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一章 三節

 谷底の一角に、ピジョンという名の店が看板を提げている。

 例にもれず建築に使われたのは半ば廃材の木材、石材ではあるのだが、他の建造物とは少々趣が異なり、要所には店を飾り立てる装飾が施されている。大きな二階建ての構造で、一階が食堂、二階は宿泊のための部屋を七部屋備えている。内装も手が行き届いており、谷底特有の汚れや陰鬱さは薄い。

 食堂は広く、テーブル席が八つに、カウンターに横並びになった席がずらりと十二席。いずれも木製、だが表面はきちんと保護塗料が塗られ保護されている。カウンターの棚には、多くの酒やグラス、干し肉などが並んでいた。

 カウンターに立つのは、初老の男性。谷底には不釣り合い、店の雰囲気には似合いの燕尾服を着用し、黙々とグラスを磨いている。他にはエプロンドレスを着たウェイトレスが三人。

 朝食にも昼食にも中途半端な時間だということもあってか、客はまだ少なかった。だが、いずれも武器になる物を携帯している、物々しい出で立ちだ。つまりここは、その手の者が集まる店だった。

 ヴァニティはテーブル席の中のひとつに着き、食事を取っていた。今日の昼食に選んだのは、ヨドミナマズの煮込み。どんな環境にも適応し生き延びるが、臭みが強く食用には向かないヨドミナマズを燻製にし、さらにそれを大量の香草と共に煮込んで食べられるものにした料理だ。ゲテモノ料理だと生理的な嫌悪を感じる者も多いが、こと谷底では一般的で、よく食べられている。事実ヨドミナマズの燻製は日持ちもするし、忌避されるほど味が悪いものではない。

(うめえ……)

 特にこの店のものは美味いと評判だった。これに限らず、出す料理はきちんと舌を喜ばせるものばかり。今もカウンターでグラスを磨く、マスターの言葉なきこだわりを物語っている。

 燻されて縮み、硬いはずの魚肉は、しっかり煮込まれることでスプーンだけでもほぐせるほど柔らかい。口に運んだ時の香り、塩気。噛んだ時ににじみ出る旨味。空腹の体には、特によく染み入った。

 美味い食事の前では、どんなことも忘れられる。ヴァニティがその味に身を沈めていると、ふと店の扉が開いた。入ってきた人物が、頭部を隠していたマントのフードを取り払う。

 何となしに、ヴァニティはそれをちらりと横目で見た。

「……!」

 ヴァニティはスプーンを止め、顔を上げてしかと今入ってきた人物を見つめる。一瞬、呼吸を忘れた。

 まだ少女と言える年齢の女性。やや切れ長の目と、すらりとしたラインの鼻筋と輪郭。化粧っ気はないが、それでも十分に完成された魅力がそこに宿っている。可憐よりも美麗という言葉がより似合う容姿と言えた。マントで隠されているため服装はよくわからないが、そのマント自体と、足を包むヒールブーツからだけでも、身なりの良さは伺えた。

 何よりも、その髪。濃いコバルトブルーのセミロングロブ。それは、ヴァニティにとっては意味のあり過ぎる髪色だった。

(オードリー……!?)

 いつか花言葉を教えてくれた、愛した女の子が、まさか。

(……いや、違う。そんなはずがない)

 ヴァニティはすぐさま頭の中を自分自身で否定した。しかし目を離すことは出来ず、食事の手も止めたまま、ほぼ無意識に少女を見つめ続けていた。

 ふと、少女と目が合う。

「……」

 二秒、目を合わせた後、少女は薄く微笑みを向けてきた。

「っ……」

 慌てて目を煮込みに落とし、ヴァニティは食事を再開する。あの少女が、かつて想い合った女の子のはずがない。

 わずかな時間で冷静を取り戻し、そして脳の奥底にあった記憶にたどり着く。

 オードリーには、妹がいた。病弱故に部屋から出ることはほとんどないらしく、会ったことも数えるほどしかないが、確かだ。名前は……。

(……エヴァ)

