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三章 六節

「止まれ」

 ホワイトフレーク内でも指折りの豪邸となった、コールドウェル家の屋敷。その門の前で、ヴァニティは二人の騎士に止められた。上質な造りの鎧を着て、槍を携えている。

(……俺が来るのを予測してたか)

 今のままでも戦地に向かえそうな装備。ただの門番にしては重装備過ぎる。

「何用か」

「当主のエステルは家にいるか? 傭兵ヴァニティが会いに来たと伝えてくれ。話がある」

「……。常識という言葉はご存じか? 傭兵。ドレスコードでもいい」

 門番がじろりとヴァニティの全身を眺め見た。

「よく見ろよ」

 マントの中を見せるように、ヴァニティは腕を両側に広げる。物々しい武器と大量の銃弾が姿を現した。

「これ以上ない礼装だろ?」

「……」

 門番はもう一人と顔を見合わせ、頷きあった。

「入れ」

「どうも」

 門番は門を開き、ヴァニティについてくるよう手招きをした。もう一人は門を閉めた後、その後ろに着いてくる。ヴァニティは門番たちに従い、屋敷へと近づいていく。広い庭を通り、開かれた重い扉をくぐり、屋敷へと足を踏み入れる。

 広々としたエントランスがヴァニティを出迎えた。灯石を使用したシャンデリアに照らされて、乳白色の石材の床がなめらかな光を放っている。ヴァニティは目だけを動かし、出来る限りの情報を頭に叩き込んだ。広さ。柱やインテリアの位置、数。他の部屋へと続く扉。エントランスを挟み込んでいる、上階への階段。そして、肌で自分を刺す気配を感じ取る。

 背後で扉が閉められる。

 殺気。

 背後に金属音。迷わずヴァニティは拳銃を抜いた。

 前からも殺気。門番が持った槍をコンパクトな動作で突き出してきた。

 身を横にかわし、同時に突き出された二本の槍を回避する。ヴァニティは足を振り上げて、二本の槍の柄をまとめて上から踏みつけた。耳障りな音を立てて、槍の穂先が床に抑えつけられる。門番たちは引き抜こうと試みるが、ヴァニティの剛力がそうさせない。背中越しに背後の門番に銃を突きつける。

「……俺は話をしたい、と言ったはずだが?」

「当主はそれをお望みではない」

「すぐに武器を捨てて投降しろ。尊厳だけは守ってやる」

「冗談。先に抜いたのはそっちだろうが」

「傭兵の意志などに価値はない」

「こちらの手をわずらわせるな、『鉄の手』」

「……。やれやれ、わかったよ」

 震える槍が、かたかたと音を立てる。

「もう一度言っておく。……先に抜いたのはお前たちだ」

 ヴァニティは迷いなく引き金を引いた、立て続けに三射。背後の門番の鎧が砕け、奥から血しぶきが上がる。すぐさま前方に銃を向けて、また三射。噴き出す血に鎧を染めながら、動かなくなる。

 銃声を聞きつけて、部屋のあらゆる場所から武装した騎士や傭兵が現れた。武装も多彩で、剣に槍、ライフルを持つ者もいる。しかもかなりの数だ。やはり自分の襲撃を予想していたらしい。そしてエステルには、自分と穏便に話し合う気がないこともわかった。

 ならばやることはひとつ。……思った通りの荒事。だが躊躇いもない。屋敷全体に届くように、ヴァニティは腹からの声を響かせる。

「死にたくない奴は逃げるんだな! 見逃してやる。だが残った命知らずどもは……」

 空薬莢を排出した後、ヴァニティはスケープゴートを左腕に持ち直した。空いた右手で、腰に提げた箱型弾倉をひとつ手に取る。

「……覚悟しとけよ。結合(ソアレスセンティーア)!」

 ヴァニティの声を受けて、左腕が変形した。銃を持った手が前腕部に埋まりこみ、がちりと保持され一体化する。その変形と同時に開かれた装填口部分を挟み込むように、コの字型の箱型弾倉を装着。最後にシリンダーを回転させて、射撃準備が完了する。

