メモリー14
「‥‥‥別に凹んでなんかいません」
恨めしそうな瞳で信也の顔を睨んだ。
「だったらもっと嬉しそうな顔をしたらどうなんだ。
俺とデートできて喜ばないのは、お前ぐらいだ」
椅子に座りながら、思わず本音を洩らした信也。
店員にコーヒーの注文を済ませるとタバコに火を点けた。
見た目だけはやっぱり人を惹きつけるものがあると奈美は頭の隅で思いながら、
自分の考えを否定するかのように、
「だって貴方は優子の彼氏でしょう。
私は友達の彼に手を出すような最低な人間じゃありません」
強い口調で言い放った。
「俺だって好きで奈美のお友達と付き合っているわけじゃありません。
奈美がどうしてもって頼むから相手をしているだけだ」
信也のわざとゆっくり話す口調に奈美は腹が立った。
「だったら優子とさっさと別れて私をわざわざ呼び出すのもやめてよ」
「それは嫌だ。
優子と別れたら、奈美はこんなふうに俺と二人っきりで会ってくれないだろう?」
一瞬寂しそうな顔をした信也の顔を奈美は見逃さなかった。
(どうしてそんな顔をするの?)
(聞きたくても聞けない‥‥‥私はそんな立場じゃない)
「奈美からかっていると面白いからストレス発散にちょうどいいんだよな」
おどけた口調で誤魔化した信也だったが、
「私って面白みなんかないわよ。
私なんて居ても居なくても一緒なんだから・・・」
奈美の泣き出しそうな顔を見た瞬間抱きしめたい衝動にかられたが諦めた。
店内じゃ流石に無理だった。
「‥‥‥嘘?」
店から出ると、車だとばかり思っていた信也がシルバーのママチャリできていたことに驚いた。
「お先にどうぞ」
そう言われなにを言われているのかさっぱり解らなくて奈美は戸惑った。
「奈美が漕ぐんだから先に乗るのが当たり前だろう」
偉そうな態度にさっきの信也の表情が嘘に思えてくる。
「私が漕ぐなんて無理に決まっているでしょう」
奈美も思わず言い返した。
「こんなふうに会っていること優子に喋っちゃってもいいのかなー」
卑怯な信也の言葉に嫌々奈美が自転車にまたがると当然とばかりに後ろの席に腰掛ける信也。
「二人乗りなんて私したことないから無理」
奈美がいくら叫んでもその言葉は、聞き入れてもらえなかった。
腰に回された太い腕に心臓がドキドキして止まらない。
「転んでも知らないから」
その途端信也の腕に力が入り奈美は慌ててブレーキをかけた。
「いい加減にしてよ」
振り返ると信也が顔をくしゃくしゃにして大笑いしていた。
「そんなの今更だろう」
楽しそうに笑う信也の顔が子供みたいで奈美は呆気に取られた。
こんな顔もできるんだ・・・