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赤の記憶と運命の恋人たち  作者: 方丈 治
それぞれの物語

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相棒(2)


 この依頼を受けるには俺は力量不足だとマスターに諭されたけど、俺は何が何でもこの依頼を成功させてみせると押し通した。俺の押しの強さのおかげで、マスターは渋々依頼の受付をしてくれた。

 タウラスにチクられてはマズいから、マスターには固く口止めするのも忘れなかった。タウラスが気付いた時にはもう、俺は依頼の成功を引っ提げて帰ってるだろう。さっきの依頼よりも難易度の高い依頼を、もう一度一人で成功させてみせるのだ。そうすれば、タウラスは俺とパートナーになることを強要しなくなるだろうし、俺が一人で仕事をすることに反対はしないだろう。

 俺は真夜中の森を走っていた。同じ夜に二回続けて仕事に出るなんて初めてだった。でも、疲れは感じない。俺の体力がついてきたからなのか、それとも冷めない興奮が俺の体を動かしているのか。まあ、どっちでもいい。体が動きさえすれば。

 俺にはまだ早いと、マスターが渋った依頼の内容はこうだ。

 ──最近、隣町の近くに山賊集団が現れた。そいつらはたまに山から降りては、隣町を襲うのだという。そこで、その町を元々縄張りにしていた奴らは困った。自分達は数人程度のグループなのだが、新参者の山賊達は二十~三十人の規模で、自分達は敵いそうにない。だから、山賊どもをやっつけて、自分達の縄張りから追い払って欲しいとのことだ。

 俺一人で三十人もの山賊を相手にできるのかとも思ったけど、俺ならやれると確信した。俺は最近、本当に強くなってきてると自分でも思う。それに、さっきタウラスも俺の力を認めた。数人ずつおびき寄せて戦えば、俺一人だって問題ない。

 全速力で走って一時間、俺は山賊どものアジトがあるという山にやって来た。真夜中の山は静か過ぎて不気味だった。

 山賊のねぐらはどこだ? 山賊に見つからないように、草木の陰に隠れるようにして山の中を進む。

 やがて森を抜けると、左側は急に切り立った崖になっていた。

 俺はそろっと近づいて下を覗いた。深い谷だ。五十メートルほど下の谷底の真ん中には、細い川が流れている。

 そして──見つけた。俺が立っている側の崖の中腹に、ぽっかりと穴が空いていて洞窟になっていた。その入口の両脇に、松明を掲げた男が二人立っている。ここが山賊のアジトだ!

 俺はその場で戦術を考えた。見たところ、洞窟の入口までは一本の崖道しかない。

 ということは、俺が崖道を塞げば、山賊どもは俺と闘って倒すか、谷底に身を投げるかのふたつしか逃げる方法はない。崖道は人が一人通れるくらいの幅だから、俺は一度に一人、多くて二人を相手にすればいいだけだ。そうやって少しずつ倒していけば、三十人の山賊でも一人で全滅させられるだろう。

 状況は俺に味方している。俺は心の中でニヤリと笑ってから、ゆっくりとアジトへ下っていく崖道を歩いた。

「誰だ!」

 洞窟の出入口で見張りをしていた一人が、崖道を歩いて近づいてくる俺に気付いた。松明を頭上に掲げて、俺を照らす。その姿が仲間のものではないと気付いたもう一人が、洞窟内部に向かって叫んだ。

「おい! 奇襲だ!!」

 見張り番の一人が腰の剣を手に取って、俺の方に駆け寄ってきた。ちょうど崖道の真ん中で、俺たちは正面から向かい合った。

 俺の顔を見たそいつは一瞬呆気にとられ、その後はいやらしい笑みを浮かべた。

「何だ、まだガキじゃねえか。おい、ぼうず。まさか、一人で来たんじゃねえよな? ん?」

 どいつもこいつも、人のことをガキ扱いしやがって。俺はもう一人前の男だ!

