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第一話 難の先には難

長くて読むのに苦労するかもしれません、なのである程度心を構えてお読みください。




 人、と呼ぶべきか、動物のようで人間の格好をした2足歩行で立っている生き物。仮に獣人とでも呼ぼうか。

その獣人に挟まれる形でこの物語の主人公は好奇の目に晒されながら背の高い台の上に立っていた。

主人公の首には何か文字らしきものが書かれた木の板をぶら下げ、手足には縄が絞められており、逃げられないようになっている。

 隣に主人公と繋がった縄を持っている獣人が日本語とは明らかに違う言語で大きく声を上げた。

その声を皮切りに周りの獣人らが興奮した様に目を血走らせて手を上げ、一人一人声を上げていく。

 主人公は不機嫌そうに目を細め、その光景を見ていた。


 何故こんな状況に陥っているのかと言うと、獣人らに捕まったからである。

あのゲーム画面に出てくるのような文字が消えた後、血塗れの手を拭っている最中にいつの間にか獣人らに囲まれてそのままここまで強制直行。

獣人を一人殺した為、牢屋行きなのかな、と主人公は思っていたが、眼前に広がる獣人達の前に立たされ、私は売られているんだな、と考え直した。この世界ではこれが常識なのかは知らないが。

 それと体中に付いていた血はここに向かう途中に水をぶっ掛けられて洗い流された。今思えば、商品の手入れだったんだな、と主人公は小さくため息をつく。

(しかし、人じゃないとはいえ、よく殺せたよなぁ、私)

 心は普通に落ち着いているし、と包帯の巻かれた手の甲を擦りながら、目を俯けた。酷使した為、ズキズキと手の甲が痛む。

(現実味のない事が身に起きてからかな)

 チラリと喚き興奮している獣人らに目を向ける。

(まあどちらにせよ、今置かれている状況を知る必要がある。捕まってしまったのは良しとしよう)

 湧き立つ買い物客の一人一人を観察した。

(これが吉と出るか凶と出るか、使い捨てにされなければいいがな)

 どう考えても獣人殺したのは不味かったよなぁ、と観衆から視線を逸らして顔を俯け、肩を下ろす。

(でもまあ、やりたい事が見つかったんだ)

 軽く息を吐いて顔を上げ、曇り空を見上げた。

(もう少し頑張って生きてみますか)





 その後、堅そうなたてがみに馬の顔に眼鏡を掛けた獣人から主人公は売られた。値段は分からないが、沢山の硬貨の詰まった布袋を手渡している。

(使い捨ての心配はなさそうだ。…多分だけど)

 この馬の獣人が拷問好きだったり、殺しが大好きなイカれた野郎だったりしたら非常に困る。

 そうならないように主人公の出来る事はただただ神に祈る事。

 主人公の首に掛かっていた木の板が外され、。

(そもそも、この世界を牛耳ってるこいつ等は日頃何食ってるんだ?)

 人とかじゃないよね、と、何か書類のような紙を受け取る獣人の姿をチラリと観察する様に目を向ける。

 この世界で初めて目のあった獣人の事が主人公の脳裏によぎった。

 主人公はブルリと全身を震わせ、、歩き始めるまで自身の故郷にいるであろう神に仏に父に祈り続けた。



 主人公の手首に繋がった縄を乗馬する方の馬に括りつけてそのまま歩かされる。勿論、馬の獣人は馬に乗馬している。

 その後ろに引っ張られる様にして付いていく主人公に、好奇の目が周囲から向けられた。

(私みたいなものが珍しいのか?)

 さっきから人間を見かけないしな、と、集まる視線を無視して周囲を観察する。

(元々この世界に人間がいないのか、それとも狩られる対象なのか)

 向けられる視線を払う様に意識を前に向けた。

 馬の上に馬が乗る。上に馬の獣人、下に日本でも目にする普通の馬。

(馬の上に馬を作る、ね。人風に言うと人が猿回しをするもんか)

 カッポカッポと歩く馬の姿と上に乗る獣人の姿を視界に入れながら鼻を鳴らした。

(そういえば、猿の獣人もいたな。いずれ私もああして猿同様、金を稼ぐ立場に回るのか?)

 そこまで考え、自身の思考に主人公は声を出さずに小さく笑みを作る。

(猿回しならぬ人回し、いやいや、もしかしたら檻に入れられ見世物小屋のようになるかもしれん。人と動物、ここまで来ると大差ないな)

 思わず声を出してクックック、と押し殺し損ね、笑う。

 その声に反応してか、馬に乗る馬は顔を傾け、チラリと此方に目を向ける。

 主人公は見られる前にすぐさまキリッとした表情を作り、前に向けた。

(この世界が好きになれそうだよ)

 主人公は獣人に連れられ、目的地に着くまで顔を俯けて笑い声を押し殺し続けた。





 街の離れの小さな屋敷の前に着いた。壁には蔓がはわせている薄気味悪い屋敷だ。空に鉄の錆びた様な毛をした鳥が飛び回り、屋敷の屋根からジッと此方を見つめている。

 いつの間にか雲一つない青空に黒い雲が覆いかぶさって、ゴロゴロと遠くから雷の音が聞こえてくる。

 その異様な屋敷の雰囲気に腰の引けたまま、ゴクリ、と主人公は緊張した面持ちで喉を鳴らす。

(ホント、人を喰う、なんてことないよね?)


