その学園、摩訶不思議
「先生、さよならー!」
「はい、さよならー」
とある学園に、礼二という一人の教師が居た。実は彼、ここの学園に通う者達と歳はさして変わらないのだ。それなのに、どうして教師をやっているのか……。
原因は一つ、今日祖父に言われたことであった。
『今のお前に、家督を継がせる訳にはいかぬ。ここに行き、任務を終えられれば認めてやろう』
家督を継ぐ為に用意された任務は、歳を悟られずに教師をやり抜くこと。そして、この学園に隠された謎を暴くことであった。後者は祖父が出来ずに終わったものであると告げられ、礼二は任務の重さを痛感していた。
そう言うのだから、どういう学園なのだと思っていたのだが、礼二の予想は外れ至って普通だった。外見も良く、中も必要最低限の設備が整っている。言うとすれば、旧校舎が繋がっていることが今時珍しいと礼二は感じていた。
「……かったりぃ」
そう言葉を吐き捨て、礼二は職員室に戻った。今までここに来るのを嫌っていた筈の礼二が、今となってはここにずっと居なければいけない状況に、当の本人も首を傾げていた。
「失礼します」
すると、青い髪を持った少女が入って来た。珍しい髪色だと思い、目だけで見てみる。
「済みません、これをコピーしてくれませんか?」
少女が差し出したのは、綺麗にまとめられたノートであった。腕には委員長と書かれたこの学園独自の腕章があり、皆の為に働く少女に礼二は感心していた。
しかし、刷り上がった紙は七部だけであった。少女の分を入れても、明らかに少なすぎる紙の量であった。
そのまま少女が出て行き、礼二はコピーをした同僚に聞く。
「今の、何ていう子だ?」
「さあ。少なくとも、俺は見かけない女子だ」
「そっか」
どうしても少女のことが気になり、礼二は個人調査書を漁り始めた。幸い、放課後にやるべき仕事は少なかったので丁度良かった。
時間が経つ毎に、職員室に居る教師は少なくなり今現在は礼二一人となっていた。
「……見つからねぇ」
あの少女に関する調査書が見つからないのだ。一組一組、一人ずつきちんと見た筈なのに少女に関わるものは一切なかった。
「……見回り行って来るか」
職員室に最後に残った人が、学校の見回りをしてから帰るのが教師間での決まりであった。数本の鍵と、念の為懐中電灯を持って礼二は職員室を出て行った。
やるからには隅々まで見て、異常がないと自分が思うまでやるつもりだった。だから、時間をかけて見て回った。
どこにも異常がない、とわかり礼二は自分も帰ろうかと考えた。しかし、一つだけ気がかりのことがあった。
「今更だが、旧校舎って見回り行くのか?」
渡り廊下の前に立ち、礼二はそう呟く。職員室でかわされている話を何とか思い出し、礼二は一つの結果に辿り着く。
「……確か、誰も言ってなかった筈だ」
旧校舎はもう使われておらず、ほとんど物置状態であった。それに加えて見た目が不気味であるが故、誰も見回りに行かないということをたった今彼は思い出した。
皆がそうしているならば、と礼二は踵を返して職員室に向かおうとした。すると、奥の方から気が軋む音がした。旧校舎は木製であり相当年季が入っているが、今の音はただ木が軋んだ音ではなかった。誰かが、そこから動いた様な音であった。
「……こうなってくると、気になるじゃねぇか」
礼二は渡り廊下をゆっくりと歩き始めた。目の前に広がる旧校舎は暗く、懐中電灯を点けて歩いて行く。彼はホラーの類は平気な方だが、何故か今は物凄く怖かった。心臓が早く脈打って仕方なかった。
一度立ち止まり、礼二は足元を見る。学園と旧校舎を繋ぐ渡り廊下の真ん中は、丁度旧校舎の木と学園の床が繋がっていた。そう、ここから一歩踏み出したらもう旧校舎なのである。
「先生、何の用ですか?」
息を大きく吸い、その一歩を踏み出そうとした瞬間、聞き覚えのある少女の声が背後からした。
「用があるのなら、ここで聞きますよ」
それは、先程職員室に来た少女であった。しかし、何故か礼二は後ろを振り向けなかった。まるで、何かに縛られているみたいに。
情けないことに、ぱくぱくと開閉する口は、呼吸することしか成していなかった。言葉は喉につっかかり、心臓も早鐘を打ち出す。
「先生」
今だけその少女の声が、礼二にはいやに不気味に聞こえて仕方なかった……。