 エヴァ。……エヴァンジェリン・ウォルコット。間違いない。

 エヴァはブーツで板張りの床を小気味よく鳴らしながら、カウンターへと向かった。マスターの前に立ち、カウンターテーブルに体を預ける。

「こんにちは」

「いらっしゃいませ。お食事で?」

 マスターはそう返す。谷底の住人でもなければ、この店に相応しい身なりの人物でもないことは、すでに看破している。

「お客さまのような方のお口に合うものがあるかはわかりませんが」

「それよりも先に、ひとつ伺いたいことがあるのだけれど。この店で一番いい腕を持つ傭兵はどなたかしら?」

 その問いは、マスターだけでなく、店の全員が耳にした。しん、と一瞬、店の中が静まり返る。

「……。ここは食堂ですよ、お嬢さん」

 マスターは困った風を装いながら、そう返す。

「ええ、わかっていますわ。食堂、ピジョン。食堂であり、宿屋であり、傭兵への仕事の仲介所。間違いないでしょう?」

「……」

 沈黙するマスターに構わず、エヴァは話し続ける。

「私の仕事を受けてくれる傭兵を探しているの。報酬も用意していますわ。……紹介して下さる?」

「……。どうかお引き取りを」

「あら、どうして?」

「このピジョンはお嬢さんが思っているような店ではありません」

 事実、エヴァの言うことは事実だった。このピジョンは傭兵と依頼主を繋ぐ仲介所、マスターは仲介人としての役割も担っている。

「ここはただの食堂で、ただの宿屋ですよ」

 だがそれはあくまで裏の顔だ。そう容易にその一面を晒すことは出来ない。諭すような口調でマスターは言った。少女に余計な問題が降りかかる前に、この場所を離れさせたいのだろう。

 だが、遅かった。

「オレでどうだ?」

 カウンターの隅で食事をしていた、細身の男が立ち上がった。いかにも谷底の住人らしい薄汚れた服装。にやけた際にのぞいた口内には、歯が何本かなかった。

「……おい、よせ」

「いいじゃねえか、仕事は仕事だろ? こっちは金がいるんだよ」

 男はマスターの静止を聞かず、エヴァのすぐ横に並び立った。エヴァはちらりと横目を向けた後、マスターに目を戻した。

「仕事ってのは何だい? オレがやってやるぜ、レディ?」

「……」

 小さな鼻を小さく鳴らすだけで、エヴァは男に目を向けぬままだ。

「あなたは結構ですわ」

「あ?」

「他の人にお願いしますので」

 一瞬の沈黙の後、男は吹き出した。

「つれねえなあ。これでも腕は確かだぜ? 損はしねえと思うがな。……そうだな」

 男はエヴァの体を、上から下まで舐めまわすように見やる。

「オレを選んでくれるなら、報酬はサービスしてやってもいいぜ? 嬢ちゃんの答え次第じゃな。どうだ?」

 下卑た表情で、男はにやにやとしている。目当ては明らかに報酬ではなく、エヴァの体の方だ。

 エヴァは応えず、ただカウンターの方を向いている。

「なあ、とりあえずこっちを向けよ?」

 男が手を伸ばし、エヴァの体に触れようとする。

「ぅおっと」

 すっと体を引いて、それを避けるエヴァ。

「もう一度だけ。お断りしますわ。これ以上は、お互いが不幸になるだけですわ」

 次の一言を告げる時だけ、エヴァは男に視線を合わせた。

「私は私と関わって幸せになった人を知りませんし、あなたは私を幸せに出来る人ではありませんもの」

「……? 何を訳わかんねえことを言ってやがる」

 男が苛立ち始めた。面子を潰されて向きになっているようだ。店の中に、ピリッとした空気が走る。

「……」

 ヴァニティは、自分のテーブルに着いたままその様子を見ている。

「人が仕事を受けてやるって言ってんだぞ。てめえみてえな小娘の仕事を他の誰が受けるってんだ。いいか、ここは谷底だ。いいとこのガキが好き勝手出来る場所じゃねえ。……人の言うことは素直に聞いとくもんだぜ」