 奇妙な物を見て一瞬たじろいだ騎士たちに向けて、ヴァニティは左腕を向けた。

発射(ファイロ)!」

 屋敷の高い天井に、断続的な銃声が反響する。

 通常のスケープゴートでは六回が限界だった射撃回数を容易に上回る連続発射。開きっぱなしになった排莢口から次々と煙を纏う空薬莢が吐き出され、たちまち銃口が赤熱化し始める。左腕に仕込まれたアーティファクトに負荷がかかって意図せぬ放電が起き、青い電光が迸る。それでも射撃は止まらない。

「な、何だありゃあ――がああっ!」

「聞いてねえぞ、あんな、あんな……わ、ぐああ!」

 まず、高い報酬をちらつかされて我先にとヴァニティへ突撃した傭兵たちがその餌食となった。思わぬ攻撃方法とその高い火力に、次々となぎ倒されていく。もはや体が原型を留めていない者すらいる。身を守ろうとしたところで、大した防御力も回避術も持たない者は、ただ驚愕に顔を歪ませるしかなく、その次の瞬間には銃撃に吹き飛ばされていた。

「おおおっ!」

「傭兵風情が!」

 銃撃に紛れて、左右から殺気。剣を構えた騎士が肉薄してくる。

(……右っ!)

 ヴァニティは銃撃を止め、瞬時に、かつ正確に間合いを図った。右手を左腰へ伸ばし、サクリファイスを抜き、右に薙ぎ払う。分厚い刃の重量が鎧を叩き潰し、その切れ味が潰れた鎧とその奥の骨肉を斬り裂いた。一撃の元に、両断。胴の位置で真っ二つになった騎士が血だまりに沈む。

 その勢いそのままに、ヴァニティは体を半回転させる。硝煙を纏いながら、左側に迫り来る騎士にサクリファイスの銃口を向けた。

 騎士が特異な得物の銃口を捉えた時には、もう遅かった。引き金が絞られ、単発だがスケープゴートよりも数倍大きな銃声が空気を震わせ、炎と弾丸が吐き出される。

「ひっ……!」

 ひきつった声を漏らした騎士の体を炎が飲み込み、真っ赤に熱された無数の散弾が襲う。その熱と衝撃に、文字通り鎧が燃え上がった。地獄の業火に焼かれるような苦痛を穴だらけの全身に刻み付けられ、騎士はもがき苦しみながら死んでいく。

(なんて得物だ……!)

 使っているヴァニティ自身が驚くほどの切れ味と火力。重く、射撃の反動も相当に大きいじゃじゃ馬だが、不思議と手になじむ感覚があった。

 剣自体を縦に回転させ、その勢いを利用してレバーを操作、ヴァニティは片手で長銃剣の次弾を装填する。

「野郎、妙な武器ばかりを……。囲め! 狙いを定めさせるな!」

「死角から仕留めろ! 傭兵など、囮にすればいい!」

「クソがっ! いいかお前ら、騎士を盾にしろ! 鎧どもにも仕事をさせンだよ!」

 次々と敵は襲い掛かってくる。統率が取れているとは言い難いが、数は多く、動きも悪くない。

 ヴァニティは臆さなかった。止まらなかった。自ら前に進み出た。

 機関銃と化した左腕とサクリファイスを振り回し、相対する者を次々と屠っていく。堅牢な鎧だけでなく、対弾布で身を守る者も中にはいたが、あまりに圧倒的な火力の前にはさほど意味をなさなかった。

