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背中が妙に柔らかく、もぞもぞする。
「んん、なんだ…?」
身をよじればさらりとした布が肌を撫でた。
感じたことない柔らかさに違和感を感じた瞬間、ばちんと意識が覚醒する。
「みんな!!」
慌てて身を起こすと、広くはない簡素な部屋が目に飛び込んできた。
窓から差し込む光からして、まだ日は落ちていないだろう。
「どこだここ…。」
清潔な白いシーツに肌触りのよい寝巻き、身体のあちこちにあった傷は全て手当され、すっきりとした消毒液の匂いがする。
そうっとベッドからおり、部屋の扉へ耳を押し当てた。かすかな生活音、人の声はするが、近くはない。
音を立てないようにドアノブを回し、開けようと力を入れた。
「っくそ、あかねえ。」
ノブは回るが扉はびくとも動かない。
拘束されてはいないが、閉じ込められているということは十中八九、ろくな場所ではないだろう。
ヴィーはゆっくりと身体を伸ばし、息を整える。右足へ意識を集中し、ぼんやりと光った瞬間、思い切りドアを蹴り抜いた。
ばきん、と木戸が割れる音とともに、キンッと金属がぶつかるような音がする。
見つかる前に走り抜けようと脚に力を入れた瞬間、黒い蔦に全身を拘束された。
「うんうん、いいね。これは大当たりだ。
ちゃんと生け取りにできたし、ボーナス弾まなきゃね。」
ぱちぱちと乾いた拍手をするのは、少年と青年の境にいる華奢な男性。そして、その両隣には地下道で見たゴツい男と派手な女がいた。
「ぐ、んん!むううう!!」
抵抗しようと身体を捩るが、身体を拘束する蔦はびくともしない。
「リン、おい。拘束ゆるめろ、顔真っ赤になってるぞ。」
「あらやだ、ごめんなさい。またちぎられたら困るから強化してたのよ〜。」
しゅるりと口元がゆるまり、咳き込むように呼吸をする。
三白眼のガリガリの子どもは、今にも噛みつきそうな凶悪な眼差しで辺りを睨んでいた。
「やあ、野良猫くん。ぼくはアイランサス・アルダー。この国の第二王子だよ。わかるかな、すごーく偉い人ってことなんだけど。」
深い藍色の瞳に黒い髪、猫目に薄い唇。端正というよりはスッキリした顔立ちに柔らかな声はあまりにも胡散臭く、ヴィーはさらに目つきを鋭く歪ませた。
「うーん、だめか。ぼくってどうにも子どもウケが悪いんだよね。
まあいいか、ゼッド、誓約書ちょうだい。」
「ええ、この状態で話進めるんすか。」
「そうだよ、ほらさっさと渡す!」
若干引き気味な部下は置いておいて、細かな文字がびっしりと埋められている紙をずいっと子どもへ押し付ける。
「君にはいま、3つの罪状がついている。一つは窃盗、もうひとつは暴行、そして治安を著しく悪化させた治安維持妨害。
このままだと街中を引き回して鞭打ち、生死は問わずの体罰刑だ。」
つらつらと並べ立てられる内容は恐ろしげな響きだが、ヴィーは鼻で笑う。
あの澱んだ世界ではこんなもの体罰にも入らない。
「だからなんだってんだよ。こちとらスラムで生きてきたんだ、死ぬことが怖くて飯なんか食えるかよ。」
吐き捨てるような様子にふむ、と一呼吸おく。パチンと指を鳴らせば部屋の鍵がよっつ現れた。
「君はなんてことないかもしれない。でも、君と一緒にいた子たちはどうだろうね。」
にい、と笑う顔はまさに悪役で、チャリと鳴る鍵の音が神経を逆撫でする。
「て、めぇ…!!」
ぎち、と蔦が嫌な音を立てはじめる。
セリの身体を覆う魔力の膜をみて、アイン王子はにっこりと笑う。
「ふふふ、大丈夫、悪い話じゃなくてね!
