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単発作品

思い出じゃないクロックムッシュ

作者: 河野 る宇
掲載日:2026/04/15


 ──今日の天気は、雲が多めの晴れ。十月の初旬なのに、外を歩いていると雲の間から時々差し込む陽の光に暑さを感じる。

 駅から出て、陸橋でつながっているビルの自動扉をくぐる。うつむきがちに歩いていると、ふとカフェの立て看板が視界に入った。

「……クロックムッシュ?」

 それは、知っているけれど食べ慣れていないもの。いつもなら、通り過ぎるところだけど、今日は興味が湧いて食べたい気分になった。

 興味だけじゃないことは、心にくすぶる寂しさと少しの痛みが教えてくれている。私はいま、一人になることが怖いのだ。

 この店は二階にあり、ビルの広い空間の片隅にある。五階か六階分くらいぶち抜かれた空間にたくさんの木々や植物が植えられ、まるで植物園を思わせる香りと、落ち着いた雰囲気を漂わせている。

 壁のない店内に足を踏み入れ、案内された席に腰をかけた。少しして、運ばれてきた水とともに、渡されたメニュー表を開く。このお店は日本茶も楽しむことが出来て、以前に友達と入ったことがある。

 ひと通りメニューを見て、やはり気になっていたランチセットのクロックムッシュを頼んだ。時間がかかると書いてあったので、バッグから小説本を取り出して読みながら待つことにする。

 十月だというのに気温はまだ高く、室内は植物のために一定の室温を保っているのか、外より涼しくて快適だった。

 本を読みながら周囲を一瞥していくと、ランチに来た客が少しずつ席を埋めていく。ゆったりと流れる時間が、今の私の心中を穏やかにしてくれた。

 ──母が亡くなって一週間が経つけど、まだ落ち着かない。だから、すぐに家には帰りたくなくて、目に留まったクロックムッシュにすがりつくような形になった。

 しばらくして、注文したクロックムッシュが運ばれてきた。

 見た目は食パンにチーズを乗せて焼いたものに思えるが、実際はハムとチーズをはさんだパンをフライパンで焼いたもので、かけられているのはチーズではなく、ベシャメルソースやモルネーソースなどのホワイトソースだ。

 クロックムッシュの発祥は一九一〇年ごろのフランスで、オペラ座の近くのカフェで提供されたのが始まりらしい。

 croque-monsieurクロックムッシュを直訳すると「カリッとした紳士」という意味だ。名前の由来は諸説あって、その一つがトーストを食べるときの音たそうだ。「monsieur(紳士)」といわれているように、食べるときに音がするため、男性の食べ物とされていたという説がある。

 そういえば、クロックムッシュに似た「クロックマダム」という料理があるなあ……とスマートフォンを手にする。

 クロックムッシュに目玉焼きを乗せたもので、マダムとはフランス語で「淑女」を意味する。名前の由来に、目玉焼きが女性がかぶる帽子に似ていることからだという一説があり、クロックムッシュは手で掴んで食べ、クロックマダムはナイフとフォークを使って食べるという違いもあるそうだが、今ではどちらもナイフとフォークを使用する。

 運ばれてきたクロックムッシュは、ワンプレートでサラダとデザートがまとめられていた。

 パン屋さんでは何度か買って食べたような気がするけれど、こんな風にお店で食べるのは初めてだから、妙に緊張する。

 フォークを手にして、サラダを口に運ぶ。さわやかなドレッシングが、フレッシュな野菜の味を引き立たせていた。

 次に、ナイフを掴みクロックムッシュの端に刃を立てると、チーズがとろりとはみ出した。口に含んでゆっくりと味わう。まだハムにはたどり着いていないが、ホワイトソースとチーズがパンによく馴染んでいてとても美味しい。