 ぎぃい、と錆びた門がホラー映画の演出のように開く。

 馬とその上に乗った獣人はそのままその屋敷に進んでいく。縄のせいで引っ張られる形で主人公も屋敷へと足を進める。

 主人公は後ろを振り返った。屋敷の外には森が広がっている。ここまで来るのに、街を離れて一時間程かかった。

 街のあった先を見ていると、ゆっくりと門が閉まっていく。

(もうちっと祈るべきだったかなー)

 屋敷の脇にある小屋に入っていき、中にいた獣人に馬を引き渡す。杖をついて腰が曲がっている老人のような獣人だ。

 それから馬の獣人は主人公の手首に繋がった縄を持って屋敷の中へと消えていく。

 曇り空を見上げながら、そのまま主人公は引っ張られながら屋敷の中へと入っていった。




(ホンット、もっと神様に祈るべきだった)

 屋敷の中の壁という壁に、動物の、人の、よく分からない生き物の、首から上のはく製が大量に飾られていた。

 その光景を見て入り口で固まるが縄を引っ張られ、少し青ざめた顔のまま足を進めていく。


 中にいた使用人と思われる複数の獣人が馬の獣人に頭を下げて何か揃えて声を上げ、一人を残して各々仕事場に戻った。

 残った獣人と馬の獣人が話をしながら玄関から真っ直ぐにある金の扉を開く。

 扉の先に長い廊下が続き、一番奥に金色のライオンが今にも飛び掛かりそうに描かれた扉がある。廊下の両壁の一定の間隔でこれまた豪華な金色の扉。

 その扉の一つ一つ違う動物が描かれ、廊下の照明に照らされて光沢を帯びている。

 歩く廊下の壁に隙間なく色んなはく製が飾られ、不気味に影を作っている。

 笑顔のはく製、怒りに顔を歪めたはく製、恐怖に歪んだ顔のはく製、泣きじゃくるような顔のはく製、無表情のはく製、そういった様々な感情を顔に浮かべたはく製がこの屋敷中の壁に埋まっていた。

(趣味悪すぎだろ…)

 その光景を眺めながら、引き攣るようにして顔を歪めた。

 色んな髪の色、色んな肌の色、色んな種類の生き物。種類は様々だ。おまけに顔の表情もご丁寧に一つずつ違っている。

(結局どれも死に顔じゃねぇか)

 前を歩く談笑する獣人の頭を睨みながら小さく舌打ちをした。



 その後、廊下にある一つの扉を開き、階段を下りてその先にあった大きな錠の付いた扉を開ける。

 部屋に縄を解いて壁に付いている鎖に首を繋ぎ、馬の獣人と使用人は主人公を置いて鍵を閉めて部屋から出て行った。

「はぁ…」

 部屋の端に座り込んで顔を俯けたまま、ため息を吐いた。天気も悪くなり、外からは豪雨と雷の鳴る音が聞こえてくる。

(ホント、ついてないな)

 暗闇の中、稲光で光が入ってくる窓を見上げる。チャラリ、と、首の鎖が揺れた。

 首にある鎖を指でコツコツと小突き、先程見た光景を思い出す。

 十中八九、主人公をはく製にするが為に買ってきたと思われる。

 ここの獣人が特別そういう趣味なのか、それとも全体的に獣人がそういう性質なのか、と、首輪を小突き続けていた手を止めた。

(出来ればそういうのはあんまりいて欲しくないけどね…)

 主人公の脳裏に買われる時の獣人らの興奮した姿が浮かぶ。

(あそこにいた奴らは何が目的だったのかな)

 主人公は、面倒な事になった、と、疲れた風にしてため息を吐いた。



 そういえば、と。主人公は先刻見た大量のはく製を頭に思い浮かべる。色んな生き物、色んな髪の色、色んな肌の色のはく製があった、が。


「黒髪の人間はいなかったな」


 主人公は自身の前髪を手ですくい取る。

(あんなに獣共が興奮していたのは物珍しさからか)

 首元まで届かないような長さの後ろ髪に手を通し、髪の手入れは結構やってたみたいだな、と柔らかな髪の感触を味わった。

(これからそういう暇はなくなると思うけどね)

 髪から手を払い、立ち上がった。チャリチャリ、と鎖の音が響く。壁に繋がる鎖を持ち、力の限りに思いっきり引っ張った。

 ビイィン、と、鎖が振動しながら真っすぐになる。

 チラリと入り口の方を見て耳を澄ます。雷雨の音以外何も聞こえない。

(イカれた野郎のいる屋敷にいつまでもいられるかよ)

 近づく足音が聞こえない事が分かると、次は三度引っ張った後、ピタリと動きを止めてまた耳を澄まし、確認する。


 それを274回繰り返して手を休め、壁と鎖の付け根に顔を近づけた。

 ジッと僅かに罅が入った付け根を見た後、鎖を軽く引っ張る。壁に付いた螺子が僅かに揺れた。

 よし、と主人公は鎖を離して床に座り込み、少し疲れた体を休める。

(問題はタイミングだな)




 それから少しして、獣人だが馬ではなく年老いてしわしわの羊の獣人が部屋を開けて入ってきた。

(さっきの馬小屋の奴か)

 ジッと観察する主人公を尻目にプルプルとした動きで、手にぶら下げていた袋からパンと木の実を取り出し、主人公の前に差し出した。

 主人公は恐る恐るその二つを手に取ると、老羊の獣人は曲がり切った腰をさらに曲げて主人公に頭を下げた。

 下げられた頭に主人公は軽く目を見開いて戸惑う様子で小さく、ども、軽く頭を下げてお礼をする。

 老人は頭を上げたかと思うと、よろめきながら主人公に背を向け、よぼよぼと歩いて扉をくぐり抜けて消えていった。

 バタン、と閉められ、静かに鍵をかけられた扉を数分ほど呆けた顔で見続けていた。

 それからハッとして、今のチャンスだったじゃねぇか、と頭を抱えてバタバタと足を動かした。



 済んでしまったものは仕方がない、と頭を切り替えた主人公は手に持ったパン、それとテニスボール大の木の実に目を向けた。

(この木の実なんだろ?)

