メモリー
「画家が真っ白なキャンパスに描くように俺もこの原稿用紙に風景を書きたいんだ」
それが、貴方の口癖だった。
それなのに、今原稿用紙の前には貴方の代わりに私が座っている。
なぜ、こんな風になってしまったのだろう?
思い返しても後悔しかうまないから私は貴方の代わりに書きたい。
貴方は私にとっての運命の相手だから、これから先も、貴方以上の人は私の前には現れないだろう。
それだけ、貴方は私の心の中にさざ波をたてたまま去ってしまった。
周りの騒音も気にならないほどにこの場所は賑やかだった。
「奈美もちゃんと飲んでる?」
此処に連れてきてくれた裕子が私の隣に移動してきた。
大学の友人の裕子は読者モデルをしているから、とても美人でもてる。
だから合コンとか必ず声が掛かっていた。
今日はおとなしい私に、
「たまには一緒に夕飯でも食べよう」
そう言いながら無理やり連れてこられた場所がこのレストラン、
騙されたと気付いた時には遅かった。
慣れない雰囲気、呑みなれないお酒、ついていけない会話、
私は、もう飽きていた。
家に帰って一人読書でもしてのんびり過ごしたかった。
突然、入り口の方から賑やかな、歓声が聞こえてくる。
一人の明るい表情の男の子が、サインを求められている。
背が高くて、顔が綺麗な男の子
「奈美、彼が信也だよ。今話題の作家、本を出せば必ずベストセラーになるっていう。
見た目も私好みだし絶対に今夜落として見せるからね。協力お願いね」
目をギラギラさせた、裕子の顔に見とれてしまう。
凄い・・・こんな顔も出来るんだ。でも協力って・・・・・・?
すっと立ち上がると、信也に近付いていく、裕子の背中をその場からじっと見つめていた。
やっぱり絵になる。
高いヒールのせいで伸びた背中のライン、女性の私から見ても惚れ惚れとしてしまう。
この場にいる他の男性もみんな、そんな裕子の姿に見とれていた。
「信也さん、ファンなんです。サインお願いします」
いつもより高い声で話しかける裕子、
信也と呼ばれた男性は、裕子を見るとたちまち笑顔になった。
連れらしい人は見当たらないから、一人なのだろうか?
「奈美ちゃんも彼のファンなの?」
正面の男性に突然、話しかけられ、慌ててテーブルの上のグラスを倒してしまった。
「大変・・・」
急いでお絞りで拭いていると、
「ごめん、脅かしちゃったかな?」
「違うんです。腕が当たっちゃって、私こそごめんなさい」
「俺、直哉、
奈美ちゃん、さっきまで楽しそうじゃなかったけど、信也の顔見たら、
喜んでいたように見えたから、俺てっきり信也のファンなんだと思って話しかけたんだ」
信也のファン?
「私・・・信也さんて知らないんです。
さっき裕子に名前聞いたばかりだから、ごめんなさい」
何となく意味もないのに謝ってしまう。
はっきり言ってこんな賑やかな場所は苦手だった。
一人だったら絶対に来ない。裕子が一緒だから・・・
裕子と私は不釣合いだが、なぜか?仲が良かった。
どうしてだろう?自分の世界に入り込んでいたら、
「奈美ちゃんて面白い。一緒に飲もう」
隣の席に移動してきた直哉。
飲めないお酒を直哉に勧められ、溜息を零しそうになった。
「私、お酒苦手なんです。
直哉さん、私のこと気にしないで飲んでください」
笑顔でやんわり断ることを繰り返した。
少しも減らないグラスの中身なのに、全く飲まないわけにもいかず・・・少しだけ口にする。
目の前がぼやけて見えてくる。
このままじゃ本当に不味い・・・
ちょうど直哉も他の女性を会話に夢中になっている。
今がチャンス・・・
立ち上がりトイレで酔いを醒ますことにした。
足元が、フワフワしている。
後、少しだからトイレまでは我慢しなきゃ・・・
奈美はふらつく足でトイレに向かった。
更新遅めになりますので先にすいません。