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隻眼の野良ねこ  作者: かぼちゃ汁
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3

「仕方ないわね、まあいきなりドレスは無理でしょうし。こんなもんね。」


こざっぱりしたお仕着せは、本来は女中の制服だが、ヴィアの抵抗となんとか着飾りたいリンの妥協点がここだった。


「気色わりぃ、こんな服。」


くるぶし丈の紺地のワンピースは、しっとりと柔らかな生地だが、ヴィアからすれば心もとない。


「我慢なさい。これも仕事のうちよ。さ、これで完璧。」


すっと左目を覆う布は繊細な透かし織り、眼帯にしては豪奢なものだ。

恐る恐る触れてみれば、白く濁っていた視界に光がさす。


「なんだ、これ。すげえ、見えてる。」


左目は薄く光を感じる程度だったのに、布越だと周りが見えた。


「これが魔法のできることよ。さて、これで準備もできたから、殿下のところ行くわよ。」


いやそうに顔をしかめる少女は、随分と表情が見え始めた。

周りを威嚇するように睨んでいたのが和らいだのを感じ、リンはようやく黒い蔦を影へ戻した。


「げ、オレあいつ嫌いなんだよな。」


「オレじゃなくて、わたし。あいつじゃなくて殿下。アイン殿下って呼んでおきなさい。」


「・・・なんでそんな。」


「お仕事よ。いうこと聞きなさい。」


むすっとしてはいるが、自ら受け入れた待遇なのである程度いうことは聞くつもりらしい。

わた、し、わたし、とぶつぶつ繰り返す姿に思わず笑ってしまう。


「ほんと、可愛い子ね。大丈夫よ、悪いようには多分ならないわ。」


「多分ってなんだよ。」


「んー、絶対大丈夫とは言えないのが、我が主人のいいところなのよ。」


ヴィアはいつもより広い視界をゆっくりと見渡して、歩き出す。

どちらにせよ、いうことを聞くしかない。どんな碌でもない内容でも。

それなら、少しでも真っ直ぐ顔を上げていようと思ったのだ。




「は?・・・おい、クソ野郎。どういうことだ、説明しろ。」


それなりの覚悟を決めて、ヴィアは執務室へ向かった。何が起きても、それこそ自分の尊厳が踏み躙られても、仕方ないと腹を括っていた。

しかし、その執務室には、ヴィア同様にこざっぱりした格好の子どもたちが座っていた。


「お前、みんなは関係ないって言っただろ。これだからお貴族様は嫌いなんだっ!」


瞬時に毛を逆立て、掴み掛かろうとしたヴィアをぱこんとイサが止める。


「お前じゃなくて、アイン殿下だろ。いいから話聞けって。勝手に決めるな、ばか。」


子猫を嗜める親猫のように、ヴィアを掴み上げてソファに投げた。

イサがこのモードのときは、基本的にヴィアがはやとちりで暴走している。それがいつもの流れなのだ。


「いいか、俺たちはお前一人になんとかしてもらおうなんてかけらも思ってない。迷惑なんだよ。」


イサはいつだって歯に衣着せぬ男だ。あまりにもスパンと言い切ったので、そばに控えていたゼッドの方がハラハラしてしまう。

なぜなら、先ほどまで周りを威嚇していたヴィアが小さく丸まってしまったのだ。


「ったく、毎回毎回。先に相談だって言ってるだろ。カイも、フェイも、エラも。守られてばっかりじゃないんだ。」


ザクザクと正論が刺さり、ヴィアは顔があげられない。

だって、そうしないと、大切なものがなくなってしまう。いつだって、ヴィアの手からこぼれてしまう。


「正直、フェアな契約じゃないかもだけど。内容は悪くない。おれたちは国のために働く。ヴィアのサポートもする。いいか、みんなでやってくんだ。お前一人じゃない、家族で頑張るんだ。」