 迫り来る軽装の傭兵に、連続射撃をお見舞いする。次。

 その背後の傭兵数人をまとめて炎の散弾で吹き飛ばす。次。

 死角を狙ってきた騎士の動きを察知し、剣を振るって首を飛ばす。次。

 背後を振り返り、傭兵の腹に剣を突き刺す。そのまま次弾装填、体を蹴り飛ばす。次。

 徒党を組んで迫ってきた騎士たちに銃を連射。鎧をくまなく血に染め上げる。次。

 次。次。次。次。次、次、次、次、次、次、次、次次次次次。

 次々と迫る敵をなぎ倒す。数量の不利を覆す圧倒的な強さ。……だが。

「ぐうっ!」

 左腕が弾切れした瞬間、隙を突かれた。

 腹部を、どこからか放たれた銃弾が貫く。焼けつくような激痛。さらにその隙を見逃さず、騎士が突撃して来た。

「死ねえっ!!」

 突き出された槍が、ヴァニティの右肩を深く斬り裂いた。花びらのように、血が噴き出る。意識を飛ばしそうになる、強烈な痛み。ヴァニティは歯ぐきから出血するほど歯を食いしばり、耐える。

「……おおおっ!」

 逆に左腕を槍に絡めて、騎士の動きを止めつつ盾にした。その腹に長銃剣を突き刺し、貫通させる。そのまま射撃と装填を繰り返し、騎士の背後にいた敵たち数人を片付ける。そこでサクリファイスも弾切れとなった。

 盾にしていた騎士の体を蹴り飛ばして転がすと、ヴァニティは近くの柱の陰へと滑り込む。床に寝るようにして身を隠しつつ、左腕の箱型弾倉を交換。続いてサクリファイスにも焼夷散弾をこめていく。痛みのせいで、かなり手間取ることになった。

 こうしている間にも、柱と床がヴァニティの傷から流れ出た血で濡れていく。……思ったよりも、傷が深い。腹部の銃創も、弾こそ貫通しているようだが、重傷には変わりない。

「あの柱の陰だ! 仕留めるぞ、囲め!」

「傭兵どもは何をしているんだ!? 少しは役に立たせろ!」

「死んだ奴ら以外は全員逃げた! あんな木っ端どもをあてにするな、俺たちがやるんだよ!」

 鎧がこすれ合う音が上から響く。二階から騎士が近付いて来ているようだ。まだ戦いは終わらない。……傷をこのままにしていては、失血で体力を失うばかりだ。最悪、意識も失くすだろう。だがもちろん手当てをしている暇などない。

「っ……」

 そして、ヴァニティは「いい手」に気が付く。

 気が付いてしまったのが運の尽きとみて、迷わず実行に移した。

「う、ぐあああああっ……!」

 射撃で赤熱化した左腕の銃身を、腹の穴に突っ込む。肉と血が焼ける、気分が悪くなる匂いが鼻に届いた。目がまわるような痛みを堪え、気力で意識を繋ぎ留め続ける。

 焼ける音が収まるまで耐えてから、ヴァニティは腹の傷から銃身を引き抜いた。完全ではないが、焼いたおかげで出血はだいぶ治まっている。

 傷はもうひとつある。……右肩だ。

「ああ、くそがあっ!」

 柱から身を出して、迫って来ていた騎士たちに向けて階段を銃撃。改めて銃身を赤く染め上げてから、柱の陰に隠れて、今度は右肩の切創に銃身をあてがう。右耳に、じゅうじゅうと肉が焼ける音が届いてくる。自分の体から出ている音とは、信じ難かった。

