と花々が辺り一面に広がる中に、小鳥の群れが水浴びをするのに丁度良い大きさの池がある。

 その前に、テルはいた。両腕を枕にして、仰向けに寝転がっている。

(こんな場所にいるんだもの……見つからないわけよ)

 ジナは溜息をついて、テルに近づきながら話しかけた。自分の胸の鼓動が早くなるのを感じながら。

「ちょっと、テル? お父様が呼んでるわよ。またお説教でもくらうんでしょうけど……『私の可愛い娘をおまえにやるには、まだまだ直してもらわなければいけないことがある!』とか言ってね。まあ、お父様の話は少し大げさなところがあるから、話半分で聞いておけばいいんだけど──」

 しかし、テルからの返事はない。それどころか、ピクリとも動かない。

 ジナは不思議に思って、頭上からテルの顔を覗いた。テルは目を閉じ、安らかな寝息をたてている。

「……なによ、寝てたの? ……もう! 人の気も知らないんだから」

 ジナは安心したような、残念なような気持ちで、その場にしゃがみこんだ。テルがこの屋敷に来てからもう何日も経つというのに、いまだにテルと話す時はジナの胸はドキドキとする。

(私、どうしちゃったのかしら……。よりにもよって、こんなヤツに)

 今もテルの寝顔を眺めているだけで、心臓の興奮は収まらない。現実世界に生きるどの男性も、おとぎ話に出てくるどんなに素敵な男性も、ジナにこんな感情を抱かせたことはなかったのだ。ジナが戸惑うのも仕方がない。

 目つきの悪い目も生意気な口も、寝ている今は封じられているので、テルはいつもより微笑ましく見える。ジナはテルの顔の細部までチェックしたところで、思わず呟いた。

「性格はひねくれてるけど、ありえないくらい強いし、意外とかっこいいんだから……もう」

 それから、ジナは妙な表情をした。何かを考え込むような顔をしたかと思うと、ぽっと顔を赤らめる。

 辺りをキョロキョロと見渡して誰もいないことを確認すると、腰をかがめ──テルの額に口づけをする。

 ジナはさっと体を起こすと、テルの顔を見た。テルは何事もなかったかのように、眠り続けている。ここがおとぎ話の中の世界ならば、お姫様のキスでテルは目覚めるはずなのだが。

(……おとぎ話のようにはいかないか)

 ジナは笑みをもらすと、立ち上がった。

「さ、戻らなきゃ。仕方がないから、お父様にはどこにもいなかったって言っといてあげるわよ。あんたは風邪を引くまでそこで寝てなさい!」

 そう言い残すと、ジナは屋敷へと駆けていった。

 ジナの足音が完全に消え、風のささやきが二度ほど流れた頃、テルは片目を開け、ポツリと呟いた。

「……『性格はひねくれてる』と、『意外と』ってのは余計だ」

 ちなみに、昼下がりの今、夕日が出ている訳でもないし、風邪を引いたわけでもない。

 それでも、テルの頬はほのかに赤くなっている。


 ─fin─


最後までお読みいただき、ありがとうございました。


はじめは「本編」だけのお話だったのですが、登場人物たちの生い立ちや過去を描きたいと思い、「それぞれの物語」等々を付け足し……大分長くなってしまいました(笑)


そのおかげで、元々はジナとテルを中心とした物語になるはずが、リブラとタウラスも結構な存在感になってしまいました。一体誰が主人公か分からないですよね……はい。反省しています。


ただ、皆それぞれ個性的で、物語の中で自由に動いてくれたので、私としては(自己)満足です。


それでは、最後にもう一度。

お読みいただき、ありがとうございました!


追)コメント等、いただけると嬉しいです!!

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