 サンドイッチ用の食パンだろうか。二枚重ねられた間に、チーズとハムが挟んである。ナイフをたてるたびにチーズがあふれて、のぼる香りが食欲を増大させていく。

 そういえば、母は好き嫌いがなかったなとふと思い出す。外出も面倒がって、父方の実家に帰省以外の遠出はあんまり記憶に無い。常にのんびりした人だった。


 ──母は認知症があり、父も足が悪くなっていたから数年前に二人で老人ホームに入居していたけれど、父が水頭症で病院に入院するのを機に、一緒に病院に移った。

 そうして、半年ほど前から食事がとれなくなり、点滴のみの対応となっていた。担当医から、そうなると長くても一年、大体は半年以内だと聞かされた。

 色々と思う人はいるかもしれないが、危篤状態になったときの延命措置はしない。ということで担当医と話し合っていた。私が看取るためだけに、母を苦しめることは出来ない。

 そんな状態だったから、覚悟はしていた。けれど──こうして、母の遺骨と共に暮らすようになって、少しだけど胸が痛い。

 今までのことを思い起こし、これで良かったのかと考えてしまう。親孝行らしいことなんて、何一つできなかったんじゃないだろうか。

 もっと色々、何か出来たのではないだろうか、いくら考えても結論は出ない。私はずっと後悔のし通しだった。

 奇しくも、いま読んでいる本は主人公が亡くなった祖母との記憶をたどる物語だ。共通している部分はほとんどないけれど、ふとしたときに母を思い出す。

 母は他の同級生の親と比べると、ひと回りほど高齢のうえ化粧っ気もなく美人でもなくて、頭が良い訳でもなく、それが嫌なときもあった。

 母は田舎で産まれて、かなり苦労したからか、田舎を嫌っていた。無趣味で、動物も好きではなかった。でも、いつも明るく笑顔の絶えない人だった。

 田舎を嫌う母だけど、寒天をテングサから作ったり、山で山桃をとって食べたり、海でニナ貝をとったり、母の田舎の生活がなければ私には体験できなかったことだから、私にとっては有り難いものだ。

 山に関しては昔だから出来たことで、今は勝手に入っていい山はほとんどないだろう。

 母の明るさは、老人ホームにいたときも、病院に移ってからも変わらなかった。面会に行けば、いつもニコニコして、認知症なのか元来のおおらかさなのか、無料で寝床と食事を提供してくれていると思っていた。

 家にいるときよりも快適だと喜んでいる姿に、「違うんだけどな~」と苦笑いを浮かべたものだ。

 母は、どこの島なのかまでは知らないけれど、九州の離島の出身だ。もしかすると、子供の頃に聞いたかもしれないが覚えていない。親戚に聞けば解るだろう。

 子供の頃のことは、断片的にしか覚えていない。言われると思い出すこともあるけれど、大半は忘れている。小中高のときの先生の名前も、クラスメイトの名前も、ほぼ思い出せない。

 私は実家にいたとき、あまり料理はしなかった。料理をするのは好きだけど、実家にいたときは母が隣で口を出すので、それがわずらわしくなっていつしかしなくなった。

 それでも、それなりに料理が出来ているのは、私は人の手元を見るのが好きで、母の料理姿をいつも見ていたおかげだろう。

 私は、人と接するのが苦手で、それは家族にも同じだった。歳の離れた兄とも、兄が病気で他界するまで、結局は上手く接することは出来なかった。

 私がもっとしっかりした人間であったなら、もっとちゃんと向き合えていたなら。何度も、何度も繰り返す後悔は、心の奥で溜まり続ける。

 心が晴れる日は、きっとこないだろう。この想いを抱き続けて生きていくしかない。

 ──クロックムッシュを食べながら、色んな感情があふれ出して胸が詰まる。なんとかこらえようとしても、視界が歪んでいく。

 思い出じゃないクロックムッシュが、母を思い出す大切な時間をくれるものとなった。

 孝行娘でも、立派な人間でもない私だけど、母は私を愛してくれていただろうか──あれから一年近く経った今でも、それを考える。

 また、母の思い出と共に食べに行こう。涙がこぼれるかもしれないけれど、このひとときだけは許してね。



 終


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