 大量の汗にまみれながら、ヴァニティは荒療治を終えて立ち上がった。これはこれで体力を使ったが、あのまま放っておくよりはマシだと思うしかない。

 柱から飛び出て、騎士たちを相手取る。まだ何人もいるが、さすがに床の死体の数の方が多い。

 鎧を撃ち抜き、剣を弾き飛ばし、槍を斬り払い、一人、また一人と倒していく。疲弊し、傷を負っても、その勢いは衰えない。

「く、くそっ。化け物か……!」

「こ、これが……死をもたらす『鉄の手』か……!」

 とうとう怯え、泣き言を漏らす騎士たちも出始めた。

「っ……!」

 また一人、首を飛ばされて死んだ。その死体を踏み越えて、肩で息をしながらヴァニティが次の相手へ迫る。

「うっ!? く、来るな……!」

「言っただろうが。……死にたくなけりゃ逃げろってな……。そうでなけりゃ覚悟しろってなあ!」

「ひ、ひいいっ……!」

 ヴァニティの眼光に射抜かれて、剣を取り落として逃げる騎士まで出た。

 残った騎士は、あと二名。その鎧は他の者たちが来ている物よりも高級な物らしく、所々に装飾が施されている。手にしているのも磨きこまれた戦斧。位の高い騎士のようだ。

 二人は舌打ちしながらも無言で連携を取り合い、ヴァニティを挟撃してきた。重い鎧を着ているとは思えないほど動きは素早い。

 繰り出される攻撃をどうにか回避し、隙を長銃剣で突こうと狙うが、すでにその時には間合いの外にいる。銃で狙おうにも、腕を向ければすぐに射線から逃れられてしまう。決して深入りせず、ヴァニティが体力を消耗しきるのを待つ腹積もりのようだ。

 狙いは悪くなかった。だが、相手が悪かった。

(そこだっ!)

 洗礼された動き。それ故に、読みやすい。

 ヴァニティは片方の騎士が突き出した戦斧を、サクリファイスの切っ先で絡め取るように受け止める。

 普通の剣ならば、そうしたところで何が起こるわけでもない。だがヴァニティが持つのは、普通の剣ではない。

「クソ真面目過ぎたな……!」

 引き金を引き絞る。戦斧が砕け、鎧に無数の穴が開き、瞬く間に着火した。被った兜の向こうから絶叫を発しながら、男は死ぬまでもがき苦しんだ。

 その様子をまざまざと見せつけられ、残る一人は警戒して距離を取った。

 ヴァニティはそちらに長銃身の銃口を向ける。当然騎士はその射線から逃れるように横に動いた。

 そこを左腕で狙い撃つ。弾丸が足に命中し、騎士が片膝をつく。もはや的と化した騎士にヴァニティは銃撃を何発も浴びせつつ肉薄する。

「ぐ……騎士たるもの、死なばもろともっ……!」

 最後まで戦意を失わず、騎士は腰から短剣を抜こうとした。それよりも速く、鎧の隙間に銃口を突っ込む。

「傭兵はなぁ、生きて帰るまでが仕事なんだよ……!」

 とどめの一発を叩き込む。鎧の隙間から大量の血が噴き出す。

 絶命した騎士が仰向けに倒れ、無音が訪れた。

「はあっ……はあっ……」

 ようやく、襲ってくる相手はいなくなったようだ。あたり一面には、死体しかない。生臭さと、錆びた鉄のような匂いが入り混じるエントランスには、今やヴァニティのみが立っている。

 ……否。もう一人、いた。

「イーサン」

 静かに呼びかける声。ヴァニティはゆっくりと振り返り、応えた。

「……ギル」

 ひと際良い拵えの鎧を着込み、腰には名剣と呼ぶに相応しい上等の長剣。ヴァニティの目に映るのは、かつて戦いで隣に並び立った弟分の姿だった。

「……すごいね。これが、君の本気か」

 ギルバートは剣の鞘に左手を置きながら、斃れた者たちを順に見た。

「一緒に騎士をしてた頃は、これ以上ないほど心強かった。……いざこうして相対すると、体が震えるよ。逃げ出したくなるくらいだ」

「なら退け」

 それで済むなら、それでいい。

「……エステルにさえ会えれば、俺はそれでいいんだ」

「……」

 ギルバートは困ったように微笑んで、首を横に振った。

「無理だよ。君がこうして屋敷にやってきて、大勢殺したように。……僕には、君を殺さなきゃならない理由がある」

「……。エステルがそう言ったのか」

「当主の命令は騎士にとって絶対だ」

「ギル。過去に俺がどんな目に遭ったか、知らないわけじゃないだろう。それでもエステルに従うのか」

「それが騎士というものじゃないか。……騎士だった頃の君なら、きっと僕と同じ選択をした。そうは思わない?」

「……」

「……彼女が……エステルが何を考えて、本当は何を望んでいるのか。それすらも僕にはわからない。それでも仕えて、従ってきた。……それだけが、僕が彼女に出来ることだから。……だから僕は、君と戦う。たとえ死んでも、主に従う」