はっと顔を上げれば、いつもより少し真面目な顔をしたイサと、はにかんだカイ、そして泣きそうなフェイとエラがいた。


「み、みんな・・・。」


右目に涙が滲んだところで、後ろの方から大砲のように鼻をかむ音が響く。どうにも涙脆い男なのだ。


「うんうん、仲良きことは素晴らしいね。家族っていいなあ、あったかいね!」


パチパチと拍手をする男を冷めた目で見つつ、ヴィアはゆっくりと座り直した。


「あ、アイン殿下。悪いことした、ごめん。オ、わた、わたしが勘違いしてたみたいだな。」


「ううん、いいよ。僕は心が広いからね!」


つっかえながらの謝罪は酷いものだったが、王子の返答も残念だった。

一通りの話がすみ、ようやく全員がソファに座ったところで、王子の裏に控えていたアサがさっと現れる。


「さて、お話しまとまりましたところで、みなさんへお願いする業務についての説明をいたしますね。」


テキパキとどこからともなく地図を取り出し、全員に見えるようボードを立てかける。

ボードへ貼られた地図は実は国家機密なのだが、子どもたちはそもそも地図の読み方の意味も知らない。

まるで教師のように、真っ直ぐと姿勢を正したアサは、これまたどこからともなく取り出した指示棒を地図へぱしんと叩きつけた。


「それでは、少々長いお話を始めますね。


今から7年前に休戦をした戦争があるのはご存知でしょうか。君たちには戦火は降り注いでいないでしょうが、大人たちはそれなりに大変だったのです。

この戦争の口火を切ったのが、隣国リンデンによる人身売買でした。

我が国は守護精霊様が比較的お若く力が強いので、国民全体の魔力量が多いところに目をつけたんですね。

隣国の守護精霊様は年月を経る中で力が衰えており、国全体の魔力が薄くなっていたので、我が国の国民を攫うことで魔力の向上を試みたのです。

ともかく、この人身売買に気づいた我が国は抗議を行い、そこから戦争が始まりました。

3年ほど、国境で小競り合いをしていたところ、これまた隣国のラーチ連合国から、魔力が乱れるので争うのをやめろ、と仲裁という名の脅しが入りました。

そこで、休戦をしたのが7年前。ここまでが前提のお話になります。」


あまりにもざっくばらんな説明だが、朗々とした声なので思わず聞き入ってしまう。

そして、ヴィアは双子を横目にそうっと確認をした。その騒乱の中で生まれたのがこの双子だからだ。


「ここからが君たちの仕事内容です。ヴィア、君には戦争孤児という設定で過ごしていただきます。国の有力者に引き取られた養女として社交界デビューして、そこで見聞きしたことを全て知らせてください。それが仕事です。」


「え、それだけか?」


「そうです。どんな話も一言一句全て聞いて、こちらへ流してください。」


ポカンとした顔をしていたら、つん、とカイに肘を引っ張られる。


「悪い奴探してこいってことだよ。」


それでもいまいち分かっていないヴィアに、カイは仕方ないな、と地図を指差す。


「さっき、アサさんは休戦って言ったでしょ。終戦じゃないんだ。まだ戦争は続いてる。

その中で、ヴィーみたいに何が何だかわかってない子どもが国の中枢にいたら、都合よく使ってやろうって大人が絶対にいる。それが、この国の人なのか、それ以外なのかは分からないけどさ。その大元がどこに繋がっているのかを調べたいんじゃない?」


囮みたいで、僕は嫌だな。と続けたカイの頭を、くしゃりとつかむ。


「それぐらい、なんてことない。スラムで一番のスリだったんだ。逃げるのは得意だ。」


ニッと笑えば、アサからパチパチと拍手が落ちてくる。


「素晴らしい、テストだったら90点ですね。ぜひ、私のもとでお勉強してください。では、あと10点の補足を行います。


我が国の第一王子は、7年前に亡くなっています。公式では戦死ですが、我々は毒殺であるところまで調べています。これは、内通者がいなければ起こり得ない凶事でした。


なので、調べたいのは”裏切り者”です。


我が国を転覆させようとする愚か者を見つけ出す、その手段の一つがヴィア、あなたです。」


ビシッと指を刺されたので、とりあえずモゾモゾと座り直す。

思っていたような汚れ仕事ではなさそうだが、難しい話になってきたのでヴィアは困っていた。

基本的に身体を動かすことばかりで、頭を使うのは苦手なのだ。


「だから、結局何したらいいんだ?」


心底困ったふうなヴィアに、アサはにっこりと笑顔を返す。


「今から3月後、ちょうど冬の終わりに休戦の提携を改めて双方の国で行います。その際に、大規模な舞踏会が行われますので、なるべく殿下についてまわってください。そこで何か釣れたら話は早いのですが・・・。

難しければ、そのまま隣国の式典へも同行していただきます。おおよそ1月、あちらへ滞在していただきまして、色々と情報収集をお願いします。」


つらつらと説明されるが、ヴィアは途中で思考を放棄した。

隣に座るカイが難しい顔をしているので、そちらへ全て投げてしまったのだ。


「あの、それって、ヴィーはかなり危険じゃないですか?あちら側を煽るための釣り餌ってことですよね。」


カイの指摘に動いたのはアサではなく、その奥で成り行きを眺めていた王子だった。


「君は賢いね。アサじゃないけど、色々と教えてあげたくなる。ただ、まだ子どもなんだよなあ。


いいかい、君たちへ話していることは”お願い”じゃなくて、”命令”だよ。

こんなペラペラ喋ってるのも誓約書の縛りで君たちがこの内容を外部に話せないからだ。」


優雅に足を組み直す姿は、圧倒的で、人を踏みつけてきたものの重さがあった。


「もちろん、無為に危険に晒すことはない。こちらに益もないしね。ただ、必要があればどこにでも行ってもらうし、なんでもやってもらう。

自由が欲しければ仕事をこなすことだ。なんてことはない、国を救えば君たちは自由だ。」


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