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野瀬啓太は寝床のなかで目覚めると、まだうつろな意識のまま、枕の脇に置いた腕時計を掴んで時間を確認した。……六時半。
仰向けの姿勢のまま、天井を眺めて、そうだ昨日ここへ引っ越してきたんだ、と思い出した。そして、ゆっくりと起き上がると洗面を済ませ、冷蔵庫のボトルコーヒーをカップに注いで電子レンジで加熱した。
六畳二間のアパートで、周囲は静かな住宅街だった。いや、早朝のせいもあるが静かすぎる環境で、電子レンジの回転台のモーター音だけが室内に響いていた。
野瀬啓太は、コーヒーを飲み終えるとアパートを出た。一階の集合ポストの前で年配の婦人と会った。
「おはようございます」
野瀬啓太が頭をさげると、相手もあいさつを口にした。同じアパートの住人で昨日、あいさつを交わした女性だった。工藤、と名乗った。アパートから道を歩くとコンビニがあった。啓太は、店内に入ると金をおろすつもりで、ATMの前に歩いた。
カードを使って残高を確認すると、高額紙幣を一枚だけ引き出し、財布に入れた。
コンビニのカウンターでは、女性店員が中年男性の買い物に応対していた。客の男性は西部劇のようなテンガロンハットを被っているのが目をひいた。男性はガムを買っていた。
店を出て、啓太は通りを歩いた。アパートから近いところにコンビニがあるのは便利だな、と啓太は思った。ここは住みやすそうな町だと印象を抱いた。
しばらく町を散策していた啓太は、並んでいる戸建て住宅が画一化されていることに気がついた。同じような意匠の小綺麗に整った建物は、どれも静かなあたりの空気のなかで展示品のように佇んでいる。人通りも少なかった。
似たような町並みの為に啓太は方向感覚を失って戸惑った。
そしてコンビニに出くわした。先ほどのコンビニからは、かなり歩いたので、別のコンビニであることは確かなのだ。ふと駐車場にいた人物に気がついた。テンガロンハットを被ったガムを噛んでいる男。そして、あいさつを交わしたアパートの工藤という女性が立っている。啓太は頭を下げたのだが、相手は怪訝な顔をした。そしてガラスの向こうの店内を見て、啓太は言葉を失った。複数のテンガロンハットの男と工藤さんがいた。
そのときである。啓太は自分そっくりの人物がコンビニのドアから出てきたのに蒼白となった。緊張のあまりその場で硬直する。
「自己認識部分の過度な負荷だ」
白衣の研究者が硬直した啓太に近づきながら、同僚に言った。
「このモデルだけが、認識の不具合を起こす。量産前に原因をつきとめられるといいんだが」
もう一人の研究者はそう言って、その場に立った啓太の首の部分のタッチスイッチに手を触れると、モデルを初期化した。インストールされていた野瀬啓太というストーリー、メモリーに蓄積されていたすべてが白紙となった。研究者は呼びかけた。
「よし、R-2700号571、車に乗れ」
先ほどまで野瀬啓太として存在していたアンドロイドR-2700型571モデルは、駐車場の車の荷台に指示どおりあがった。その様子を他のアンドロイドの何体かが感情のない視線でうつろに眺めていた。
続けて二人の白衣の研究者が車に乗り込み、車は走り去った。
広大な町のかたちをしたコングリマリットCE社のアンドロイド実験場に朝の陽が射していた。