「……。そうか」

 ヴァニティは長銃剣を床に突き刺し、空いた右手を左手にあてがった。

原点(オリジナーラ)

 まず箱型弾倉が左腕から外れ、ヴァニティの右手の上に自重で落ちる。続けて左腕が元の腕の形状へと戻った。スケープゴートを箱型弾倉のくぼみに挟むようにして持ってから、ヴァニティはしゃがんでそれらをまとめて床に置く。立ち上がった後、手の届かない位置まで蹴飛ばした。左手を何度か動かしてみてから、床に刺さった長銃剣を引き抜く。

「銃を使わないのか?」

「昔馴染みのよしみだ」

 ヴァニティは、剣を目の前で斜めにして構える。

 それは、かつて学んだポールスター流剣術の構え。ギルバートもまた、血の滲む鍛錬で体得した流派の構えだ。

「合わせてやるよ」

「……それでこそだ。それでこそだよ。……嬉しいな」

 ギルバートは、かすかに涙ぐんで剣を抜いた。涙の粒を吹き飛ばすように、力強くヴァニティと同じ構えを取る。

「それでこそ、僕が憧れたイーサンだ!」

 床を叩く二つの足音は、同時に鳴った。

 独特の構えから、両差は同じように剣を腰だめに構える。走る勢いを乗せて突きを繰り出すのも、まったく同じ。

 刃が、火花を散らしながら交差する。二人は勢いのままにすれ違い、続けて振り返りながら剣を振り払い、激しく斬り結ぶ。そのまま乱打戦に突入した。

 一撃が必殺の鋭さと重さを兼ね備えている攻撃が、素早く、幾度も繰り出される。しかし、どちらも一歩たりとも後ろに退かなかった。身を裂くような威圧感と刃が吹き荒ぶ嵐の中に留まり、さらにその風圧を後押しするが如く、全身に力を込めていく。

 ヴァニティの剣が、ギルバートの鎧をわずかに削る。

 ギルバートの剣が、ヴァニティのマントの端を斬る。

 まさに紙一重。その一重を見誤れば、死へと片足を踏み入れることになる。

 緊張と集中が高まり、戦いはさらに激化していく。

「おおおおおっ!!」

 雄叫びを上げて、ギルバートが強烈な縦斬りを放った。ヴァニティは剣を横に寝かせ、それをすぐ目の前で防御する。

 剣の暴風が止んだ。二人の唸り声と、剣同士がこすれ合う音が、エントランスが静寂に陥ることを拒む。

 単純な力比べ。それもまた拮抗する。長い、長い時間、二人は至近距離で対峙し続けた。

「ぐ、く……ふぅんっ!」

「くうっ!」

 一歩、ヴァニティが勝った。ギルバートの長身を押しのける。

 生じたのは、一秒を何分割もした、ほんの一瞬の隙。ギルバートはすぐに体勢を立て直した。その一瞬を、ヴァニティは見逃さない。

「そこだ!」

「ぅわあっ……!」

 横に薙いだ剣の切っ先が、ギルバートの左腕を浅くだが斬りつけた。

 ヴァニティはさらなる追撃を狙ったが、ギルバートはとっさに距離を大きく取ってそれを回避。両者、ともに間合いの外。完全に息の上がった二人は、しばらく睨み合いながら、肩で息をした。