「そこまでだ」

 マスターの静止が入った。

「この店の掟を忘れたか。『ここは鳩の羽の下。争い、揉め事、一切無用』だ」

「人をコケにしたガキに道理ってものを教えてやろうってんだぜ、オレは。黙ってろ」

 男は応える気はないようだ。

「部屋をひとつ借りるぞ。このガキに道理ってもんを教えてやる」

「だからよせと――」

「こっちこそ黙れって言ってんだ!」

 男は腰に下げていたシースからマチェットを抜いてマスターに向けた。手入れはされていないようで、その刀身は血糊でベタついている。だがそれは人を斬り殺せる刃物の証でもあった。

 ウェイトレスたちが一斉に身構え、マスターに駆け寄ろうとしたが、そっと掲げられた手によって止められた。

「今なら見逃す。得物をしまって今すぐ出ていけ」

 刃を向けられてもマスターは動じない。

「部屋は貸せねえってか? 金なら払ってやるぞ」

「武器を抜いた時点でお前は客じゃない。ここの掟を軽んじないでもらおう」

「……へっ、ならいいぜ、出てってやるよ。だがな」

 男はマチェットをエヴァの眼前に突きつける。

「お前も一緒だ。後悔したって遅いぜ」

「……」

「ここは谷底だ。オレが社会勉強ってのをやってやるぜ? お嬢ちゃんよぉ」

 男がエヴァをどこに連れて行き、何をするかは誰にとっても明らかだった。エヴァも顔に緊張を浮かべ、その刃を見つめている。

「死にたくなかったら着いてきな」

「……。仕方ありませんわね」

 エヴァはその目に、穢れた刃よりも鋭い光を宿した。

「後悔しても知りませんわよ?」

「まだ妙な事を言いやがる。……はっ、面白え。せいぜいかわいがってやるから、幸せな夢を見られるように願うんだな」

 男がエヴァを連れ立って、店の扉を振り返ろうとすると。

「あ……? てめえは……」

 そこに立ちふさがる青年の姿があった。

「『鉄の手』。……何だよ。邪魔だ、どけ」

「ああ、邪魔だろうな」

 右手を腰に当て、男にまっすぐ視線を合わせる。

「だからここに立ってる」

 今一度、ヴァニティはエヴァをまっすぐ見つめた。姉に比べてやや小柄だが、確かに面影がある。谷の上で過ごしていた日々を思い起こさせる面持ちだ。

 わかっている。この少女はかつて想った人ではなく、その妹だ。

 だが、それは彼女を助ける理由にはなった。

 間に立とうとしたウェイトレスを手で制止し、続いてマスターに目配せをする。

「ここはピジョンだ。揉め事厳禁、誰もが知ってることだ。馬鹿でなければな」

「……言いやがるじゃねえか。ああ、そうかいそうかい。……わかったよ」

 男は二度三度頷き、ヴァニティに数歩近付きながら、マチェットをシースに収めた。

「かわい子ちゃんの前ではカッコつけてえってか? そんななりしてても、所詮はてめえもケツの青いガキだな。……大人の世の中ってのをわかってねえ」

「ルールのひとつも守れない奴が大人だって?」

「世の中にはルールよりも大事なことがあるんだよ。いい女がいたら何が何でも手籠めにしてえって思うのが男だろうがよ、あぁ? 当然のことだろうが」

「なるほど。確かにそれはその辺の野良犬ですら理解してる。俺にはわからないが当然なのかもな」

「……てめえ。ちょっと名が知れてるからって調子に乗るんじゃねえぞ」

 男があっさりと我慢の限界を迎えた。こめかみに青筋が浮かび上がる。

「なら教えてやるよ、馬鹿はどっちなのかってなぁ!」

 男は素早くヴァニティに駆け寄り、その顔面めがけて、硬く握りしめた拳を突き出した。

「っ!」

 エヴァが目を見開く。

 ヴァニティは、動かなかった。