 木の実をツンツンと指で触れる。それから耳を付けて澄ませた。


 無音。何も聞こえない。

 主人公はパンと咥えて両手で持ち、一度思いっきり振り、耳を付けて澄ませる。

 中からポチャポチャと水の音がする。

 なるほどね、と咥えていたパンを手に持ち、もう片方の手を使って木の実を壁に叩き付ける――――直前に視界に文字が浮き出た。


【かしの実。水に浮かび、殻は堅い。中には糖分の含まれた水が入っている。大量に摂取すると下痢になる】


 その文字とほぼ同時に、パキッ、と木の実の一部が割れ、白っぽい水が零れ出る。

 現れた文字と零れ出る木の実を見る。

(そういえばそうだったな)

 忘れてた、と口から小さく漏れた。

 主人公は手に付いた水をペロリと舐め取った。何度か口を動かして吟味する。

(甘ったるいな。綿飴を飲んでいるみたいだ)

 パンを千切って不味そうに唇を歪め、口の中に放り込む。贅沢言えないか、と、木の実を少しずつ傾けて口に注いだ。


 人一人、はく製にするのはかなりの準備が必要なはず。だが、自身の手の平を見つめる。

(日常的に趣味をしている奴は、そういう準備は既に整っているかもしれん)

 あまり時間を掛け過ぎるとはく製にされてしまう。

 ギュッと手を握り締める。それから胸の前で腕を組み、そこに顎を乗せ、扉に顔を向ける。

(出来れば今日中にオサラバしたいところだが)

 扉の先にある階段を透かし見る様に目を細めた。




 昼時、外へと続く扉が音を立てて開く。

 主人公買った馬の獣人だ。それからその後ろにはトカゲの顔に腰に剣を帯びた人型の生き物が此方を見ていた。仮に竜人と呼ぶ。

 馬の獣人は手前に落ちている木の実の殻を拾い上げる。それから竜人は後ろに下がり、竜人に何か話をして部屋を出て行った。

 主人公はその様子を光の消えた目で観察し続けた。

 竜人は鎖の付いてある壁に目を向け、ジロリと主人公を睨み付けた後、視界を外さずに部屋から出ていき、扉を閉めた。

 主人公は離れていく靴音を聞きながら無機質な目で扉をジッと見続け――――――、大きくゆっくりと息を吐いた後、目に力が宿った。


(ばれたかと思ったよ)

 チラリと鎖の付いた壁を見る。

 獣人の方はともかく、戦士の格好をした竜人はこういう手合いにはなれているはず。いやよく分からないが雰囲気で、と軽く鎖を引っ張った。

(これも使わずに済んでよかったよ)

 ベッと出した舌の上に木の実の破片が乗っていた。

 それを手の上に吐きだし、見下ろす。

 そして。


【かしの実の殻。堅い。噛むととても甘いが、摂取すると確実に下痢になる】


 この殻の部分を齧ってしまうと下痢になる。

(ああやって丁寧にはく製を作る輩には、造形が崩れるのが我慢ならんだろう)

 欠片を指に挟んで揺ら揺らと揺らす。

 それも珍しいものならなおさらだ、と、揺れる、尖った破片の先端を見る。

 下痢の間は、はく製にされる事はない、と思われる。

 不気味ではあったが、丁寧に保存され、手入れをされたはく製の光景を思い出す。

 痩せ細っていく体は嫌なだろう。最も綺麗な形に残したいはずだ。


 まあ時間稼ぎだな、と小さくため息を吐く。

 悪あがきにしかならないが、やらないよりマシ。主人公はまだまだ死ぬわけにはいかないのだから。

 でもあまり使いたくない手だ。

(そもそも痩せる程度の効果で、はく製作りに影響があるのか)

 まあ何にしても上手くいってよかった、と破片を指で上に弾き、宙へと舞った。


 もう時間もない、雨雲で薄暗い外を窓越しに見上げる。ざあざあと降る雨が主人公の耳に届く。

(今夜が山場だ。もういつはく製にされてもおかしくない)

 ゴロゴロと雷の鳴る音を聞きながら地下の薄暗い闇の中、組んだ足の上に顎を乗せ、扉に目を向ける。

(チャンスは必ず来る)

 ピカッと数回稲光が走り、その暗闇から主人公の姿が映された。




 そしてその時はやってきた。


 カツンカツンと靴音がこの地下部屋に近づいてくる。それも二人分。

 やはりか、と小さく舌打ちをした。外では風や雨はひどくなり、雷が鳴り続けている。


 扉の前で靴音が止んだ。

 座ったまま生唾を飲み込み、扉をジッと見る。

 両腕は胸の前で組んでグッと拳を握った後、手の力を緩める。


 ぎぃい、とゆっくりと扉が開いていく。

 窓から部屋を照らす雷がピカピカッと2度入ってきた。

 扉の先にいる二人は、馬の獣人と、戦士の竜人。馬の獣人は手にランプを持ち、地下を薄っすらと照らす。

 主人公は組んだ腕に顔を埋めたまま、さとられない様に視線のみを上にあげる。

 前には獣人、その後ろに竜人が腕を組んで控えている。此方に歩いてくる二人を主人公はギラギラとした目でその動きを見定める。

 獣人は主人公の手前に放る様にしてパンと木の実の置いた。その後ろ近くに竜人は何時でも動ける様に腰に付けた剣の柄に手を置いている。

 まだだ。まだ動くときじゃない。ゆっくりと呼吸をし、主人公は二人を視界に入れる。


(チャンスは必ず、来る)


 身を小さくし、顔を腕に伏せる主人公。

 獣人は後ろに下がり、扉の方へ向かう。竜人は隙を見せず、此方に目を向けている。

 獣人と竜人が隣合う、その瞬間窓から一際大きい雷鳴と共に雷光がこの地下を一瞬で白く染め上げた。

 その音と光に獣人と竜人はビクリと硬直し、動きを止める。



(ここ、だッ!)



 主人公はギラリと目を鋭く光らせ、立ち上がりながら腰を捻り、鎖を両腕で思いっきり引っ張る。

 ボンッ、と大きく壁に罅を走らせ、鎖は外れた。その音と主人公の姿は耳を貫く様な稲光で聞こえず、部屋を眩しく照らす雷光で見えない。

 気付いてないッ!と息を鋭く吐き、そのままの勢いで遠心力にまかせる。主人公の全体重を掛けて振った鎖が眩しそうに手を掲げて口を開く竜人のこめかみに直撃―――――寸前、竜人は首を曲げて後ろに飛ぶように回避された。


 バシッ、と、その隣で目と耳を伏せていた馬の獣人の頭へと鎖が当たる。少しの血と肉が飛び散った。その結果、馬の獣人は声も上げず、ドスンと倒れ伏す。


 主人公は血と獣人の毛の巻き付いた鎖を手元に戻しながら倒れた獣人へを人質にしようと駆ける。

 血を流す獣人のたてがみに手が触れる直前、ゾクリと首に寒気が走った。本能に任せて後ろに下がり、鎖を手前に掲げて防御の姿勢を取った。

 そこに、ギンッ、と、鉄の刃がぶち当たった。


 ブチブチと鎖が千切られ、ぐっ、と呻き、腕に力を入れて無理矢理刃の軌道を逸らす。


(なんつう力だ、よッ!)

