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その少女、謎に包まれ

 礼二の後ろに、少女が居る状態で何分経ったのだろうか。いや、礼二がそう思うだけで、思う程時間は経っていないのかもしれない。


 「先生? 大丈夫ですか?」


 怖さから、礼二の呼吸がだんだんと浅くなる。しかし、ここで振り向かない訳にもいかない。少女のことも知りたいし、帰りたい。どちらにしろ、後ろを振り向かないと始まらないのだ。

 礼二は意を決して、片足を浮かせた。もう片方は、しっかりと地を踏んで身体を支える。

 振り返ると、そこにはやはり青髪の少女が立っていた。肩までのその髪で見えなかったが、近くで見るとそれなりに顔立ちが良かった。真面目という言葉が似合っていた。


 「こんな所で何してんだ?」


 「これは私の台詞です。先生こそ、ここで何してるんですか?」


 「俺は校内の見回りだよ」


 質問を質問で返され、礼二はとりあえず自分のことを答えた。そうすると、警戒しているのかあまり表情を見せない少女が一言返事をした。


 「で、何してんだ? その前に、名前教えてくれ」


 「……先生、生徒の名前覚えてないんですか?」


 「生憎、新任だからな」


 そう礼二が言うと、少女は困った様に目を泳がせてから溜息をついた。何故その様な行動を取ったか不思議で仕様がなかった。

 しかし、聞く前に少女の素性を知ることが大事だと考えた礼二は、辛抱強く少女の返事を待つことにした。


 「……私は亜美です」


 「亜美、か。俺は礼二だ、宜しく」


 「宜しくお願いします」


 亜美と名乗った少女は、礼儀正しくお辞儀をした。つられて礼二も小さく礼をすると、彼女は何故か口元を弓なりに歪めた。

 それを確認した時にはもう、礼二の頬は冷たい廊下に触れていた。何が起こった、と記憶を辿ろうとしても意識が朦朧としていく。


 「何、が……?」


 「先生、済みません。そして、お休みなさい」


 途切れ行く意識の中で、亜美の言葉だけが木霊した。

 寝転がる礼二を見つめて、亜美は彼の傍に膝を折って顔色を見る。その時、彼女の目の前に小柄な少女が立っていることに気付く。


 「亜美さん、その方は?」


 「んー、何か新任の先生なんだって。こっちに来ようとしてたらから、足止めしたの」

 

 「流石、亜美さんです! それで、この方はどうするんです?」


 「ま、いつも通りの方法で良いでしょ」


 亜美の雰囲気は、礼二を前にしていた時と格段に変わっていた。砕けた口調で、目の前の小柄な少女と話す。

 確かに真面目な顔つきであるが、今の亜美の顔はそれだけではなかった。表情豊かで、明るい少女。そう捉えることも少なくとも出来る顔であった。

 亜美と小柄な少女は礼二の横に立ち、廊下で横たえる彼を静かに見下ろしていた。




「……あ? ここ、どこだ?」


 礼二が目を覚ました時はもう既に朝で、そこは廊下ではなかった。昨日の最後の記憶は、確かに渡り廊下だったのだ。


 そこは礼二が一人暮らししている家で、服はそのままであったがきちんと布団がかけられていた。それはそれで疑問が募ったが、忙しい教師としてはこれ以上の時間の消費は惜しかった。

 急いで服を脱ぎ、風呂場でシャワーを浴びる。その間、礼二は昨日のことと亜美のことを考えていた。

 朝食も食べずに家を出て、学園へと向かう。礼二はずぼらだが、健康に配慮して学園へは自転車で通勤している。生徒が歩くその横を猛スピードで通り過ぎ、一部の生徒に笑われながら学園へと着いた。


 「礼二先生」


 自転車を教師専用の所に駐輪していると、不意に背後から声がかかった。気怠げに振り返ると、そこには亜美が居た。

 笑顔を浮かべる彼女は、昨日見た亜美とは違った。少なくとも、昨日会った亜美は笑顔なんてものを浮かべていなかった。警戒しすぎて、仏頂面になっていた。


 「えーと、亜美だったっけ?」


 「そうだよ、覚えててくれたんだ」


 「……何か、昨日とキャラ違う気がするぞ?」


 「そう?」


 敬語もすっかり砕け、その顔には常時笑みが浮かんでいる。昨日の亜美からは想像出来ない姿であった。それに驚いて礼二が指摘すると、彼女は依然笑いながら礼二に近づいて来る。