 俺は言い返す代わりに、男の腹に重いパンチをくれてやった。男は白目を剥いて、剣を落とした。ガキだからって油断してるからだ。

「ほら、おっさん。邪魔だよ、邪魔。後ろがつかえるだろ」

 俺はそう言うと、すげなく男に回し蹴りを食らわした。男の体が崖から飛び越え、宙に浮く。真下は谷底だ。運良く川に落ちれば助かるかもしれないが、地面に激突すれば、まあ即死だろう。

 でも、そいつの運命を見守ってやる時間なんてない。応援に駆けつけた二人の山賊が武器を振りかざして、崖道を上ってきたからだ。落下していく男の悲鳴を聞きながら、俺は次の敵と闘った。

 俺は良い調子で、十人ほど奈落の底に突き落とした。この場所が良いのは、相手と決着をつけるまで闘わなくていいところだ。相手を崖道から落とせば、そいつとの決着はついたも同然だ。

 敵は体の動きが鈍いおっさんばっかりで、重い武器ばかりを持っている。そんなのは、重心が崩れやすいに決まってる。俺の攻撃を避けた途端にバランスを崩して、自ら崖道から足を踏み外した奴もいた。逆に、キレと柔軟のある体を持ってて、重い武器なんかひとつも持ってない俺は、ここではかなり有利だ。

 その時、後ろに気配を感じた。俺は本能的にかがんだ。その瞬間、頭の上を鋭い刃が薙ぐ。

 俺はさっと後ろを振り返った。崖道を下ってきた敵の山賊が五人ほど、俺の背後に迫っていた。俺は驚いて、思わず声を漏らした。

「な……何でだ?」

 俺は自分の後ろを取られることはないと思ってた。だって、洞窟の出入口はあそこに見えるひとつしかないのだ!

 俺の疑問に答えるように、山賊の一人が言った。

「出口はひとつしかないとでも思っていたか? はっはっは、残念だったな! 洞窟の奥から山の中に、別の出口を掘ってあるんだよ。そうとは知らずに攻めてきた愚かな敵を、こうやって挟み撃ちにするためにな!!」

 俺は自分が不利な立場になるとは思ってもいなかった。でも、現に、俺は前と後ろを敵に囲まれている。そして、横は谷底へと続く崖。逃げ道がないとはこういうことだ。

「このっ……!」

 俺は闘うしかなかった。やすやすとやられてたまるか! 正面と背後、両方の敵に同時に攻撃を仕掛けようと、地面に手を付いて、地面を蹴った。回旋脚だ!

 でも、両側の敵は俺の攻撃が当たらないように間合いを取った。俺は諦めて、動きを止めた。


 ──どうする? この状況を?


 敵はニヤニヤと笑いながら、じりじりと俺の方に近づいてくる。


 ──どうする? 考えろ、俺!!


「はーーーーっ」

 掛け声と同時に、前と後ろの両側から剣が俺目がけて降ってきた。ふたつの剣がいっぺんに、しかも逃げ道がない。

 俺は反射的に身を後ろに倒した。その瞬間、しまったと思った。剣は避けるとことができたけど、後ろは奈落の底──。俺の足が硬い地面を離れる。

 体が浮いた。続いて、視界が低くなっていく。

 俺は両手を伸ばした。ギリギリのところで、崖の端を掴む。と同時に、両腕に体の全体重が掛かって、両腕の筋肉と神経が悲鳴を上げた。

 何とか命をつなぎとめた俺のもとに、山賊どもがぞろぞろと近づいてきた。必死で崖の縁にぶら下がる俺を嘲笑いながら見下ろしている。

「それにしても、このガキ一人のおかげで半数近くの仲間がやられるとはな。なめてたぜ」

 そう言った山賊の一人の靴に、俺は唾を吐きかけてやった。どうせ最後だ、イヤミのひとつやふたつ言ってやろう。

「へっ、今頃気が付いたのか? やっぱり頭の回転も鈍いんだな、おっさん」

 相手を馬鹿にした俺の笑みが、相手の頭に残っていた理性を全部追い払ったに違いない。俺に侮辱された男の表情が、嘲りから怒りへと変貌した。

 そして、いきなり片足で俺の右手を踏んづけてきた。

「ぐあっ」

 俺は痛みに声を上げた。男は続けて、剣を取り上げた。

「よおし、今からおまえの指を一本ずつ切り落としていってやる。指が何本になるまでおまえが持ちこたえられるか、見てやるぜ」

 クックックと笑いながら、男は剣を振り上げた。

 もうダメだ。本気でそう思った時。


 ゴンッ


 辺りに鈍い音が響いた。鈍器で頭を殴られたような音。

 その時、俺の手の横にドサリと大きな石が上から落ちてきた。人の頭ふたつ分くらいの大きさの石──石というより、岩だ。その一部分に血が付いている。

 石を眺めていたら、俺の指を切り落とそうとした奴が前のめりになって俺の方に降ってきた。俺は崖に身を寄せた。そいつは俺の背後を落ちていき──はるか下で、何かひしゃげた音が聞こえてきた。

「いやー、すまん。手元が狂って、頭に命中しちまったぜ」

 懐かしい声だ。さっきまでは、そののんびりとした声に苛立ちを覚えてたけど、今ではこんなに頼りになる声なんて他にはないと思った。


 ────タウラス!