 鎖を象った鉄の輪が音を立てて飛び散り、鎖が真ん中から斬られる。損害は鎖の両断、それと僅かに服を掠る程度に収まった。

 ビリビリと痛む手を感じながら、扉の前に立つ竜人を睨んだ。竜人の足元には頭から血を流して気絶する獣人が倒れている。

 人質はとれそうにない。クソッ、と心の中で唾を吐き、次なる作戦を考える為、主人公の脳がグルグルと回転させる。

 両腕には半分になった2つの鎖。右手に首に繋がる鎖、左手に首に繋がっていた鎖。

 眼前に立つ、竜人が血走った目で唸りながら主人公を睨んでいる。


 膠着状態。


 竜人は前に出過ぎれば足元の獣人が人質に取られる可能性がある為、動けない。

 主人公が前に出過ぎれば竜人の剣の元、命を絶たれてしまう故に前へ出れない。


 主人公は心の中で大きく舌打ちをした。

 時間は相手の味方だ。このままこの状態が続けば、いずれ相手に援軍が来るだろう。

 いっそのこと玉砕覚悟で突っ込むか?、と、考える主人公の目にあるものが入ってきた。

 それはギリギリと歯を鳴らし、目をギラギラとさせて此方を睨み続けている竜人の姿だ。


(これは――)


 試してみる価値はあるか、と、鎖をだらりと垂らし、馬鹿を見るような眼差しで竜人を見た。

 竜人がキョトンとした後、剣を握る手からは、ビキリッ、と、音を立て全身から怒気を発する。

(言葉は通じずとも、挑発は分かるのか)

 主人公は顔を下に向け、詰まらなさそうな雰囲気を醸し出して足元に落ちてあった木の実をコロコロとつま先で転がす。

 竜人の怒気で周囲の空気が震える。いや、怒気は既に殺意へと変わろうとしている。

 そして主人公はその空気の中、カタカタと怒りと殺気の入り混じる。

 その入り混じった強すぎる感情で体が微かに震える竜人をチラリと見たかと思うと。



「ハッ」


 子供の癇癪を見るような目に、ちっぽけな存在を嘲るように顔を作り、滑稽な姿に失笑したかのように息をこれ見よがしに吐き出した。



 その瞬間耳を劈く様な殺意に濡れた咆哮が屋敷を包む。

(面白いぐらいに乗ってきたな。ちょっと乗りすぎな気がするけど)

 感情の爆発したかのような唸り上げながら、竜人は弾丸の様に飛び掛かってくる。

 雷光が憤怒の形相をした竜人を一瞬だけ映し出す。

 主人公はその顔目掛けて足元に転がる木の実を蹴り飛ばし、それと同時に、殺意を滾らせた竜人へと、体勢を低くして突っ込んだ。そして鎖を竜人の左目目掛けて振り切る。

 竜人はさらに加速し、突っ込むようにしてその鎖を回避。木の実は鱗で覆われた額に打ち砕かれ、細かくなった破片が宙へと舞った。

 怒りに身を任せて竜人は一段と大きな雄叫びを上げ、剣を振りかぶる。そして、ギシッ、と振りかぶった腕が一瞬止まる。

(いくらなんでも過剰すぎる反応だろッ!)

 主人公は背を後ろに傾け、首を捻りながら後ろに跳び、回避の行動に移る。


(はやい―――ッ!)


 その剣速は人間が出せる速度ではない。人の身である主人公にこの攻撃は避けられるはずがない。

 このままだと跳んだ主人公の回避が終わり切る前に、相手の攻撃が完了してしまう。 

 ならば、と、途切れた鎖を、眼前にまで投げ上げる。

 竜人の強靭な腕から解き放たれた一撃は、空中に散らばる木の実の欠片を粉砕しながら撒き散らして迫り、主人公の顔へと向かってくる。

 避けられない速さならば、避けられる状況を作るまで。

 主人公はフッ、と、口に含んでいた小さくなった木の実の破片を竜人の眼球目掛けて吐き飛ばす。

 ガチィンッ、と主人公の顔と剣の隙間に鎖が縫うように飛び込み、挟まった。

 極限まで集中した主人公の目には鎖の輪をゆっくりと荒く切断し、顔へと向かってくる刃が映る。

 バツンッバツンッ、と、鉄の輪を弾き飛ばしながら刃の先端が掠るように顔の左側面に触れた。

 ここでようやく竜人の目に破片が当たる。瞼に弾かれてしまう。それでも一瞬怯み、速度が落ちる。

 その僅かな間を使い、触れる刃を受け流すように首と背を捻り、素早く回転するように後ろに下がりながら止まった。


 回避、成功。

 回避不能の一死の一撃から生還する事ができた。

 ツー、と、左目の下に一筋の赤い線が出来る。そこから頬から首へ伝って血が流れ落ち、床に小さく血痕を作った。

 目をやられずに済んだ、と血を拭いもせずに油断なく構えを取る。


 その結果を見た竜人は牙を歪め、ぎぃい、と、牙が軋んでいる。

 その竜人の口を見て主人公は目を薄める。

 竜人はグッグッグ、と血走る目を細め、口の端を伸ばし、苛立ったように全身の鱗がギシギシと音を立てる。

 そして竜人が一歩前に踏み出した、その直後、ピタリと顔を硬直させ、動かなくなった。

 竜人はうろたえる様に体を曲げて僅かに頭を俯ける。片手を腹の上に置き、唸りながらその場に屈みこんだ。


(効いたか)


 油断せずにその竜人の様子を一時観察。

 手から剣が零れ落とす竜人を見、ふぅ、と、大きく息を吐き、体の緊張を緩め、腰の抜けて様に床へと手を付けた。

 ぎゅるぎゅるぎゅる、と、竜人の身体から凄い音がし始める。竜人はその巨躯を強張らせ、プルプルと震わせている。

「疲れた……」

 頭から流れる汗と頬の血が混じり、ポタポタと床に落ちた。

 ごしごしと袖で汗を拭い、少しばかり足を震わせ、腰を上げる。

(なんとか勝てたか)


