女二人旅
旅を始めて早二週間……名家の令嬢ジナと彼女に仕える占い師リブラは、今夜の宿を求め、ある街の宿屋に来ていた。
「おじさん! 今夜、一部屋空いてるかしら?」
腰まで伸びた黒髪をなびかせながら、ジナは宿屋のカウンターに立つ中年男に声を掛けた。輝く大きな瞳が魅力的な、まだ年若い女だ。
その時、ジナの後ろにすっと人影が入る。
「ジナお嬢様。こういうことは私がやりますから、お嬢様はロビーで待っていてください」
スレンダーな美女が長いローブを翻してジナの前へ立とうとした。その女をジナは、じとっと見た。
「前から言っているでしょう、リブラ? こんな年にもなって、世間知らずな箱入り娘になりたくないの。何でも自分ですること。これがこの旅の二番目の目的よ」
ジナは美女リブラを押し返すと、宿の男が差し出した宿泊者名簿に手早くサインした。
それを見て、リブラは深く溜息をついた。サラサラの長い髪の毛が揺れる。
「……こんなじゃじゃ馬な様子では、『運命の相手』を見つけても断られますね」
「なあんか、言った!?」
キッとリブラを睨みつけたジナは、宿の男から部屋の鍵を受け取る。目の前の押し問答を見ていた宿の男が、くっくっと笑いながら話しかけてきた。
「美しいお嬢さん方、お二人だけで旅ですかい?」
「ええ、まあ。口うるさい召使も一緒だから大変よ」
にやっと笑ったジナは横目でリブラを見る。しかし、リブラはすまし顔だ。これにも宿の男は笑わずにいられなかった。
「いやあ、仲が良さそうで結構じゃないか。旅の目的が何かは知らないが、女二人旅には何かと危険がつきものだ。道中は気を付けるんだよ」
宿の男に礼を言ってから、二人は今夜泊まる部屋に向かった。
「あ~あ、なかなか運命の人にたどり着かないわねぇ」
ジナは部屋の真ん中に大きな旅の荷物を放り投げると、二つあるベッドのひとつに身を投げた。すぐ後から部屋に入ってきたリブラは、床に散乱した荷物を片付けながらちらりとジナの左手を見る。
「お嬢様、今も左手の小指に見えますか?」
「……うん。繋がってるよ、赤くて太い糸」
ジナは仰向けに寝転がったまま、天井に向かって左手をかざした。しかし、彼女の左手の小指には何も付いていない。──というのも、リブラにも先ほどの宿の男にも、ジナ以外の人間は誰も赤い糸を見ることはできないからだ。
赤い糸を見ることができるのは、それで結ばれている本人だけだ。だから、ベッドから垂れて部屋のドアの隙間から外に続いている糸は、ジナだけが見ることができるのだ。
ドアの隙間から見えなくなってしまった糸が行き着く者を思い浮かべながら、ジナは決心した。
「お父様を見返してやるためにも、一刻も早く運命の王子様に会いにいかなきゃ」
「運命の相手は王子様とは限らないですよ」
「例えよ、例え! 王子様じゃなければ、王家を守る騎士様か、世界を救う勇者様でもいいけど」
ジナがうっとりとハンサムな青年を想像していると、リブラが横からぼそっと呟いた。
「まあ、人間だったら誰でもいいですよね。人間だったら……」
リブラが呟いた意味深な言葉に、ジナはがばっと跳ね起きる。
「ちょ、ちょっと冗談やめてよね」
「お嬢様……私の職業はご存知ですよね?」
もちろん知っている。ジナの実家のお抱え占い師だ。しかも腕の良い占い師で評判だ。
そこまで考えると先ほどの妄想はどこへ行ったのやら、ジナは顔が真っ青になった。
(……何!? 私が追い求めていたのは、王子様でも騎士様でも、人間でさえもないの!? 人間じゃなかったら……この糸の先につながってるのは何? 獣、それとも虫?)
「うふふふふ……」
そんな様子のジナを見ながら、リブラが怪しく微笑む。
ジナは半泣きになりながら、ベッドから飛び降りてリブラにすがりついた。
「お……お願い、リブラ! ウソって言って~~~~~~~~!!」
こうして、リブラのささやかな復讐は終わったのである。ジナがリブラに敵うようになるのは、まだまだ先のようだ。
そんな調子で次の朝を迎えた二人であった──。