 肉同士がぶつかり合う音が、響く。血が一滴、店の床に落ちた。

「…………」

「なっ!?」

 ヴァニティは、殴られてなお動かなかった。その瞬間に、目を瞑ることすらなかった。

「こ……この、このおっ!」

 自身を見据え続ける瞳に汗をひとすじ流し、男はパンチを繰り返す。

 一方的に何度も殴られ、鼻血が流れ始める。しかしそれでも、ヴァニティは直立したまま動かない。

「いっ、があっ!?」

 先に苦痛に顔を歪めたのは、ヴァニティを殴った男の方だった。後ずさり、殴った右手をかばうように押さえる。その指は、皮膚が張り裂けて、一部肉がのぞいていた。

 一方、ヴァニティの方は額と鼻の下に血こそ付着しているが、たいした傷を負っていない。

「腕は立つんじゃなかったか? それとも、たつのは他のどこかだったか」

 その一言は、そのやり取りを見ていた人間の笑いを誘った。テーブルについていた男は声なく肩を震わせ、ウェイトレスの一人もくすりと吹き出した。

 そのすべてが、男を激高させる。

「ぐっ……! この、ガキが……!」

「揉め事は厳禁、それでも余興なら歓迎だろう。ほら、続けろよ。指の骨が折れる前には止めるのを勧めるが……」

 ヴァニティはにやりと口元を歪ませた後、すぐに引き締めた。

「何度でもいいぜ。来いよ」

「……ちぃっ!」

 男はヴァニティと、周囲の人間を順に睨みつける。その後、ヴァニティの横を通り抜けて、店から逃げるように出て行った。

「ははは、面白いもん見せてもらったぜ、『鉄の手』」

「ありがとうございます。こちら、どうぞ使って」

 店の中に小さな拍手が巻き起こった。ウェイトレスが近付き、ハンカチを差し出す。ヴァニティは礼を言いつつ受け取り、それで額の血と鼻血を拭った。やはりそこに、目立った傷はない。

「恩に着るぞ。さすがだなヴァニティ。礼だ。何か一杯おごろう」

「いいんだ、大したことじゃない」

「そうか? なら貸しを作ったと覚えておくぞ。『デスブリンガー』」

 マスターはもうひとつのヴァニティの通り名を口にした。彼は『鉄の手』よりも、ヴァニティをそう呼ぶことを好む。

 ヴァニティはテーブルへと戻り、腰を下ろした。まだ少し料理は残っている。少々冷めたが構わず、スプーンでその煮汁を救って口に運ぶ。

 そこに、ヒールが床を鳴らす音が近付く。

「失礼」

 テーブル席自分の横に立ったエヴァをちらりと見上げ、ヴァニティは食事を続ける。あくまで気にしない風を装った。

「助けていただいたこと、感謝しますわ。お怪我はありませんか?」

「……。ああ、気にしないでくれ」

「あなたが、谷底で一番腕の立つ傭兵さんですわね?」

「人違いだ」

「あの余興を見せられた後なのに、そんなこと言われても信じられませんわ」

「……。傭兵であることは、確かだな」

 もうそれを隠すことは出来なさそうだ。ヴァニティは仕方なく認める。

「座ってもよろしい?」

「……ああ」

 エヴァはヴァニティの右隣の席を引き、腰かけた。

「どうぞ、お食事を続けて。済むまで、ここで待っていますわ」

 テーブルに肘をつき、両手の指をからませて、その腕に顎をのせる。そして顔を斜めに傾けて、エヴァはヴァニティを見つめた。一度、ぺろりと唇を舌で湿らせて。

 二人の視線が、数秒、まっすぐ合った。

「……」

 すぐに逸らし、ヴァニティは食事を終わらせにかかる。

(……俺のことには気づいていないらしいな)

 彼女はまだヴァニティがヴァニティと呼ばれる前のことを知っていてもおかしくない人間だ。だが、会ったのはほんの一度か二度。他にも気付かない理由はいくつもある。心配は無用だとヴァニティは判断した。