 主人公は床に唾を吐き捨てた。唾の中に茶色の小さな破片が入り混じっている。

 お腹から凄い音を出しながら顔中から脂汗を垂れ流して蹲る竜人を眺め、ホッと息を付いた。

 竜人の子の異変は最初の攻撃時、口に含んでいたこのかしの実を息と共に飛ばし、開いた竜人の口の中に跳び込ませたからだ。

 その後の戦いの最中に飛ばした物は半分になった木の実の破片。

(賭けだったけど上手く行ってよかったー)

 正直、効果は期待していなかった。相手の隙が出来れば儲けもの程度の認識だった。

 それにしても、と、血の流れる頬を拭い、体中から汗を流して項垂れる竜人に近づく。

(軽い下剤程度かと思ってたけど)

 ここまでひどいとは思わなかった、と、主人公は小さく呟いた。


 竜人の傍らに落ちている剣を拾う。

 重いな、と、両腕で一振り。それから眼前に掲げ、刃を眺める。

 刃渡り約120cm。厚み4cm。

 ジッと磨かれた刃を見つめる主人公の視界に文字が湧き出した。

(また忘れてた)

 剣を肩に置き、その文字を読んだ。

【鉄の剣。量産型。安価で手に入り、丈夫】

 ふうん、と、鼻を鳴らすが、主人公は何か違和感を覚える。

 その違和感の正体を突き止めようと考えようとする、が、足元か大きく唸る竜人の声が耳に入ってきて思考が途切れる。

 腹痛に震える竜人の体をジッと見下ろす。

(ま、相手も殺す気満々だったしね)

 手に持った剣を真上に振り上げ、グッと柄を握り締める両手に力を入れた。

 その腹痛で脂汗が流れる竜人の首に狙いをつけ、叩き下ろす――――――――前に扉の先からドォン、と、遠くから響いてきた。


 剣を振り上げたまま、開いている扉の先にある暗闇に目を向ける。

 また同じような音が暗闇の先から響いてくる。扉がゆらゆらと揺れていた。

 ゆっくりに剣を下ろし、その暗闇に体ごと向ける。

 その瞬間、一際大きい音と共に小さく部屋ごと揺れた。

 主人公は剣を持ったまま扉に駆け出し、一瞬、竜人を見るが、先程より部屋が大きく揺れ、扉をくぐり抜けた。

 階段に一段、戸惑うように足を掛け、すぐさま暗闇を駆け上がっていく。



 階段の先にあった扉を開けようとするが鍵が掛かっているようだ。

 鍵の掛かる扉に耳をつけて扉の向こうに意識を集中する。

 扉の前を2人分の靴音が通り抜ける。

 その音が聞こえなくなるまで耳を澄ませ、静かに扉から耳を離した。

(屋敷の主を探しているのか?)

 チラリと後ろに広がる暗闇に視線を送り、少しの時間、思案した後、もう少し様子を見るか、と、扉に目を向けた。


 扉の隙間に剣を差し、てこの原理で無理矢理開けようと柄に力を入れる。

 ミシミシと音が扉からか剣の刃かは分からないが、少しずつ扉が開き、光が漏れ始まる。

 ボンッ、と、扉が荒々しく開いた。

 光が主人公を明るく照らす。眩しそうに目を押さえながら周囲を伺う。

 相変わらず趣味の悪い物が廊下の壁に掛かっているが、辺りには人の気配はしない。

 廊下の床には泥のついた足跡が辺りの扉の向こうへと続いている。

 入口の方にある大きな扉がぶち破られていた。

(物取りか?)

 扉を静かに開け放ち、剣を杖のように床につき、廊下に出た。

(何にせよ、長いはしない方がよさそうだ)

 剣を肩に担ぎ、廊下を抜けようとしたが、剣の重さに違和感を覚え、立ち止まる。

 剣を下ろし、前へと持ってきた。刃の先端がなくなっている。欠けている。

 バッと首を即座に動かし、顔を扉に向ける。その欠けた先端が扉の真下に落ちていた。

(マジか)

 扉に近づき、刃の先端を拾い上げた。

 キラリと光る先端と先端の欠けた剣を両方見て、小さくため息をついた。

(幸先わりぃ)

 軽くなったしいいか、と、顔を上げて軽く片手で剣を振る。

 それから剣を改めて担ぎ直し、刃の先端を放り投げて入口へと続く廊下を駆け抜けていった。



 壊れた扉の隙間から廊下の外を隠れようにして屈んで覗く。

 玄関は床や階段が足跡で泥だらけ、はく製や高級そうな壺などが粉々になり踏まれ荒らされていた。

 外へと繋がる屋敷の扉は真ん中に人が余裕に潜れそうな大きく穴を空けられている。

 出入り口付近には剣を腰の帯びた竜人と獣人が1人ずつ此方に体を向けて話を交わしていた。

(こっちは2人、か。奥へ入っていった奴らと合わせると4人)

 面倒な事になった、と、隙間から顔を外す。反対側の廊下の先にある扉に目を向けた。

 此方の扉と同じく、取っ手を壊されている扉があった。

(ここにいてもいずれ見つかる)

 地下へ続く扉に視線を移す。

(他の場所に隠れようとも結果は同じだ)

 玄関へ続くの扉に顔を向け、ゆっくりと立ち上がった。担いでいた剣を片手のみで静かに腰の位置まで下ろす。

 ならば、と、剣の柄を握り締め、力を貯める様に腰を落とした。

 主人公は片手で力強く扉を開け放つ。その物音に驚き、此方に顔を向ける2匹。


(道を切り拓くまでッ!)