簡単な話、こちらの言う仕事を受けてくれるなら罪は問わないし子どもたちも保護する。
不自由ない暮らしを約束するよ、腐っても王族だから力も資金もある、なかなかいい話じゃない?」
あまりにも胡散臭い話だが、目の前の男の姿を見る限り金があるのは本当だろう。
そして、金があり立場があるものからすれば、ヴィーたちを消すのなんて指先一本で済む話だ。
「…その仕事は、オレだけか?」
こんな雇い方をする仕事だ、碌なことはないだろう。劣悪な環境での労働か、体を売るのか、もしかしたら命も危ないかもしれない。
「うん、とりあえずは君だけかな。他の子達はまだ幼いし、あの男の子は悩むところだけど…。」
「オレだけだ!オレだけでいいならやる。…他のやつには手を出すな。」
ふわりと誓約書が光を帯びる。見たことのない魔法だが、きっとろくでもないものだ。
「ふふふ!いいよ、この仕事は君だけね。さて、それではお約束の時間だ。君の名前はなに?」
「…名前なんて、ねえよ。あいつらにはヴィーって呼ばれてる。」
「うん、うん。じゃあ、ヴィア・エルダーにしよう。君は今日から、ヴィアだよ。」
キン、と空気が弾ける音がする。セリの中で何かが縛られた。これが制約なのだろう。
悔しげに唇を噛むヴィーを置いて、騎士のジャンが不思議そうな顔で誓約書を摘む。
「殿下、エルダーって、あのエルダー家ですか?勝手に甥っ子増えたらあのじいさん怒り狂いません?」
「あら、ゼッド気付いてないの?」
「ゼッドはねえ、ちょっとその辺り鈍いから。」
リンと王子が2人でにやにやしているのを見て、ゼッドはふんと鼻を鳴らす。
「何の話だよ。エルダーのじいさんが気難しいのはリンも知ってるだろ。」
「違うわよお、その子。ヴィアは男の子じゃなくて、女の子よ。」
リンの言葉にヴィアがびくりと震える。
「え、は?こいつが!?」
振り返って痩せこけた子どもを見る。パサパサの茶髪はざんばらで、ほおはこけ片目は濁り、顔色は最悪だ。身体も細すぎて性別は分からない。ただ、残った片目の澄んだ緑は強くこちらを睨んでいた。
「いや、分かんねえよ…。」
実際、リンと王子はヴィアの魔力の流れ方で性別を確認しているのだが、わざわざ説明はしない。
「さて、それじゃあまずはお風呂かな。リン、よろしくね。」
「はあい、じゃあヴィア。行きましょうね。」
ぐるぐる巻きのまま連れていかれる子どもを見送りつつ、ゼッドは大きくため息を吐いた。
広く、あたたかな湯気でみたされた浴室で、まずは全身にお湯をかけられる。
ヴィアはどうしたらいいかもわからず、身体を小さく丸めるしかない。
「はあい、そんなガチガチにならないで。大丈夫、何にもしないわよ。」
何もしない、という割には黒い蔦はそこら中に生えているのだが、せっせとお湯を汲み、石鹸を泡立てている様子はなんだか愛嬌がある。
「・・・身体は売ってないのね。」
ぽそりと落ちた言葉に、ハッと乾いた笑いが出てしまう。
「こんな形で売れるかよ。女だって思われることもないしな。」
「こんななりで居てくれて良かったわ。まあ、あとは私の腕の見せ所ね。」
そこからは一切の容赦がなくなり、何度か叫んで抵抗するも、グルグルに拘束されてありとあらゆる処置を施された。
叫び声が遠く聞こえる浴室から少し離れた執務室。
それなりに広いが、王族が使うには質素な内装を一人を除いて、目を白黒しながら子どもたちは眺めていた。
「さて、イサ、カイ、フェイ、エラ。君たちの今後についての話だよ。」
にっこりと笑う胡散臭い男が提案してきたのは、にわかに信じがたい内容だった。
「衣食住はすべて保証、この第二宮殿の中であれば行動も自由だ。勉強したいなら先生も用意するし、何か他にやりたいことがあれば支援しよう。期限は君たちが成人するまで、あと10年くらいかな?その後も仕事は紹介するし、そのままここにいたいなら手配しよう。」
幼いとはいえ、スラムで過ごしてきた子どもたちだ。上手い話には裏がある、というのが常識なので提案を信じることは難しかった。
「あの、すみません。俺、教養ないんで言葉遣いとかアレだったら申し訳ないんですけど。」
最年長であるイサの質問を、王子は鷹揚に先を促す。
「その待遇はヴィーをあんたらへ売ったら、てことですよね。」
「あー、なるほど。うーん、売ったらというか。これはヴィアと僕の契約だね。」
「ヴィア?」
「ちょっと便宜上、彼女には貴族の養子になってもらったんだ。」
ぐっと子どもたちの空気が硬くなる。イサも流石に表情が強張った。
「それは、ヴィーの意思、ですか。」
「うん、そうだよ。もちろん、君たちも会うなって話じゃない。あとで存分に合わせてあげよう。ただ、彼女の仕事を邪魔することは許されない。」
「っそれは、その仕事は。俺にもできますか。」
真っ直ぐなイサの眼差しに、王子はにんまりと嬉しそうに答える。
「この仕事は彼女しかできない。ただ、その仕事を助ける仕事は君にもできる。」
「やります。やらせてください。」
がた、と奥の机で物音がする。ゼッドが胸を抑えてうずくまっていた。この男は荒事をこなす割には、この手の話に弱い。
「あの、僕も。何の役にも立たないかもしれないんですけど、なんでもやるので、イサと働きたいです。」
「俺も、イサとヴィアを助けたい!!」
「私も!!」
がたがた、と騒がしい物音を無視して、王子はにっこりと笑顔を作る。
「うんうん、みんな素敵な心がけだ。では、みんなでヴィアを助けようね。」
ぶん、と腕を振って誓約書を掲げる。
「さあ、明日からはお勉強だよ。みんなで頑張ろうね!」
子どもたちの純真な眼差しと、王子の捩れ切った笑顔の対比があまりにもだったと後にゼッドは語った。