 皿が空になる。残っているのは魚の骨だけだ。スプーンを置き、ヴァニティは軽く口を拭った。

「待たせて悪いが、話すことなんてないぞ」

「私にはありますわ。あなたへのお礼と、依頼。ふたつも」

「言っただろ? 気にすることなんてない。同じ目に遭わないうちに、谷底から出て行った方がいい」

「どうして?」

「君のような人間が来る場所じゃないからだ」

 谷底ではどうしても浮くタイプの人間だ。ここにいるだけで、また新たなトラブルに巻き込まれることだろう。

「次は助けられる保証はないぞ」

「あら、お優しいこと。……でも、出来ませんわ」

「何で」

「お礼もお話も済んでいないから」

「だからそれは……」

「何て言われても、それが済むまでは帰れませんわ」

 エヴァの決意は固いようだ。事実、ヴァニティが凄んでみせても、席を立とうとはしない。

「お礼は何がよろしいかしら。……さっきの余興、お金にするとしたらいくらくらい?」

「結構だ」

「では、金貨三枚。いかが?」

「あの程度のことで金は受け取れない」

「なら私の体ならお代になるかしら?」

 ヴァニティは露骨に不機嫌を顔に出した。

「さっきのクズと同じ扱いは止めてくれ」

「ふふふふっ。やっぱり、お優しい方」

 エヴァはヴァニティの答えに予想がついていたようだ。上品さを感じさせる笑みを見て、ヴァニティは複雑な気持ちになった。

「もしそうだとしても、私は結構ですけれど。……あなたなら」

「……冗談言うなよ」

「さあ、どうでしょう。……では、そうですわね。こういうのはどうでしょう?」

 エヴァは組んだ指を解き、ぴんと人差し指を立てた。

「昨日の月は綺麗でしたわね」

「何?」

「とってもきれいな満月でしたわ。……ご覧にならなかったかしら」

 それが何だ、と疑問に思うヴァニティを見ながら、エヴァは続ける。

「あの月が欠けて、そして満ちるまでの間。……つまりひと月」

 立てた人差し指を、自身の顎先にあてがう。

「私の時間を、あなたに差し上げますわ」

「……何だって?」

「それが助けて下さったお礼でいかが? お金ではなく、体でもない。なら後は、時間くらいしか差し出せるものがありませんもの」

 何度も断っているが、エヴァはそれでも礼を果たすつもりでいるようだ。

「ずっとあなたのお側につきます。身の回りのことならなんでもしますわ。どこかで働かせても構いません。好きに使って下さって結構ですわ。……ですから、その間に考えて下さらない?」

 エヴァは外套の下に手をやり、そこから小さな箱を取り出した。

「私の依頼を、受けていただけるかどうか」

 そして、それを開いた。

「……!」

 小さな箱は、小型のリングケースだった。中に納まっていたのは、赤い宝石があしらわれた指輪。

 エヴァは、そっとそのケースをテーブルの上で揺らして見せる。赤い宝石の中心は、まるで波打つ水面のように、わずかに揺れ動いた。

「……これは」

「他に二つとない宝石ですわ。依頼をこなしていただけるのなら、これを報酬として差し上げます」

「…………」

 間違いない。エステルの話に出てきた例の宝石、エンゼルブラッドだ。

(なんでこれを、彼女が……)

 不可解だった。エヴァはどうやってこの指輪を手に入れたのか。……少なくとも、希少な品ならば、偶然二人が同じ物を手にしていたという可能性は低いはずだ。

「悪い話ではないと思いませんこと?」

 思案しているヴァニティの前で、リングケースはぱたんと閉じられた。

「……。珍しい物ではありそうだったな」

 動揺を押し殺し、ヴァニティはそう返答する。エヴァは微笑を浮かべながら頷いた。

「興味を持っていただけたようで嬉しいですわ。ええ、とっても珍しいものですわね」

「なら依頼というのも相当な大仕事になりそうだが」

「あなたにしか出来ない仕事ですわ」

「俺にしか?」

 こくりと頷いて、エヴァが口にしたのは。

「イーサン・ヒューズ」

「……!」

 驚愕するヴァニティの奥底に、未だに残る名前だった。

「彼を殺していただきたいの」

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