 開け放った扉から野を掛ける犬のように主人公が飛び出した。外への脱出口へと繋がる出入り口を目指して。

 その進行方向に獣人と竜人が立ち塞がり、獣人のみが剣を抜き去る。

 2人は横に並び、走ってくる主人公に対し、竜人は腕を組み、獣人は軽く剣を構る。

 獣人と竜人、2人の顔には嘲る様にして顔を歪めている。

 油断。この2人は明らかに主人公を脅威と思っておらず、油断しきっている。

 チャンス、と、そのままの速度で2人へと迫る。

 そして2人の剣の当たる距離まで来た。

右にいる獣人が剣を横になぎ払う。速い。獣人は軽く振った風だが、主人公の出す剣速よりずっと速い。が。


(地下であったのよりずっと遅い―――ッ!)

 グンッ、と体勢を低くし、なぎ払う剣掻い潜る。

 その勢いで剣を獣人の堅い毛皮の隙間、足首の付け根を切り払った。

 獣人は小さく声を上げてよろめく。

 竜人は顔で驚愕した感情を表し、横を抜き去ろうとする主人公へ腕を解き、剣を抜きながら薙ぐ。

 ブンッ、と、あまりの速さに竜人の剣が霞む。

 今度のは地下の剣速と同等、いやそれ以上のスピードで迫ってくる。さっきの獣人のそれとは比べ物にならない。

 正面から斬り結んでいたら、やられていたかもしれない、最初から剣を構えられていたら不味かったかもしれない。が。

 それはたらればの話。現実には油断し、剣を抜いてすらいなかった。

 ドンッ、と、主人公は竜人の軸足を真横から踏む様に思いっきり踵で蹴り抜いた。

 結局その剣は完全に抜けは立たれる前に、失速する。

 怪我を負わせるまでには至らなかったが、竜人は軸足を崩された事で獣人の上に倒れる様に大きく体勢を崩した。

 そして二人の獣人と竜人を完全に抜き去った。

 背後で2人が倒れる音を耳にしながら、その勢いで外へと繋がる扉の穴へ転がる様に頭から飛び込んだ。


 ゴロゴロと雨でべチャべチャになった地面に転がり、止まる。


 外だ、と、口から零れる。

 月の光に照らされ、真っ暗とは言えないが、森の中に入ってしまえば逃げ切れる暗さだ。

 後ろからさっきの2人の喚き声が聞こえてくる。

 泥まみれになった体を拭う時間も惜しいと即座に足を動かして屋敷の門へと走る。


 門へ到着。そのまま大きく開いている門を抜け――――――即座に飛び下がった。

 今主人公のいた場所にビィインとしなる槍が突き刺さっている。

 そしてその場所に大きな影が差したかと思うと、ドンッ、と、巨大な人影が空から降り立った。

 主人公の背を向ける形で今まで見たどの獣人、竜人よりもずっと大きい体をした竜人が立っていた。

 その巨大な竜人はその槍を引き抜き、くるっと主人公に体ごと振り返る。

(……ホント、ついてないよな)

 体は鎧を纏っている為分からないが、その剥き出た顔は古い切り傷が多く刻まれている。

 おそらく、幾たびの戦を超えた歴戦の戦士だろう。地下で会ったあの竜人とは図体も気迫も大きく違う。

 何となくだが、と、柄を両手で持ち、構える。

 主人公の後ろからはあの獣人と竜人の2人組みの駆け足して此方に向かって来ていた。

 主人公は舌打ちしたい気持ちを抑え、後ろから来る2人組も視界に入れる。

(前方の馬鹿でけぇのはさっきみたいにはいかなさそうだ)

 巨大な竜人は槍すら構えていないが、先程から此方を観察するように眺めている。

(それにあのなっがい槍だ。縦しんば抜ける事が出来ても、後ろから貫かれちまう)

 肩に担いでいる槍をチラリと意識を向け、巨大な竜人の顔を見た。

(さっき見た感じじゃ、槍投げも得意そうだし、こいつだけは殺しておかないと不味いな)

 色々と思索していた主人公の背後で声が上がった。

 その声に反応して巨大な竜人が後ろの獣人と竜人らに何か話す風に声を掛ける。

 何だ?、と、前方にいる竜人と後方にいる2人組の会話らしきものに耳を傾けた。


(……)

 聞くのはいいが、何を話し合っているのか全く分からない。

 やはり言葉を覚えないと不味いな、と、この隙に刃と柄についている泥を拭う。

 話し合う内容は分からないが、大きいほうの竜人はこいつらのボスのようだ。背後の2人はでっかい竜人に頭を何度か下げている。

 巨大な竜人の首を取れさえすれば、戦況は傾く。

 取れさえすればだが、と、ポツリと零れる様に呟いた。

 主人公の前に立つ巨大な竜人はその呟きに反応し、此方を驚いた風に凝視する。

 目をひそめ、その行動に警戒する様、剣を構え直す。

 そしてその竜人は何かポツリと呟くと槍を一振り、それから無造作に詰め寄ってきた。

(来たか)

 歩き詰め寄ってくる竜人に、主人公はジリジリと後ろに下がる。

 これ以上は下がれないな、と、チラリと後ろに目を向ける。その一瞬を突くように竜人が加速した。


 その巨体で瞬きする間もなく、目と鼻の先まで槍の矛先が突きの形で顔に迫る。

「――ッ!」

 首を傾け横に跳びつつかわす。それと同時に丸太の様に太い足が胴体目掛けて飛んでくる。

 鋭く息を吐き、手をその蹴りに沿うように合わせ乗せ、飛び箱の要領でそれを飛び越える。

 ぎゅん、と、一転二転三転と空を回り、着地する。

 思いっきり着地した影響で足が痺れる。が、それを無視して剣で弧を描きながら竜人の背へと出せる力を思いっきり込めて叩き付けた。

 ガィイン、と剣が震えて手が痺れた。主人公は小さく舌打ちをした後、後ろに跳び下がり、槍の間合いから遠ざかった。

(鉄みてぇにかったい鱗だな)

 その巨大な体を睨みつける主人公に対し、剣を背に当てられた竜人はキョトンと目を広げ、ガチンと牙を鳴らした。

(あの鱗はこの武器では突破できない)