 急に崖を落ちていった仲間を呆然と見ていた山賊どもだったが、タウラスの姿を見つけたようだ。俺のことなんか、もうどうだっていいらしい。各々武器を構えて、新たな敵に向かって移動し始めた。俺の位置からじゃ、タウラスは見えない。崖道を上った先の丘にでもいるのだろう。

 そこからは、声と音だけが今の状況を俺に知らせてくれた。

「うちの馬鹿がどうも失礼したようで申し訳なかったな。お詫びに、おまえたちも谷底に突き落としてやるぜ」

「ふざけんな!」「死ねえ!!」


 ぼこっ  バキッ


 山賊が悲鳴を上げながら次々と上から降ってきて、谷底へと真っ逆さまに落ちていく。

 そんな様子が十分ほど続き、ようやく辺りは静かになった。

 やがて、一人の足音が俺のところに近づいてきて──もう握力に限界がきていた俺の腕を引っ張り上げた。俺は足で崖を蹴った。その反動を使って、崖の上へと這い上がる。

 本当に死ぬかと思った。俺は少しの間、顔を伏せて息を弾ませていた。

 でも、ずっとこのままじゃいられない。俺は恐る恐る、顔を上げた。目の前には、恐い顔をしたタウラスが仁王立ちで立っている。

「あの、タウラス……」

「こンの、馬鹿たれが!」

「……ってえー!」

 タウラスがゲンコツで俺の頭を殴った。今までこの拳を何度食らってきたか。

「マスターが教えてくれなかったら、おまえはとっくにオダブツだぞ!」

「うわ、マスターの奴、チクリやがったのか! あんなに口止めしたのに……」

「馬鹿! こんな依頼、おまえ一人でこなそうとすること自体、無茶苦茶だぞ! ったく、お楽しみはこれからだってとこだったのに……」

 タウラスはものすごく不満そうな顔でブツブツと言っている。でも、タウラスはなんだかんだ言って優しい。それも、すごく。

「あの……ごめん、タウラス」

 素直に謝った俺を、タウラスは片眉を上げて見た。

「分かればいい。……ただし!」

 次の言葉で何が来るのだろうと俺は構えた。

「これから依頼を受ける時は、俺の相棒として受けろ! 単独行動は許さないからな」

「げっ、マジかよ……」

 俺が一番避けたかったことを、ずばり言われるとは。

「げっ、とは何だ。確かにおまえは暴れる方の力はついてきた。だが、状況判断能力、適切な依頼の見分け方、その他諸々についてはまだまだだ。そんなおまえを野放しにしておくと、いろんな人に迷惑が掛かる!」

「俺は害獣か何かか?」

 俺がつぶやいたのを無視して、タウラスは続けた。

「今言っておくが、おまえとタッグを組むに当たって、俺に考えがある。おまえの得意分野は、体技や尾行とか、いわゆる体力が必要な仕事だろ? 俺が思うに、おまえは頭の方より、そっちの方がこれからも伸びそうだ」

「……俺はバカってことか?」

「まあ、聞け。だから、これからおまえは、現場でできる限り最高の仕事をしろ。難しいことは考えなくていい。ただ暴れればいいんだからな」

「ふうん……。それで、おまえは?」

「俺はそれ以外、何でもする。まず一番大事なのは、依頼選びだ。俺達の実力範囲内の依頼かどうか、依頼遂行のために必要な物は何か、本当に信頼できる依頼主なのか、報酬は依頼内容に見合っているか──見極めるポイントはたくさんあるからな」

 俺はびっくりした。タウラスはいつもそんなことを考えながら依頼を探していたのか。一方、俺は今受けた依頼も、ただ「難易度が高いから楽しそう」とだけ考えた。その結果が今のこの状況だ。そんな大切ことは一言も教えてくれなかったじゃねえか、ちくしょう。