 何事だ、と一歩引き下がると亜美はそれを見て礼二の腕を掴んだ。尖っていた口はまた笑みを浮かべ、楽しそうな顔と目が合う。


 「……何? 俺、忙しいんだけど」


 「一分で良いから、ね?」


 「……一分だけなら良い」


 そう礼二が言うと、亜美は心底楽しそうな顔で笑った。意外にも表情豊かなんだな、と彼が思っているとそれをも打ち砕く様な発言が彼女の口から飛び出した。


 「私、礼二に興味持っちゃった。まず、私より一個か二個上なだけなのに、教師やってる時点で面白いし」


 「……は?」


 話してもいないのに、秘密事項が知られていることに対して礼二は驚いていた。その前の言葉は、頭に全く入っていなかった。

 もうバレたのか、と焦った礼二は亜美の肩を掴んで必死な形相で口止めをする。


 「そのこと、他の奴に言うな!」


 「えー? どうしよっかなー」


 「お願いだ! 知られたら、俺はここを辞めなきゃいけねぇんだ!」


 「……それだったら、言わないよ。折角、面白い礼二が来たのに、このまま辞めるのは勿体無い」


 理由はどうであれ、礼二としては口止めが成功して一先ず安堵する。その時、腕時計がふと目に入った。針は既に、一分を優に過ぎていた。


 「悪い、ここまでだ。一分過ぎてる」


 「えー、一分くらい……」


 「お前が一分って言ったんだ、じゃあな」


 「またね、礼二」


 手を振り、礼二の背中を見送った亜美は、楽しそうな顔をして軽やかな足で踵を返した。しかし、妙な視線を感じて溜息をつく。

 それを聞いたのか、木の陰から小柄な少女が顔を出す。その表情は、亜美とは真逆で少し不機嫌そうであった。


 「昨日の様子から、おかしいとは思っていましたけど。まさか、亜美さん……!」


 「変な勘違いしないで、私は礼二に興味があるだけ」


 「……本当にそうですか?」


 「そうだって」


 亜美の横にぴったりとくっついた小柄な少女は、不貞腐れながらそう言った。それを笑いながら否定しても、少女は機嫌を直そうとしない。

 それを見て、機嫌を直すことすら諦めた亜美の目を盗んで、少女は今まで礼二が居た背後を睨む。


 「……これは、調査が必要ですね」


 「? 何か言った?」


 「何でもないです~」




 授業を終えた礼二は、脱力しながら廊下を歩いていた。


 「かったりぃ……」


 口癖とありつつある言葉を言い、ふと窓の外を見る。そこに映ったのは青空であったが、そこから視線を下に向けると穏やかではない別なものが映った。

 窓を開けて身を乗り出して見ていると、会話が聞こえてくる。礼二の様子を見て、げらげら笑っている生徒を軽くあしらい、再度その会話に耳を澄ませる。


 「あんた、その髪の色気持ち悪いのよ!」


 「地毛だから、何か文句ある?」


 「そのふてぶてしい態度、いつも腹が立つのよね。不気味だから、消えてくんない?」


 「それって私が消えるんじゃなくて、あんたらが私の前に現れなければ良い話じゃない?」


 「何を……!」


 「はい、ストーップ」


 そこに居たのは、数人の女子に囲まれた亜美であった。見るからに、古典的ないじめを受けているらしい。しかし、亜美は何も気にしていない様に女子達をあしらっていた。

 彼女の態度に怒った女子の一人が手を上げようとした時、礼二は声をかけて制止を促した。ついでに、手に持っていた教科書なども女子達に当たらない様に落として、その手を強制的に止めさせた。


 「……礼二?」


 「口喧嘩は良いが、手を出した時点でそっちの方が悪者になる。それはわかってるか?」


 「先生!? ちょ、逃げるわよ!」


 新任の中では、礼二は結構生徒に好かれ有名人であった。礼二、という名前を聞いて彼の顔を思い浮かべることは、この学園の生徒は容易に出来ることであった。彼の顔を見て、教師と気付いた女子達は走り去って行く。

 気怠げに頭を掻いてその様子を見ていると、亜美がその下で呆然と礼二を見ていた。


 「あー、亜美。そこの教科書とか、拾っといてくれ」


 「え……?」


 「そっちに取りに行くから、ちゃんと待ってろよ?」


 そう言って礼二の顔が窓から消えた。亜美は、足元に落ちた教科書達を見て自分の中の異変を感じていた。それに気付かない振りをして、一心不乱にそれらを拾う。そうしていると、意外にも早く礼二が来た。

 教科書達を渡し、亜美は礼二の顔を凝視する。彼女の視線に気付いた礼二は、不思議そうな目で彼女を見る。


 「どうした?」


 「何で、私なんか助けたの? 別に、私は平気だったのに」


 「あー、そうだな。平気そうだったな」


 不可解な答えが返ってきて、亜美は眉を顰める。その顔を見て、礼二はそっぽを向いて笑っていた。

何が可笑しいのか、と亜美が思っているとそれが顔に出ていたらしく、礼二に眉間を指で押されながらまた笑われた。


 「その顔、似合わねぇ」


 「……どういう意味?」


 「会って数時間だが、俺は亜美に似合うのは笑顔だと思うぜ? 不機嫌な顔も、怒った顔も見れたもんじゃねぇな」


 「……!」


 「ま、これは俺個人の意見だ。亜美がどんな顔しようが、亜美の勝手だ」


 礼二は言い終わると、亜美の額を指で弾いた。それに少しの痛みを感じていると、彼は無邪気に笑って手を振って行った。

 背中が見えなくなっても、亜美は額を押さえていた。もう痛みもなくなったそこが、何故だか熱かったのだ。そして、何故か心臓が高鳴っていたのだ。


 「……やりますね、あの男」


 「へ!? 何時からそこに居たの!?」


 「亜美さんがデコピンされてる所からです」


 少女がそう言った時、何故か亜美は無性に羞恥を感じた。それを目聡く見た少女は、態とらしく溜息をついた。


 「……何?」


 「亜美さん、無自覚にも程があります」


 「? 何が?」


 「亜美さんは、あの男に興味があるだけじゃないってことです。わかります?」


 「……」


 そう言われれば、亜美は真っ赤な顔を俯かせて小さく頷いた。最初からそうなのにも関わらず、理解していない亜美を見て少女は少し寂しそうに微笑んだ。

 そして、少女は決意する。亜美をこうまでさせた、礼二を試すと。

 その決意、もとい気合いが彼の元に伝わったのか、礼二は身体を震わせ額に手を当てて歩いていた。


 「熱はない、よな? ……何か、嫌な予感しかしない」


 その予感が、当たることも露知らず……。

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