 ならば、と意識を硬い鱗のない顎の下、首の付け根に向け、睨みつける。


 竜人がグイと口の端を上げたかと思うと、素早く一歩踏み出して槍を突いてきた。

 ボッ、と、荒々しく風をかっ切りながらまたも顔目掛けてその突きが飛んでくる。

 今度はステップと踏む様に危なげなく横へと避けた。

 主人公は前と踏み出そうとするが、相手はすぐさま槍を引き、そして突いてきた。

 小さく唸り、主人公はそれを回避する。が、竜人はまたもや槍を素早く引い、突く。連続で何度も何度も突きを繰り返す。

 必死に避け続けるが、少しずつ体を掠めていく。

(読まれてきているのか、甚振っているのか、どちらにせよこのまま避け続けても体力が削られるだけだ)

 主人公は避け、槍が完全に突かれると同時に足を使って泥を空中へと撒き上げる。

 体勢を戻す。それと同じ時間で槍が完全に引かれた。一歩前へ出ようとする。それに合わせる様に槍が顔へと向かってくる。が、前へ進めず、その場でその槍を避けた。

 そして体勢を戻そうとする。槍は引かれて竜人の手元へと戻る、前に槍の返しの刃の部分に剣の刃の根元をかみ合わせる様引っ掛けた。

 グッと手に力を入れ、槍が戻ろうとする勢いを利用し、体勢を戻す。

 主人公は剣を槍にかみ合わせたまま背後へと押しやる。が、主人公には竜人と対抗する力がない。そこで先程撒き上げた泥が役に立つ。

 泥のせいでズルッと竜人の手の中で一瞬だが槍が滑る。

 一瞬。その一瞬を利用し、一気に前へと出た。

 槍の返しと剣の刃の根元が離れる。

 剣の刃は槍の柄を沿い、火花を散らす。

 前へ前へ駆ける。

 槍を手元へと引き戻され始めた。

 このまま速度を落とさなければ、槍が戻りきる前に竜人の首、鱗のない急所を斬る事が出来る。

 竜人が蹴りを轟音と共に放つ。胴を狙い、飛んできた。

 主人公はその蹴りに自身の足で踏み上がり、跳ぶ。

 回転しそうになる体を、ガギンッ、と、戻ってきた槍の返しの刃に剣を合わせ、無理矢理殺す。


 竜人は自身の蹴りの力を利用され、槍が、止まる。

 ジーンと痺れる腕を無理矢理動かし、槍から弾くように剣を竜人の首目掛けて一閃。


 スパッ、と、首、だが薄皮一枚程度、傷を残しただけで終わる。

(避けられた―――ッ!?)

 驚愕する主人公に先程竜人の蹴り放たれた足が再び返ってくる。


 クソッ、と、その蹴りに足で迎撃する様に構える。

 当たったと同時に足を伸ばし、威力を殺す。が、ミシリと全身の骨が悲鳴を上げる。

 その一瞬後、ボールの様に勢いよく真横に弾き飛ばされた。

(不味いッ!)

 風を切りながら真横に飛ぶ主人公の身体は屋敷へと向かっている。このままの勢いで当たるとカエルの様に潰れてしまう。

 主人公は片足を振り上げ、泥だらけの地面に振り下ろした。

 叩き付けた足は嫌な音を立てて弾かれ、そのせいで全身は勢いよく回る。主人公は回転する勢いを利用して、剣を叩き付けた。その瞬間、手の甲から肩に掛けて、痛みが走る。

 顔を歪めるが、その痛みに耐え、剣を地面に突き刺す。だが、剣は手から離れ、雨で濡れた地面をゴロゴロと転がり、泥を撒き飛ばしながら屋敷の外壁にぶち当たった。

「ガァッ!?」

 壁から崩れる様に水溜まりに顔から落ちた。

 地面の水が落ちた勢いで辺りに飛び散る。腕を突き、立ち上がろうとするが、壁に当たった衝撃で体中が震えて上手く足を付けない。

(死なずに、すんだか)

 ゴホッと口から血が垂れ出る。意識の霞そうな主人公に重たげな足音が近づいてくる。

 痛む体を無理やり起こし、向かってくる巨大な竜人にと顔を上げる。主人公の前方には槍と、先端の欠けた剣を持った竜人が立っていた。

(……九死に一生拾ったが、今度は取り零しそうだ)

 その先端の欠けた剣を手に持って何か話しを掛けてくる竜人に痛みと激痛で遠のきそうな意識で視線を向ける。

 その周りには先程の獣人と龍神の2人組の他に2人の住人と竜人が此方を眺めていた。

 そういえば屋敷の奥に入っていた奴らがいたな、と、壁に背を付けながらゆっくりと立ち上がる。


(敵は5人。武器はなし、ろっ骨を何本か折れ、片足はねんざと脱臼、右手の指は折れ曲がり、左腕は感覚がなく、首には鈍い痛みが走り、意識は朦朧としてるときた)

 内臓も痛んでるみたいだな、と口から垂れた血を拭った。

 前方に立つ獣人竜人らは皆人間より遥かに高い身体能力を持っている。

 そして真ん中にそびえ立つ巨大な竜人。他のものよりさらに上へといく。

(武器を奪いつつ、でっけぇ竜人を殺して速やかにこの場から離れる)

 それも短時間で、と、あばらを服の上から押さえ、項垂れる様、腰を落とす。

(それとも惨めに命乞いをすれば見逃してくれるか?)

 血を吐き、視界を5人から離さないよう、目を向け続ける。

(普通の奴らなら十中八九、面白半分に遊ばれながら殺され、残りはなぶり飽きられ、良くて奴隷か放置)

 だが、と、未だに愉快な表情を浮かべ、話しを続けている巨体の竜人に視線を向ける。

(こいつのせいで十中八九が十中十中問答無用に殺される気がする)

 これは何となく、ではなく今までの戦う顔を見ていたら嫌にでも想像がついた。

 戦いを楽しむイカれた戦士の類。

 狂人が……、と、その古傷だらけの顔を睨みつけた。

 その目に反応してか、にぃい、と牙を見せて笑い、持っていた剣を放り投げ、主人公と竜人らの間の地面に突き刺さる。

 主人公はその突き刺さった剣を見ながら血の混じった唾を吐き捨てる。

(武士の情けって奴か)