「はあ、はあっ。……まいったな」

 ギルバートは口元を緩める。

「接近戦なら勝てると思ったんだけどな。……何年も剣は使ってないはずなのに、すごいや。おまけにそいつ、でたらめだけどすごくいい剣だ。……本当、まいったよ」

「降参か? 今なら認めてやらないこともないぞ」

「僕の憧れた騎士は、降参なんて言葉を知らなかったよ」

「ならそいつはただの馬鹿だ。悪い手本にした方がいい」

「そんな馬鹿だから僕は憧れたんだよ。……イーサン」

 嬉しそうに話すギルバートの瞳は、まさしく少年のそれだった。

「かっこよかったなぁ。誰よりもまっすぐで、迷いなくて、そして強かった。……あんなふうになりたいって、その背中を見るたびに思ったよ」

「……」

「僕は誓ったよ。絶対に、あんな騎士になるって。……仕える人を、その人の信じる正義を決して裏切らない騎士になるって。……だから僕は、君に勝つ。君に勝ちたい」

 懐から、ギルバートは手のひらに収まる小さな物体を取り出した。

「そのためには、これを使うしかないみたいだ」

 中に赤い液体が詰まっている小瓶。その中身が何なのか、すぐに察しはついた。

「っ。よせ、ギル」

「やっぱり、君にはこれが何なのかわかっているんだね」

「お前も同じだろう。いや、俺以上によく知ってるはずだ。それを使った人間が、どうなったか」

「そうだね。……みんなおかしくなってしまった。けれどそれだけじゃないのもよくわかってる」

 ギルバートの表情は、至極穏やかなものだった。

「あのイーサン・ヒューズは、絶対に人を裏切らなかった。だから僕もそうするんだ。当主はまだ……エステルはまだ僕を信じてくれている。だから僕は彼女を裏切らない。どんな手を使っても、絶対に裏切れないんだ。……真剣勝負を望んでくれた君のことは……裏切ってしまうけど」

「よせって言ってるんだ、ギル!」

「許してくれ、イーサン。望んでるんだよ、彼女が。なら僕は」

 瓶の栓を、親指で弾くように抜く。

「僕は……僕は……っ!」

 そして、一気に飲み込んだ。ギルバートの喉がごくんと波打ち、赤い液体……液状焼尽灰が嚥下される。

「くう。……げほっ……ああ、はああぁっ…………」

 ギルバートは恍惚の表情をしながら、小瓶を投げ捨てた。すでにその顔には、大量の汗が吹き出し始めている。

「……馬鹿な真似をしやがって」

「どうかな。……ひょっとしたら、上手くいったかもしれない」

「何?」

「実験をね。……していたんだよ。……これは確かに人をおかしくさせる毒のような物だ。だが同時に、力を与える。……ものすごい力をね」

 息が荒くなっていく。

「ああ、そうさ。何人も殺したよ。新しい力を試す、ただそれだけのために。エステルが望むものを形にするために、罪がない人すら僕は殺した! 望んでいなくたって、それが僕の生きる道だったんだよ! ……思えば、この手で君の左腕を斬り落とした時から決まっていたんだ。他に道なんてなかったんだっ……ぅ、え……!」

 激しい嘔吐。

「……が、はぁっ……。毒さえどうにかできれば、いい。だから、ためした。あれも、これも、アーティファクトを使ったりしてさ。どくがきえれば、これで、だれでも……きみのように、いやもっとつよくなれる」

 目の焦点が合わなくなる。

「いままではうまくいかなかった。だれも、かれも、みんな、おかしく、なった。でも、つよくはなた。はは、ははは。ちからがつよくなたんだよ。はははは、はは、はははははは。きと、これで、ぼく、つよ、なる、きき、きと、ききっ、と、うまく、つよく、ききっと」

 もはや言葉は支離滅裂だ。

「……。馬鹿に憧れるなよ。馬鹿野郎」

 愚かな親友に、深くため息をついた後。

「ごめんな。……ギル」

 ヴァニティは、改めて剣を斜めに構えた。

「いー、さん。いい、いーさ、いーさ、いーさん。たおす、ぼく、たおす、ぼ、たお。えすてる、えすてる、え、てる、えすてる、きみ、ため、ぼく、いーさ、たおすっ……!」

 だらりと垂れ下がった腕に、ギルバートは剣を握り続けていた。

「たおす、たおす、たおす。……ぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 剣を振りかぶり、ギルバートが迫る。ヴァニティも同様に長銃剣を構えて突貫した。