「それに、依頼を引き受けた後の下調べ、だ。今だって、おまえは下調べもせずに突撃したから、別の出口から敵が攻めてくることに気付かなかった。そうだな?」

「う……」

 悔しいけど、タウラスの言う通りだ。俺は言い返せなくて、じっとしていた。

「現場では、俺はおまえの補助的な役割として動く。──どうだ? 悪い案じゃないだろ?」

 俺は考えた。確かに悪い話じゃない。面倒なことは全てタウラスがやってくれると言い、俺はただ得意分野をこなせばいいのだ。

 いや、ちょっと待てよ──俺はひとつ思い浮かんだ。

「でもさ、依頼を選んでばっかりだったら、つまんない依頼ばっかりになるんじゃないのか? 俺、嫌だぜ。同じような依頼ばっかりは」

 そうなる可能性はある。タウラスに依頼選びを任せっぱなしにしといたら、いつも無難な依頼ばかりになりそうだ。そんなのが続けば、俺はいつか発狂するだろう。

 しかし、タウラスはにやっと笑った。

「安心しろ。俺も昔、おまえと同じようなことを思ったからな。スキルアップできるような依頼もちゃんと選んでやる。ただ、その代わりに、おまえに頼みたいことがある。──俺が選んだ依頼は必ず引き受けてくれ。いいな?」

 タウラスの選んだ依頼は気に食わないところがあってもやらなければいけない、ということだ。

 けど──面白そうな依頼もやらせてくれるのなら、まあいいか。俺は少し考えてから頷いた。

「いいぜ。今おまえが言ったことを約束してくれるなら、俺も守る」

 俺の答えを聞いて、タウラスも嬉しそうに頷いた。

「よし、俺たちは今から運命共同体だ! これからもよろしくな、テル」

「おまえ、そんな恥ずかしいことよく言えるな」

 そして、俺とタウラスは互いの腕と腕をぶつけ合い、タッグ成立を祝った。


 タウラスと二人、町に帰った時にはもう朝になっていた。

 ──ああ、すごく長い夜だった気がする。俺はぐったりしてた。酒場に着くと、タウラスと一度別れ、宿部屋に直行する。汚くて狭い部屋に入り、汚い毛布に包まると、俺はすぐに寝入った。

 久しぶりに、良い夢を見た気がする。どんなに強い敵もどんどん倒し、どんな難しい依頼でもこなす俺──。

 目が覚めたら夕方だった。俺は起き上がると、伸びをした。関節が痛いけど、もう少し我慢すれば収まるだろう。

 さあ、タウラスの「相棒」になって初めての依頼は何だ? 俺はタウラスに依頼を訊きに行こうと、部屋を出て酒場に入った。

「なあ、タウラス、新しい依頼は──」

 そう言いかけて、俺は酒場の扉の前で立ち止まった。

 タウラスはカウンターの前に座って、何かの紙を熱心に読んでいる。手紙みたいだ。こんな野郎に手紙なんて出す奴は何者だ?

 ただ、手紙を読むタウラスの表情の変化を見るのは面白かった。はじめは心底驚いたような顔をしていたが、やがてそれも落ち着いていって、最後は何だか頬が緩んでいる。──不気味なことこの上ない。

 やがて、手紙を読み終えたタウラスは俺のことに気が付いた。こっちを振り返って、俺に声を掛けた。

「よお、テル。長いこと、寝てたな」

「なあ、誰からだよ、その手紙? 新しい依頼のことか?」

 俺の質問に、タウラスはにやっと笑った。

「いいや。新しい依頼はもう、見つけてあるぞ」

「本当か! どんな依頼だ?」

「まあ、とりあえず座れ。詳しいことはそれからだ」

 そして、俺たちは依頼の話にふけった。


 *****


 ある時、俺は思い出したようにタウラスに訊いたことがある。

「なあ。タウラスにないもので俺が持ってるものって、一体何だ? 考えてみても、思い当たらなくてさ」

 俺の言ったことに、タウラスは驚いたように目を開いた。やがて、何かを思い付いたように舌打ちをする。

「マスターめ、いらないことを喋ったな……」

「なあ、何だよ?」

 俺はせっついたけど、タウラスはニヤリと笑ってこう言うだけだった。

「さあな」

  

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