 突き刺さった剣にヨロヨロと痛む体を抑えながら足を向ける。

 そして剣の傍らにつき、折れ曲がった指を無理矢理引き伸ばし、柄を握った。

 剣を引き抜いて腰を落とし、刃の先を背後に向ける。

 そして一歩、前へ踏む出す前に尖った何かを放り投げられた。

 投げられた物は主人公の足元まで滑ってきた。剣の刃だ。それも主人公が持っている剣の折れた先端。先刻、廊下に置いてきた物だった。

 またもや巨体の竜人は何か主人公に話を掛けてくる。

 大方、この剣の先端がついてたらの話しだろう、と、その刃を見下ろす。

 顔を上げて睨んでくる主人公に竜人は話すのをやめ、片手を横に払い、周囲の獣人らを遠ざけた。

 主人公は口に手を当てて大きく咳を込み、地面へと手を付ける。

(この状態では、そう長く戦えない)

 剣を杖のようにして体を支え、ゆらゆらと立ち上がる。

(短期決戦。これしかない)

 刃を引きずり、よろめきつつ竜人へと足を向ける。

(可能性はほぼゼロ、勝てる見込みは殆どなし)

 竜人の槍の間合いの人間の一歩分。そこでピタリと止まる。

(例え成功しても助かるかどうか)

 主人公は息を深く吐く。それに合わせる様、竜人は槍を突きの構えを取った。

 槍の長さは人間の足で約7本分。竜人の首に近づくには7回の隙を、首を取るには8回分の隙を作る必要がある。


 でもま、ゆっくりと崩れる様に体勢を低くし、眼光を鋭く放ち、竜人を前髪の先からすかし見る。


(それでもやるしかない、かッ!)


 鋭く息を吐き、主人公は、ヒュン、と、剣を竜人に突き刺す形で投げた。それに反応した竜人が剣を迎撃する為に槍を払う。

 払い飛ばされる、前に主人公は今まで見せた速度より速く駆け、限界まで手を伸ばして自身の投げた剣を取った。

 1歩。

 直ぐ様、槍は主人公へ目掛けて飛んでくる。それを頭から泥に突っ込んで回避。髪を掠めたが成功。

 これで2歩。

 その泥を掬いとる様に剣を振り上げ、戻ってくる槍の返しの刃を止め、泥の中を滑りながら立ち上がる。

 2歩分進み、合計4歩進んだことになる。

 今度は薙ぎ払うように槍が右から迫る。その槍の軌道を逸らす様に剣を持つが、この威力だと迫る槍を完全に逸らせない。

 剣の刃を頭で押さえ、無理矢理槍の軌道を逸らした。

 5歩半。

 そのまま槍は回転、槍の刃の反対側にある石突きが主人公の額を狙う。

(不味い―――ッ!)

 その石突きが直撃、寸前に上から竜人の顔に泥が振り掛かってきた。

 先程主人公が剣を振り上げるときに掬い上げた泥の塊だ。

 石突きを泥だらけの地面に転がり、回避。

 これで7歩半。竜人の足元まで到達した。


 竜人の顔からは泥は拭われ、主人公の顔を突き殺す様な視線を向けている。

 竜人は槍を片手に持ち、もう片方の手を主人公に振り落とす。

 丸太の様に太い剛腕が唸りを上げて向かってくる。

 ただ素手だが、竜人の腕には鉄のように硬い鱗が覆われている。それは竜人が持つ天然の凶器になる。

 あの堅い鱗で覆われ、人の力をはるかに超えた威力と速度で迫る拳を、この剣で逸らすことはまず出来ない。

 飛んで躱すにしても捻挫した足では、ここまで走ってくる事で精一杯で完全に避けきる事ができない。

 手を使い、飛び越えたとしても、この霞むような意識ではその回転する勢いで空中で気絶をしてしまう。

 ならば、と、その欠点を全ての長所で埋めればいい。

 剣を地面に突き刺して柄に足を掛け、降り掛かる鱗の豪腕に手を乗せて飛び越える。空中で遠のきそうになる意識のまま竜人の首、その鱗のない急所に目を向ける。

 手に剣はなく、苦労して到達したこの隙を突く武器はない。

 先程の戦いと一緒だ。前の戦いも、もし先端があったらこんな苦労はしなくてよかったはずだ。

 だが、たらればの世界はない。このままでは主人公はさっきと同じく吹き飛ばされ、いや叩き潰されて殺されてしまう。


 主人公の袖から、何か尖った物が飛び出した。手にはないはずの剣の刃の先端があった。

 足りないならば足らすのみ、補えないならば補うのみだっ、と、此方に目を向け、驚愕する表情を浮かべている竜人の急所目掛け、回転する勢いを利用して、剣の先端を突き立てた。


 ザクッ、と、刺さり、竜人の首から血が滴る。


 その血がゆっくりと泥まみれの地面に滴って泥の中に混じる。

 主人公は大きく目を見開き、馬鹿な、と、小さく呟いた。驚愕していた竜人の顔がゆっくりと驚愕していた表情から獲物を前にした凶悪な笑みへと変わる。

 突き刺さるはずだった刃は1cm程突き進んだ後、硬い何かに引っ掛かった様にビタリ、と止まった。

 完全に頭の中が空白の主人公に竜人の手が迫る。

 ハッと意識を取り戻し、その場を離れようとするが一歩遅く、首を掴まれ天高く掲げられた。


 ミシミシと竜人の手に力が入っていき、首が締まっていく。両手を使い、首を掴む手をこじ開けようとするが、指一本動かない。

 満足に呼吸の出来ず、踵で竜人の顔へと蹴り抜こうとするが、届かない。

 体から少しずつ力が抜けていく。薄れゆく意識の中、竜人は何かを話している。

 主人公の頭には、何故という疑問と、次の攻撃の策を練る事と、この状況をどうにかしなくてはという気持ちがゴチャゴチャに入り交じり、上手く考えが纏まらなかった。

 主人公は、クソ、クソ、クソクソクソクソッ!と、涙で濡れる目で竜人を睨んだ後。

(……)

 かすれて声にならない声で小さく何か呟き、その直後、静かに意識を失った。



今回第一話、如何だったでしょうか。

戦う描写をまともにやったことがないのでかなり手探りで書いてみました。

こういった練習の積み重ねが大事なのかな、と、この話を書きながら考えながら思いました。

以上。


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