 刃と刃とがぶつかり合う。刃がこすれ合う音が、先ほどよりもより激しく、荒々しいものになった。液状焼尽灰によって瞬時に強化された肉体が振りかざす破壊的な剣が、真っ向からぶつかってくる。ギルバートが体得したポールスター流剣術はただその輪郭を残すだけで、もはや原型を留めないただの暴力に成り下がっている。ヴァニティは、それに持ち前の剣技をもって応えた。

 真正面からの、力と剣の勝負。刃が幾度も交差し、火花が散る。

 その応酬の中で、体勢を崩したのはヴァニティの方だった。液状焼尽灰で増幅されたギルバートの膂力は、あまりにも強い。

「くっ……! おおおっ!」

 ヴァニティは足を踏ん張り、崩れた体勢のまま、下から剣を振り上げる。かすかにぶれた剣筋を、ギルバートが剣ではらう。剣が往復するように振るわれ、ヴァニティの首を狙う。

 寸前で左腕を掲げて、防御。金切り音が響き、前腕部の装甲に刃が食い込んだ。痛みは感じない。だが、ヴァニティの顔は苦痛に歪む。

「いぃいーさあああああああああああああああんっ……!」

「っ……くそっ……!」

 ギルバートはそのまま強引に押し切ろうとしてくる。血走り、ぎょろぎょろと蠢く目がヴァニティにのしかかるように迫ってくる。

 これが、あの弟分の姿か。朗らかで、純粋で、けれど信念と強さを持った、ギルバートなのか。やはり、信じたくはなかった。

 だが、彼にこの道を選ばせてしまったのは、他でもない自分の責任でもあると、ヴァニティにはわかっていた。

 また、自分のせいで人が死ぬ。まったく、自分に腹が立つ。

(死にたくなるぜ、まったく。……それでも、死ねるか……!)

 ……止めなければならない。自分がしたことだからこそ、せめて、この手で。

 そして、生きなければならない。

 液状焼尽灰で死ぬ人間を、これ以上出さないために。自分の罪を、これ以上重ねないために。

 未来のために、ここを乗り越えて、生き延びなければならない。

 自分への怒りと決意から生まれた力を振り絞り、四肢に送り込む。折れかけた膝を伸ばし、逆にギルバートを押し返す。

(まだ俺はケリをつけてねえ。死んでたまるかっ……。生きるんだよ、俺はっ……!!)

 剣を弾き返し、ギルバートの体を逆に押しのける。体を泳がせた親友へ向かって一歩踏み込み、ヴァニティは左腕を振りかぶった。

 鉄の拳が、ギルバートの右頬を殴り飛ばした。衝撃に、ギルバートの顔が歪む。

 剣で斬られても痛まなかった拳が、痛んだ。

 たたらを踏んで後ずさったギルバートに、さらに接近を仕掛ける。その踏み込みの勢いを乗せた縦切りを放つ。

「おおおおおおおおああああっ!」

 纏わりついた血を振り払い、サクリファイスの刃が煌めく。

 そしてそれは、再び真っ赤に染まった。

 鎧を木材同然に断ち斬り、その向こう側に守られた心臓を、一撃の元に両断。

 あたり一帯を染めるが如く大量の血を吹き出しながら、ギルバートは後ろへと下がっていく。

「……あ……ぁ……?」

 剣を取り落とし、自分の胸に目を落とす。血が滴り落ちる両手を交互に見やる。

 そして、顔を前に向けた。

 どこまでも、無垢。何もかもを忘れたような目で、ヴァニティを見つめた後。

「…………――――」

 血を枯らしたギルバートは、糸が切れた人形のように倒れた。

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